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魔法書を作る人  作者: いくさや
ねこねこねこ

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ねこまみれ

以前、おまけで書いて、後に活動報告に移設していたものです。

既読の方はすいません。

 大きなしっぽをくわえてついていく。

 小さなしっぽをくわえてついていく。

 小さなしっぽをくわえてついていく。


 洗濯物をかごに入れたお母さんを先頭に、とことこ、ふわふわ、ひょこひょこと歩いて行く。

 母と娘の短い行列。


 黒い髪。

 黒い猫耳。

 黒いしっぽ。


 血の繋がりを感じさせる顔立ち。

 それぞれ後ろになるほど背が小さくなっているところからもわかるとおり姉妹だ。

 上から五歳。四歳。二歳。

 おそろいのワンピースを着て、猫耳をぴくぴくせわしなく動かしながら、はぐれてしまわないように母親について行っている。

 家を出て、庭の物干しまでの短い行進。


「ん」


 長い黒髪をポニーテイルにした母親が止まっても、歩くのに夢中だった二人目が前のお姉ちゃんにぶつかって、しっぽに引っ張られた後ろの妹も合わせて転んでしまう。

 転ぶ寸前に母親のしっぽが柔らかく受け止めて、ころんと地面に寝かせていたので怪我はない。


 転がったのが面白かったのか、三人はお互いの上にのしかかっては、押し退けられては転がって、転がっては押し退けてと遊び始めた。

 その姿を見守って、母親は洗濯物を干し始める。

 時折、好奇心の強い一番下の娘がどこかに行きそうになるけど、その度に瞬間移動じみた歩法で追いつき、襟を捕まえて二人の姉の元に届けていた。


 一通り洗濯物を干し終えて、娘たちの様子を見れば三人は互いに身を寄せ合うように丸まって、眠ってしまっていた。

 季節は春。

 絶好のお昼寝日和である。


 家から毛布を持ってきて、娘のお腹にかけると母親も隣で横になった。

 娘たちは母親の匂いに安心したのか、寝ぼけながらも母のお腹に身を寄せる。

 もう一度、毛布を掛け直してから手としっぽで娘たちを抱きしめた。


「ん。おやすみ」




 大好きな匂いに目を覚ます。


「あ、起こしちゃった?」


 頭上に最愛の夫の姿を見つけて、自分が膝枕されていることに気づく。

 結婚してから既に六年。

 母親になってからは五年。

 こうして甘えるのは少し恥ずかしい気もするが、それでも心地いいことに変わりはない。

 幸い、娘たちはまだ夢の中。

 少しぐらいなら大丈夫だろう。


「お仕事。へいき?」

「一通りは。後は自分がやっとくから帰れって弟子一号に追い返された」

「ん」


 頭と猫耳を撫でてくれる手を捕まえる。

 頬に当てて、ちゃんと自分の匂いを強くつけておく。

 困ったような、嬉しいような顔で笑っている夫。


「お腹、大きくなったね」

「ん。元気」


 捕まえていた手を膨らんだお腹に誘導する。

 母親のお腹の中には新たな命が宿っていた。

 時折、動くのがわかる。


「次は男の子かな、女の子かな」

「どっちがいい?」

「うーん。男の子も女の子も楽しみだけどね。かわいいだろうなあ」


 継承しないといけない家があるわけもなしと夫は笑った。

 それでも女の子が三人続いたので、男児への期待はあるだろう。

 しかし、そんな軽はずみな言葉がプレッシャーになってしまわないよう明言はせず、目を閉じて手のひらに感じる胎児の存在を確かめる。


「ん。たぶん、男の子」

「わかるの?」


 猫妖精の種族特性は感知能力。

 とはいえ、胎児の性別までわかるものなのだろうか。

 妻は首を振った。


「んーん。でも、きっとそう」

「そう言われるとそんな気がしてくるなあ」


 男の子かあと笑っていた夫が、不意に表情を曇らせる。


「……結婚式の時の話、本気だったら大変だろうなあ」

「なに?」


 男の子だったら云々かんぬんという話があったのだと、夫は懐かしさと懸念が混ざった複雑な顔で説明する。


「大丈夫。こう言う」

「なんて?」

「『結婚したかったら僕を倒してから』って」

「……息子のために言う台詞じゃないなあ」


 つまり、娘のためなら言いかねないという可能性を残していることに自覚はあるのだろうか。

 娘たちが嫁ぎ遅れる事態にならないことを願うしかない。

 この男を倒すような猛者なら、間違いなく世界最強だ。


「ん、にゅ、なー、なぁ……お父さん!」


 一番上の娘が起きたらしい。

 寝ぼけ眼で父親を見つけるなり飛び起きる。

 母の頭で塞がれていない空いている膝からよじ登り、ぐわしと全身で頭に抱き着いた。

 しっぽがピーンと立ちあがっている。


「お帰りなさい!」

「おー、元気に挨拶できたね。いい子だいい子」


 落ちないように抱きかかえつつも、顎を撫でて落ち着かせようと試みる。

 そうしている間に下の娘たちも目が覚めたらしく、次々に襲い掛かってきた。


「おと、さん!」

「とーちゃ」


 舌足らずに連呼しながら、頭頂を目指して一直線。

 先取りしていた姉はびっくりして飛び離れたものの、見事に着地を決めると再び抱き着きに行く。

 上に登っては下から頭に押されて落ち、落ちては登りを繰り返す娘たち。


「お父さん!」「おとさん!」「とうちゃ!」


 すっかり興奮してしまっているのか、口も鼻もお構いなしに掴んでくる。大好きなお父さんの顔面がユニークに仕上がっているけど気づかない。

 よじ登ってくる娘たちに父親は為す術もなく、姿勢を維持するだけだった。


 ちなみに、母親は既に退避済みだ。

 薄情というなかれ。なにせ、妊娠中なのだから。


 最後は三人に勢いよく押し倒されて、お布団代わりにされてしまう。


 動き回って疲れたのか、お昼寝が中途半端だったせいか、三人はそのまま仲良くお昼寝を再開してしまった。

 長女は右腕から肩にかけて、次女は両太ももの上で、三女はお腹の真ん中。

 もちろん、父親は動けない。

 唯一、自由な左手で移動させようとしても、むずられて断念。


「助けて」

「ん」


 妻に救いを求めると、最愛の妻は全員が入れるように毛布を広げて、左腕を枕にしてしまった。


「おやすみなさい」

「……おやすみ」


 彼は諦めが肝心だったなと悟った。




 そんな平和な春の日。

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