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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
2/238

1 シズ


 僕には前世の記憶がある。


 うん。

 頭がおかしくなったとか、電波さんとか言いたいことはわかるよ。

 わかっているから僕だって誰にも言わないつもりだけど、僕が生まれる以前の記憶を持っているのは間違いなかった。

 正確には思い出したと言うんだろうけど。


 7歳の誕生日の次の日、僕は急な高熱を出して三日三晩寝込んだ。

 生死の境をさまよい、その間の意識はほとんどない。

 後で聞いた話だけど最後はお医者さんも『この子の体力次第です』と打つ手をなくしていたらしい。

 ようやく目を覚ました3日目の朝。

 その時には僕は前世の記憶を取り戻していた。


 前世の名前は四十万静。35歳。

 チェーン展開スーパーの店長。

 死因は過労による脳梗塞とか心不全とかなんかだと思う。とてもではないけど健康的とはいえない生活をしていたから心当たりだらけだ。


 今の僕はシズ。

 スレイア王国の地方にあるラクヒエ村の子供。

 お父さんは狩人。お母さんは畑の手伝い。ごくごく普通の家だけど、おじいちゃんは村の長老をやっている。


 パニックにはならなかった。

 短いとはいえ他人の一生分の記憶がいきなり頭に入っていたんだ。普通なら混乱するのだろうけど。

 そうならなかったのは『今の僕』と『前の僕』がひとつになったというか。

 別の人間ではなくて同じ人物というふうに受け止めたからだと思う。

 前世の35年間から今までの僕の7年間が続いている。感覚的には42歳。

 あと名前が似ていたのも地味に助かったかも。

 子供の感覚や知識に成人男性のそれが加わって今までとは世界が違って見えた。


「転生、だよね。これ」


 前世のオタクな知識のおかげで理解は早い。

 幸いなのか、あいにくなのか、神様とか悪魔とかには会わなかったけど、生まれ変わったらしい。

 改めて7歳の常識を確かめる。


 ここは4つの大陸に人と妖精と竜と魔族が住む世界。

 昔から魔族は他の種族を支配しようと襲ってくるので他のみんなで協力して立ち向かっているらしい。

 今のところ大きな戦いはなくて、平和な時期が続いている。


「剣と魔法の世界かあ」


 とってもファンタジーな世界だ。

 詳しいことは知らないけどこの世界には魔法があるようだった。

 おお。胸が躍る。

 うん。子供心にある当たり前な魔法への憧れに中二病罹患歴のあるオタク脳がミックスして大興奮。

 魔法は絶対に覚えよう。

 どんな魔法なのかわからないけど。僕に魔力があるのかもわからないけど。

 折角、魔法のある世界に生まれ変わったんだから。

 ドラ〇スレイブとか撃ちたい。詠唱とか覚えたの懐かしいなあ。山とか吹き飛ばしたい。や、自然破壊とかいけないけどね。


 さて、妄想は広がるけど今は別のことを考えよう。

 この転生に意味や意図があるのかわからない。

 勇者とか魔王とか世界の危機とか。そんな運命が用意されていても不思議ではない。

 だけど、胸に去来するのは前世の最期。


 もっと自由に。心を通わせたい。


 そんな、無為だったはずの決意。

 それが叶うかもしれない。いや、叶えられるチャンスを得たんだ。

 なら、僕が目指す目標は決まった。

 好きなものを好きと胸を張り、同好の士に心を開いて友達になる。

 これだ。

 この新たな生涯はそのために燃やし尽くそう。


 でも、この世界にオタクな文化なんてない。

 うん。中世ヨーロッパぐらいの世界観だからね。アニメどころかマンガだってないよ。

 リアルメイドはいるかもしれないけど、田舎なこの村にいるわけもない。第一、僕はそこまでメイド萌えではない。好きだけど。ベストではない。好きだけどね。

 ならば、布教するか?

 無理だ。

 僕は典型的な消費型オタク。生産はできない。

 文章は書けず、絵心は皆無。立体工作は異形のオブジェを構築する。手先の器用さを数値化すれば最底辺がマークされる自信がある。

 口だけでオタク作品を布教するとかどんなムリゲーだよ。そんなの苦行と変わらない。話す方も聞かされる方もだ。


 むーと考え込むことしばし。

 こんなポーズも中年男子がやるとむさ苦しいだけだけど、7歳児がやるとかわいらしいんだろうなあ。

 馬鹿みたいなことが思い浮かぶほど考え出したところで気づく。


 魔法!魔法があるじゃないか!


 重度の中二病を患った者としては興味を抱かないわけがない。

 スレ〇ヤーズから始まりバス〇ード、FA〇E、な〇は、テ〇ルズ、ヴァル〇リープロファイルとかとかとか!必死に暗記したからね!意味もないのにノートに書きまくったりとか!そのままノート提出して――――ぎゃあああああああ!巻き戻し巻き戻し。そう!部屋でポージングしながら詠唱したこともあったっけ!お母さんに見られて――――ひいっ!消えろ消えろ消えろ!ぐああああっ!カット連呼とかも見られたっけなあああああ!オリジナル呪文とか黒歴史ノートおおおお!僕が死んだ後、絶対見られてるうううううう!捨てられなかったんだ!どうしても捨てられなかったんだ!」


 唐突に連鎖した黒歴史に脳内を蹂躙されてベッドの中で跳ねまわる。

 何度も深呼吸して冷静さを取り戻した。

 なんか途中から思っていたことが口から漏れていたような気もするけど、きっと気のせい。きっと。


「シズ?」


 唐突に名前を呼ばれて気が付く。

 いつからいたのか。

 部屋の入口に妙齢の女性が立っていた。

 正確には妙齢に『見える』女性だけど。


「お母さん?」


 どう見ても20代にしか見えないこの女性は僕のお母さんだ。

 背も低くて線の細い美人なんだけど、これで3児の母親というから驚かされる。

 そんなお母さんは顔面蒼白で大きな目には涙が滲んでいる。


「シズが、シズが……」

「お母さん?」


 嫌な予感がして呼びかけるけど届かない。

 お母さんは持っていた水の入った桶を落とした。

 そのまま両手で顔を覆い、わっと泣き崩れた。


「シズがおかしくなっちゃったあああああああ!」


 見・ら・れ・た!

 病床の息子がベッドで意味不明なことをのたまいつつ身悶えているの見たのだからそう思われても仕方ない。

 それにしても僕は痴態を母親に目撃される呪いにでもかかっているのだろうか。


「お母さん、大丈夫だよ?僕、元気だよ?ちょっと変な夢を見て驚いただけだから!」


 幸い台詞の内容までは知られていないので誤魔化す。言い訳にしても強引だとは思うけどここは押し通そう。

 お母さんの手に触れて話しかけると指の隙間から窺ってくる視線と目が合った。


「……ほんと?」

「本当だよ。もう元気だよ」


 それにしても仕草までかわいらしい。本当に今年で37歳なのだろうか。どう見ても女子大生にしか見えないんだけど。

 どうでもいいことを考えていたから反応が遅れた。

 がばっとお母さんが僕を抱きしめてきた。

 薄いながらも柔らかい胸に頭を抱えられて複雑な気分になる。

 35歳童貞と7歳児の意識がせめぎ合っているらしい。

 やめてくれ!母親に懸想するとかマザコンの素質はないからな!この人は母親!お母さん!マイマザー!











 なんとか7歳児の認識が優先されました。


 ようやく落ち着いたお母さんは僕が回復したことを喜んで、慌ただしく桶に水を入れ直しに戻っていった。

 ベッドに戻って一息つく。

 思いもかけなかった精神的疲労でたちまち睡魔がやってくる。

 高熱での疲労も重なって僕は眠りに落ちていった。

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