喪14 いっしょにいこう
喪14
あ、走馬灯みてたわ。
「ひはー。せせ、千年も、い生きてると、おお、思い出、多いわー。あ、お、重くないのよ! おお多いのと、お、重いの、ちちち違うんだから!」
あたし、とっても(体重的に)軽いから!
あれ? これだと尻軽女みたい!?
「しし尻軽でもいいからお付き合いしたかったっ!!!」
白馬に乗った王子様、来なかったものね。
猟奇趣味な貴族の婚約者はいたんだけど、やっぱり貴族とか王族に期待しちゃダメなのかも。母国にもろくなのいなかったし。スレイアの方はどうだったのかしら?
え? 疑似恋愛体験?
さすがに幻のイケメンにチヤホヤしてもらうのも飽きちゃっうわよ。五百人の逆ハーレムとか途中で誰が誰だか分らなくなっちゃったし、キャラ被りが酷かったのよね。金髪俺様系が五人ぐらいいて喧嘩しだして収集がつかなかったわ。
後半はちょっと冷たく罵られるとゾクゾクしちゃったあたりでやめたのよね。あの新しい世界を進んでたらどうなってたのかしら。シズ君に罵られたり、蔑んだ目で見られたりして、喜んで悦んで……話を聞く前に法則無視して消去されてたかも。
「ああ危なかった」
異世界の理とか、始祖権限とか、色々と教えられなかったら世界の終わりだったわ。
緩やかな流れに身をゆだねて、微睡むような時間もそろそろ終わりみたい。
最後にシズ君が届けてくれた皆の記録の欠片を胸に、気が付けばあたしは白と黒の境界線に立っていた。
もうずいぶんと昔に至った場所。
万象の理と魂の循環点の狭間。
白い世界に踏み込めば、魂は漂白されて、新しい生命に宿っていく。
千年近く前に皆もここを通ったのだろう。
思えば皆の生まれ変わりらしい人を見かけなかった。
もちろん、魂が漂白されてしまえば前世の記憶なんて持っていないだろうけど、始祖として生きた皆の魂ともなればそれなりに焼け付いた部分があってもおかしくない。
それなら五人の特徴なり、癖なりを引き継いでいそうなものだけど。
「だだ代償の、せ、せいかしらね」
あたしは始祖と関わることができないから。
生まれ変わりでさえも許されないのかしら。さすがに死んだ後まで代償が影響を続けるとは思えないのだけど。
生まれ変わった皆を見逃した? そんなのないわ。どんなに世界が広くても、どんなに皆が遠くに散らばっても、あたしは絶対に見つけるに違いないから。
「ひは。ほほ、ほんと。ざ、残酷よね」
この推測は辛い。
あたしは生まれ変わったとしても、皆と関わり合うことはできないという事を意味している。
皆が生きる世界を救うため、色々と覚悟していたけど、生まれ変わっても駄目だなんて酷いじゃない。
虚しさを誤魔化すように笑って、笑い続けて、笑う元気もなくなって、それで覚悟を決めた。
既にシズ君を現世に返した代償であたしの魂は死を迎えている。
たまたま、万象の理と魂の循環点が同じ高さにあったから、移動する間に長々と物思いに耽っていられただけ。
今も白い地平へとひきつけられる感覚があった。
「じゃ、じゃあ、いい行きましょうか」
その前に、シズ君の状況を見ておく。
構成魔法の全てを行使すれば、例え魔人であってもシズ君を止めることはできない。
どんな攻めも守りも存在も、魔力に還元される。
今頃は異世界の理の楔も魔力にして、新しい器を作り出している頃でしょう。
そして、見た。
シズ君が始祖権限を代償に魔力を生み出す瞬間を。
「……へ?」
既にテナート大陸は消滅していて、楔もなくなっていて、シズ君は創造魔法で器の作成に取り掛かっているのは予想通り。
だけど、魔力が足りていない。あと、二割強。
続けて何が起きたのか理解する。
別世界からの転生の影響。
魂の剥落。
崩壊魔法の防御専念。
創造魔法による楔の破壊。
足りない。
楔を魔力に出来なかった分を何かで穴埋めしないと、器は未完成になってしまって、異世界の理が溢れてしまう。
それをシズ君は自分の始祖権限で賄った。
でも、異世界の理という別次元の存在をこちら側に支えていた楔は簡単に補えるものじゃなくて、シズ君は僅かな逡巡を挟んで、自らを代償にしてしまった。
「あ……」
津波に飲まれる寸前、シズ君が消失する。
心臓が潰れたみたいに胸が痛い。
津波の中に一冊の本がある。
異世界の理を収めた器。
これで魂の書き換えは起きなくなった。
土着の魔物として生きる魔物はどうしようもなくても、新しく生まれることはない。
世界は救われた。
シズ君を犠牲に。
「そんなのダメじゃない!」
シズ君が別世界から転生した魂の持ち主なんて想像もしなかった。
そのせいで異世界の理による影響を受けるなんて。
いいえ。言い訳なんてしている場合じゃないわ。
シズ君を待っている人がたくさんいるのだから。
このまま終わっていいわけがない。
でも、間に合う。
きっと間に合う。
白い地平にシズ君の魂は見当たらない。
五つほどの微かな輝きが漂っているだけ。
あたしがさっき経験したような猶予時間があるんだと思う。
魂が失われてしまえば、どうしようもなかっただろうけど、その前ならシズ君を復活させられるかもしれない。
いや、させてみせるわ。
既に片足しか残していない万象の理。
でも、片足でも触れているなら願いを叶えられる。
大丈夫。シズ君ほどの存在の代償はとんでもなく大きいけど、千年もの時間を過ぎたあたしの魂なら、きっと出来るはずだから。
「万象の理! あたしの生まれ変わる権利を代償に……」
ガツン!
言葉の途中で後ろから思いっきり殴られた。
衝撃で願いが吹き飛んでしまう。
何事かと振り返ったところで、言葉がぶつけられた。
「■■。千年経っても変わらんとは。少しは成長しろ」
懐かしい、声。
真面目そうな青年が眉間にしわを寄せている。
「……エレ、君?」
「――っ。覚えていたようで何よりだ」
堪えるように息を飲んで、それでも平静を装って、あたしを冷静に観察している。
その後ろから小さな影が飛び出してきた。
『私たちは忘れてしまった。
大切なことなのに、
なくすはずがないのに、
ぽっかりと記憶と記録に穴がある。』
「■■っち。歯を食いしばって!」
「ぶひゃ!」
容赦ない平手打ちが炸裂して首が吹き飛ぶかと思った。
肩を上下させて感情を溢れさせる少女。
「ヒーちゃん」
「■■っちのバカ! 大バカ! アホ! マヌケ! あんなの……あんなの、もう絶対にさせないんだからね!」
ポロポロと涙を零すヒーちゃんに呆然としていると、肩に手を置かれた。
『何故かはわからない。
誰かのことを忘れている。
名前も歳も姿さえも、
彼なのか、彼女なのかさえ思い出せない。』
ゴツンと頭頂部に拳骨が落ちてきた。
大きな手を握りしめて岩石みたいな拳を作って、壁のように立ち塞がる大男。
「つっくん」
「■■。何もかもお前が背負うな。そして、自分を大切にしろ」
指で示された先では青髪の樹妖精とつっくんよりも巨体の男がいた。
あの人たちがシズ君を救ってくれるの?
樹妖精の人と目が合うと、『弟子の不始末に付き合うのは師匠の役だ』と肩をすくめて、後ろを見ろとばかりに顎をしゃくってきた。
振り返ると掌が迫っていた。
『あの人がいなければ何も残らなかったのに。
あの人が大切だという微かな想いだけが残っている。
私たち以外はあの人がいないことに疑問さえ持たない。』
「ぴゅっ!?」
鼻の頭を強かに打たれて変な声が出た。
舌打ちの音が聞こえて、そちらを見れば神経質そうな青年。
「反抗期……」
「おま、あんだけ俺らに面倒をかけさせた上に、千年経ってもそんなあだ名で呼びやがって……ああ。いい。次に任せるわ」
ぞんざいに手を振って、皆の方へ行ってしまう。
呼び止める前に、反抗期の後ろから強烈な気配が生まれた。
深紅の輝きが集束している。
「刻現・武神式・戦鬼」
『きっと、また、あの人は何かしたんだ。
きっと、また、私たちは何もできない。』
「『武神』、第四始祖レリック。推して参る」
やたら堂に入った構えのショタがいた。
最後に見た彼が魔神を殴殺する手並みに、今の名乗りの『武神』とか。
そんなの絶対、死んじゃうから!
「……■■。僕の想いをこの一撃に」
「ひゃあああああああああああああ!」
キュイン
顔の横を何か目に見えないモノが通過していった。
万象の理の地平の向こうまで、衝撃波みたいなものが波紋みたいに広がっていく。
直撃したら跡形も残らなかったかもしれない。
さすがにこれは文句のひとつは言わないとと口を開きかけたところで、ショタが顔の横にあった手を回して抱きしめられた。
「ショ、タ」
「……記録も、記憶も、なくなって、それでも、君への、想いだけがあって、それだけを、頼りに、君を探して、見つけられなくて、助けられなくて、悔しくて、でも、諦められなくて。ずっと、ずっと、ずっと、願って。託して」
声が湿って、頬に熱い涙が触れた。
驚きから正気に返った時には腰にヒーちゃんが抱き着いていて、エレ君とつっくんと反抗期がそれぞれの表情であたしたちを見守っている。
『だから、未来の誰かへ。
あの人を見つけてほしい。
あの人を探してほしい。
あの人をわかってほしい。』
幻なんかじゃない。
確かな痛みと、温もりと、絆がある。
「み……」
もう理解できていた。
生まれ変わりなんていないに決まっている。
だって、皆は死んでしまった後もずっとここであたしを待ってくれていたんだから。
簡単な話じゃない。
転生に向けて引き寄せられる魂を留めなくてはならない。
こうしてあたしが死んでしまうまで皆は代償の影響で、きっと誰を待っているかさえ思い出せていなかった。
それなのに。
それでも。
記録も、記憶もないまま。
ただ想いだけを抱えて。
千年も。
「みんな」
エレ君。
ヒーちゃん。
つっくん。
ショタ。
反抗期。
皆がお互いに視線を交わし合う。
ヒーちゃんとショタはまだ泣き止まなくて、仕方ないと笑い合う三人。
いつもみたいにエレ君が話し始める。
「名前を取り戻す」
■■。
声に出そうとしても、失われた物は戻らない。
「でも、もう何も残ってないのに」
「残っている。ヒントが」
「君の、母君の、名前が、ルーテシア」
「亡国の妾の名前を探すのにどれだけ苦労したか。猛省しやがれ」
確かに、元の名前を捨てる時に、それでも母との繋がりまで断ってしまうのは悲しくて、そこから一文字もらった。
「そして、私達の子供、エリド」
「エルの『エ』と、ヒルドの『ド』だったら、最後の『リ』は誰からもらったのかな?」
辛かっただけの過去と、届かないはずの現在から。
千年の時を超えた贈り物が届いた。
声を揃えて、呼ばれる。
「「「「「ルリ」」」」」
失われた全てに対して、あまりに小さい名前。
何かが甦るわけじゃない。
あたしの痕跡は失われたまま。
「あ……」
それでも、あたしは、ルリを取り戻せた。
一番大切な人たちが、もう二度とないはずなのに、あたしの名前を呼んでくれる。
それだけで、それだけで千年の旅路が報われた気がした。
皆と、皆の子供たちが生きる世界を守るために頑張って良かったと思えた。
「う、ああ……」
誤解なんてできない。
見なかったことになんてできない。
あたしに関わった人が不幸になるから。
どんなに嬉しくても心に線を引いていた。
優しいから助けてくれるんだって。
あたしのためなんかじゃないって。
どんなに寂しくても、悲しくても、皆を傷つけてしまうより、ずっといい。
でも、ここまでしてくれて、優しいだけなんて、もう思うことはできない。
「っく、う、ひっく」
涙が溢れだした。
想いが止まらない。
皆は優しいけど。
だけど、それだけじゃなくて。
あたしを大切だと思ってくれているから、だから。
「何もないなんて言うな」
「ボクはルリっちが大好きだよ」
「世話は焼けるがな」
「今度こそ、僕が、守る」
「だ、そうだ」
伸ばしてくれた手を。
差し出してくれた手を。
ずっと、ずっと、待ってくれた手を。
「う、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
握りしめる。
もう手離してしまわないように。
見失ってしまわないように。
気が付けば辺りに光が満ちていた。
あたしが消えていく。
みんなが消えていく。
でも、不安なんてない。
悲しむ必要なんてもっとない。
だって、きっと一緒だから。
『どこかで世界を守る、本当の始祖を
私たちに代わってぶん殴ってくれ』
君をずっと待つ。
ここからは一緒に行こう。
喪女編、終了となります。
いやあ、長かったです。
そして、重かったです。
設定していた部分を文章にすると重量が増していく一方で筆が進まない事、この上なかったですね。
というわけで、喪女さんへのスーパーフルボッコタイムをお楽しみいただければ幸いです。
当初の案ではショタの『必滅武神パンチ』が直撃するパターンも考えていたのですが、喪女さんが魂まで調伏されてしまいそうだったのでやめておきました。




