喪13 思い出してみよう⑧
喪13
そこからは迅速だった。
魔物は速やかに撃破されていく。
つっくんの生み出した召喚魔法で作られた水晶の狼と鳥が、ショタの生み出した付与魔法で強化され、反抗期の生み出した法則魔法で送り込まれた。
森の中から次々と撃ち出される召喚獣。星明りを受けて僅かな煌めきの軌跡を残して空を駆けていく光景はなかなか凄まじいものがある。
着地した水晶の獣たちは疲れを知らず、恐れを知らず、魔物たちを圧倒した。
森から、草原から、城塞都市まで。
時には助けた人からも恐れられることもあったみたいだけど、さすがに命を救ってもらったことは明確なので、助けた人に襲われるなんて事態もなかったみたい。
実際、先程まで襲われる側だったからよくわかるけど、数の暴力って一方的なのね。この時につっくんが生み出した召喚獣は一万匹。北から押し寄せてきた魔物を殲滅するのに十分すぎる戦力だった。
あたしたちは森から出て、お父さんの亡骸を毛布で包んで、城塞都市へ向かった。
既に生きている魔物はいない。突然、現れて危機を救った水晶の獣を、遠巻きに警戒していた兵士たちに声を掛ける。
当然、怪しまれたけど、水晶の獣がつっくんの一声であたしたちの後ろに整列して座る光景を見せたおかげで、いきなり拘束されるなんてことにはならなかった。
その後は簡単。あたしが『リセリア・コルト・フィ・ディフェンド』を名乗ると、手配書で確かめられて案内される。どうも末端の兵士まで丁寧に対応するよう徹底されていたらしくて、敵国の姫なのに乱暴な扱いはされなかった。単純に後ろの水晶の獣が恐ろしかったという可能性もあるけど。
そこから別行動。
ヒーちゃんは怪我人の治療。エレ君はその護衛。
つっくんはひたすら召喚獣を生み出し、ショタは付与魔法で武器や防具の強化をして、反抗期が防御の結界を城塞に施していた。
そして、あたしはある騎士と面会していた。
城塞の中心に断てられた小ぶりな城。贅を凝らした建築に対して、内装は控えめというちぐはぐな城の一室。
降嫁して入るかもしれなかった家に、こうして身を置くことになったのは不思議に感じられた。
騎士は壮年の男性で、鎧の上からでも鍛え抜かれた頑強な肉体の持ち主と見て取れる。きびきびとした無駄な動きのない挙動で、それでも礼を失しない挙措から、実直な人なんだと感じる。
たぶんかなり地位の高い人。鎧や剣の装飾が立派だから。でも、その鎧も戦いで汚れたままで、忙しい中で時間を取ってくれたんだとわかった。
「このような姿でお目汚し失礼します。私はコールデッド・ガンドール。今回の防衛戦にて遊撃部隊を率いております」
「あああ、あの、ひひ跪いたり、とか、い、いいわ、です」
王女時代でもあまりされなかった対応は居心地が悪い。
コールデッドさんは困り顔ながらも受け入れてくれて、腕を背中に回した姿勢で背筋を伸ばした。
背が高くて見上げると首が痛い。それでも目を見て、はっきりと告げる。
「父の埋葬、ありがとうございました」
「いえ。最後まで戦い抜いた死に様とお見受けしました。立派な人物を丁重に扱うのは当然です」
駆けつけたコールデッドさんにあたしはお父さんの埋葬をお願いした。
村まで連れて帰ってあげたかったけど、いつになるかわからないまま毛布に包んだままなんてできなかった。
それにしてもお父さんのことを知っているみたいな言い方が気になった。
「ええ、えと、ど、どうして、父、のこと、わわ、わかるんですか? しし、知り合い、でですか?」
「いえ、面識はございません。ただ、私の知る騎士と似た死に顔をされていたので」
「だ、誰?」
「名前は知りませんが、おそらく、あなたの護衛をしていた騎士です」
誓いを果たすために戦った騎士のおじさん。
「あ、あの人、あああの人、い、生きて!?」
「誤解を招く発言、申し訳ありません。彼は亡くなりました」
勢い込んで尋ねようとするあたしを制するように告げられる。
今まで曖昧だった部分が明確にされて、何か溢れ出しそうになる感情を堪えた。毛布を握りしめて、何度か深呼吸して、少しずつ真っ白になりかけた頭を落ち着ける。
わかっていた。絶望的な状況だったし、コールデッドさんは最初から死に顔と言っていたのだから、もう生きていないのはわかっていた。
それでも、あの人を知っている人がいたことに動転して、困らせるようなことを口走ってしまうなんて、どうかしている。色々とあったから、まだ気持ちが落ち着かないのかも。
「な、なにが、ああああったの?」
「お話しいたします」
あの日、コールデッドさんは精鋭を率いて国境沿いの森にいたらしい。
そもそも、スレイア王国の中枢はディフェンド王国の言い掛かりじみた侵略計画を察知していたのだから、自作自演で殺されるはずの王女を確保するのは当然だった。
だけど、予想地点より遥か前で襲撃は行われてしまい、救出部隊は間に合わなかった。
戦いの気配を感じ急行した先には暗殺者らしき九名の遺体と、致命傷の騎士がいたという。
「騎士が一人で九名もの暗殺者を倒したのだと察しました」
多勢に無勢。相手は人殺しに慣れた暗殺者。
結果の見えていた戦い。すぐに命を奪われるはずの状況。或いは自分だけなら逃げられたかもしれないのに。
それでも、本当に、最後まで戦って、戦い抜いて、守ってくれたんだ。
「……うん」
馬にしがみついて逃げたあたしに追手はなかった。
だから、こうして生きていられる。
「私が到着した時には既に助からぬ傷でしたが、声を掛けた私の手を取り、何度も繰り返すのです。あなたの容姿の特徴と、どうか守ってくれと。自身の治療など求めもせず、最早、見えぬ目で私を射抜き、あなたの無事だけを祈っておられた」
その時の熱を思い出したのか、握りしめられただろう腕を見つめるコールデッドさん。
本当に、最後の最後まで。
誓いを願いに変えて、託していた。
「仕える国は違えど、一人の騎士として尊敬するべき男でした。任務は別として、私個人として貴殿の最期の願いを叶えると誓うと、誰かの名を呟いて亡くなられた」
「な、なんて?」
「ルーテシア、と」
母の名前だった。
誓いを途中で託さねばならないことを詫びたのか、それとも今度は守れたと報告したのか、その時の想いは彼にしかわからない。
でも、それでいいとも思う。彼が一番大切にして、彼が命を賭けたことなのだから。彼の胸にだけ秘められていてほしい。
「残念ながら敵国の為、亡骸をご家族の下へ送り届けることは叶いませんでしたので、この城に埋葬しております。よろしければ、後程、父上の墓碑と共にご案内いたします」
「お、おね、がい」
「彼には申し訳ないが私も王に剣を捧げた騎士。その後、すぐに戦争が始まり、あなたの捜索に尽力できずにおりました。ですが、ようやく戦争も休戦が見え、国としてもあなたの行方は重要と判断され、国中に探し人の触れが出たわけです」
あたしの特徴が詳しかったのは、コールデッドさんが聞いた特徴と、諜報を合わせた成果なのかもしれない。
「ああ、あたしは、どうなる、の?」
「国としては此度の戦争の始まりを証言していただきたかったのですが、最早その意味はないでしょう」
想像通りの展開だったけど、意味がないというのはわからない。
首を傾げるあたしにコールデッドさんは説明を続ける。
「あの魔物はディフェンド王国から押し寄せてきました。斥候の報告によりますと、既にディフェンドの首都は陥落した、とか」
故郷の滅亡を聞いたのに、心は凪いだ湖面みたいに落ち着いていた。
確かに人生の長い時間をあそこで過ごした。だけど、心に残るものは僅かばかりで、それだって開拓村での一年には霞んでしまう。
多くの人が傷つき、亡くなったことを悼む気持ちはあるけど、臓腑が焼けるような感情は湧いてこない。
「一部の王族が都を捨て、落ち延びたという話もありますが、どの道、我が国との戦争などできる状況ではないでしょう」
「じゃ、じゃあ、ああ、あたしは?」
「この機にあなたを旗頭にして、ディフェンドに攻め込むべしという案も出ていますが」
「それは認められない」
エレ君の声によってさえぎられる。
部屋に皆が入ってきた。
五人がコールデッドさんを強い視線で見つめ、代表としてエレ君が宣言する。
「■■の望まない扱いは私たちが阻止する」
「借りもんの力で吠えるのは業腹だが、有言実行してみせるだけの力は見せたぜ」
魔物を圧倒した五つの魔法。
あたしに危害を与えれば、その牙を向けるという意思を視線に込めている。
ヒーちゃんやショタの視線は警戒している小動物みたいなものだけど、つっくんや反抗期はかなり凄みをきかせた睨み方だった。
コールデッドさんは敵意に満ちた視線を受けて、むしろ満足そうな笑みを口元に浮かべると大きく頷く。
「無論だ。君たちの助力がなければ、早晩にこの都市も陥落していただろう。君たちと敵対するほど愚かではない」
「■■を人質にと言い出す輩がいるのでは?」
「そのような恩知らずがいないとは言わないが、無理だな。そのような暴挙、君たちが許しはしないだろう。現にこの部屋にも護衛がいる」
指摘を受けてベッドの下から水晶の犬と猫が出てきた。
小さな体であっても秘めた戦力は人を上回っている。二匹がその気になればコールデッドさんは反応する間もなく首を落とされかねない。
「わかっていらっしゃるなら構いません。失礼な言動を謝罪いたします」
「気にしておらん。友を想う気持ちは理解できる。そもそも戦局は既に国で争っている状況ではない。戯けた案など却下されている」
五人から視線を切り、あたしに向き直るコールデッドさん。
「あなたの望まれるようにいたしましょう。私の出来る限りではありますが、この国で貴族として生きることも可能です」
「どど、どうして、そそこまで、し、してくれるの?」
姫と言っても七番目で、その国だって既に滅びかけている。あたしの味方をするメリットは少ない。
魔法を使う皆を手駒にするのも不可能。魔法の力はただの人が対処できる領域にはない。
「騎士の誓いを安く継ぐなど論外。それだけの覚悟をしております」
この言葉は真実が虚偽か。
不意にある問いと答えが思い浮かんだ。
「傭兵はお金のために戦う。軍人は国のために戦う。じゃあ、騎士はなんのためだと思う?」
「騎士は自らの誓いのために戦うものです」
その即答であたしはコールデッドさんを信用しようと思った。
きっと、この人の誓いは王様に捧げられているのだろうけど、あの人と同じ答えを返せる人なら悪い事にはならない。
「ああ、あたしは、■■として、む、村に、か帰りたい」
「わかりました。では、そのように」
「でも」
早速、手配しようと立ち上がりかけたコールデッドさんを止める。
入口にいる五人の友人たち。
目の合ったエレ君はあたしの言いたいことを察したのか、自ら話し始める。
「■■。私たちはこの力を魔物の討伐に使おうと考えている」
「うう、うん」
多くの人が蹂躙される姿を目撃して、自分たちに事態を動かす力があって、黙っていられる人たちじゃないもの。
「このような力、それ以外に使い道もない」
「結果、俺たちの身を守ることにもなるだろ」
個人で戦局を左右してしまう程の能力。
そんな力を持った人が隣にいて、普通の人が平然としていられるわけがない。遠くない未来、疎外されてしまう。
だけど、その力が自分たちを守るためのものだったとすれば、話は変わってくる。少なくとも畏怖されても、恐怖はされない。
「ごごめん、ね」
「いいよ。■■がいなかったら、ボクたち今頃はあの魔物に食べられちゃってたんだしさ!」
「そうだよ。これで、僕は、守りたい、ものを、守れる」
最後につっくんが問題ないと首を振っていた。
皆の意思を確認して、改めてコールデッドさんを見つめる。
「コールデッドさん、みみ、皆の、た助けになって」
「……いいのですか?」
「もも、もし、これから、おお王国と協力するなら、たたただ、強いだけじゃ、あ、危ないから」
どうしても権力や利益などで自陣に取り込もうとする人たちが現れる。そうなった時に、権力者側の協力者がいるのといないのでは対処が雲泥の差だから。
「私を信用すると?」
まるで咎めるような口ぶりにますます信頼が深まる。貴人を簡単に信じるのは軽挙だと指摘しているのね。
もちろん、コールデッドさんのこれまでの言動全てが信用を得るための偽装という可能性は捨てきれない。どこまで時間を重ねても、疑念がなくなることはない。
だから、保険をひとつだけ。
「あたしにとって皆はあたし自身と同じぐらい大切なの。あなたは騎士の誓いを継いであたしを守ってくれるのでしょう?」
あたしを守るというなら、皆も守らなくては誓いを破ることになる。
コールデッドさんは僅かに渋面を浮かべて、それはすぐに苦笑に転じた。
「承知しました」
「ああ、ありがとう」
「ですが、あなたの世話に私の手の内の者を手配させていただきます。村に戻ったとしても、あなたの身を守らねばなりませんので」
もうあの家にお父さんとお母さんはいない。
皆も遠くに行ってしまう。
一人では歩くことどころか、立つことさえできないあたしでは何もできなくなってしまうのだから、ありがたい申し出だった。
そうして、ここから始祖の伝説が始まり、あたしは一人で皆の帰りを待ち続ける。
「……な、長い、ゆゆ夢を見たわ」
遠くに乖離していた意識が戻る。
あれからも色々とあった。
魔物との激闘。貴族との軋轢。滅びかけた国々の救援。多種族との共闘。
始祖のリーダーとして活躍するエレ君。騎士や軍人のアイドルになるヒーちゃん。芸術家として恐れられ始めたつっくん。貴族令嬢にいただかれかけるショタ。ちょっとずつ皆から距離を置き始めて、それでも何かある度に駆けつけた反抗期。
そして、魔族の殲滅と復活。
一時の平和な時間にたくさんの幸せな記憶。
模造魔法の発生と、代償。
あたしがいなくなって、皆が変わってしまった。
優しい皆を傷つけてしまった。必要なことだったとはいえ、償いはしないといけない。
だから、異世界の理に対処するための魔法を考えた時、この代償はすぐに思いついた。
「あたしがいたという記憶と記録を代償に構成魔法を作成」
崩壊魔法で魔力を生み出し、創造魔法で異世界の理のための器を作る。
模造魔法をも上回る規模の願い。
半身不随。肉体の消失。それをも上回る代償が必要だった。
ゆっくりと書類の記録から、人々の記憶から、皆の脳内から■■という存在が消えていく。
古い記憶が蘇ったのもその影響かもしれない。
できることなら、生み出した構成魔法をすぐにでも誰かに託したいけれど、この代償を以ってしても作成だけで精一杯。
とはいえ、適当な人選では大変な事態になってしまう。それこそ嫁ぎ先だった変態貴族みたいな人間が構成魔法を身に着けようものなら、魔族以上の脅威の誕生だった。
「発狂の禁止を代償に、模造魔法に根源術式を追加」
これで模造魔法の使い手の中から相応しい人物が構成魔法の始祖に選ばれる。
いつになるかわからないその時まで、あたしは世界を見守る義務がある。たくさんの命を犠牲に生き延びたのだから、あの人たちが命を賭すに相応しい何かを残さなければならない。
「でで、できたー」
手のひらに落ちてきた光を掲げる。
構成魔法。
世界を、異世界の理を、救うための希望の種。
そして、世界からは■■という存在の形跡が綺麗になくなっていた。
残っているのは滅びたディフェンド王国の第七王女が、隣国との争いで命を落としたという記録まで。
■■として生きた全てが消失している。
代償のせいで皆の様子は見えないけど、始祖であっても万象の理の法則には逆らえないから大丈夫でしょう。
去来するのは千や万の言葉でも言い表せないほどの喪失感。
皆があたしを覚えていない。最初からいなかったみたいに扱われるところを想像すると、胸が張り裂けそうだった。
それでも、
「よかったわ。これで皆があたしなんかのために苦しむことがないもの」
最後に見た辛い景色を終わりにできるなら、こんな痛苦なんてちっとも怖くない。
優しい皆が少しでも幸せに生きられますように。
ただ、それだけを祈る。
……本当に一人きりになってしまった。
これからどんなに長い時間が経過しても、構成魔法の始祖が生まれる瞬間を待ち続けなくてはならない。
狂うことも許されない、果てしない旅路。
思い返すべき過去は胸を穿つだけ。
現在は届くことのない遥か遠くに。
だから、せめて未来を想って、世界を見守りましょうか。
「どどど、どんな子が、し始祖になるのかしらね」
願わくば、善良な人が選ばれますように。
始祖が五人揃って戦うとさながら移動要塞。
あらゆる防御を使いこなし、手駒をカタパルトのように各地に発射する法則魔法の反抗期。
イマジネーションの続く限り無数の手駒を召喚魔法で生み出すつっくん。
その召喚獣を強化しつつ、自陣に有利な環境を作り出し、自身も単騎最強戦力として暴れる付与魔法のショタ。
最前線で自身と味方の傷(死んでなければ大体どうにかなる)を癒しながら戦うヒーちゃん。
そして、全員を指揮しつつも近づく全てを属性魔法で狙い撃つ(というか焼き払う?)エレ君。
魔法の威力はシズの二十倍凝縮相当。
始祖権限行使による魔法なので、そもそも魔力を必要としないために気力がもつ限り無制限。
戦線が広がっていた時は要所に配置されて、戦力が分散されていたでしょうが、テナート大陸に五人が一斉に乗り込んだ時は、魔族も涙目だったでしょうね。
弱点、週に一回は誰かが故郷の村に帰って喪女と会うから、長期戦には向かない。
次回で喪女編、終了の予定です。




