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魔法書を作る人  作者: いくさや


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喪9 思い出してみよう④

今回は後半からちょっときつい場面が始まりますのでご注意ください。

 喪9


 引き籠りたい。

 そんなことを考えていた時期があたしにもあったわ。

 日がな一日好きなことをして、ご飯も用意されて、寝たい時に寝る生活とか憧れよね。


 今のあたしはそんな感じ。

 養父母と友達たちが交代で食事を持ってきてくれる。

 それ以外にやることなんて何もない。ううん。やれることがない、って言った方が正確なのかしら。


「だだ、だって、こ、ここ、ど、ど、洞窟、だしぃ……」


 開拓村からあたしの足で歩いて二日の位置にある洞窟。

 小ぶりな丘の根元に出来た空洞。

 そこが今のあたしのお家なのよ。


 玄関は開放的で木の板を立て掛けただけ。

 蔦とかを絡めて自然との調和を演出しているわ。

 入るとすぐにリビング兼、客室兼、寝室の土間。

 というか岩の床なのだけど、毛布を絨毯代わりにしてくつろげるように工夫しているの。

 高さは二メートルぐらいだけど、奥に行くほど狭くなる大胆なデザイン。

 その奥行きはゆったりスペースの十メートル! 幅も同じぐらいの自遊空間ね。


 自然をありのまま受け入れた画期的な別荘よ!


「うううぅ。こ、怖いわあ」


 硬い黒パンをかじりながら本音が漏れた。

 自然との共存はいいけど、一体化しちゃダメなのね。


 ダメよ。

 どんなに自分に言い聞かせても信じ込めないわよ。

 夜になると本当に真っ暗だし。

 虫除けのお香を焚いても隙間から入ってくるし。

 獣除けの柵にはひっかき傷とかあったし。

 水浴びも三日に一度だけだし。

 遠吠えとか怖いし。


「いい、いつまで、こ、こんなの、つ、つ、続くのかしら」


 後宮の暮らしに戻りたいとは思わないけど、こんな生活を続けていれば体が壊れてしまいそう。

 どうかあたしの心が折れる前に決着がついてほしいわ。




 もう村にはいられなかった。


 五人の友達は隠してくれる。

 養父母もあたしの味方をしてくれた。

 薬師である父に説得されて村長も協力してくれることになった。


 だけど、百人ほどの小さな村で、暮らしの辛い家もあって、中には報酬に目が眩んでしまう人がいるかもしれない。

 それに国が本気で調べようとすれば、小さな開拓村に身を潜められる場所なんてない。すぐに見つかってしまう。


 相談の結果、あたしは洞窟に避難することになった。

 村の人には行方不明になったと伝えられている。手配を知って、そのまま姿を消した、と。

 国には伝えていない。逃げたとはいえ当人である証拠もなし。当人だったとしても逃げられたとあっては余計な詮索を受けるのもたまらない。


 そうして洞窟暮らし。

 食料は三日に一度、誰かが届けてくれる。

 ずっと一緒にいるって五人(一人すごい赤面してた)は言ってくれたけど、そうしたらさすがに嘘がばれてしまうと諭されていた。

 なので、交代で配達に来て、夕方までお話するのよ。


 外で草木を掻き分ける音が聞こえてきた。


「■■。入るわよ」

「■■っち。来たよ!」


 一声かけられて、木の板が外される。

 今日はお母さんとヒーちゃんなのね。

 でも、よく見ると二人の後ろに大きな背中が見えた。つっくんも来てるみたい。森に女性だけで来れないものね。


「いい、い、いらっしゃい」


 やっぱり、誰かがいてくれるとほっとするわ。

 後宮でひとりぼっちなのは慣れていたはずなのだけど、もうあの暮らしには戻れないと思う。


「■■、大丈夫? 具合、悪くない?」


 お母さんがあたしの額に手を当ててくれる。

 薬師という職業柄かてきぱきと問診を進める姿は頼りになるし、真剣な様子に確かな愛情を感じて胸の奥が温かくなった。


「うん。大丈夫ね。最初の頃は熱を出してたから心配してたけど」


 環境に体が適応したという事なのかしら。

 無理な生活をしているので専門家が診てくれると安心する。


「む、村は、かか、変わりない?」

「ええ。軍の人が来たのは一回だけで、あれから何もないわ」

「そ、そう。よよ、よかった」

「村の人も手配のことより、魔物のことで悩んでるみたいね」

「ま、魔物? でで出たの?」


 お母さんが首を振るので安心した。

 でも、近くの山で見た人が隣町にいるらしい。


「昨日からお父さんと村長さんが隣町に行って、あなたのことも含めて進展がないか調べに行ってくれているわ」

「じゃ、じゃあ、よ夜までには、かか、帰ってくるかしら」


 諦めてくれたらいいなと思っていると、不意にお母さんが頭を下げてきた。


「ごめんなさい。■■にこんな辛い思いをさせちゃって」


 突然のお母さんの行動に慌ててしまう。

 どう考えても巻き込んでしまったのはあたしで、皆は巻き込まれただけなのだから、文句を言うならともかく、謝ることなんてひとつもない。


「あああ謝らないで、おか、お母さん」

「謝らせて。あなたの過去がなんであれ、あなたはもう私たちの娘なのよ。娘を堂々と守ってあげることもできない親でごめんね」


 唇を噛むお母さんは本当に悔しそうだった。

 どうしてあたしなんかを娘にしてくれて、こんなに想ってくれるのだろう。

 わからない。聞いていいかもわからない。

 だけど、間違いないことがあって。

 お父さんとお母さんにとって血の繋がりとか、過去とか関係なくて。原因さえも関係なくて。娘を守るのは当たり前のことなんだって。

 あたしが原因なのは事実だけど、頼るのを遠慮しすぎては養父母を傷つけてしまうことになるのかもしれない。

 少なくともお母さんはそれほどまでにあたしを守ろうとしてくれている。


 なら、ここで謝り返すのは違う気がする。

 少しだけ甘えてもいいのかもしれない。


「ありがとう。お母さん」

「■■……」

「あたしも一緒に頑張りたい」

「……うん。うん。そうね。頑張りましょう」


 お母さんはあたしの手を握って何度も頷いてくれた。


 お話が終わるまでソワソワと待っていたヒーちゃんが飛びついてきた。


「■■っち。水浴びいこ!」


 ええ。もちろんよ。

 ヒーちゃんが持ってきてくれたタオルを手に洞窟わがやを出る。

 近くに川があって、そこで体を洗ったりできるのだけど、一人では怖くてとてもできないのよ。

 お母さんはその間に荷物を整理してくれると言って見送ってくれた。


「ちょっと天気が崩れそうだから、すぐに帰ってきなさい。ツクモ君、二人をお願いね」


 つっくんは見張りについて来てくれるらしい。この辺り、つっくんは信頼できるのよね。

 なんか、前々回に見張りをお願いしたショタは、あたしたちが戻ってきたら真っ赤になって座り込んでいたし、前回のエレ君と反抗期は殴り合ってケンカしてたし。

 ……覗いたりしたのかしら。


「ひは! み、み、魅力的すぎて、ごごごめんなさいね!」

「あ、いつもの■■っちだ」


 そうよ。落ち込んでたって何も始まらないわ!

 一人きりの洞窟生活は大変だけど、楽しむときは楽しまないと!

 その、助けてくれる人が、いるんだしね。


「ヒーちゃん、せせ、背中、あ、洗ってあげるからね!」

「うん。洗いっこしよ!」




 そんなふうにふざけていられた時間はすぐに終わってしまった。




 水浴びを終えて三人で洞窟まで戻る途中だった。

 前から誰かが争う声が聞こえてくる。

 そのひとつがよく知っている声なのに気づいて飛び出した。

 草木が邪魔になって内容は聞き取れないけど、あの声はお母さんの声よ!


 だけど、つっくんに止められる。

 反射的に叫び返しそうになったら口を手で塞がれてしまった。力強い手はどんなに抵抗しても敵わない。


「……ヒルド。急いで村に戻れ。レリックに伝えろ。待ち合わせ場所に行く」


 真剣なつっくんの声にヒーちゃんが何度も頷く。

 ヒーちゃんは一度だけ振り返るけど、つっくんが頷くとそのまま真っ直ぐ村へ走って行った。

 残ったつっくんは片手であたしを抱えたまま慎重に、静かに洞窟へと近づいて行った。わざわざ行きで通った場所でも、獣道でもない場所を選んで遠回りする徹底ぶりだった。




 洞窟の裏側から丘の上に出る。

 ここからだと洞窟の入り口が見下ろせた。


 最初に見えたのは倒された入口の板。

 そして、洞窟を塞ぐように立った四人の男たち。

 森での活動に適した厚手の服に、要所をカバーする革鎧姿。弓を手にしていて、腰には矢筒と……長剣?

 狩人なら森での活動に適さない剣は好まない。ナイフとかを選ぶ。これが一人だけなら得手不得手の問題だとも思えたけど、四人揃ってなんて考えづらい。

 そうやって見ると、服こそ違いはあるものの、四人の革鎧は同じデザインだった。


 ここまで近づけば声ははっきりと聞き取れる。


「ここで誰をかくまっている! 言わんか!」

「知りません! ここは村の貯蔵庫にしようと準備しているだけです!」

「こんな場所に? 女が一人でか!? 下らん嘘を吐くな!」

「嘘ではありません! 疑うなら村で確認してください!」

「そんなもの口裏を合わせているに決まっているだろうが。どうだ? わかるか?」


 洞窟の中にお母さんがいる。

 そこにまだ他の男もいるみたい。


「何者かがここに滞在しているのは間違いありません。この女と髪色の違う髪がありました」

「色は?」

「金髪です」

「ふん。可能性はあり、か。偵察、どうなっている!」

「はい。そろそろ戻る頃かと」


 再び洞窟内で恫喝じみた声が聞こえてきた。

 お母さんの声は苦しそうですぐに飛び出しそうになる。あたしに何ができるわけじゃないけど、隠れてなんていられない。

 でも、つっくんは絶対に放してくれない。思わず睨みそうになって気づく。つっくんの口端から血が流れていた。唇を噛みきるほど必死に耐えているのだ。


 何もできないでいる間に状況が変化する。

 水浴びに行っていた川に向かう道ともいえない道から二人の男がやってきた。やっぱり、四人と同じ装備。


「隊長。偵察が戻りました」

「ちっ。強情な女だ」


 洞窟から小柄の男が出てきた。他と同じ装備だけど、少しだけ品物が上等に見える。


「痕跡はありました。移動からあまり時間は経っていません」

「ふん。やはり、この女だけでないのは間違いないか。我らに気づいたのか、偶然か。それぞれ二人組で捜索しろ。三時間後にここで集合だ。発見次第、殺せ」


 殺せ?

 殺せってなに?


 六人の男たちが三組になって森に入っていく。村とは逆方向の辺りへ向かっていた。


 あの人たちは誰? 誰を探しているの? スレイアの人じゃないの?


 スレイアがリセリア・コルト・フィ・ディフェンドを探すのはその名前と証言と血統を利用するため。

 だから、殺すという選択肢は絶対に有り得ない。

 敵国の姫といって乱暴を受ける可能性はあっても、殺害してしまっては意味がないのよ。


 でも、考える時間はなかった。

 隊長と呼ばれた男が、洞窟の中に残っている部下に命じる。


「おい、少しぐらい痛めつけて構わん。吐かせろ」

「はっ!」


 鈍い音がして、短い悲鳴が上がった。


 おかあさんっ!!


 つっくんが痛いほどあたしを押さえつけてくる。

 そうでもしないと崖下に飛び降りていた。

 だけど、下から聞こえる悲鳴に耐えられない。


 暴れる。


 一緒に頑張るのはいい。

 だけど、これは違う。

 こんなのは違う!


「誰だ!」


 下から鋭い誰何の声が上がった。

 あたしが暴れたせいで石か何かを落としてしまったのか、気配を感じたのか。

 隊長と目が合ってしまう。


「……あれ、か?」


 首を傾げる隊長。

 やっぱり探し人はあたしではないのだろうか。

 一瞬、安易な期待が浮かぶ。


「まあいい。おい、女は俺が見ている。崖の上に隠れている女を捕えろ!」

「■■! 逃げなさい!」


 洞窟の辺りが騒がしくなる。

 人が掴み合っているのか罵声と、今まで以上に物騒な音が聞こえてきて、今度こそ飛び出そうとしたけど、その前につっくんに抱え上げられてしまう。


「お母さん! お母さん! 待って! お母さんを!」


 どんなに叫んでもつっくんは止まらない。

 転がり落ちるように丘を走っていく。

 声だけが追いかけるように届いた。


「逃げなさい! 早く! その子を連れて行っ――」

「暴れるな! 黙らんか! この! スレイアの蛮族が! 放しや――がっあああああああああああ! 指! 指が!、俺の指いいぃ!! こ、のっアマあっ!!」

「母親? おい、やめんか! そいつは人質に……」


 つっくんが茂みに飛び込む。

 巨体に枝葉が当たるのも構わず、ひたすらに走り続ける。

 声は届かない。


 だけど、最後に聞こえた声は。

 何を意味しているのか、頭が理解を拒んでいる。


 あたしは声を上げることもできないまま、つっくんに運ばれ続けた。


 いつの間にか、空は暗い雲に覆われている。

 雨粒が空の涙のように降り始めた。

あと喪も2・3話ぐらいでしょうか。

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