喪7 思い出してみよう②
喪7
あたしは■■。
まだ名前もない小さな開拓村の薬師の娘。
スレイア王国内の開発村で生活する美少女よ!
金糸を連想させる髪(ちゃんとお手入れしてないから枝毛増加中)。
白魚のような美肌(最近、日焼けしてぼろぼろ)。
絶妙なプロポーション(比較対象、十歳のヒーちゃん)。
元姫は伊達じゃないのよ!
あれ? 『姫』じゃなくて『元』の方が注目されてなかった?
二年前までスレイア王国西部はある大貴族の領土だった。
けれど、隣国ディフェンドから侵略を受けて、あっさり大敗。隣国の姫との婚姻をきっかけに、結びつきを強めようと画策していた大貴族はまともな防備を用意していなかったのだ。わずか数日で城塞都市は陥落。大貴族の一族は根絶やしにされる結果となった。
侵略のきっかけは輿入れ途中の姫が行方不明になった事だとされているが、これは隣国の自作自演の可能性が高いと言われている。
しかし、スレイア王国の方が上手だった。
戦勝に湧くディフェンド軍に、どこからともなく現れた王都のスレイア軍が夜襲を仕掛けた。
様々な要因が重なった結果、僅か一夜にして城塞都市は奪い返され、壊滅的な被害を受けたディフェンド国軍は撤退することとなった。
その後、追撃したスレイア軍はディフェンド王国まで進軍。逃げ込む味方を収容しようとしていた要塞に手痛い被害を与えると、敵方の援軍が到着する前に素早く撤退した。
スレイア王国から腐敗した大貴族が消え、隣国に脅威を認識させる結果。
結局のところ全ては想定内であり、事態が動き始めれば対処できるように手配されていたのだろう。
そうして今は、国境で緊張感を張りつめさせたまま、戦争の責任のなすりつけ合いが行われている。
「■■っち! あーそーぼ!」
「ひっぃ、ひゃ、は、はははーいぃ」
最近、気づいたんだけど、『はい』って言うの難易度高いわー。
以前から人と話していなかったせいでしゃべるのは苦手だったけど、あの時の事件の影響かもっと悪化した気がするのよ。
でも、平気よ。最初だけ。ちょっと話せば、調子が上がってくるから。
扉を開けると、子犬が待っていた。
子犬はどーんとあたしのお腹に体当たりするように抱きついてくる。頭をワシャワシャと撫でてあげると気持ちよさそうに目を細めた。
「よよ、よ、よーし、よーし。いひ、い、いい子ねぇ。ほ、ほほ干し肉、た、たた、食べりゅ?」
「■■っち。ボク、赤ちゃんじゃないよ!」
子犬がしゃべったわ。
ああ、違ったわ。子犬じゃなくて、ヒーちゃんよ。
ふわふわした銀髪に日焼けした肌の元気な女の子。一年前、死にかけていたあたしを見つけてくれた命の恩人。
仕方じゃないじゃない。こんなにかわいいだもん。
あー、本当にかわいいわ。後宮にいた王子や姫なんて本当にお人形さんみたいだったし。
ヒーちゃんのかわいさを堪能していると、その後ろから鋭い視線が突き刺さってきた。それも二つも。
「■■。そろそろヒルドを離したらどうだ」
「ヒルドが嫌がってるのもわからねえのか」
背丈は同じぐらいの少年たち。
エレ君と反抗期。あたしより少し年下の男の子。
あー、もう。二人ともおいしすぎよ。嫉妬ね。嫉妬なのね。
あたしは弛む口元を隠すことなく、腕の中のヒーちゃんの首筋に顔を埋めてみせた。ああ、お日様のかほり……甘い! 甘いわっ! なんだか、ヒーちゃんの成分を摂取してるみたいで、ちょっと元気になった気がするわ!
「ヒーちゃん、だ、だだだ大、好きよう!」
「んー、ボクもー」
で、少年二人は『視線で人を殺せれば!』と言わんばかりの殺意に満ちた熱視線をあたしに向けている。
最高よ。青少年の純情。
「ひっ、あ、ああ、あらあら。ひゅ、ふた、二人とも、あああ、あたしに、ん、ちゅ、ちゅう、注目しちゃって、もも、もしかして、あああたしが、好きとかあっ!?」
はう。
二人の視線が本気で人殺しのそれになったんですけど!
あたしが竦んだ間にヒーちゃんが腕から抜け出してしまった。
そのまま一目散にエレ君の腰に抱き着いていく。力いっぱい抱き締めて、ここからは見えないけど不安そうな目で見上げているのね。
さっきのあたしの台詞で不安になっちゃったのかも。
そして、硬直したエレ君と、嫉妬と諦観と意地が混ざって複雑奇怪な表情の反抗期。
「みんな、おうちの前で、騒いじゃ、ダメだよ」
三角関係の停滞した空気を払ったのは困り顔のショタだった。
これから畑に行くのか、鍬を肩に担いでいる。農具とか本当に似合わないわよね。
「ほら、皆は、今日、勉強の日、でしょ?」
それでもさすがに年長者。
三人は硬直から解放されてもじもじとしている。
と、いきなりあたしの頭に重い物が落ちてきた。痛みにしゃがみ込んで頭を抱え込むと、影が差してくる。
「ひひゃっ!」
見上げればいつの間にかつっくんの巨体があたしを見下ろしていた。
静かな目が『やり過ぎだ』と言っている。
「ごごご、ごめ、ごめんなさいー」
謝るとつっくんはひとつ頷いて歩き出した。
大きな斧を片手に森の方へと。ショタと違って風景の一部かと思えるほど木こり姿が様になりすぎていた。
その大きな背中を見送っていると、手を差し出されているのに気付く。
ショタがなにやら赤いのか白いのか青いのかよくわからない顔色であたしに手を伸ばしている。
「■■、手を」
どうして目を瞑ってるのかしら。とはいえ、無視するのはかわいそうだから手を取ろうとした途端に、ショタが高めの声を上げて飛び跳ねた。
もちろんあたしの手は虚空を掻いたまま。
ふふ。そう。そういう扱いなのね。持ち上げて、落とす。わかっているわ。人をからかった罰、そういうことなのよね。
「……あ」
「■■っち、起きろー!」
青ざめたショタを華麗にスルーしたヒーちゃんがあたしの手を取って起こしてくれた。
ああ。やっぱり、天使よ。
「ヒーちゃん、ご、ごめんねえ。だ、だだ大好きよう」
「ボクもー!」
もうヒーちゃんさえいればいい気がしてきたわ!
両手をついて震えるショタと、その両肩をポンポンと叩くエレ君と反抗期も見えるけど、気にならないわ!
「■■?」
声を掛けられて振り返る。
開けっ放しになっていた扉から出てくる夫婦。
茶色の髪と田舎暮らしにしては白い肌の男性と、それに寄り添う亜麻色の髪の女性。
「お、お父さん。……お母さん」
うう。まだうまく呼んであげられない。
そんなあたしの葛藤をわかっているのか、柔らかく笑って見守ってくれている。
一年前、あたしを見つけたヒーちゃんが連れてきてくれた、開拓村唯一の薬師夫婦。
怪我と衰弱から回復して、でも、行く先のないあたしを受け入れてくれた。
得体が知れない上に、明らかに厄介事を抱えている、身寄りのないあたしを養女として迎えてくれた優しい人たち。
正面から二人のことを『お父さん。お母さん』と呼べていない。どうしても目をそらしてしまう。今までそんな愛情をもらえなかったせいか。それとも、本当の母に気後れしてしまっているのかはわからない。
「今日は薬草を取りに行く日だったか」
「う、うん。そそ、そうなの。だ、だだ、だから」
「三人も一緒ね。はい、お弁当よ」
布包みを渡される。
なんだか、それだけで胸がいっぱいになってしまって、言葉が出てこなかった。
それでも振り絞るようにして『行ってきます』と呟いて、あたしはみんなと一緒に出発する。
小さい時からたくさん読んでいた本の知識が、今のあたしを支えてくれている。
薬草の事は少し習ったらだいぶわかるようになったし、調合の仕方もちょっとずつ教えてもらっている。
だけど、長い後宮生活のせいで体力は人並み以下だから、三人があたしのお手伝いをしてくれるのだ。
元気なヒーちゃん。
真面目なエレ君。
生意気な反抗期。
「いいい、行きましょう、か」
「おー!」「はい」「へいへい」
ヒーちゃんは拾った木の枝を振り回しながら歩く。あたしを守ってくれるらしい。
エレ君と反抗期には色々と勉強を教えている。いつかは王都に行って、学者になるのが夢なのだとか。
四人で歩く。いつの間にか一人先に畑への道を重い足取りで歩いていたショタを追い抜き、伐採の計画を話し合っているつっくんに手を振り、あたしたちは林の中へ。
木漏れ日が綺麗。
「今日も、いい天気ね」
あたしは決めたの。
リセリア・コルト・フィ・ディフェンド。ディフェンド王国の第七王女は死んだのだと。
これからは■■として生きる、と。
この開拓村で暮らし、いずれは夫婦の後を継いで、薬師として生きる。




