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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編
19/238

15 前夜

4年でシズ君はどうなったでしょうか。

 15


 4年。


 ラクヒエ村の子供は10歳で仕事の手伝いは始める。

 それは家事だったり、親の仕事だったり、将来の目標にしている職業だったり。

 ラクヒエ村は各々の仕事の収穫や利益を一度全体に集めてから、平等に分配されるシステムになっている。特別、村に大きな収益を運んだ家にはボーナスが贈られるので、ナマケモノが得をするようにはなっていない。

 村全体が家族。そういう雰囲気はこのシステムがうまく循環しているから出来上がっているのだと思う。


(村長さんは分配が大変そうだけどね)


 年に2度の決算の時はいつも疲労困憊でかわいそうだった。

 でも、それだけ悩んで苦労して調整して決めているから村の誰もが村長の配分に納得するのだとも思う。


 話がそれた。仕事と子供の話だ。

 10歳から12歳の間の2年。

 個人や家庭の事情で色々だけど、大人の仲間入りするための準備期間。

 自由に遊んでいられるモラトリアムが短い。そう感じるのは現代日本人の感覚だからみたいだった。村の子供たちは悩みながらも自分の行くべき道を決めていった。

 現代日本とは平均寿命からして違う。

 人生は短い。

 ここでは生き急ぐぐらいでちょうどいいのだろう。

 やらなかったことを後悔する猶予さえないかもしれないのだから。


 そんな中で魔法学園に行くと決めていた僕やリエナは珍しいタイプに分類される。

 学園に入れるのは12歳から。

 将来へ進みだすのに2年間のタイムラグがある。

 もちろん、学園に入るため魔法の訓練は行われるけど、それは村の収益に関わらないのだから少し肩身が狭い。

 なので、僕たちは訓練の合間に色んな手伝いをする。

 どんな仕事にも忙しさにはむらがある。人手が欲しいところから要請が来たらお手伝い。

 僕は村長さんや商人さんの帳簿つけとか。

 リエナは狩りや自警団。

 配役が逆?逆じゃないよ。これであっている。


 あのね。リエナがすごい強いの。


 もうペースチェンジとかラストスパートとか後先考えない全力疾走とか手を尽くしてもランニングじゃ絶対に勝てなかった。リエナは最近だと振り返って様子を見る余裕もあるぐらい。しっぽがまだ?みたいに揺れたりする。

 いや。僕が遅いわけじゃないよ。大人にも負けないから。1人だけ例外がいるから誰にも負けないとは言えないけど。

 たまに組手なんてしても気づいたら地面で大の字になっている。素手でも武器でも。

 元準騎士のおじいちゃんに秘密で鍛えてもらっているのに。まるで歯が立たない。

 どれだけ実力差があるかって?そうだね。組手が簡単に終わらないように手加減されたりするぐらいかな。

 リエナ、気持ちはありがたいけど。耳としっぽでバレバレだよ?苦しそうな受け方してても耳としっぽはシーンとしてるじゃん。

 男の子のプライド辺りが粉々になったりしてかなり凹んだ。


 別に意地なんか張っても仕方ないしね!

 才能のある人が努力してるんだから順当な結果だよ!

 ちょっとおじいちゃんに予習させてもらって、いいところ見せてやろうとか考えてないんだから!

 別に諦めてないし!


 うん。諦めてないのは強がりじゃない。

 まっとうな勝負なら絶対に勝てない。もう全敗。

 でも、リエナは搦め手にすごい弱い。フェイントぐらいは見破られるんだけど、ルールの隙間とかを突くような手だと後れを取る。

 たとえば杖を打ち上げられた時、わざと手放して宙に浮かして落ちてくるまでに位置調整。降ってきた杖に頭を打たれる、とか。

 素直な性格だからなあ。

 まあ、次からはきっちり対応してくるんだけどね。僕が足掻けば足掻くほどリエナの隙がなくなっていくような……。

 いや、それでリエナの安全が増すなら甘んじて敗北を受け入れようじゃないか。

 大人だからね!


 魔力は勝ってるし。


 というか僕の魔力がおかしい。

 僕のスパルタ書記士訓練。通常の6倍ペース筆記。

 超一流の才能の持ち主でも2年と成長が続かないはずなのに4年間止まらなかった。

 1年遅れで始めたリエナは半年とちょっとで止まった。それでも平均よりはずっと高いというのに。

 しばらくは魔力の特訓のことはおじいちゃんにも秘密にしていたんだけど、だんだんと不安になってきたから相談したら『!!!?』みたいな反応をされた。

 おじいちゃん、お互いの心臓に悪いからやめようね?

 8年前の時点での『人より多い魔力』には心当たりがあった。転生しているのが関係しているんだという予測があった。

 魔力が精神というものに関連しているという仮説だけどね。単純に人より倍はあっても不思議じゃないと思っていた。

 だけど、最近の『人間の領域を超えた魔力』とか意味がわからない。

 今までの筆記訓練だと魔力を使い切るのが大変になったので全力で魔力注入してやっとの思いで使い切っている。

 あ、絶対に術式になるものを使うなとおじいちゃんにすごい念を押された。

 もちろんだ。村の中で術式崩壊なんか起こした日には村が滅びかねない。訓練で魔力が増えている今なら何が起きるか分かったものじゃないし。

 とりあえず、他の人にはこの魔力は秘密ということで決まった。

 まあ、魔力量が多いのは魔法使いとして大成できる1番の条件だからいいのだけれど、余計なトラブルのもとにもなりそうだからね。


 ああ。盛大に話がそれたなあ。仕事と友達の話だよ。

 事件をきっかけにできた友人たちとたまの休みにしか会えなくなったのは寂しかった。

 休日と言っても田舎村に定められた休日なんてない。それぞれの仕事で手が空いた時が休みの時だ。

 だから、全員が一斉に集まるなんて年に1回の収穫祭の時ぐらい。

 まあ、そのぶん盛大に楽しむんだけど。

 飲めや騒げの一夜は現代日本のお祭りとは違った趣があった。いや、1人で行くお祭りと、皆で楽しむお祭りの違いかもしれないけど。生憎、今となってはわからない。

 そんな年に一度のお祭りだけど、この年はもう一度だけ催されることになった。


 魔法学園の入学試験を翌月に控えた春先の日。

 僕とリエナの旅立ちの前日だった。


 日中はほとんどの仕事がお休みになって、夜のための準備に充てられた。

 町の広場にはキャンプファイヤー。

 このために狩人が腕を振るって狩った獲物が奥様方の手によってどんどん料理されて、子供たちが元気にそれを並べていった。つまみ食いはまあ見なかったことに。

 村の果樹園からもここぞとばかり季節の果物が出された。

 日が暮れてくると村中から人が集まってくる。

 仰々しい挨拶はない。村長一家が来たところで宴は始まった。

 好きに料理をつつきながら集まりができて、タイミングを見てお酒が出された。

 商人のおじさんがこの日のためにと隣町から上等のお酒をたくさん取り寄せたのだ。


 僕もリエナも飲めないんだけどね!


 この国だと15歳からってなってるんだよ。

 や、巡視も滅多に来ない田舎村で律儀に守ってる人なんてほとんどいないんだけど明日が旅立ちの身としては自制するしかないでしょ。って、わかってるよね?みんなが飲みたいだけだよね?

 まあ、今まで本当にお世話になってきたんだからお酒の肴になるぐらい大丈夫。問題ない。

 友達連中も遠慮なく飲んでくれよな……って、本当に遠慮ねえよ、こいつら!僕らが果実水で我慢してるのになあ。


 渦中の人ということで僕とリエナの周りには人が入れ替わり集まる。

 主に友達たちで他にも仕事の手伝いをした人が挨拶に来てくれた。

 さすがに家族みたいと言っても500人近い人口だから全員と話したりはできない。

 時間が経つとそれぞれのグループが出来上がった。

 半分に欠けた月が中天に差し掛かってきた頃、僕とリエナはそろそろ帰ろうかとしていた。


「シズ、言いたいことがある」


 そこに狩人のラクが声をかけてきた。

 いや、他にも麦農家のフフとか、鍛冶屋のオタミとか、2年前までよく遊んでいた歳の近い男友達が10人以上も。

 みんなこの2年で逞しくなったなあ。いや、成長期っていうのもあるけど。こう人間的な雰囲気っていうの?学生と社会人の違いみたいな?人としての厚みが増していた。

 そんな彼らが真剣な顔をしている。自然、僕も居住まいを正した。


「なに?」

「代表として俺が話すがこれは皆の総意だ。今年で俺たちも一人前だし、今日を逃すともう機会もなさそうだからな」


 改まった言葉に背筋が伸びた。

 お酒が入っているのに静かな口調で語るラクは迫力がある。

 僕が1人で迷走している間も気遣ってくれていた友人の中でもリーダー格だ。

 明日からは今まで以上に距離が開いてしまう。或いはこれが今生の別れともなり得る。語るべきことは多い。


 激励だろうか。

 忠告だろうか。

 哀切だろうか。


 以前の僕なら日頃の鬱憤を晴らすためのお礼参りだろうかなどと警戒していただろう。もう以前の僕とは違う。彼らとの絆を疑いはしない。

 正面から彼らの想いを受け止めよう。


「うん。聞くよ」

「ありがとう」


 ラクは大きくひとつ深呼吸した。

 豪快で竹を割ったような性格のラクがこうも発言に時間を置くのは珍しい。こちらも緊張してくるな。

 ラクが強い目線で僕を見た。


「リエナさんを俺にください!」

『お願いします!』


 全員が一斉に声と挙動を揃えて頭を下げた。

 僕の内側から出てくる回答はひとつだけだろう。


「うん。お前ら馬鹿じゃないの?」

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