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喪3 協力しよう

 喪3


「ほんとのあたしになりたいの

 でも、ほんとのあたしはどこ?

 どこにいけばいいの?

 どこでならあなた(あたし)にあえる?」


 淡く輝く指先が空を掻く。

 煌めきの残滓が散る中をいくつもの文字が重なった。


「かみさま、おしえて

 かみさま、たすけて

 ……わかっているわ

 ねがうだけじゃ、いみないなんて」


 隙間を覗く。

 高速で流れゆく景色から掬い上げる。

 あまりにも多すぎて、指の隙間から零れ落ちていくけど、指先に残る微かな感触を忘れないように胸に刻んだ。


「だから、いまからたびだつの

 あしたじゃおそいわ

 きのうはここにおいていって

 いまをふみだして、みらいに」


 氷の杭で脊髄を貫かれたような寒気に襲われる。

 錯覚と知っていても、恐ろしいまでの生々しさに眉根が歪むのを自覚する。

 恐れを誤魔化すように、声を張り上げた。


「まっていて、あたし!

 このおもい……とどけえええええええええっ!!」


 声の響きが部屋の壁にゆっくりと落ちていく。

 荒い呼吸が落ち着くまで、しばらく掛かった。


「ひ、ひは。ちょ、ちょっと、い、いい感じ、だだったかも? う歌の才能まで、あああるなんて、あ、あたし、すすすごいわ! ここ今度、ヒーちゃんと合唱とか、し、しちゃったりして!?」


 作詞作曲歌唱、あたしの熱唱の余韻を味わっていると、笑いが止まらなくなるわ。

 ヒーちゃんは『戦場の歌姫』だから、あたしはそうね。


「しし『深窓の歌姫』とか? そ、それとも、ヒーちゃんが、『銀小姫』だから、ああ、あたしは『白花姫』とか! ひ、ひは――――――――!」


 人気出ちゃったらどうしようかしら!

 サイン。サインの練習! 待つのよ。落ち着くのあたし。まずはファンへの対応からよ。そうね。好きって気持ちは嬉しいけど、ファンとは距離を置いておかないと。勘違いさせちゃったらかわいそうだもの。


 ちょっとだけ練習よ。

 あたしだけに見える部屋に詰めかけてきたファンへ、あたしの想像上ではお姉さま風に軽く目を伏せて微笑んで、あたしの中では自然に受け答えする。


「ごごご、ごめんなさい。ああ、あたし、とと特定の人とは、つ、付き合えないの。だ、だって、だだだ誰か、ひ、ひとりのものになっちゃ、みみ、みんながケンカしちゃうでしょ?」


 完璧!

 と、満足して目を開くと、大男と目が合った。


 目深に被った帽子に、作業服の青年。

 村で一番背が高くて、がっしりとした体格。

 第三始祖こと、つっくんだった。


「……み、見た?」


 頷かれる。

 巌のような無表情が、心なしか気まずそうに視線を逸らされた。


 感覚のなくなったはずの足先からぐーっと熱い血流が上ってくる感覚。

 あたしは両手を突きだしたまま、嫌々しながら後退しようとして、背もたれに背中を押し付ける。

 どこにも逃げられないのね。

 わかっていたわ、そんなこと!


「ひ、ひは。つっくん、たら、ひは。ひはは。もう、ももう、おおお女の、へひゃ、部屋に、かか勝手にはい、這入るなんて、ひ、ひ、ひは。ひぐ。あ、あたしが、あたしいいいぃ、ぅぅぅぅぅ。み、みりきてきだか、だからってえっ!」


 恥ずかしい。

 おわた。あたしの自由時間、おわた。

 それと羞恥心。


「……あ」


 打ちひしがれるあたしの涙がそっと拭われた。

 見上げればつっくんがあたしの肩に手を置いて、ゆっくりと首を振る。

 真剣な目つき。

 誠実に。

 真摯に。

 あたしに向き合おうとしてくれるのがわかる。


「つっくん」


 つっくんは片手の五指に五色の光を纏わせると、目も止まらない速さで空中に指先を走らせた。

 しゃべるのが苦手なつっくんは、言いたいことを絵で表現したりすることもあるけど、大体は筆談を好むのよね。

 そうして、書かれた文字は。


『音程がずれていた。強弱の付け方も甘い。やり直し』

「ひぐうううううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」


 芸術家肌のつっくんは美術だけじゃなくて、歌とかにも厳しい。

 そして、わりと鬼教官。


 容赦のない指導であたしの歌は新たなステージに昇ることになったわ。

 さっすが、あたし。多才ね!

 ……あたしが恥ずかしかったのを誤魔化すつもり、だったのよね? そうなのよね、つっくん?




 一時間ぐらい続いた熱血指導(無声)から解放されたあたしはぐったりとベッドに横たわる。

 つっくんは来客用の椅子に巨体を恐々と乗せていた。足、折れないといいんだけど。


「そ、それで、きょ今日は、どうしたの?」


 一時期は始祖たちも余裕ができてお休みも増えたけど、最近はそうでもないのよね。

 テナート大陸からまた魔族が現れたから。

 それも、大陸の中心に近づくと頭痛がして、誰も近寄れなくなるおまけつき。

 その調査に皆が駆り出されている。

 まとまったお休みなんてほとんどない。


 つっくんがこの村に戻ってくるのは久しぶりよね。

 たぶん、ヒーちゃんの髪型騒動の時、以来じゃないかしら。

 エレ君とヒーちゃんとはよく会えるんだけど。エレ君はテナート大陸の調査結果を持ってきてくれて、ヒーちゃんはお話をしに。

 次にショタと反抗期。

 つっくんが一番少ない。


 ……違うのよ? あたしが避けられているわけじゃないのよ? 本当だってば!

 つっくんは皆がまとまった休みを取れるように率先して戦っているの。

 そうよね? 本当はあたしと会いたくないからじゃないわよね?

 だって、来てくれたもん! 今日、会いに来てくれたもん! なによ、あたしが『もん』とか言っちゃ悪い!? 悪いわよね! すいませんでした!


 あたしが自問自答の末に迷走し始めたところでつっくんが筆談を始める。


『提案がひとつと、準備に来た』


 あら、つっくんが提案って珍しい。

 つっくんは本当に兄貴って感じの人だから、普段は黙って皆を見守っているばかりで、自分から発案したりはしないのだけど。


「な、なななに?」

『結婚式をしよう』

「ひは?」


 あれ?

 今、つっくんはなんて?

 ケッコンシキ?

 血痕死期?

 いえ、結婚式よ!


「ひは! ちょちょちょちょっとお! つっくんったら、だ大胆すぎよ! いい、い、いきなり、ここ告白を跳び越えて、きゅ、求婚、なな、なんて! ひふ! き、きちゃったあああああああああ! あああたし! き、ぃたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 狂喜乱舞。

 ヒーちゃん、あたしも仲間入りよ!

 ううん。跳び越えちゃったわ! 大丈夫! 人妻になってもあたしはヒーちゃんの親友だからね!


 ベッドの上でギッコンバッタンと身悶えるあたしにつっくんは冷静に筆談を続ける。


『エレメンタルとヒルドのだ』

「でで、ですよねー」


 はい。あたしの春、しゅーりょー。

 わかってるわよ。つっくんと色恋って全然結びつかないし。

 いいじゃない。求婚されたつもりになって想像するぐらいしたって。

 予行練習よ! 王子様のためのね!

 あれ? 練習で今のだと甘い展開、無理? 今度、本当に練習しないと。


 荒くなった息を落ち着かせながら、言われたことを考える。

 エレ君とヒーちゃんの結婚式。

 恋人になってもう二年。そろそろ考えてもおかしくないけど、あの二人だから周りがお膳立てしてあげないといつまでも足踏みしそうよね。


 そのうち、ヒーちゃんが妊娠でもしたらエレ君も覚悟するかしらと思っていたけど。

 ヒーちゃん、その手の話題が苦手だから、聞き出そうとしても教えてくれないのよねー。超気になる。


「そそ、それは、い、いいけど」


 つっくんが言い出すとは思わなかった。

 反抗期辺りが片思いを諦めるために言い出すかもって予想していたわ。


『魔族のことで嫌な雰囲気になっている』


 そうね。テナート大陸の魔族を全滅させて、安心していたから一層ね。

 でも、理由がそれだけじゃないのはわかってるわよ。つっくんが仲間の結婚を士気高揚のために利用するなんてないもの。


『これからは余裕がなくなるかもしれない』


 つっくんの不安には根拠がある。

 今はまだ魔族の数も少ない。

 大陸から出てきたのは皆が倒している。


 でも、例の頭痛。あれのせいで魔物がよく出る場所が調べられなくなっているし、頭痛を受ける範囲が少しずつ広がっているのよ。

 いずれ、テナート大陸には始祖でさえ入れなくなってしまうかもしれない。そうなればテナート大陸は魔族の拠点として手出しができなくなる。

 戦いは長期化するわね。終わりの見えない、長い長い戦いに。


 そのための対策とか、原因究明とか、色々と考えているけど、確かに今ほど余裕がある時期はもうないかもしれないわ。

 そうなれば真面目なエレ君は、結婚とか考えられなくなってしまうかも。


「わ、わかったわ。きょ協力、すすするわ」

『準備はレリックとロディにさせている。エレメンタル側の手配も任せろ。■■はヒルドの用意を頼む』


 兄貴、手際が良すぎよ。

 裏方に徹するつっくんらしいと言えば、らしいけど。


 でも、あたしに準備とかできるかしら。

 ヒーちゃんの用意って、ドレスとか靴とかよね。後はアクセサリー。

 いいのよ。頑張るわよ。ヒーちゃんのためだもの。似合うの考える。うん。だけど、どうやって用立てればいいのよ。

 動けないんだって。


『■■。そのままでいろ』

「へ?」


 唐突につっくんが近寄るなり、肩と膝裏に腕を通されて、そのまま持ち上げられてしまった。

 こ、これ……。


「おおおおおおひみぇひゃまひゃっこ!」


 言えなかったわ。

 だって、お姫様抱っこよ! 女の子の憧れよ! 歳考えろとか関係ないわ! メスはいつだって、いくつになったって気持ちは女の子だもの!

 ……発情期、言うな。


 逞しいつっくんの腕は危なっかしいところが全然なくて、ちょっとときめいちゃいそう。

 真剣な眼差しとか、疼いちゃうんですけど!

 なんてドキドキしている間に夢の時間は終ってしまった。つっくんは丁寧にあたしをベッドに下ろすと、十指に十色の光を宿らせた。


 超高速で手指が振るわれる。

 無数の光が乱舞して、十秒にも満たないうちに立体的な構図が出来上がった。

 それは、椅子のような形をしている。

 つっくんは両手を打ち合わせて、光を散らせた。


「命名:■■の椅子」


 つっくんの名づけと同時に光が実体を得る。

 鉄とも銀とも見える、不思議な金属でできた椅子だった。

 その足底には小さな車輪がついているのが特徴的。


 召喚魔法。

 つっくんが描いた物を実際に生み出す奇跡の魔法。




 後日、ツクモの弟子たちは語る。


「模造魔法で再現しようとしたんですけど、無理っすよ。だって、ツクモ様の術式って、あの絵ですよ!? 短時間で再現できるわけないじゃないですか! 制限時間が過ぎて術式崩壊起こしましたもの! 術式が未完成だって! ツクモ様と同じことをしろ? あんた、あれができるんですか? 努力でどうにかなると思うんですか? どうしたかって? 簡単な構図にデッサンし直すしかないでしょ。本物よりずっと効果が落ちますけどね。凡人にはそれが限界です」


 使い勝手の悪さでは法則魔法が上回るが、弟子の苦労としては彼らに勝るものはいなかっただろう。




 閑話休題。


 あたしは目の前に現れた椅子に触れながら、つっくんに尋ねる。


「ここ、これ?」

『■■の椅子だ。外に行くならこれに座れ』


 あ、さっきの抱っこは測定なのね。

 ときめきとかないのね。

 まあ、あの真剣な目つきとか製作者の熱意しかなかったし。


『座れ』


 つっくんに手伝ってもらいながらあたしは椅子に腰かける。

 びっくりするぐらい体に馴染むというか、負担のない姿勢に自然となってしまった。あたしのためだけの椅子なのね。

 ちょっと、嬉しい。


『具合はどうだ?』


 確かにこれならあたしでも外に行きやすい。

 それこそ二人の結婚式にも。

 他の人に抱えられて運ばれるのは、やっぱり心苦しいし。

 そんなあたしの遠慮をつっくんは見抜いていたみたいね。


「そそ、その、あああありがと」


 つっくんは黙って頷くだけだった。

 なんとなく、気恥ずかしくなって話題を変える。


「そそ、それにしても」


 首を傾げるつっくんの、久々に聞いた声を思い出す。

 まだ二十代の見た目からは想像できない、激渋のバリトンボイス。


「かか、かっこいい、こ、声よね」


 ほんと、耳が孕みそう。

 あ、そっぽ向いちゃった。

 ひは。照れてるのね。シャイなんだから!


「さささ、さっきの、うう歌とか、しし、式で、歌ってみたりする?」

『わかった』


 冗談で提案したのに了承されてしまった。

 式って言っても身内だけだろうけど、それでもつっくんが歌うの?


 驚いているあたしの肩につっくんが両手を置く。

 気のせいか、ちょっと力が強いような? あれ? もしかして、これって迫られちゃうパターン?


 と、目の前につっくんが描いた文字が目に入った。さっき、書いていたらしい。


『もちろん、■■も歌うんだな』


 ひは!

 衆人環視で合唱とか死ぬる!

 おまけに作詞作曲があたしじゃない!

 それも相手は世界最高レベルの芸術家、つっくんとか!

 公開処刑の間違いじゃないの?


 逃げようにも両肩をがっちりホールドされていて、折角の移動椅子も役に立たない。


『さあ、今から特訓だ』

「ひは……」


 あたしの喉が枯れるまで、練習は続いたわ。

 一ヶ月後の結婚式でヒーちゃんが喜んでくれたからいいけどね。

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