喪1 相談しよう
喪1
あたしは第六始祖。
名前はもうない。
千年、新しい始祖の誕生を待って、沢山のものを押しつけ……ん、んー。託して、最後の願いのために代償を払った。
願うのは第七始祖シズの帰還。
それと、これから失われてしまう魔力が復活するように循環システムを生み出すこと。
計画通りにいけば、この世界から魔力はなくなってしまう。そうなると色々大変だろうから、少しずつ魔力が戻るようなシステムを構築しようと思う。
代償であたしが失われるのはそっちのせいだったりする。シズ君を戻すだけなら、完全に消えることはなかった。
シズ君はうまくできるかしら?
正直、あんなに若い子が来るなんて思わなかった。
おかげでちょっと興奮しちゃったのはしょうがないわよね。
シズ君は怒鳴ったり、悪口ばかりだったけど、あれはきっと照れていたのよ。年上のお姉さんと二人っきりでで緊張しちゃったのよね。間違いないわ。
ひは。あたし、魔性。子供には刺激的過ぎなんて……。
直後、ゾクリと背筋を震わせる感覚に襲われた。
もう生きるとか死ぬというような存在じゃなくなったはずなのに、理屈じゃなくて殺されると思った。
「ごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちちちょ、ちょっと調子に乗っただけなの! ほほほ本気じゃ、本気じゃないのよ!」
慌てて弁解すると悪寒は離れていった。
ひ、ひはは。こ、怖かった。
万象の理に、しかもシステム化する途中のあたしに殺気を飛ばしてくるとか、あの子ちょっと規格外過ぎよ。
あの子、ちゃんとやってくれたらいいのだけど。
話は聞いてくれたけど、やるとは最後まで言ってくれなかった。
でも、あまり心配はしていない。
シズ君はなんのかんの言いながらも最後は誰かのために頑張る子だもの。始祖権限をシズ君が得たあの日からずっと見てきたもの。知っているわ。
ほんと、素直じゃないんだから。あたし知ってるわよ。ツンデレって言うんでしょ。
もうちょっとデレてくれても良かったと思うけど、ご褒美がなかったからかしら?
ダメよ! シズ君ったら大胆なんだから! そうね。上目づかいでどうしてもって言うなら考えてあげてもいいわ。あたしのことは『お姉ちゃん!』って呼んでね。ひ、ひは。やばい。鼻血でそう。
不意に視線を感じた。
氷点下の、血液さえも凍結させるような冷たい感触。
「な、なななに!? またシズ君!?」
もちろん、万象の理にあたし以外の存在なんているわけない。
チリチリと喉を焦がすような気配を辿れば、猫耳の女の子の姿が現れた。
あ、シズ君の想い人ね。え? ええ!? なんで、この子までこっち側を捉えてるの!? 妖精の種族特性ってレベルじゃないでしょ! や、ややや、やめて。そんなに睨まないで。おおおおお願いします。ひは。ひひ。
……ごめんなさい。
はあ。やっと視線が離れてくれたわ。恋する女の子の本能ってすごいのね。
そんなことを考えたからだろうか。
懐かしい光景が思い出された。
或いはシズ君が去り際に拳骨ごと届けてくれた想いが溢れたのかもしれない。
あれは、まだあたしが故郷の村にいた頃のお話。
「■■。いいだろうか?」
聞き慣れた硬い口調。
ノックと一緒に届いた声で誰かすぐにわかった。
「エレ君? どどど、どうぞ」
「邪魔をする……はあ。■■、また少し痩せたんじゃないか?」
部屋に入ってくるなり眉をしかめたエレ君こと、第一始祖エレメンタル。
「ちょ、ちょっと、エレ君。だだだ、駄目よ? そそんな、女の寝姿を舐るように、しし視姦するなんて! ここここの、エロガッパ!」
「エレメンタルの名の元に示す。
闇の理を密やかに敷くもの、
永劫の牢は咎人を溶かして飲み干せ、
闇・永獄・無塵点、
八元、万象を改竄せよ。
其は新たなる世界の法なり」
前髪が闇に飲まれて、塵さえも残さず消滅した。
硬直したあたしを気にすることなく、エレ君は部屋を出入りして、最初の立ち位置に戻ってから口を開く。
「邪魔をする……はあ。■■、また少し病んだんじゃないか?」
「ちちち違ってる! だ、大事なとこ、違ってるわ!」
「相変わらず■■の言うことは理解できないな」
エレ君、あたし思うのだけど、本当に理解できない人は警告で上級の属性魔法は使わないんじゃないかしら。
指摘したいけど、さすがに次は前髪じゃすまないかもしれないので、エレ君に合わせて話を進める。
ベッドのわきの椅子を勧めると、エレ君は脇に抱えていた荷物を壁に立てかけてから座った。
「ど、どうしたの? きょ、今日は、エレ君。おおお休み、でしょ?」
「ああ。意見を聞きたくてな。少し時間を借りたい」
どうしたのだろう。
エレ君はどちらかというと周りの悩みを聞く側の人だけど、それが改まって相談なんて。
「い、いいけど? なに?」
「助かる。実は、な。今日はヒルドも休みをもらっている」
第二始祖ヒルドこと、ヒーちゃん。
ちょっと、がさつだけど、優しい女友達。
大きな戦いが終った後だから、始祖が二人も休めるようになったのよね。
「そそそうね」
「それで、一緒に、出掛けようと、誘ったのだが」
「ばばば爆発しろ!」
なによなによなによ自慢ね自慢なのね自慢でしょ深刻な顔して何かと思ったらのろけられるとかひどいじゃないあてつけて嘲笑うつもりねそんなに独り身が悪いのええ悪いわ恋人ほしいよかっこいい系でもかわいい系でもばっちこいよなのにどうして誰もあたしに告白しないのよこんなのおかしいわよこんな理不尽ないわよ神は死んだわ死んでないならこんな非道を許す神なんてあたしが滅ぼしてみせるわとにかく何が言いたいかっていうと。
「恋人、滅ぶべし!」
「■■、落ち着け」
「むごっ!」
身を乗り出して首を絞めようとしたら、突きだされた手のひらがカウンターになって喉に入った。
エレ君、いくらなんでもこれはないと思うの。
しばらく、あたしが噎せて咳き込む音だけが部屋に響いた。
「ひ、ひは。そそそうなのね。あ、あたしを、しし始末する気ね」
「いや、今のはすまなかった」
事故だったらしい。
本当にヤルつもりだったら部屋ごと魔法で吹っ飛ばされているだろうし。
あたしもちょっと慌てちゃったし、ね? 失敗失敗。ひは。
「そそそそれで? な、何の相談なの?」
「どこに行けばいいと思う?」
ひは。デートスポットの紹介とか、なんの罰ゲームよ。
あたし、体が動かないんですけど。もう何年もこの部屋で寝続けてるんですけど。そんな女におすすめデートスポットを教えろとか、やっぱり殺す気? 精神的にいたぶって殺す気なんでしょ?
「頼む」
追い出してやろうと思ったけど、エレ君は真剣な顔で頭を下げてきた。
どうやら本気、みたいね。
友人の頼みだから、協力するのはいいけど、やっぱりあたしはそういうことに詳しくないから力になれるとは思えない。
「ほ、他の人には、そそ相談、したの?」
「した。ツクモとレリックとロディにな」
他の始祖たちには相談したのね。
第三始祖ツクモこと、つっくん。
第四始祖レリックこと、ショタ。
第五始祖ロディこと、反抗期。
確かにエレ君なら異性に聞くより同性の友人に協力を求めるわよね。
でも、ね。このメンバーは駄目よ。ええ。きっと。
「な、なななんて?」
「ツクモからはこれを渡された」
壁に立てかけた荷物を渡される。
布で包まれた板みたいだった。開けてみると、一枚の絵が出てくる。
「ひは。な、なに、これ?」
夕日に向かって拳を突き上げる筋骨隆々とした男の半裸が描かれていた。何故か舞台が断崖絶壁の上で、夕日には感極まったような女性の表情がある。
無駄に巧みな技量が費やされていて、今にも動き出しそうな迫力があった。
「くれるそうだ。■■、見舞いの品に受け取ってくれ」
「やや、やめてよ! つっくんの絵なら、ほほ本当に動き出すかもしれないじゃない!」
なにせ召喚魔法の始祖だ。それぐらいある。
布に包みなおして押し返す。
エレ君もさすがに本気ではなかったのか、それでも持っていたくないみたいで嫌そうに絵を受け取った。
「じゃ、じゃあ、ショタは?」
「レリックはペアの婚約指輪を作ってくれた」
おもーい。初デートで婚約指輪とか重すぎよ。
これだから、ショタは駄目なのよ。行きずりの痴女にでも襲われて食べられればいいのに。
「わ、わわ渡すの?」
「時期尚早だ」
エレ君が冷静で良かった。
さて、残るアドバイザーは一人だけね。
「反抗期は、い、いいわ」
「そうだな。『押し倒せ』と言われたので殴ったら、喧嘩になった」
サイテー。
修羅場に巻き込まれてボコボコにされればいいのに。いつまで反抗期やってんのよ。
「もう頼れるのは■■だけだ」
ひは。ちょっと、いいわね。その台詞。
まあ? 友達だし。一肌脱いでもいいわよ。
「べ、別に。とと特別なとこに行かなくても、い、いいでしょ。どどどうせ、ああ、遊べるとこなんて、な、ないんだから」
「そうだな」
魔族の侵略で多くの町が滅んだ。
生きるのに必死で娯楽なんて真っ先に失われている。
「だだだから、ヒーちゃんと、い、一緒にいてあげれば、いいいのよ」
「そんなことで本当にいいのか?」
「ヒーちゃんだって、げ、劇とか、すす好きじゃないじゃない。そそ、そんなとこ行くぐらいなら、そこら辺の川とか、き、綺麗な場所に行きなさい」
エレ君はなるほど、と何度も頷いている。
いい加減、この二人のじれったい関係を見るのもうんざりしてきた。
恋人とか爆発すればいいと思うけど、幼馴染はちゃんと幸せになってほしいとは、思う。
たぶん、そろそろだと思うし。
「あ、あとは。そそ、そうね。エレ君が、おお女慣れしてるか、どうか、よ」
「難しい問題だな」
堅物のエレ君には魔神を撃破するより難題なのだろう。眉間にしわを寄せていた。
「ひは。わ、わかってるわよ。だだ、だから、あああたしが、協力、ししてあげるわ」
「……は?」
「ひ、ひは。わ、わかってるのよ? とととぼけないでいいわ。もも元々、そ、そのつもり、だったんでしょ?」
「待て。何のことだ?」
嫌な予感でもしたのか、エレ君は顔をひきつらせていた。
ひは。でも、もう遅いわ。
予想通りの展開になっているのをチラリと確認して、しかける。
このタイミングで、この状況。もう回避不能よ。
膝の上にかけていた毛布を引き上げて、胸の前に持ち上げる。
「だ、だから。ほほ本番の、ヒーちゃんの前に、あ、あたしを練習相手に、すすするつもりだったんでしょ! ほ、ほんと、男って野獣よね! ひ、一人じゃ立つこともできない女の部屋に、ふふ二人きりで、無理やりとか、信じられないわ! こここの、淫獣! はは破廉恥漢! 色狂い!」
「……■■、覚悟はいいか?」
透き通った清々しい笑みでエレ君が立ち上がった。
ひは。エレ君、本気! 村が消えそうなレベルの魔法とか準備しちゃってる!
あれ、煽りすぎた?
もう、あたしの魅力がすごすぎるからって、興奮しすぎよ!
「い、いいの?」
「うん? 遺言を聞かなくていいかって? 安心してくれ。■■はこれからも皆の思い出の中で生きていくんだよ」
「そそ、そうじゃなくて、あれ」
あたしが指差した先をエレ君が振り返る。
その先では確かにエレ君が閉じていたはずの扉が中途半端に開いていた。
まるで、誰かが部屋に入りかけて、そのまま走り去ったみたいに。
耳をすませば、廊下からはすごい勢いの疾走音が聞こえてくる。
エレ君はまだ不理解のままその様子を見ていた。
「ちょ、ちょうど、ヒーちゃんが来たみたいね。お、お休みの日は、こここれぐらいの時間に、き、来てくれるの」
「き……」
「ど、どこから、きき聞いてたかしら? どどどこまで、聞いたかしら?」
「きさ」
「おお、追いかけた方が、い、いいんじゃない?」
「貴様――――――――――――――――!!」
エレ君は激昂しながらも慌てて部屋から飛び出して行った。
扉を開けっ放しにされると困るけど、深刻にならなくていいのはわかってる。
「……少し、過激、じゃないかな」
「こ、これぐらい、しししないと。な、なにも、変わらないわよ」
童顔の青年がエレ君と入れ替わりで入ってくる。
ショタだ。十代前半でも通じそうな見た目のくせしてあたしより年上とかどうかしてる。
というか、五人の始祖の内、四人が休みとか。一人で待機してるつっくん、かわいそ。あんたたちどれだけ仲間の恋愛に興味津々なのよ。
ショタは転がった椅子を直して、エレ君が走っていった方向を心配そうに眺めていた。
「どど、どうせ、反抗期も、お、追いかけて行ったんでしょ?」
「よく、わかるね。うん。ロディが、ついて行ったよ」
ひは。エレ君がヘタレたら反抗期が気合入れるのよね。
恋敵の肩を持つんだから、本当に素直じゃない奴。
でも、それなら本当に何も心配ない。
ちゃんと収まるところに収まるわ。
「ひは。いつまでも思春期のもどかしい恋愛なんかしてないで、さっさと幸せになっちゃえバカップル」
結局、その晩に二人から恋人になったという報告を聞くことになったのだった。
二人にはかなり怒られたけど、恋のキューピッドに酷くない?
そんな懐かしい夢を見た。




