後日譚38 花嫁
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後日譚38
両親に見送られて実家を出る。
新郎は一人で新婦を相手の家まで迎えに行くのだ。
親は先に結婚式場の方に向かってもらう。式場に立ち会うのは村長(今回は村長が新婦の父なので、先代である現長老)とそれぞれの身内だけ。
その辺り、前世の現代日本とは違ってシンプルだった。
この世界はあまり宗教的なものが広まっていないので、教会というのがそもそも存在しない。
敢えていえば始祖を神聖視する考えが一番強いのではなかろうか。
いや、うん。人間が千年前に滅びずにすんだのは、確かに始祖たちの功績で、中でも第六始祖の献身はとても大きかったものだけど。
アレを崇め奉る、となると話は別だ。
(ひは! ああ、あたしこそ、か、神よ! わわ、若くて、かかかっこいい男の、し、神官を寄越しても、い、いいのよ? しゅく、祝福! 祝福の、ききキッスを……!)
なんとなくそんな台詞が頭に浮かんできて、空に向かって異界原書の最大出力攻撃を斉射したくなるのを必死に我慢。
にゃろう、残留思念とかじゃないだろうな。
『んだよ。用もねえのに呼ぶんじゃ『結婚? お嫁さん? 見たいー!』おい、待て! うちの妹はお前なんかにやらねえからな!』
「うるさい。僕の嫁はリエナだけだ」
久しぶりに異界原書の兄妹を起こしてしまったようだ。
相変わらず姦しい二人だけど、ちょうどいい。道すがら話しておきたいことがある。
「なあ、異界原書のこと、魔人にいつか伝えないといけないだろ」
『……ああ。わかってる』『うん。いいよ。へいき』『お前に任せる。俺たちは恨まれて当然だからな。それだけのことをしたんだ。なにを言われても、なにをされても、覚悟はしてる』
妹の方もいつになく神妙な雰囲気だった。
この双子は異界原書の管理者として生まれたので、魔族ではありながら、魔族の侵攻には実際に関わっていないという特異な存在だ。
だからといって関係ないと周囲は思わないのも二人は理解している。
今となっては異界原書こそが魔族そのものなのだから。
この世界を自分たちの世界に塗り潰そうとした事実は重く、当事者だけで問題は解決しないのだと。
「わかった。僕が決めさせてもらうよ」
『わりい』『おねがい』
方針を確認したところでリエナの家に着いた。
中でリエナが待ってくれている。
うわ、緊張してきた。
今さらながらに結婚するんだな、という実感が湧いてくる。
これまで色んな局面に遭遇してきたけど、この種の緊張にだけは一向に慣れる気がしない。いや、慣れてしまうのも嫌な話か。
どれだけ心臓に悪くたって、この緊張感は持ち続けた方がいいのだろう。馴れ合いみたいになってはリエナに失礼だ。
意識的に深呼吸を三度。
痛いほど強く鼓動する心臓を自覚して、変に宥めたりせずに受け入れる。
覚悟を決めて、ノックした。
「……よく来た。シズ君」
「お義父さん」
村長が出てきた。
血涙を連想させるほど充血した目。鼻を啜る音。
始まる前からクライマックスに突入している。
「入りなさい。リエナが、っすん! 待ってる」
一発殴らせろ、という展開が来るかと思ったけど、普通に招き入れてもらえた。
呆れ顔のお義母さんがいらっしゃいと歓迎してくれる。
「ごめんなさいね。うちの人、今朝からあの調子で」
「いえ、気にしないでください」
気持ちはわかりますとか安易に言わない方がいい気がした。
お義父さんはリエナを呼びに奥へ行ったため、お義母さんと二人きりになる。
お義母さんと話す機会はあまりなかったので、ちょっと気まずい。
「いつもありがとうね」
「え? いえ、えっと、何がですか?」
突然、感謝の言葉を告げられても心当たりがない。
「リエナとずっと一緒にいてくれて」
いや、それこそお礼を言われることじゃない。僕が一緒にいてほしくて、今まで連れまわしてしまったのだから。
寧ろ、お義父さんとお義母さんからすれば、娘を遠くに引き離した元凶である。
お義父さんほどでなくても恨み言、とまでいかなくても、小言のひとつぐらい頂いても不思議じゃない。
「僕こそ、いつもリエナを危険なところに連れて行ってしまって……」
「ううん。あの子が決めてついていったのだから。あなたが謝ることはないわ」
頭を下げる前に止められてしまった。
お義母さんはリエナに通じる落ち着いた人で、さすがに家のお母さんのような若作りという事はないけど、歳と苦労を重ねながらも綺麗に微笑む人だった。
「あの子は耳としっぽでずっと籠ったままだったから、それがこうして外に出て、元気になったのはあなたのおかげよ」
確かに、猫耳としっぽがコンプレックスだったリエナを変えるきっかけになったのは僕だろうけど、そこから強く成長したのはリエナの努力のおかげで、それこそ僕が感謝されることではない。
とはいえ、母親としてはあの頃のリエナは心配だったのだろう。
なら、ここは素直に感謝の気持ちは受け取って、
「僕もこうしていられるのはリエナのおかげです。ありがとうございました」
感謝に、感謝を返そう。
少し肩の力が抜けたところで、奥の部屋の扉が開いた。
「シズ」
「リエ、ナ……」
最後まで声にならなかった。
ドレス姿のリエナがいた。
「……どう?」
くるりとその場で綺麗に回る。
純白のドレスだ。
詳しくないけど、スレンダータイプと呼ばれる物だろうか。
背中から腰までが大胆に開いたデザインで、胸から首までがレースになっており、肩紐ではなく首の後ろで大きなリボンで留められている。
引き裾はやや長く、いくつも重ねたレースがシンプルながらも印象的。動きに合わせてしっぽが一緒に動いていた。
髪型がいつもと違う。
後ろの髪がアップにされて、白い花が彫られたバレッタでまとめられている。バレッタから流れる薄いヴェール。
ピンと立った猫耳もどこか誇らしげに見える。
ちょっと踵が低めのヒール。肘まで覆うグローブ。
どれもが白で統一されていて、またワンポイントに花の造形があしらわれている。
小さな花が集まって形作られる大輪の花。
心が奪われて、リエナ以外なにも目に入らない。
それでも、リエナの姿を視界に収めてから時間が止まっていた時間がゆっくりと動き始める。
反応のない僕に段々と不安になってしまったのか、ちょっとだけ伏せてしまった猫耳としっぽに思考が再始動してくれた。
感動は言葉にしないと伝わらない。
反応の鈍い舌に活を入れて、漂白されたままの頭で言葉を紡ぐ。
「似合ってる。本当に、綺麗で、綺麗で……あー、うー、うん。ごめん。綺麗って言葉しか出てこない」
語彙の少なさが恨めしい。
僕のあまりに芸のない台詞でも、リエナは満足してくれたのか猫耳としっぽに元気を取り戻してくれた。
長い引き裾に足を取られることもなく、すっと身を寄せて見上げてくる。
ほんの少しだけはにかんで、桃色に頬を染めて、一言呟く。
「ん。わたし、シズのお嫁さん」
……お義父さんとお義母さんがいなかったら抱きしめてたよ?
ギリギリのところで理性が欲望に勝ってくれた。
こんなところでイチャコラしてたらお義父さんとのガチバトルに突入しかねない。
とはいえ、リエナと触れ合っていたいという欲求は無視しがたいレベルなので、妥協案としてその手を握りしめる。
改めて、義父母に頭を下げた。
「ずっと大切にします。お嬢さんを僕にください」
お義父さんは究極の選択の類を前にした哲学者みたいに苦渋の表情を浮かべ、お義母さんは微笑みながらも眦に涙を浮かべ、確かに頷いてくれた。
「……娘を、頼むぞ」
「リエナ、幸せになりなさい」
「ん。父さん、母さん、ありがとう」




