後日譚36 喜ばれるお祝いの品
結婚式が終わるまで連続更新で!
そんなことを考えていた時期が私にもありました(遠い目)。
後日譚36
その後、飛竜に籠で吊るされてやってきた妖精組。
ミラとリラの二人はともかく、族長のシーヤさんまで来たのは驚いた。
「来ちゃった」
「その台詞はルインの前で言わないでくださいね」
チャーミングに微笑むシーヤさんについ忠告してしまった。
同じセリフでも口にする人によってこうも違うんだな。
首を傾げているシーヤさんに何でもありませんと笑って誤魔化しておく。
「わざわざありがとうございます」
「ううん。あなたたちはわたしにとっても孫、というのは違うかしら? でも、大切な友人なのは間違いないわ」
それでも族長自ら足を運んでくれるとは。
実際、スレイアからは王様やレイナードさん、ブランからはヴェルや現武王は来ていない。結婚式に参加となると微妙な関係だし、辺境の村に王様クラスが現れてはこちらに迷惑だろうと気遣ってもらったのだろうし、ごく単純に忙しくて来ている時間がないからだ。
事前にその辺り書面で届いている。詫びと祝福の言葉だけでも十分嬉しい。
同封されていた結婚祝いの目録は見なかったことにしている。
いや、スレイア王とか『領地』『爵位』『官位』とか馬鹿じゃないの? いらないに決まってるでしょ。
絶対、面倒臭いあれこれが付属しているに決まっている。おじいちゃんに成敗されて取り潰しになったダメ貴族の後釜とかっぽい。
ちなみに現武王からは『次期武王決定戦参加資格』だった。こちらはきっとただ単に強い奴と戦いたいだけだと思う。
「里は大丈夫ですか?」
「わたしが少しいないだけでダメになるような里じゃないわ。それに代理のセンに仕事を押しつ、んん、頼んできたから」
清々しい笑顔で言い切りましたね。
まあ、シーヤさんの息子でもあるセンさんはいずれ族長を継ぐのだとすれば、そのための予行練習でもあるのかもしれない。
「ふふ。人の子は本当に大きくなるのが早いわね」
子供にするみたいに頭を撫でられてしまい困ってしまう。
長命なシーヤさんからすると僕なんて本当に子供なのだろうけど、結婚を目前に控えた身としては情けなくもあり、とはいえ拒絶するのは違うし。
「一緒に歩いて行ける時間が短いのは悲しいわ」
「シーヤさん……」
この人、僕にとっては特別な位置にいるんだよな。
師匠と縁深いというのもあるけど、同じように助けられて、その背中を目標にした先人だから。リエナとはまた違った意味で、特別なんだ。
「すぐに子供も生まれて、その子供も大きくなっていくのね」
言葉を重ねるにつれて沈みそうになる空気。
それがポンと手を叩いた途端に払われた。見ればシーヤさんは喜色満面の笑みに一変していた。
「そうよ。シズ君とリエナさんの子供と、ミラかリラが結婚すればいいんだわ!」
「ぼひゅううううううっ!」
本日、噴き出すのは二度目だった。
何を言い出すのか、この人は!
「リエナさんは猫妖精の先祖返りなのでしょ? きっと二人の子供なら妖精とも馴染めると思うの」
その後ろでミラはあらあらー、まあまあー、うふふと微笑み、リラはフリーズしてしまったのか微動だにしない。
僕はと言えば両手をシーヤさんに握りしめられて脱出不能だ。
「ね? いい考えでしょ?」
「ちょっ! シーヤさん!?」
シーヤさんのテンションがおかしい。滅多にないイベントのせいか、それとも遠出のせいか、色々とゲージが振り切れてやしないか?
後から聞いたのだけど、どうやら大森林から出るのが三百年ぶりなのだとか。そりゃあ、テンションも上がるだろう。
「ま、待ってください! そんな未来の話なんて気が早いですよ! それに当人の気持ちもありますから! というか、女の子かもしれませんし!」
「そうよ、お祖母ちゃん! シズとリエナの子供となんて! 子供となんて! 子供と、なんて……」
「そこでどうして考え込むの!?」
「あら、リラが嫌ならミラが……」
「お姉ちゃんー、シズ君のー、義理の娘になっちゃうのー? どうしようかしらー」
「ミラ!?」「お姉ちゃん!?」
「なあに、二人とも嫌なの? それならあたしが……」
「シーヤさん!?」「お祖母ちゃん!?」
シーヤさんの度重なる爆弾投下に心不全を起こしそうだ。
同じ説得側のはずなのに、途中で減速しかけるリラに発破かけつつなんとか提案は保留となった。このまま永遠に保留にしてしまいたい。
いや、からかわれているんだろうけどさ。
ニコニコ顔のシーヤさんとミラさんが並んでいる所を見ると、血の繋がりを感じた。
肩で息する僕とリラばかりが慌てている。
「……もう、二人とも知らない! それより、これ!」
リラが僕の顔面を狙っているのではと疑ってしまいそうな勢いで手を突き出してきた。
のけぞりながら手を差し出すと、柔らかな重みがやってくる。若草色の布包みを渡されていた。
「お祝い、リエナにあげて」
「ありがとう」
それだけ言って離れていこうとするリラだけど、その背後から忍び寄ったミラがぐわしと圧し掛かって捕まえた。
うわあ、なんかリラの頭上に超重量級のナニカが積載されているんだけど、視線逸らした方がいいのかな?
「ふふふふー、こっちのはー、わたしがー、今日のためにー、用意したんだよー」
「ミラ! 余計なこと言わないっていうかちょっと! 重いわよ!」
余計なことを言ったのはリラだろう。ミラは妹をその訴えごと押し潰しながら話を続けていく。リラの首の骨の無事を祈る。僕にはどうすることもできない。
「でねー、こっちがリラちゃんの作ったやつー」
「なんで持ってきてるのよ!?」
重しを気合で押しのけたリラが顔色を変えた。
どうも二人それぞれで何か手作りしてくれたようだけど、リラは自分のぶんを持ってこないつもりだった、という話の流れだ。
「ふふふ。お姉ちゃん、忘れ物しないよー」
あわあわしているリラを無視してミラから差し出された色違いの布包み。
先に渡されたそれと同じような重さに感触なので、同じか似た物だと想像できる。
「開けてもいい?」
「んー。ここだと汚れちゃうかもー。それねー、わたしたちの着てるみたいな服なのー」
そういってミラは自分の羽織っている白い着物を持ち上げてみせた。
なるほど。言われてみれば布地の感覚だ。綺麗に畳んでしまわれている物をここで広げてしまうと戻すのも大変だし、汚してしまっては申し訳ない。
しかし、着物か。
黒髪のリエナにはすごい似合いそうだな。残念ながら帯を使った着付けとかできないから、この二人みたいに羽織る感じになるだろうけど。
僕は金髪だしなー。どうなんだろう?
でも、こういうプレゼントは嬉しい。別に前の二つがどうこうというわけじゃなくて、込められた気持ちこそが大切で、そこに上下をつけるつもりはないけど。
なんというか、こう素朴な物でいいのだ。伝説級とか、曰くつきとかじゃないのがいい。
「リラちゃんの作った方がー、シズ君のだからねー」
「そうなんだ。ありがとう、リラ」
「ううぅ。もう平気。もう平気。もう平気……」
お礼を言ったらリラは呪文みたいに繰り返し呟き始めてしまった。
ミラとシーヤさんは困り顔のような、見守るような微笑みを浮かべている。
「リラが落ち着くまでにその服について説明するわね」
シーヤさんのその申し出はありがたい。着物の管理の仕方とかわからないからね。
「やっぱり洗濯とかも普通じゃないですよね?」
「いいえ。別に管理は必要ないわ」
いや、そんなわけないでしょ。着物じゃなくたって服なら虫食いとか注意しないとダメでしょ。
「だって、樹妖精の里の大樹が素材だもの。汚れなんて勝手に消えちゃうわ」
「……大樹って」
樹妖精の里そのものでもある、あの大樹の事だろうか。
一年中、桜みたいな花弁が咲き誇り、淡い輝きを放つあの。
「大樹の葉を食べる蚕がいるの。その繭から絹糸を作るのよ」
「あの葉ってすごい硬いからー、繭ができるまで五十年ぐらいかかるのー」
「それを樹妖精秘伝の織り方で……」
「ちょっと、ちょっと待ってください」
手のひらを突き出して待ったを入れて、二人の解説を遮らせてもらう。
またしても包みが非常に重く感じられるようになっていた。
「これ、ものすごく貴重な物なんじゃ……」
「そんなこと気にしないのよ。贈り物に大切なのは気持ちなんだから」
いや、答えになってないよ、シーヤさん。そうだけど、そうじゃなくて。
「そうね。言うなれば『大霊樹の衣』だから、現存する樹妖精の着物の中だと一番の価値はあるわね」
今まで基本的に人間との関りを断っていた妖精族の品物は、元々非常に高価である。
まして、あの大樹から作られたこれはその中でも最高峰の一品だろう。
友人からの手作りプレゼントはプライスレス。
でも、これは値段が付けられないほど貴重という意味でもプライスレス。
どこが素朴なんだ……。
いや、うん。シーヤさんの言う通り、プレゼントの値段とか考えるだけ失礼なんだ。深く考えたらいけない。
「……三人とも、式が始まるまでもう少し時間があるから」
「あら。ごめんなさい。長話になってしまって」
「またねー」
「もう平気。大丈夫。いける。頑張れ……」
リラの両手を二人で引っ張りながら樹妖精たちは用意された家に案内されていく。
護衛の防人さんがやたらと僕から距離を取ったまま一礼してくるのに、引きつりながらも笑顔で返す。
「……お礼返しで破産したらどうしよう」
今まで報酬とか断ってばかりだったから資産とかそんなにあるわけじゃないんだよ!?
金額とか気にする人たちじゃないだろうけど、礼儀としてそれ相応の物を贈り返すものだよね?
うーん。僕が用意できるとなると魔力凝縮した魔造紙ぐらいだけど、ヴェルが言ってた通り面倒の種になりそうだしなあ。
いや、こうなればスレイアの馬鹿貴族から巻き上げ……。
「何を怖いこと言っていますの」
迷走しかけた思考を知っている声に止められる。
振り返ればルネとクレア、そして元学長先生がいた。
「あれ? 口に出てた?」
「何を貴族から巻き上げますの?」
クレアから視線を逸らしたら、眉間にしわを寄せた元学長先生と目が合ってしまった。
「シズ、あまりセズの真似をするものじゃないぞ? 奴も若い頃はそりゃあもう無茶をしたものだが、そのぶんだけ苦労したものだ」
「はは、冗談ですよ。冗談。そんなことするわけないじゃないですか」
おじいちゃんが今より若い頃の方がすごかった件について、当事を知っている人の話に興味はあるけど。
元学長先生、その目は全く信用していませんね?
うん。誤解だ。そんなことしない。もしかしたら王様に不審人物の調査とかアルバイトを持ちかけるかもしれないけど。
再び視線を逸らすと天使がいた。
柔和に微笑んだルネが小さく手を振っている。
「来たよ、シズ」
「ルネ。大歓迎だよ」
でもね、どうして今日まで女装しているのさ!
いつぞやのドレスとは違う町娘風のワンピース姿。
ルネの女装レパートリーが増える一方だった。
叫びそうになるのをグッと我慢する。
とりあえず、クレアにそれとなく視線で問いかけると、すぐに察してくれた。
「ルネは今、王都で最も貴族から注目されている人物ですわ」
「有象無象が大半だがの」
「でも、ボクだけじゃないよ? 今回は二人も一緒だから」
合成魔法の管理者。
大貴族の令嬢。
元魔法学園学長。
そりゃあ、その三人が一斉に行動すれば注目を浴びる。
「それだけならよかったんだけど」
ルネは困り顔で言葉を濁して、その続きをクレアが引き継いだ。
「わたくしたちの後を追いかけようとする輩までいましたのよ。大方、行き先を察して、リエナさんと縁を繋ぎたい方々だったのでしょうけど」
「あー、僕の事を知らないならこの面子だとそうなるのか」
やはり、貴族であってもこういう注目の集め方は気苦労が絶えないだろう。
言われてみればクレアもスカートではなくてパンツルックで、男装ともとれるシックな服装をしていた。
いや、体型的に男装は無理がある。胸部装甲的に無理。
まあどちらにしろ、ルネの女装で悪目立ちしちゃっているだろうから、いまいち効果のほどはわからない。
今も僕たちの事を見ている奴がいるかもと思うと気分が悪いな。いや、話の割にそんな気配は感じられないけど。
「撒いたの?」
「それがしつこくて。隣町までついてこられましたわ」
「じゃあ」
「いえ、ラクヒエ村に近づいた途端に影も形もなくなりましたわ」
それは、何があったのだろう。
すぐそこまで来て置いて、何もせずに帰るというのも変な話だ。
考えてみれば僕の出自は隠されていない。ラクヒエ村が色々と注目されていてもおかしくないはずなのだけど、村は昔から変わらないままだ。
「あら、シズのお友達ね。いらっしゃい。今日はわざわざありがとうございます」
首を傾げているとお母さんがやってきた。
愛用の槍を携えて。
村の外から。
「……お母さん、どこに行ってたの?」
「んー、ちょっとご挨拶?」
いや、結婚式関連で村の人に挨拶とかはあるかもしれないけど、その場面に槍は絶対に必要ないはずだ。
お母さんはいつものふんわり笑顔で誤魔化して行ってしまった。
その後ろ姿を見ていたら、なんとなくさっきの謎は解けた気がしたけど、きっと気にしたら負け。
「あれが雷帝ですのね……」「え? あの人が? シズのお姉さんじゃないの!?」「ぬう。全く気配を気取れんかったぞ」
それぞれの理由で閉口してしまう三人と僕。クレアが空咳で沈黙を破った。
「さ、先程の、中には挨拶の品を、なんて方もいましたけど断りましたわ」
「あ、ああ。うん。ありがと。助かる」
知らない貴族から贈り物なんていらない。
「ボクたちのプレゼントは受け取ってもらえるかな?」
ルネが荷物から綺麗に包装された箱を取り出した。
笑顔のルネには申し訳ないけど、これまでの前例を考えると警戒を捨てることができない。
とはいえ、祝福してくれる気持ちを疑ってなんかいない。たとえ、僕の肩には重いお祝いだったとしても受け入れてみせると覚悟を決めた。
「ありがとう。嬉しいよ」
「悩んだんだけどね、キッチン用品にしたんだ。お鍋とか、他にも細々としたの」
……あれ?
いや、さっきの『大霊樹の衣』のような例もある。
「知り合いに聞いたんだけど、すごい使いやすいって評判だったんだよ!」
……追加の説明はそれだけなのだろうか?
「まさか、王室御用達とか……」
「え? 違うよ。ちょっと高めだけど、普通のお仕事をしてる人でも頑張れば手が届くぐらいだよ」
「超一流の職人が作っているとか……」
「シズ、どうしたの? そういう方が良かった?」
不安そうに顔を覗き込んでくるルネに慌てて首を振って否定する。
もちろん、不満なんてひとつもない。
「そっか。うん、嬉しい。ちょっと、色々あって価値感がおかしくなってたんだ」
「そうなの? でも、シズはそういう高価だったり、貴重な物って苦手でしょ? だから、普段使いできるものがいいかなって思ったんだ」
思わずルネの両手を握りしめてしまった。
さすが、親友。僕の事をわかっている。
「わたくしはティーカップセットにしましたわ。シズの事ですから来客が多くなるでしょうし、あって困らないと思いましたの」
「儂は茶葉だ。クレアの用意するカップにも見合うだろう」
そう。そうだよ。そういうのでいいんだ。
数々のふたつ名や、始祖なんて異名を得たりもしたけれど、やはり身の丈に合った物こそ落ち着くと思う。
千年前の像とか、竜の卵とか、大霊樹の衣とか、そこに込められた気持ちは嬉しいけど、日常生活に必要な品じゃない。
「ありがとう。僕、料理とか頑張るよ!」
「「「いや、それはやめた方がいい(よ)(ですわ)」」」
あれえ?
三人からストップが入ってしまった。
いくら僕が不器用だからって酷くない?
とは思うものの、蟻塚(!?)を思い出すと、不服とは言えなかった。
ちないに、実家ではいまだに僕は台所に入れてもらえない。




