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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚

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後日譚35 像と卵

 後日譚35


 僕が帰ってきたのが春だったのに、それが今は既に秋。

 婚約から既に半年。気楽な挨拶回りのつもりだったのに、色々とあって時間が掛かってしまった。

 大まかな準備は村のみんなでしてくれていた。半年もあればそりゃあ準備万端だろう。本人不在で進められる部分はとっくに終わっていて、後は僕らの服を仕立て直したりするぐらいだとか。


 僕は村に戻ってからの一ヶ月、魔人の件にかかりきりだったけど、あちらも差し迫った状況ではなくなっているから、少しぐらい手を離してしまっても大丈夫だろう。

 いや、決して結婚式のことを忘れていたわけじゃないから。役割分担だ。

 僕が蟻塚(泣笑)の建造から諸々の準備に動き回っている間に、式の日取りを伝えたりなどをリエナが済ませてくれていた。

 スレイアとブランの王都に樹妖精の里まで50倍の強化付与魔法でダッシュしたとか。

 それにしてもどうして僕と違って、リエナだと地面さんは怪我をしないのだろう。

 どれだけ腕を磨いても、僕だと道ができてしまうというのに。


 ともあれ、既に式は一週間後。


 そういうわけで、僕は一週間ほど村の人たちに連れまわされた。

 用意されていた式服を仕立て直してもらったり、段取りを確認したり、友人連中に祝福混じりの襲撃を受けたり、村長(義父)に懇々と夫婦とは何かについて語られたり、リエナの小さな頃について教えられたり、幸せにしないと許さないぞとメンチ切られたりした。

 ……村長ぐらいの気迫なら異界原書も扱えるんじゃないだろうか。狼とか熊も怖くはないけれど、これは普通に怖かったし。斯くも娘を想う父の気持ちの強い事か。

 慣れないヤケ酒で泣きながら酔い潰れた村長に毛布を用意しつつ溜息をひとつ。


「結婚って大変なんだなあ」


 忙しくしている内に、結局魔人村(仮)に顔を出す暇もなく、あっという間に一週間が過ぎた。




「……なあ、シズ」

「なに? ラク」


 ラクは空を見上げながら、僕は式服の具合を確かめながら会話を続ける。


「これから戦争でも始まるのか?」


 物騒な発言に空を見れば、そこには十を超える竜と飛竜たちが悠然と空を舞う姿があった。

 空を埋め尽くすほどというには、竜族の数は少なくなってしまっているけど、それでも一匹当たりの大きさが大きさなので、ラクヒエ村の空の大半を竜が占めている。

 でも、それだけ。


「なんだ、ただの竜じゃん。それより、ネクタイ曲がってない?」

「ただのじゃない竜がいるみたいな言い方するなよ」

「いたよ? ソプラウトの地下に。古代竜が。やっつけちゃったけど。場の流れで倒しちゃったのは悪いことしたかなって後悔はしてないけど反省はしてる」

「……ネクタイは大丈夫だが、髪が乱れてるぞ」


 何か諦めきった顔でラクは僕に櫛を渡してくれた。


 今回、竜たちが来たのは移動手段としてだ。

 なにせブランや樹妖精の里からだと移動だけで数ヶ月も掛かってしまう。その点、空を飛べる竜たちなら数日で済む。

 一番近いはずの王都から馬車で来るメンバーの方が時間が掛かってしまうけど、そこは仕方ない。さすがに王都に竜が訪れれば混乱するだろうし。


 そんなことを考えている間に竜たちが村の外に降りてきた。

 招待客に挨拶するのは新郎の役目らしいので、そちらに出向いてみる。




「ルイン、ご苦労様」


 白銀の竜に声を掛ける。


「……再戦、忘れんなよ」


 こうして移動手段に協力する条件が僕との再戦だった。

 さすがに結婚式前に仕掛けてくるつもりはないのか、鼻を鳴らすと竜から人の姿へと変化する。

 十歳前後の少女の姿に。

 白いシンプルなワンピース姿はいつも通りだけど、裸足じゃなくてミュールを履いていて、長い銀髪をポニーテイルにしたりと少しおしゃれさんだ。


「元はオスだったのに……」

「お前が言うな!」


 おしゃれを楽しむようになったのかとなんとも言えな気分になっていると、咬みつくような勢いで詰め寄ってくるルイン。

 いや、少なくない程度には責任を感じてもいるけれど、あんな展開を想像できるわけないし。

 まあ、失言なのは確かか。


「これは他の奴らが勝手にやったんだ! 俺の趣味じゃねえ!」


 見回せばどことなく自慢げな(?)竜たち。たぶん、そんな感じ。さすがに竜の表情とか見極められない。

 どうやらメス化してしまったルインも受け入れられているようだ。


「姉ちゃんたち、俺で遊びやがって……」


 あー、メスなんだ。竜の価値観はちょっとわからないけど、お姉さま方からするとルインみたいなのは絶好のおもちゃだろう。

 竜王様、愛されてるなー。

 姉貴分たちを睨んでいたルインに誰かが飛びついた。


「ルイン、お疲れー」


 レイア姫だ。ルインを腕の中に抱え込むようにして乗っかっている。

 そして、僕の方へ満面の笑みを向けてきた。


「先生、来たぞ!」

「いらっしゃい。わざわざブランからありがとう」


 今日のレイア姫は初対面の時と同じラフな服装の上に革鎧を纏っている。

 結婚式に出席する格好ではないけど、空の旅をするのにドレス姿というわけにもいかないだろうから、そこは不思議じゃない。

 それにしてもルインが大人しく敷かれているな。武王の血筋には思うところでもあるのだろうか。


「これからよろしくな!」

「これから? あ、もしかして」

「おう! オレ、先生の学校に入るぞ!」


 別れ際に聞いていたんだ。

 いずれ学校を作るつもりだけど、その学校に来ないかって。

 学院に残るのも、こちらに来るのも、どちらが正解という事でもないので選択を任せていたんだけど、決めたようだ。


「歓迎するよ」

「おう!」

「で、どれぐらいで来れるの?」

「今日からだぞ?」


 即行動とは。

 よく見ればレイア姫の足元にはかなりの大きさのバッグが落ちている。姫の荷物にしては少ないのだろうけど、それでも数日の移動で必要になる大きさでもない。


「ダメか?」


 不安そうに見上げてくるレイア姫。

 事前連絡なしというのは迂闊だけど、別に容量がいっぱいというわけじゃない。

 幸い、蟻塚(爆)はまだまだ余裕があるのだから。


「大丈夫。よろしくね」

「おう!」


 ルインからこちらに飛び移ってくるレイア姫を受け止める。

 と、背後から同時に飛びついてくる気配。


「しっ! ずゅっ! きゅっ!?」


 裏拳で止め、肘でかち上げ、寸打で顔面を撃ち抜いた。


 隙を窺っていたテュール学院長が空中でグルンと一回転すると、大の字になって地面に叩きつけられた。


「……懲りない人だな」

「兄貴もまだまだだ!」


 様式美だとでも思っているなら本気でやめてほしい。

 かなりきついのが入ったから普通なら一日ぐらい意識は戻らないはず、なのだけど。


「シズ君、結婚おめでとう」


 親指を立ててみせながら、いい笑顔で祝福してくる。

 昔から打たれ強いとは思っていたけど、人間の耐久力を超えてきていないか?殴られるたびに耐久力が上がるドMとか……。


「アリガトウゴザイマス……。レイア姫、これ任せていい?」

「おう! ついでに着替えて来る! ルインも行こうぜ!」

「は? なんで俺までって、引っ張んな!」


 レイア姫が片手にテュール学院長の足を掴んで引きずり、もう片手でルインを捕まえながら、案内について行く。

 お付き役の学院の制服を着た集団が遅まきながら合流していた。やたら辺りを見回している一人はシン少年だ。おじいちゃんを探しているのならここにはいない。ここ数日、結婚式に向けて張り切って忙しそうだったから。


 その後ろをいつの間にか人化した竜らしき美女軍団がついて行っていた。着替えというワードに食いついたのだろう。ルインを着飾らせて楽しむに違いない。

 長閑な村にあるまじき光景に目眩を覚えそうになった。


「ああ、いけない。忘れてたよ」


 何事もなかったように拘束から逃れて立ち上がるテュール学院長。


「結婚祝い、受け取ってほしい」


 臨戦態勢を取った。

 重心を低く落とし、踵を浮かして移動準備。

 緩く開いた両手を攻守どちらにも対応できるよう構える。


「来るなら来い。ただし、決死の覚悟は決めろよ?」

「さすがにボクも空気を読むよ?」


 さっきの行動をもう忘れたのか。まったくもって信用できない。

 苦笑するテュール学院長は俯き気味にぼそりと漏らす。


「それに、強者ならこれからたくさん会えるんだし……」

「誰か! 早くこの人をどこかに隔離してくれっ!」


 僕の知り合いがやべえ。

 学院長で忙しい立場だろうに、無理してきたのはそのためか。

 涎を拭うような仕草をして、向き直ったテュール学院長は一見して爽やかに微笑んだ。


「それで、結婚祝いなんだけど」


 問い詰めたいところだけど、学院生が台車を曳いてきた。

 巨大な木箱が載っている。高さにして二メートルの長方体。


「ブランで、いま一番人気の品だよ」

「ブランでってところが激しく不安を掻きたてるんだけど」

「開けてみせよう」


 見たくないけど、知らないままというのも不安なので頷く。

 学院生が手際よく梱包を解いて、中から出てきたのは。


「彫像?」


 厳めしい鎧姿の武人像だった。

 石造りの硬質な見た目でありながら、凄まじく精巧な出来のせいか今にも動き出しそうな迫力がある。

 戻ってきたレイア姫が像を見上げながら誇らしげに説明してくれた。


「おう。最近、ブラン辺境の峡谷で見つかったんだ。千年近く前のものかもしれないって学者が言ってたぞ」


 千年という一言が妙に不安を誘った。

 それ、どこかの誰かたちが生きていた年代じゃないか。

 もしも、この像の制作者が僕の連想した人だとすれば、本当に動いても不思議ではない。


「家の前に置いてくれよな!」

「あー、うん、えっと」

「オレと兄貴で買ったんだ! 頑張って魔物倒して、素材を売ったんだぞ!」

「そうか。そうなんだ」


 ぐう、目をキラキラさせるレイア姫に『いらないから持って帰ってくれ』なんて言えるものか。

 唇の端が引きつっている自覚はありながらも、なんとか笑顔で頷く。


「ありがとう。大切にするよ」

「おう!」


 その一言だけで満足したらしく、レイア姫とテュール学院長は下がっていく。

 替わりにルインが近づいてきた。


「おら。俺らからだ」


 手のひらサイズの布包み。

 差し出されたそれを受け取る。重さはさほどではない。

 僕が包みを解く前にルインは一言。


「竜の卵な」

「ぶふうううっ!」


 噴いた。

 包みを開ければ光沢のある白い卵が姿を現す。

 なんてことない顔をしているルインを凝視してしまった。


「んだよ」

「………………生んだのか?」

「俺の子じゃねえ! そっちの姉さんの子だ!」


 真っ赤になったルインの後ろで美女の一人が手を振っている。

 いや、うん、それならいい、のか? こんなお裾分けみたいに自分の子供を渡してしまって。


「ああ。これからは人間ともつるむことがあるからな。人間側で育った竜がいた方がいいと決まった」


 ふむ。ルイン達も色々と考えているんだな。

 確かに魔族との戦いで数を減らしてしまった竜族は今までどおりとはいかないだろう。人間に協力を求める場面も出てくる。

 しかし、互いの常識のズレや齟齬が邪魔になるかもしれない。そんな時に橋渡し役がいれば助かる、と。


「でも、いいの? 預け先が僕の所で」

「……人間の中じゃ、信用できるからな」


 不貞腐れてそっぽを向き、囁くような声音は聞こえなかったことにした方がいいのかな?

 ルインはそのままレイア姫を連れて行ってしまう。先程の美女が深々と頭を下げて来るのに、できるだけ誠意を込めて返礼した。


「責任、重大だ」


 手の中の重みが実際以上に感じられる。

 これはひとつの命の重さでもあり、竜族からの信頼の重さでもある。


 そこでふと気づく。

 謎の武人像に、竜の卵。

 最初の招待客からして、この結婚祝い。


「……もしかして、こんなのがまだまだ来るの?」

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