後日譚31 許可申請
お待たせした割に短めで申し訳ありません。
後日譚31
忙しくなった。
魔人という存在はどうしたところで人間社会には溶け込めない。
いくら人の心を取り戻せたとしても、容姿の違いが中途半端に過ぎる。
いっそ妖精程に離れていれば、別種族として付き合っていけばいけるかもしれないけれど、それだって貴族などによって順風満帆ではないのだ。
人間の形を残してしまっている魔人の立ち位置はそれよりも悪い。
人になれず、人外にもなれない宙ぶらりんの存在。
個人と個人であれば理解ある人間は受け入れてくれるだろう。
けど、それが複数になると途端に破綻するの可能性が高い。
もしも、解決することがあるとしても長い時間が、それこそ世代を重ねていくほどの時間が必要になる。
けど、今の彼らに必要なのは安住の地だ。
リゼルのように自分の国を造るという発想は突飛でも、外敵に脅かされることのない生活がなくてはいずれ心が参ってしまう。
まずは、そこからだ。
「というわけで、彼らのことは僕が預かるということで」
「つまり、始祖様が後ろ盾になる、と」
やると決めたからには即行動。
僕は単身でブランの王城に戻って、事の顛末を首脳陣に聞かせる。
既に学院関係者は帰途についているらしく、レイア姫やテュール王子たちはいない。
ヴェルの指摘に頭を掻く。
もう僕は始祖ではない。ただの一般人に過ぎないのだから、後ろ盾というほど立派な存在にはなれないだろう。
「そんな大層なものじゃありませんけど」
「けど?」
「自分の弟子がちょっかいかけられたなら、全力で対応しますよ?」
「……それは怖い」
肩をすくめるヴェル。
僕の言葉が脅しでも何でもないと察してくれたのならいいけど。
「もちろん、あいつが起こした騒動のお詫びはします」
「始祖様が、ですか?」
「師匠ってそういうものでしょう?」
弟子の不始末ぐらい背負う覚悟なしに、師匠という肩書を名乗るつもりはない。
まあ、僕に相応しい資質があるかは別として。少なくともそうあろうと努力するのを諦めたくはないんだ。
「……わかりました。ですが、謝罪は結構です」
「いいんですか? 五十倍の合成魔法の魔造紙ぐらいは覚悟してるんですけど」
「それは、いえ、大丈夫。結構、です」
いや、かなり葛藤しているみたいだけど、本当にいいの?
顰めた眉に苦悩を刻むヴェルだけど、僕の提案を断った。
「率直に申し上げて、騒動の種になるとしか思えません」
う。そういわれると、否定は難しい。
切り札にはなるけど、奪い合いになろうものなら目も当てられない。
「それに、魔人はそのほとんどがブランの民ではありませんか?」
ヴェルの指摘に頷く。
魔物化は異世界の理に近いほど強い影響を受けるものだった。その犠牲になったのはテナート大陸に近いブランがほとんどだ。
であれば、とヴェルは真剣な目で僕を見つめてきた。
「我が国の民を、よろしくお願いします」
そして、深く頭を下げる。
隣で黙って聞いていた新武王も、静かに首を垂れていた。
いや、仮にも国家の権力者が易々と頭を下げるものじゃないと思うのだけど、どうだろうか。
「できうるなら、我が国で保護するべきなのでしょうが」
「それはやめておいた方がいいですね」
事情を知らなかったとはいえ、既に拒絶されているのだ。
それに魔物の被害が最も酷いブランは復興の途中。ここで魔人という火種を抱え込んでは、誰も幸せになれない結末が待っていそうな気がする。
「始祖様に何もかも押し付ける形になってしまい、申し訳ありません」
あー、三年前のことも含めてなのか。
「それこそ、僕が勝手にやったことですから」
どこぞの喪女に託されて、僕がやると決めたのだから、感謝される謂れはない。
「せめて、できることがあれば申し付けてください」
「あ、じゃあ、ひとつだけ。許可がほしいんですよ」
以前から考えていた提案を口にすると、拍子抜けしたような顔になる両名。
いや、大事でしょ。許可。場所とか、今後のこととか。
「その。他には……」
「特には。必要になったら、自分でどうにかしますよ」
「無欲な……」
いえ、僕のほしい許可も結構、規模の大きいものなんですけど?
別にお金とかは必要なら稼ぐし、地位とか興味ないし。
「わかりました。始祖様のお望みどおりに」
「……我ら、味方」
うお! しゃべった!
単語を紡ぐだけの短すぎる言葉は意味がわからない。
ヴェルに視線を送れば、心得ているとばかりに通訳してくれた。
「我々は始祖様の味方であり続けることを誓う、と申されております」
よくわかったな。これ、口下手ってレベルじゃないと思うんだけど。
まあ、外交とかはどうせヴェルが仕切るのだし、うまく国が回っていくなら僕が気にすることじゃないか。
ともあれ、そういってもらえるのは単純に嬉しい。
「ありがとうございます」
「しかし、始祖様の頼みは我が国の一存では決められませんが」
「あ、そっちはこれから行ってきますので」
「で、お願いに来ました」
イン、スレイア王の寝室、ナウ。
「……始祖様。余に恨みでも……いえ、なんでもないです」
失敬な。
毎度、夜中に叩き起こすのは申し訳ないから、今日は『零振圏』と『刻限・武神式・剛健』の必殺仕事人コンボで就寝前に寝室で待ち構えていたのに。
……うん。普通に迷惑だね。
でも、正面から訪ねるわけにもいかないから。
「恨みなんてないですって。でも、貸しはたくさんあるから取り立てますよ?」
「無論、始祖様の頼みごととあらば余のできる限りをお約束いたしますが」
「いえ、報告と。ちょっと、許可がほしくて」
色々と後回しになっていたことを相談する。
落ち着いたら動き出そうと思っていのだけど、今回の件と合わせて進められると思うのだ。
「はあ。そのようなことでよろしければ、願ってもないことですが」
「よかった。じゃあ、そのように」
いや、両国の首脳が話の分かる人で良かった。
まあ、元から国の利益とかに関ることじゃないから、王様の一存で決めてしまえることなのだろうけど。
というか、止めようとしても止められないから、諦めているだけなのかもしれない。
ついでにリゼルから取り返した合成魔法の魔法書を返還しておいた。
使用されてしまった物は補充していない。元からそういう約束だし。
受け取る王様の顔色は悪い。
色々と問題は解決したことになったのだけど、その後処理にすぐに動き出さないといけなくなったからだろう。
ブランとの情報交換に、今後の対応などに関する見解の摺合せ。
派遣したままの軍への指示。
うん。とても寝てる暇なんてなさそう。頑張れ、王様。
「しかし、始祖様の学校、ですか」
現実逃避気味に呟く王様。
「希望者がいたら、推薦してくれてもいいですよ?」
「それは、人選が難しそうですなあ」
まったくだ。
僕の相談というのはラクヒエ村近くの山中に、僕の学校を作りたいというお願い。
国境の曖昧な場所なので、両国から許可を取っておきたかったわけだけど、その問題はクリアした。
「そこに魔人たちを住まわせるつもりで?」
「何人かは生徒として。大人は用務員として雇うつもりです」
まず僕の弟子と、その家族ということで庇護下に入れる。
その上で人間の国から独立した学校に所属させることで居場所にしようというわけだ。
ふたつの王国の首脳には話を通してあるので、何かトラブルが起きても問題解決の方法は模索できるだろうし。
ゼロからのスタートなので、色々と大変だろう。
それに完全に自給自足とはいかなくても、接する外界がラクヒエ村なら、色々と大丈夫じゃないかと期待している。
まあ、これも村長に相談しないといけないけど。
本当に忙しくなりそうだ。
えっと、皆を迎えに行って。説明して。村に戻って。また、説明して。校舎とか施設とか、色々と用意して。いや、その前に場所決めからか。あー、本当にやることが一杯だ。王様のことを他人事みたいに言っていられないじゃないか。
いつかは人を育て、導ける人間になろうと考えていたけど。
『いつか』なんて言っている間は、なれるわけがない。
思い切って挑戦しなくては前に進めないのだから。
もちろん、最初からうまくいかないだろう。
失敗を重ねて、一緒に成長していく。
それが僕らしいと思うのだ。
いずれは僕の崩壊魔法や、異界原書を継いでくれる弟子が現れるかもしれない。
これはちょっと逸りすぎか。魔人と異界原書の関係とか、複雑だし。
考えるほどに問題は山積みだと気づかされるけど、落ち込んだりはしない。
うん。心はやる気に満ちている。
「じゃ、僕はこれで」
戻りは異界原書の『空間跳躍』で一瞬だった。
……あれ?
何か、大切なことを忘れているような?
嵐の前の静けさ……。
 




