後日譚27 降下
祝、2000万PV!
書籍の発売前に達成できたらいいなーと思っておりましたが、皆様のおかげで辿りつけました。
ありがとうござます。
後日譚27
世界四大絶景と呼ばれるスポットが存在する。
ひとつ、世界最古の王国、スレイア王都の中心、レグルス公園。
王都の中心部に出来た深い大穴を超えて天へと枝葉を伸ばした巨大樹は、第七始祖レグルスの名を冠され、始祖信仰のひとつの拠点となっている。
ひとつ、旧ブラン国の首都にあるシズ湖。
伝説の第八始祖と若き竜王ルインとの激闘の余波で出来たという巨大な湖は、後の大農園の水源として生活を支えた。
ひとつ、ソプラウト西部の平原に突如として姿を現す妖精の断崖。
山脈とも思える断崖絶壁に隔絶された盆地は、今ではあらゆる種族の妖精が住まう妖精郷の防壁ともなっている。
そして、最後の絶景。
バジス大陸の最奥。峻厳な山々を超えた先にそれはある。
竜の墓場。
その山は周囲と比べて不自然に山頂の位置が低い。まるで山頂の周辺が根こそぎ消滅でもしたのではないかと邪推してしまう。
また、草木がまるで生えていないというのも異常である。毒性のある地質という説が有力であるが、それ以上に硝子のように高質化した地面の影響が大きいだろう。
しかし、真に目を引くのは山の至る所に空いた無数の穴だろう。
まず、山頂の中央を穿った平面上の亀裂。まるで巨大な剣を空から落としでもしたような隙間が地の底まで続いており、上から覗き見ても果ては見えない。
更に山の斜面には無数の穴がある。人の拳が入るかどうかという程度の穴だ。過去の計測では総数は万を超えるのだとか。穴は山の内側で迷路のように入り組んでおり、どれもが中央の亀裂と繋がれているというが、その真偽は定かではない。
それだけであればただの奇岩ではあるが、この竜の墓場が四大絶景の中でも最も人気があるのは他にも理由がある。
無数の穴を風が抜ける際に、笛のような音が鳴るのだ。
まるで竜の鳴き声のように。
バジスの山々に木霊するこの音は竜笛と呼ばれており、聞く者の心を振るわせる。
これら四大絶景に、アルトリーア大陸を南北に分断する山脈に生まれた隠れ里――愚者の学び舎。スレイア西部の大森林の中央――流星の花園。魔族が生きたという伝説の大陸――テナート大陸の三つを含めて七大秘境と呼ばれるのも有名な話だ。
果たして、このような景色がどのようにして生まれたのか、その答えに辿り着くため、後進の一助となることを祈り本書を記そう。
考古学研究者 ルイネ・E・グランドーラ
随分と風通しの良くなった視界で僕は腕を組んでいた。
竜の隠れ里の天蓋でもあった山頂は影も形もない。夕日が沈んで星々が煌めき始めた空がよく見える。
断崖の端から見下ろした山肌は超高熱に炙られて硝子化しており、星明りを反射させて幻想的な光景が広がっている。
振り返えれば低くなった山頂。その中心は『業失剣』で出来た大穴。溶岩が噴き出るのではと懸念していたけど、どうやらその心配はなさそうだ。死火山だったのだろう。硝子化した山のあちこちに出来た、無数の弾痕も同様でひと安心した。
「ちょっと、やりすぎたかな?」
「ちょっとじゃない」
置いてきてしまったせいで少し機嫌を悪くしていたリエナに頬をつねられる。甘んじて罰を受けよう。
確かに、これでは竜族を助けに来たのか、とどめを刺しに来たのかわかったものじゃない。
風が吹くたびに様々な音程の風鳴りがする中、僕は亀裂の向こう側で正座する十人の集団に目を向ける。
「さて、どうしたものかな?」
『威竦みの王虎』の精神支配によって制圧した魔人たちだ。
今は思考能力まで奪っているので、一匹として抵抗することなく座り込んでいる。
魔族を目の前にこうして捕縛で済ませているのは何故かって?
「……襲ってこなかったんだよね」
「でも、魔人」
「そうなんだよ」
決して魔人のコスプレをした集団ではない。
リエナが断言する通り、正真正銘の魔人だ。
形こそ人体ではあるものの、肌や髪などが変色していたり、内包する気配も魔族のそれ。
その魔人は最初から最後まで僕に攻撃することなく、棒立ちしていたのがわからない。
通常の魔族であれば人間を目にすれば迷わず襲い掛かってくる。たとえ、相手が僕で勝ち目がゼロであっても。
「で、また逃げられたし」
そして、肝心の偽者はまたも逃げた。
こちらを目視するなり、バインダー内から直接魔法を発動を為して、僕が生み出された氷と風を纏った狼を撃破する一瞬の間に逃走していた。
正面から戦えば一秒で捕まえる自信があるのに、本当に逃走だけは超一流だ。
「ん。でも、近くにいる」
まだ山間部のどこかに潜んでいるらしい。
リエナの耳が頻繁に動いて、その気配を辿ってくれている。
頻繁に動き回っているようで、あちこちと忙しなくリエナは視線を動かしていた。それでも見失う様子はない。
多くの民衆がいたブランと違い、辺りに人の気配の薄いバジスなら気配を探りやすいらしく、リエナは気配を確実に捕えている。
それにしても、距離が空けられれば話は変わるのだけど。そうとわかっていても遠くに去らないのは仲間が捕えられているからだろうか。ますます魔族らしくない判断だ。
結果、僕たちは人質を手に入れた形になっている。
こちらから仕掛けなくても向こうから現れてくれるだろうと待ちに徹しているわけだ。
まあ、異界原書がオーバーヒート状態で積極攻勢に出るのが躊躇われるというのもある。兄の方が完全にのぼせ上ってしまっていた。これはしばらく使い物になりそうにない。
「本当に、どうしたものかな」
「わたし、いく?」
リエナに偽者を捕まえられるか。
100倍の合成魔法はまだ偽者の手の内だ。使われる前に制圧してしまえばいいのだけど、いくらリエナでも確実とは言い難い。
あの時、召喚魔法ごとバインダーも打ち抜いていればとは思うけど、あの時は興奮して正常な判断ができていなかったし、偽者や魔人たちの判断への驚きもあった。
そんな後悔はともかく、冒険に出る必要がある状況ではないだろう。
「まだ、待とう。朝になっても出てこないなら、次こそ絨毯爆撃で……」
「ん。空から何か落ちてくる」
僕が周辺の山林に死刑宣告しようとしたところで、リエナが不意に下方から上空へ視線を切り替えた。
見上げた夕暮れ過ぎの空には星明りがあるだけで、何かがあるようには見えない。
でも、リエナが言う以上は何かがあるのだろう。
「見えた。あれ」
リエナが指差す先に目を凝らす。
まだ、僕には見えない。
いや、きらりと夕日の残照を何かが反射した?
「なに、あれ?」
煌めきの連続が隣接する山の中腹に落ちていく。
銀の粒が降ってきたような光景。
直後、いくつもの木々がへし折られ、砂煙が立ち上った。
遅れて落下の衝撃音が山間に響き渡る。
正体を見切れなかった僕に対してリエナはひとつ頷いた。
「ん。あれ、ルイン」
「ルイン? 無事だったのか」
生存を喜びかけたところで、ようやく頭が状況の理解に追いつく。
ルインが落下、というか着地した辺りは寸前までリエナが見つめていた辺りじゃなかったか?
あいつ、偽者に突撃かましたのか?
「ダメだろ、お前! 僕の姿を見たらビビって動けないんだから!」
まさか天敵に特攻するとは。
また頭に血が上ってるのか、それとも勝算でもあるのか。
どちらにしろ、ここで座しているわけにはいかない。
敗北した上に人質ならぬ竜質にされれば厄介だ。竜鱗の種族特性があるルインなら耐えられるだろうと、まとめて『流星雨』で丸焼きルートが確定してしまう。
「リエナ、そいつらを見張ってて。たぶん、あと一日は意識が戻らないと思うけど、別働隊とかいるかもしれないから、一応念のため」
「ん。任せて」
バインダーから50倍の強化付与魔法を発動させて、断崖から飛び降りる。
硝子状の山肌を踏み砕きつつ、三歩ほど助走をつけてから踏み込んだ。山が小さく揺れるほどの振動を残して、夜に飲まれていく山林へと降り立つ。
そこからは逸らずに慎重に進んだ。
生い茂る植生は無視して直線移動だけど、無駄に破壊してしまわないように気を付ける。
おかげで数分の時間をロスしてしまったものの、現場に忍び寄ることができた。適当な巨木の影から木々が薙ぎ倒された空間を覗き見る。
そこでは三年前の僕の姿をした偽者と、白銀の鱗を持つ竜が対峙していた。
一見すれば人間が竜に襲われているようにしか見えない構図だけど、低く身を構えたルインの方が劣勢だ。
全身を細かく震えさせ、歯を食いしばる様子はいかにも苦しそう。
トラウマと戦っているのか。三年前であれば腹を見せて降伏していただろう。
成長の兆し、と褒めてやりたい。
だけど、それでは戦いにならないって。
偽者はルインが僕を苦手としているのを知っているらしい。そのアドバンテージを活かしてルインの心が折れるのを待つ構えだ。
その戦術は有効だろう。
実際、偽者が合成魔法のバインダーを見せつけるように構えるだけで、ルインは身を振るわせている。これでは手も足も出まい。
やはり、僕が片づけよう。
ここまで近づいてしまえば偽物が合成魔法を発動させても、その直後を崩壊魔法で叩き潰せる。
召喚魔法はどうしても効果の発揮までタイムラグがある。まずは召喚物の顕現が終って、それから発動するためだ。
雷火鳥の時のようにブレスを吐かせる間もなく潰す。
そして、二の太刀を振るうようならその前に、逃げようとしてもその前に、完全拘束してしまえばいい。
いくつかの想定を終えて、飛び出しかけたところでルインが動いた。
「ぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
咆哮が響く。
自らの弱気を捻じ伏せるように、闘志を鼓舞するように。
敢えて人の言葉で吼えたのは獣としての在り方ではなく、精神の在り方において奮い立たせるつもりか。
叫びが夜陰に消えたと同時、ルインが踏み出す。
その目に怯えの色はある。身の震えも止まったわけではない。呼吸も荒く、およそ恐怖を払えたようには見えなかった。
それでも。
それでも、踏み出す。
恐れを振り払うのではなく、怖れから目を逸らすでもなく、恐怖を飲み込んで前へと。
「俺こそが竜王ルインだ!」
どこかで聞いたような名乗りを聞く。
声は堂々と、己が名に誇りを持ち、背負ったものを忘れず、ここにはいない己が民に示すように。
進むべき道を、王として。
「こんなところで、折れてる暇なんてねえんだよ!」
ルインが背負った竜王の名は伊達はない。
母である先代竜王から。
そして、先代武王から。
『王』としての在り方を受け継いでいるのだ。
なるほど、それは負けてなんかいられない。
その気持ちが僕には痛いほど理解できた。
五百年の果て、僕に全てを託した背中。
頭を不器用に撫でる手。
最初で、最後の、名前を呼んでくれた声。
自慢だと、背中を押してくれた大切な贈り物。
ルインだって同じだろう。
あれを裏切れるわけがない。
裏切ってなるものか。
割って入ろうとしていた足を止める。
僕が解決するのは簡単だけど、これは既にルインの戦いだ。
手を出していいものじゃない。
ルインの気迫に察するものがあったか、偽者から余裕が消える。
その全身を満たすのは揺るぎない意志の強さか。正面からルインを睨み返した。
「負けられないのは、私も一緒だ!」
竜と魔人の戦いが始まる。
龍角さん……。
ありがとう。
君が優しく喉を撫でてくれたから、今日も僕は「いらっしゃいませ」と「ありがとうございます」とお客様に言えるんだ。




