後日譚26 限界突破
気がつけば13連勤も折り返し。
後日譚26
今回、僕たちを運んでくれるのは例の飛竜だ。
首都から飛び立つまではまだ良かった。
何故かリエナに対して委縮しきっていて、羽ばたいたもののその飛翔は不安定だったけど、ちゃんと飛んでいた。
それがおまけに速力強化の『刻現・早矢神式・瞬光』と風圧除けの結界に『封絶界――積鎧陣』を発動した途端、狂ったように上下左右へと飛び回り始めたのだ。
もうこれはいつも通りの強化ダッシュの方がいいのかなと迷う。
問題は僕もリエナも竜の隠れ里には行ったことがないので、案内役にこの飛竜を担いでいくことになるのだけど……別にそれでもいいかな?
丸まって小さくなった飛竜と、絶世の猫耳美女を抱えた男が超高速で走り去る光景を誰かに目撃されてしまうかもしれないけど、都市伝説のひとつやふたつは今更か。
「ん」
僕が決断するより先に事態は解決した。
抱きかかえるようにしていたリエナが前に身を乗り出して、暴れる飛竜の首をぐっと握りこむ。
それだけ。
それだけなのに飛竜の暴走が治まった。
「リエナ、なにしたの?」
「この子、首を押さえてあげないとちゃんと飛べない」
そうなのか。
確かにリエナが首を押さえた途端にまっすぐ飛ぶようになった。
バジス方向にグイッと引っ張ると上手に方向転換もしている。
なるほど、馬の手綱を操作しているような光景に納得してしまう。
「きゅるるるるるるるるるる」
……そうなのか?
飛竜はか細い声で鳴いている。
なんというか、圧倒的恐怖に服従した野生の獣の嘆きに見えるのだけど。
僅かに振り返った目が、僕に助けを求めているようにも感じられた。
果たして、リエナが握っているのは手綱なのか、飛竜の息の根なのか。
とりあえず、この飛竜に返せる答えはひとつだ。
僕の眼の前でピンとしっぽを立てて、上機嫌に操縦しているリエナを止められそうにはない。
それに飛行自体は問題ないので止める理由も薄い。
(頑張れ!)
ちょうどリエナが前に首を押して、ぐっと速度が上がった。
まるで嫌なことを振り切るような飛翔で飛竜はブランの空を抜け、バジスへと至り、険しい山脈へと向かっていく。
山肌を掠めながらも次第に上空へ。とうとう雲まで超える。
雲上に身を連ねる山頂は流石に多くない。
一心不乱に羽ばたく飛竜が最も峻厳な山に向かっていくのがわかった。
山頂のやや下の部分が抉られたような場所。あそこが竜の隠れ里か。
「あ」
リエナが不意に呟く。
数瞬の後、僕もそこからとてつもない魔力の高まりが放たれるのを感じ取った。
異界原書――はまだ本調子じゃない。頼って不発になっては致命的だ。
なので、腰のバインダーから魔造紙を抜き出して構える。
現れたのは巨大な結晶製の鳥。
広げた両翼は飛竜を遥かに上回り、隠れ里どころか山頂さえも覆ってしまいそうだ。
『命名:晶鳥』の召喚魔法?
いや、違う。
晶鳥は全身に紫電と紅蓮を纏っている。
火と雷の属性魔法と晶鳥の召喚魔法の合成。
『雷火鳥』だ。あの巨大さ。間違いなく盗まれた合成魔法の魔法書に入れられていた100倍の魔法。
ただ顕現しただけで、山頂の表層が融解する。
岩が溶岩になる工程さえも置き去りに、蒸発していくのが離れていてもわかった。
『雷火鳥』が一際大きく羽ばたく。
反らした上体に反動をつけて、開いた嘴を突き出すブレスの構え。
放たれるのは当然、雷火。
一秒後には雷光が広範囲に弾け、追随した爆炎が空を焦がすだろう。
回避はない。避ければこの角度ではバジス大陸に直撃する。下手すれば大陸の地形が変わりかねなかった。
「いけ。『業失剣』」
飛竜の上に立つ。
リエナの肩に手を置いて、なんとかバランスを保ち、手の中に生まれた巨大剣を上段から振り下ろした。
真紅の巨大剣が雷火のブレスを消滅させる。
同時、『雷火鳥』も発動限界を迎えて姿を消した。直下の危機は脱したか。
とはいえ、ブレスの範囲が広すぎた。
『業失剣』の範囲外にまで伸びた爆炎が乱気流を発生させ、飛竜が結界ごと押し流される。
目的地を目前に墜落してしまった。地面に激突の寸前で、リエナが飛竜の首をぐいぃっと上向きに引っ張ったおかげで体勢だけは整えられる。
僕たちは針葉樹の森を盛大に自然破壊しつつも着地した。
できればもう一度飛んでほしいところだったけど、飛竜は目を回してしまっている。
というか、無茶苦茶な飛行を強要されたせいでトラウマになっていなければいいのだけど。飛べない飛竜はただの竜ではあまりに哀れだ。強く生きてほしい。
リエナもその鼻先を撫でている。
「さて、どうしようか?」
「竜の隠れ里、いく?」
最終目的地はそこでいいだろう。
しかし、どうやらこの様子だと隠れ里は偽者に占拠されてしまったようだ。
「あそこにまだ竜はいた?」
リエナに尋ねれば首を振る。
「変なのが十人?ぐらい、いる」
らしくない曖昧な報告は、それだけ不明の事態が発生しているのだろう。
ともあれ、竜はいない。逃げてくれたのならいいけど、ルインたちはどこにいるのか。リエナもわからないと首を傾げていた。
「他の大陸に避難したのかな?」
それなら巻き込む心配もなくていい。
向こうが100倍合成魔法を使ってくるならどうしたところで戦局は大破壊の応酬になるだろう。
最悪、竜の隠れ里は消滅も覚悟してもらおう。
「さっきの魔法、まだある?」
「あるね。というか、もっとやばいのもある」
我ながら洒落にならないものを生み出してしまったものだ。
さっきの合成魔法には強化の付与魔法が含まれていない。あれが関わると破壊の規模が跳ね上がる。
一撃で大陸半壊もあり得てしまうのだ。
幸いというべきか、効果時間は極端に短くなっている。
ベースとなる召喚魔法が絵画センスを求められるため、描き手が下手くそだと効果時間が著しく減少してしまう。
僕の不器用さに助けられるとは……複雑だな。
迎撃は崩壊魔法しかない。
今の僕の合成魔法では魔力量に差がありすぎるので相殺できない。
問答無用で消し飛ばせる崩壊魔法なら魔力量も関係ない。問題は効果範囲と、持続時間。
テナート大陸を丸ごと消滅させた『三千世界の終焉』なんて到底無理だ。術式自体は再現できても、それをあの規模で稼働させることは不可能だった。
僕と偽者、どちらの魔造紙が先に尽きるかが勝負の分かれ目だろうか。
ともかく、あの魔法書はやばいな。
相手してみてよくわかる。というか、あんな規格外を持っていたのに他国への侵略とか考えなかったスレイア王とレイナードさん、無欲過ぎ。
まあ、侵略先が草木一本残らない荒野になってしまったら意味がないか。
「大丈夫?」
心配そうに見つめてくるリエナの頭を撫でる。
ああ、落ち着く。
ちょっと魔がさして猫耳の後ろの方を優しく指先で撫でてみた。
怒られるかな、と覚悟していたけど、猫パンチは飛んでこない。リエナは頬を赤くするものの嫌がったり、逃げたりしなかった。それどころか、ちょっと気持ちよさそうに目を細めている。
ついに許可されたのか!
心の内で喝采を上げた。
調子に乗って頬とか顎下まで撫でたい衝動に駆られるけど、それはいけない。
冷静に行動するんだ! 大丈夫! 僕は冷静!
焦るな。がっついたら引かれてしまうからね。
感無量すぎて、暴走しかける欲求を強靭な理性で捻じ伏せる。昔の僕ならやらかしていた。師匠、ここまで僕の忍耐力を鍛えてくれてありがとうございます!
なんとなく、そんな妙な感謝なんかすんじゃねえよと拳骨されるイメージが湧いてきて、ようやくちょっとだけ冷静になる。
うん。落ち着け、僕。
嬉しいのはわかるけど、本当に落ち着け。
そもそも今はこんなことをしている場合じゃない。
断腸の思いで猫耳から手を放す。脳の命令を手が拒否するのを、奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばって従わせる。
後でまたお願いしよう。
そうだ。やることを片づければいいんだ。
偽者は速攻で片づける。
だから。
「異界原書、解放」
『うぷ。ちょ、まだ』『お腹いっぱーい』
「異界原書、解放」
『おま! どんだけ!』『……もう食べられないよぅ』
「異界原書、解放」
『だああっ! こうなりゃ全部発散するしかねえ! 負けるな! 頑張れ! 兄ちゃんがすぐに助けてやるからな!』『お兄ちゃん、ありがとう』
瞬間、自ら異界原書が開いた。
リエナへの愛に満ちた僕と、妹への愛に満ちた兄貴の歯車がかっちりと噛み合う。
或いは今なら『次元喰らい』だって瞬殺できるのではなかろうか。
「構築、『万魔殿』」
『全弾装填! いつでも行けんぞ!』
「『四神』、発動」
『オーライ! どんとこいやあ!』
「全解放。『空間跳躍』」
『余裕だっつうの!』
結果、完全武装状態の僕が竜の隠れ里に降り立った。
周囲には不可避かつ無限の弾丸。
加えて龍鳥虎亀を象った限定消滅・広域破壊・精神支配・絶対防御の化身。
僕の手には『業失剣』と『未踏の絶掌』があり、戦意は溢れるほどに満ちている。
竜の隠れ里は断崖に出来た空間だった。
奥の崖の壁面にはローブ姿の集団がいる。リエナが感知した何者か、か。
出入り口にあたる場所には見覚えのある後ろ姿がある。
三年前の僕の姿。
漆黒のバインダーを手にしている。
最早、威圧という言葉では表現できないような圧迫感を感じたのか、ゆっくりと振り返ってくる。
目が合った。
「後ろの正面だーれだ?」
三秒後、竜の隠れ里が山頂ごと消滅した。
被害者多数。
飛竜さん。
隠れ里さん。
魔人さん。
ご冥福をお祈りいたします。
一同:死なないよ!?(まだ)




