後日譚25 回り回って
後日譚25
小高い位置にあるブラン王城の門前は緩やかな坂になっている。
その中間点で一匹の飛竜が蹲っていた。
近づくと荒い呼吸音が聞こえてくる。全身が傷だらけで緑色の血が少なからず流れていた。
距離を取って囲んだ兵たちに襲い掛かることもなく、駆けつけた僕たちを見つめてくる。どうやらいきなり暴れることはなさそうだ。
何があったのか調べたいところだけど、まずは彼(彼女?)の治療からだろう。
後ろにいたリエナに視線を送る。
「ん」
リエナが飛竜の前に立って、回復魔法を発動させようとすると飛竜が急に震えだした。
いやいやするみたいに首を力なく振っている。
なんだか可愛らしい仕草だけど、尋常でないのは確かだ。
「……リエナ、なんで怯えられているの?」
確かにリエナは昔から動物を従える妙な威圧感を持っていたけど、ここまで怯えられるのは見たことがない。しかも、相手は飛竜。竜の眷属だ。そこらの犬猫とは話が違う。
リエナも心当たりがないのか、じっと飛竜を見つめていたけど、不意に何かを思い出したのか飛竜の鼻先に手を当てた。
「この子、三年前にソプラウトまで迎えに来てくれた子」
面識があるのはわかったけど、その時に何があったというのか。
飛竜は撫でられているのに、ガクブルと震えるばかりだ。恐怖のあまり失神しかねない雰囲気。
三年前は僕が同道していなかったので、詳細はわからないけど、何か恐怖を刻み込まれるような出来事でもあったのだろう。
「ん。『新緑の歌』」
リエナはマイペースに回復魔法をかけてあげた。
傷が癒えても、飛竜は頭を伏せ、首を縮め、尻尾も隠し、翼で全身を覆ってしまった。
全力の防御姿勢だ。暴れないのはありがたいので、今のうちに飛竜の様子を調べてみる。
飛竜の足には小さなケースが括り付けられている。念のため、他に何かないか確認したけど、他に気になるものは見当たらない。
さすがに僕が見るべきではないだろうと、ヴェルに外したケースを渡した。
ヴェルがケースを逆さにして振ると、小さな汚れた紙片が出てくる。
どうやら手紙らしい。ヴェルがそれに目を通した途端、眉間にしわができた。
「ヴェル?」
「竜王ルインからです」
その一言と一緒に手紙を渡される。
人のことは言えないけど、汚い字だった。叩きつけような筆致はルインらしい。
内容も簡潔に用件のみ。
『始祖に襲われた』
……これだけだとまるで僕がルインに不埒な行為を及んだみたいで人聞きが悪いじゃないか。
などと冗談を言っている場合ではない。だから、リエナさんもじっとこちらを見ないでください。ほら、飛竜さんが激震しちゃってるから! 怖がってる! 超怖がってるって!
ヴェルに視線を向ければ、頷きが返ってきた。
「偽者ですな」
「ブランの次はバジスかよ」
フットワークが軽すぎだろ。確かにブラン首都からバジスまで一週間もあれば辿り着けるけど、かなりの強行軍だ。
そして、竜族が襲われた、と。
本当に何が目的なんだ、あいつは?
「今の竜族の戦力はどれぐらいですか?」
「三年前と大差ないですね。飛竜は増えていますが、残ったのは成竜前の竜ばかりだったので」
だとしても、偽者=魔神とはいえ、ルインが遅れを取るだろうか。
おそらく、あの魔神は戦闘を得意としていない。三種の魔神だったとしてもルインなら撃破できるはずだ。
首を傾げていると、リエナが服の後ろを引っ張ってくる。
「ルイン。シズを怖がってた」
それだ。
三年前、僕はルインの心をパキポキと折っていた。
以来、姿を見られるだけで怯えられる始末。トラウマになってしまったのだろう。
僕の姿を再現できる偽者はルインの天敵になりえるとは。
加えて、偽者は僕直筆の魔法書まで持っている。ダブルパンチじゃないか。
「まずいですね。救援を送りましょう。よろしいですか?」
ロギス新武王がヴェルの発案に頷いた。
ヴェルは許可が出ると、辺りの兵たちに指示を出していく。
が、その指示は救援物資の用意などばかりで出兵のそれではない。
レイア姫がヴェルに尋ねる。
「オジキ。兵はどうするんだ?」
「数を揃えても無駄です。むしろ、多ければ例の合成魔法が使われる可能性が高くなります」
よくわかっている。
少数精鋭なら各個撃破を狙ってくるだろうけど、多勢で仕掛ければ大規模殲滅が行われるだろう。となれば、合成魔法の使用を躊躇いはすまい。
「リエナ、荷物の準備は?」
「ん。シズのと一緒に取ってくる、待ってて」
用意するじゃないということは、いつでも出られるように荷物をまとめていたのだろう。
トラブルの多い僕と長い付き合いなので、いざという時の対応が優れているんだね。いつも巻き込んでしまってすいません。
ともあれ、リエナが戻ってきたら出発だ。
ブラン兵がバジスに到着する前に片づけないとな。
バジスならギャラリーも少ない。遠慮なく偽者を捕まえられる。
「先生、行くのか?」
不意に呼ばれて視線を下げれば、レイア姫が僕を見上げていた。
先程までの避ける素振りはなくなっている。緊急事態に飛んでしまったのか、思い切って振り切ったのか。
どちらにしろ、僕としては普段のレイア姫の方がいい。
けど、今のレイア姫も普段通りではないか。不安そうに眉尻を下げた表情はらしくない。すぐにでも泣きだしてしまいそうな顔。
だから、そのおでこを指で弾いた。わりと強めに。
「おい! お前、レイア姫になにしやがんだ!」
どこから出てきたのか、怒声を上げるシン少年はペイッと足払いで転ばして、立てないように服の脇を踏んで固定。
いくら才能があっても感情的になりすぎればこんなものだ。
何やら叫んでいるけど、今は無視ということで。
「先生、なにすんだよ」
レイア姫はあまりの痛みに座り込んで、今度こそ涙目で睨んでくる。
らしくない表情の理由はわかっている。
不安なのだろう。親しい人間が危険なところに行ってしまうのが、自分の知らないところで命を落とすのではないか、と。
レイア姫にとって最強の象徴であった父親がそうだったように。
突然、失われてしまうかもしれない恐怖。
僕にも覚えがある。
師匠を失い、親しい人がいなくなってしまうのではないかと恐れていた。
そのせいで暴走したこともある。空まわって、周りに迷惑をかけもした。
負けられない。失敗できない。守らないといけない。そうやって自分を追い詰めて、曇らせていた目を覚ましてくれたのはどこぞの馬鹿な王様。
その娘に僕が説教とは奇妙な縁だな。
レイア姫の頭を乱暴に撫でながら、僕は笑みを見せた。
「そんなつまらない顔をしてたら武王になれないぞ」
現武王を前に不遜な台詞かもしれないけど、ロギス新武王は腕を組んだまま不動を守っている。聞こえなかったことにしてくれたのならありがたい。
レイア姫に視線を合わせて、その目指す目標を思い出させれば、あとはもうひと押しで十分だろう。
なにせ、彼女は知っているのだから。
武王がどうあるべきかを。
「レイア姫の知っている武王なら、どうする?」
「……だな」
短く呟いた。
レイア姫は元気よく立ち上がると、ニッと明るい笑顔を見せる。
顔の造作は全然違うのに、不思議と懐かしい男の笑い声が聞こえてきたような気がした。
もう大丈夫だね。
撫でていた手を放して、ちょっと残念そうにしているレイア姫の耳元に囁く。
「偽者騒ぎとか、結婚式とか、色々と落ち着いたら僕もやりたいことがあるんだけどさ……」
僕の夢を教える。
まだ全然、形にもなっていない絵空ごとだけど。
レイア姫はどっちが好みかな。その時までに考えていてほしい。
そして、僕は知人たちに見送られて首都から旅立つ。
目指すはバジス。
竜の隠れ里。
今度こそ偽者を捕まえてみせる。
リエナに首をグイッとやられた飛竜さんがまさかの再登場。
みなさん。GWはどのようにお過ごしになりますか?
いくさやは30日から13連勤ですよ!
もちろん、朝から晩までの12~14時間拘束!
なので、申し訳ありませんが来週の更新がどうなるかわからないです。なるべく、毎週水曜日の更新は守りたいのですが……。
店舗特典用のSSを書いたりがあるので、どうなるか……。




