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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚
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後日譚24 動機

 後日譚24


 レイア姫に避けられてる。


 声をかけようとすると全力で逃げられる。

 その割には壁や柱の影からこちらをじーっと見つめてくるのだけど、表情豊かなレイア姫が無表情なのでかなり戸惑ってしまう。

 なんだか出会ったばかりの頃のリエナのようだ。


 原因ははっきりしている。

 いつからこうなったか考えれば簡単だ。

 リエナに骨抜きにされる姿を帰還したレイア姫に目撃されてからなので、あれが原因だろう。


 まあ、戦場――とまでは言わないまでも、鉄火場で役割をはたして意気揚々と帰ってきて、真っ先に報告しに行ったら先生が恋人とイチャイチャしていたのだから色々とショックなのは理解できる。

 自分に置き換えてみよう。

 魔の森から命からがら帰って、褒めてもらえるかなっと期待して研究室に行ったら、師匠がシエラさんでもある白木の杖に甘く囁きかけていたら……いや、これは違うな。何かまた別の問題だ。

 というか、師匠が甘い言葉を口にする場面とか、想像すらできない。師匠は黙って俺について来いと背中と態度で語る人だからな。


 話が逸れた。

 つまり、先生としての僕の威厳の問題だろう。

 果たして僕はどれだけ情けない顔をしていたのか。

 今後、気を付けないと。


 ともあれ、レイア姫との関係修復は考えないといけない。

 けど、その前に今は会議だ。

 王城の一室、広いだけの部屋に今回の関係者が揃っていた。

 車座になってクッションに座り、ヴェルからの報告を聞いているのだ。

 隣はリエナとテュール学院長。この面子なら普段は隣にいるはずのレイア姫がテュール学院長の向こう側だ。

 地味にへこみつつ意識は会議へ。


「で、問題なく解散できたわけですね」

「全く問題なし、とはいきませんでしたがね」


 ヴェルが苦労の滲んだ疲れ顔で頷いた。

 あれから一週間。

 第八始祖という旗頭を名実ともに失った集団は解散された。

 暴徒となる可能性もあったはずだけど、そこは直前に見せつけた『万魔殿』のおかげもあってか避けられた。

 ヴェルの指示やブラン兵の抑止力もあるだろう。

 それぞれが元いた場所へと戻っていくことになった。


「居場所のない人たちは?」


 戦いで大事な人を失い、生活基盤さえもなくした人たち。

 帰れる場所がない人もかなりの数いたのだ。


「戻る場所のない人たちはボクが引き受けるさ」

「学院の周辺はまだまだ人手が足りねえから、よ」


 魔法学院の建設はそういった人たちを受け入れる場所としての意味もあったのか。

 ……いや、計画的な方針じゃないな。結果オーライだ。


「元兵士はバジスに行かせます。あちらにはまだ魔物も多いですからね」

「戦うことしかできないって、思い込みだと思うんだけどなぁ」


 天涯孤独になった者。魔族を憎む者。戦いが生きがいになっている者。

 偽者はそういった人間を便利に従えていたわけだ。

 そんなに戦いが好きならバジスで魔物相手にしろ、という方針になったらしい。

 屯田兵に似ている。


 ヴェルの隣でひとつ無言のまま頷いた大柄な男。

 うお。動いた。

 現武王のロギス・ブラン・ゴーシュ。

 会議が始まってから一言もしゃべらない。腕組みしたまま彫刻のように不動を保っているから、まさか置物ではないだろうかと疑っていたのだけど。

 隣のテュール学院長に声を潜めて尋ねる。


「あの人、全然、しゃべらないけど」

「ロギスさんは口下手だからね」


 口下手って。

 それで今回の騒動ではちっとも出てこなかったのか。

 まあ、武王に求められるのは弁舌じゃないだろうけどさ。兵を鼓舞するとか、できるの?


「でも、強いよ。とっても、ね」

「父様と何度も武王の座を争ってたんだぞ……うん」


 確かに服の下から覗く鍛錬を重ねた筋肉は凄まじいものだ。

 というか、レイア姫はあれに勝つ気なのか。道は険しそうだな。まあ、楽な道を歩きたいわけじゃないだろう。

 とりあえず、僕相手に話すと調子を崩すのやめない?

 もじもじするのも。


「さて、報告はこれぐらいにして」


 こちらの様子がおかしくなったのを察したからではないだろうけど、ヴェルが話を進める。

 会議の本題。


「逃げた偽者がどこに行ったかですが」


 しかし、ヴェルは眉間にしわを作って、首を横に振った。

 新情報はなし、か。


「兵を各地に送りましたが、成果はありませんでした」


 僕に視線が向けられる。

 昨日、国境付近で待機したままだったレイナードさんに確認してきたのだ。

 けど、期待には応えられなかった。


「念のためスレイア側でも探してもらっていますけど」

「いなかった」


 リエナにも国境近辺を探ってもらった。

 成果はない。

 ただ、相手の偽装能力は僕たちの探知能力を上回っているので、潜伏に徹されれば捕捉できないだろう。

 レイア姫が両足を投げ出して天井を仰ぐ。


「あーあ。結局、なんだったんだ、あいつ?」

「正体は魔人でしょう」


 あっさりと。

 ヴェルが断言した。

 レイア姫はぽかんとしている。気づいてなかったのか。


「あの変装は種族特性でもなければ無理でしょうからね」

「魔神かもしれねえじゃん」

「ええ。正確には魔神になった魔人、ですね。おそらく偽装の種族特性を持つ魔王を取り込んだ魔人が偽者の正体です」


 レイア姫以外に反論はない。

 まあ、その辺りは予想がついていた。

 擬態を得意とする魔物の種族特性でもなければ僕はともかく、リエナの知覚からは逃れられないだろう。

 いや、ひとつぐらいじゃ厳しいか。三種の魔神の可能性ぐらいは想定していた方がいい。


 そうでもなければ、魔神ではああいった作戦を練ったりはできない。

 擬態を使って不意打ちするのがせいぜいだ。

 妖精の誘拐で魔神が無作為に暴れなかったのも、そいつに命令されていたと考えられる。その辺りは三種を疑う根拠にもなっているのだけど。


 そこまでは予想できる。

 問題は動機の点なのだ。

 魔人は人間のように策略を練ったりする。

 前武王はその罠からルインを逃がすために命を落とした。

 だから、何かしらの策略の上でこのような事態を起こしているとして、何のためなのか見えてこない。


「色々と暗躍していたのは間違いないでしょう。おそらく我々の結束を乱すために」


 妖精の誘拐事件。

 合成魔法の魔法書の強奪。

 そして、ブランでの新国家建設宣言。

 他にも表面化していないだけで種は撒かれているのかもしれない。

 ……おじいちゃんが旅の間にお家騒動に巻き込まれたり、魔神と戦っていたけど、まさかあれもそうだったりしないよな?


「そうまでして為したかったことが新国家?」

「魔人が? なんのために?」

「魔族の復活のため、かな?」

「それなら国王の暗殺ぐらいしそうなものですが」

「手段を選んでいるのか、いないのかもよくわからないね」

「魔族の復活の線は薄いよ。大元はもう解決しているから」


 後ろ腰の異界原書を撫でる。

 先日の過剰エネルギー供給で胸焼けに似た症状に襲われた兄妹は静かだ。

 僕とテュール学院長、ヴェルの会話を黙って聞いていたレイア姫がポツリと呟いた。


「あいつ、『負けるわけにはいかない』って言ってた。あれ、すげえ必死でさ。たぶん、嘘じゃねえと思う」


 偽者と最も言葉を交わしたのはレイア姫だ。

 そのレイア姫の言葉は根拠がないからとはいえ、無視しがたい。


「負けられない、か」

「何か、大切なものがある?」


 リエナの言うとおりだろう。

 負けられない理由なんて結局のところ、譲れない大切な何かを守るためなのだから。

 それがわかれば、偽者の行方も予想できるかもしれない。

 けど、それを知るのは偽者自身だ。


「結局、またどこかに現れるのを待つしかないのかな」

「やもしれませんな」


 結果を出せないまま会議が終ろうとした時だった。


「会議中失礼します!」


 ブラン兵が大慌てで部屋に飛び込んできた。

 いくら礼儀作法に頓着しないブランでも余程の事態だ。

 僕とリエナは顔を見られる前にフードを被って顔を隠す。

 幸い、慌てていた兵は僕たちに気づくことなく、王とヴェルの前に片膝ついた。


「何事です?」

「飛竜です! 傷だらけの飛竜が王城前に! 大人しくしておりますが、現在は民を避難させております!」

「よろしい。万が一に備えなさい。我々が行くまで刺激しないように」


 飛竜。

 傷だらけで竜の里に戻らず、ブランに現れたのだから尋常ではない。

 バジスに、ルインたちに何かあったのか?


 僕たちは視線を交わして、一斉に走り出した。

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