後日譚23 封殺
後日譚23
さて、偽者が崩壊魔法を見せつけるには条件がある。
当然ながら崩壊魔法を使えることは絶対条件だ。他のいかなる魔法でもあれを偽装することはできないだろう。
しかし、今となっては僕でさえ独自では崩壊魔法は使えなくなっているので、模造魔法を頼らざるを得ない。
が、ここでネックになるのが始祖を名乗る以上、模造魔法だと知られてはまずい。
なので、小細工を使うことになる。
手法はふたつ。
ひとつ、バインダーを隠し持ち、杖を使わずにバインダー内で発動させるか。
ひとつ、手ぶりに合わせて、協力者に使わせるか。
こんなところだろう。
「異界原書、解放」
『はいよ!』『はーい!』
異界原書が中空に浮かび上がった。
勢いよくページが流れていき、そのたびに金色の粒が辺りに零れだす。
ひとつひとつは指先で摘まめる程度の大きさだけど、数は際限なく増え続けていく。
すぐに王城の屋根は金色の輝きに埋め尽くされ、まるで稲穂の海が現れたような有様になった。
準備完了。
現場では偽者が両手に赤い光を纏わせていた。
一見、魔力を集めたように見えるけど、あれも芝居だな。
おそらく、付与魔法の腕力強化魔法の『刻現・手力式』辺りだろう。
さて、肝心の魔造紙はどこか?
自分で使おうとするか。それとも協力者に使わせるか。
どんなに巧妙に隠したところで、僕の『探枝』とリエナの知覚から逃れられるわけがない。
「リエナ」
「ん。偽者の腰の所」
「だね」
普段、僕がバインダーを持っている位置とは再現が細かいな。
ともかく、両者の見解も一致した。
偽者が杖を見せつけるように高く掲げた。
同時、僕は異界原書を発動させる。
「構築、『万魔殿』。全弾装填。照準確認」
『いくつー?』
「確実にいく。五つだ。ちゃんと狙えよ?」
『任せとけ!』
本来の崩壊魔法なら術者を倒す以外に防ぐ手立てはなかった。
けど、模造魔法なら魔造紙自体を破壊してしまえば、発動前に潰せるということだ。
偽者の使う崩壊魔法の出来には興味もあるけれど、デモンストレーションで敵味方に被害は出さないだろうけれど、わざわざアピールに付き合ってやる理由はない。
メッキを剥がしてやる。
偽者が杖を振り下ろす。
崩壊魔法の魔造紙が発動する直前。
僕の周囲を埋め尽くしていた金色の球体が五発、撃ち放たれた。
金の弾丸は音速さえも超え、光芒と化して虚空を駆け抜ける。
大気を貫き、ブラン兵の隊列を通り、レイア姫たちの横を超え、不規則に並ぶ群衆の隙間を複雑な軌道で抜け。
上下左右。五方向から。
偽者の背面、後ろ腰を掠めた後に、上空と地中を穿った。
杖を振り下ろした姿勢のまま偽者が硬直している。
もちろん、崩壊魔法が発動するわけがない。
なにせ、肝心の魔造紙はバインダーごと消滅してしまったのだから。
静寂が周辺を支配して、誰も動けずにいる。
隣のリエナが辺りに浮遊している光を見つめながら聞いてきた。
「今の、なに?」
「異界原書に込められた種族特性を弾頭にした狙撃だよ」
触れる物を削り取る威力に、億を超える弾数。
そして、双子の管理者による自在軌道で放たれる不可避の弾丸。
逃げることも、防ぐことも、不可能の魔弾。
「問題は僕のテンション次第で性能が上下することだけどね」
まあ、それは異界原書の仕様だから仕方ない。
例の『次元喰らい』は最後、これで一ヶ月ほど不眠不休で削り殺したのも今となっては懐かしい思い出だ。
あの時はリエナの猫耳としっぽをもふもふするイメージでテンションマックスにしたんだっけ。
あれはもう、狙撃というより絨毯爆撃だったよな。
今日はどこぞの喪女が原動力なので、こんなものだろう。
基本、あいつは嫌いだからね。モチベーションが上がるわけない。
まあ、それでも。
嫌いだけど、功績は功績だし。
その願いが間違った使われ方されるのも業腹だし。
徹底的に、根こそぎ、とことん、叩き潰してやるかな。
さて、現場ではようやく衝撃から立ち直る者が出始めていた。
テュール学院長が隣で固まっているレイア姫を小突く。びくっと反応したレイア姫は辺りを見回して慌てていた。
あれは台本が抜けちゃったな。元々、アドリブが入っていたけど。
その辺りはテュール学院長がフォローに入る。例の腹話術でレイア姫に台詞を教えて始めた。
一度、深呼吸してからレイア姫が声を張る。
「どうした! 力を見せるんじゃなかったのか!」
ここで偽者も正気に戻ったようだ。
我が身を掠めた恐怖は相当のものだっただろう。青ざめた顔をしている。
「今のは……少々、驚いて、失敗してしまいました」
なんとも無理のある言い訳だ。
口達者とは思えない。まだ動揺が消えないらしい。
とはいえ、沈黙してしまえば肯定したことになってしまう。
さすがに今ので納得を得られるわけもない。
群衆から不審のざわめきが広がり始めた。
「驚いて、か。それが答えではないか?」
「答え? 何を……」
「今の光は何か! オレたちの王城から放たれた光だ!」
偽者を睨み据えたまま、背後のこちらを指差す。
「オレは第八始祖様の加護と信じる! 先生は今でもオレたちのことを見守っている!」
堂々と断言した。
まあ、実際にこうして見守っているのを知っているのだから自信たっぷりに言い切れるに決まっているのだけど。
「ですから、僕こそが第八始祖だと!」
「先生は力を見せつけるためにオレを傷つけようとしたりしねえ!」
最後はレイア姫自身の言葉か。
段々と寄せられる期待というか、ハードルが上がっている気がして冷や汗が浮かぶ。
憧れに応えるって大変なんですね、師匠。
「さあ、まだ己が力を証明するというならば見せてみろ!」
あからさまな挑発。
引っかかるのは子供ぐらいなものだ。
それでも、偽者は乗るしか選択肢がない。
不審の芽は既に育ち始めている。口八丁で逃れても、もう今までのように従いはしないだろう。
力を示さなければならない。
「いいでしょう!」
再び杖を掲げる。
先程のように付与魔法で両手を赤く輝かせることもないまま、ひとつ杖を回してから、そのまま振り下ろした。
既に偽者はバインダーを持っていない。
協力者がいる。
杖を回したのが合図だろう。
狙い通りの展開だ。
照準が広範囲に至れば、それだけ多くの人間が奇跡の弾道を目撃することになる。
乱暴な方法だけど、ブランの人間にはこういうわかりやすい展開の方が効果があるので、遠慮なくやってやる。
「右翼。後列」
「兵隊崩れの男!」
『わかってるつうの!』『うてー!』
今度は十発の弾丸が側面から群衆の中を巡った。
ジグザグと。
曲芸じみた弾道が。
群衆に紛れていた屈強な男の手元に集約する。
隠し持っていたバインダーが消滅して、残骸が散らばった。
偽者は必死になって杖を振るう。
いつか不可解な狙撃がなくなると願って。
隠れた仲間に指示を送り続ける。
しかし、願いは潰えた。
ひとつとして僕は見逃すものか。
回数を重ねるごとに弾数を倍に増やしながら、狙撃を続ける。
十から二十。二十から四十。四十から八十。八十から百六十。百六十から三百二十。
莫大な光線から縦横無尽に空間を削り取っていく。
光条の檻。
それでも絶対に狙いは外さない。
そして、一人たりとも傷つけない。
偽者も。
協力者も。
群衆だって。
バインダーだけが失われていく。
やがて、偽者の合図に応える者がいなくなった。
演奏者のいないオーケストラの指揮者のような滑稽さ。
空振りを幾度か繰り返し、もう誰にも、何も反応しないことに気づくと、茫然と膝をついた。
杖が落ちて、乾いた音を立てる。
「気は済んだか?」
レイア姫に問われて、偽者は俯きながらも声を返した。
「……ええ。これは、如何ともしがたいですね。レイア姫、これは一体、なんなのでしょうか?」
「言ったろ。先生が裏で手伝ってくれてるんだよ」
「だとすれば、叶わないはずです」
観念したか。
偽者騒動はこれで終わりだろう。
合成魔法を使うようならそちらも狙撃するつもりだったけど、回収できるならそれに越したことはない。
偽者は両手を地面についた。
まるで土下座のような姿勢。
だけど、持ち上げた顔はまだ強い意志を宿していた。
「ですが、負けるわけにはいかないんだ!」
唐突に、土煙が立ち上った。
乾いた砂塵が浮かび、群衆がパニックになりかける。
怒号と悲鳴が上がって、押し合って転ぶ者まで出ていた。
「慌てんな! じっとしてろ! ブランの人間がみっともねえぞ!」
レイア姫がよく徹る声で呼びかける。
さすがに一気に沈静化とはいかないけど、いくらか混乱から回復した者が周りにも声をかけ始めた。
すぐにヴェルがブラン兵に指示を出し、風の属性魔法で土煙が払われる。
そこからの対処は迅速だった。
怪我人や体調不良者から優先的に介抱され、抵抗しようとする者は拘束され、途方に暮れる者たちが分散されていく。
その様子を遠くから眺めながら僕は溜息をひとつこぼした。
「信じられない」
「ん。逃げられた」
騒動の中、偽者は群衆に紛れた。
いくら視界不良でも、巧みに変装しても、僕たちが見失うことはないと思っていたのに。
僕の姿はどこにもない。
登場の時と同じ唐突さでいなくなっていた。
人々の中に混じっているのか。それとも特殊な逃走手段でもあったのか。
それさえも判然としない。
「とりあえず、異界原書はご苦労様」
『朝飯前だっつ『お腹へったー』おい! エネルギー足りねえよ!』
うわ。兄の方がやかましく騒ぎ始めた。
エネルギー不足か。つまり、僕にテンションを上げろと言っているのだけど、この状況では厳しくないか?
肝心の偽物に逃げられて、テンションなんて上がるわけがない。
「シズ?」
どうしたものかと考え込む僕の顔をリエナが覗き込んでくる。
何と説明したものか。
「あー、ちょっと、元気がなくなってね」
「ん。任せて」
リエナのしっぽが左手に添えられた。
ふさふさした毛並みが柔らかく触れてくる。
心地よい温かさに気持ちがほぐれる。
「……元気出た?」
胸元に頭を寄せたリエナが見上げてくる。
答えなんて決まり切っていた。
ごちそうさまです!
元気になりすぎてエネルギー供給過多になったのか、双子が騒いでいるみたいだけど、そんなの些細な問題だね!
一週間で二回も万引きを捕まえ、人間不信になりそうです……。




