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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚

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後日譚22 偽物

 後日譚22


 ブラン首都から北方向に約10キロ。

 平野部に突如として現れる峻厳な地形。

 地割れや丘陵などの中央。

 そこには広く、深い湖がある。

 かつて第八始祖と竜の若長が激闘を繰り広げた跡地。

 伝説のシズ湖。


 そんなことを首都の酒場で詩人さんがお話しているのを聞いて、恥ずかしさに爆発するかと思った。

 あの時はあの時で、真剣に戦っていたはずだけど、第三者から装飾過多に語られると何とも言えない気分になってしまう。

 お話の中での僕はもう別人で、どこの益荒男だよといった感じ。

 スレイア風のアレンジもきついと思ったけど、ブラン風のアレンジも勘弁願いたい。


 ともあれ、そのシズ湖。

 その周辺にはたくさんのテントが敷設されている。

 家族単位で使えそうな巨大な構造で、ブラン兵たちが遠征時に使用している物らしい。

 始祖の名前を信じて付き従う集団の構成はバラバラだ。

 農民から商人に職人、武人までもいる。老若男女、まとまりのない人間が、それでも同郷などでグループを形成していた。

 偽者に従う理由もそれぞれ。

 新国家に夢や希望を抱く者もいれば、故郷に居場所がない者、単純に強い存在に付き従う者まで。

 今はテントから出て、小規模の集団で集まっている。腕っぷしに自信のありそうな奴らが前列で睨みを利かせているけど、それだけ。命令系統も何もない。

 なるほど。確かにこれは要である偽者を排除してしまえば、手を下すまでもなく自滅しそうだ。


 対峙するのはブラン兵。

 こちらの布陣は流石に綺麗なものだ。

 横一列に整列したブラン兵たちは、命令が下ればいつでも遂行できるよう待機している。

 おそらく、ただ前進するだけで制圧できてしまうのではなかろうか。

 その中央には馬上の人物が三人。

 急遽、大将として祀り上げられたレイア姫。

 同じく、参謀として補佐するテュール学院長。

 武王の代理人としてブラン宰相のヴェルが控えている。


「そろそろ?」

「かな。どっちも気の長い方じゃないだろうしね」


 そんな光景を俯瞰している僕たちがどこにいるかといえば、ブラン首都の中心地。

 王城の屋根の上。

 リエナと二人、遠くの景色を眺めている。

 僕では肉眼で捉えきれる距離ではないけど、そこは異界原書『探枝』と『潜糸千耳』でカバーしていた。どこに誰がいるのか、何を話しているのか。十全に把握できている。

 不可視の糸を通してレイア姫の声が聞こえてきた。


「ブランの民よ! オレは前武王がディン・ブラン・ガルズが子、レイア・ブラン・ガルズ! 始祖の名を騙る不埒な輩を罰するため参じた!」


 おお、真っ当な語りもできるじゃないかと感心しかけたけど、隣でテュール学院長が腹話術で台詞を教えているのが聞こえて残念な気持ちになる。

 というか、テュール学院長はゲイ達者だな。

 実態はともかく、堂々と名乗り上げたレイア姫の気位は立派なものだ。

 何より、前武王の名前はこの国の民にとって特別なのだろう。でなければ、ただ強いというだけで何十年も王として支持されない。


 民衆がざわめき始める。

 けど、前衛に立った屈強な男たちが声を張ると鎮まった。

 筋肉ダルマみたいな壮年の男が最前列に出てくる。


「たとえ前武王の子であろうと始祖様を愚弄するなど許されん! すぐに下馬し、首を垂れんか!」


 誰だよ、お前。

 この状況で受け答えして、他から文句が出ないことから察するに、彼が民衆の代表者ということだろうか。

 とりあえず、僕と面識はない。


「くだらん! 何を以て貴様は始祖の真偽を計る! どれほど第八始祖様のことを知るというのだ! オレはこの国の誰よりもあの方と共にあり、教えを受けたのだぞ!」

「決まっている! その目で見れば始祖様の偉大さは知れるだろう!」

「ならば、何故この時に姿を現さない! そも、オレの前に現れないのだ! 化けの皮が剥がれるからではないのか!」


 一喝されて男は言葉に詰まる。

 存在を主張するのに姿を現さないのは後ろめたいからに違いない。

 現在のところ、僕の偽物の姿は見つからなかった。『探枝』にも引っかからないし、リエナも姿はないという。

 テントの中にいても、顔をフードや仮面をつけていても、僕たちの知覚では隠れたところで意味はない。

 偽物はあの中にいない。どこに行っているのか。あの男も知らないようで、仲間に偽物の所在を確認している。


「まずは、姿を見せ、オレと言葉を交わせ!」


 あー、これは格が違うな。

 言い分とか以前に、存在感でレイア姫が圧倒している。多少メチャクチャなことを言っても、ブラン人相手ならこれで通りそうだ。

 一度は静まった群衆が再びざわめき始める。

 今度は怒鳴られてもすぐに収まらない。


 このままなら何をするまでもなく自滅しそうだな。

 まあ、そう簡単にいかないだろうけど。


「お久しぶりです、レイア姫」


 突然、声が聞こえる。

 いつからか、代表者のすぐ後ろに一人の少年が立っていた。

 金色の髪に青い目。ちょっと低めの背。

 温和な顔つきだけど、目つきはやや鋭く。

 細身ながらも鍛えられた体には芯が通っている。

 魔法学園の制服を着て、右手には白い杖。

 鏡で何度も見た三年前の僕の姿がそこにはあった。


 本当に唐突な出現だ。

 リエナと二人、息を飲む。

 確かにその位置にはフードを被った青年がいた。

 でも、僕とは似ても似つかない姿だったのだ。ブラン民らしい銀髪に褐色の肌。僕と似ている所なんてちっともなかった。

 それが気がつけば、僕の姿になっていたのだから。

 まるで気付けなかった。


「三年の無沙汰、申し訳ありませんでした。僕もお会いしたかったのですが、急ぎやるべきことがありましたので」


 両手を広げてにこやかに歩み寄る。

 なんというか人の視線をしっかり把握しているという印象だ。

 自分がどうやって見られているか理解していて、人から好く思われるよう話し方も所作も計算しつくされている。

 まるで社交界に生きる貴族みたい。


「お美しくなりましたね。レイア姫。凛とした佇まい、見惚れてしまいましたよ。あの頃も既に可憐でありましたが、今はまさに戦場に咲く一輪の花。まるでその銀髪は白百合」


 どこのナンパ男だ。

 おまけに、美術効果できらりと歯が光りそうな笑顔。

 もう少し近くにいたら手の甲に口づけでもしていたんじゃないか?

 僕の姿でやられると寒気がしてしまう。

 リラはこんな感じの台詞に憬れていたのだろうか。悪い男に騙されそうで不安になるな。

 隣ではリエナのしっぽがしおしおになっていた。どうやらああいう気障なのは好みじゃないらしい。今後の参考にしよう。

 半ば現実逃避地味にそんなことを考えている間に事態は進んでいく。


「誰だ、お前?」


 あ、これは素のレイア姫だ。

 キョトンとした顔で偽者を見ている。

 実寸大の腹話術が打ち切られてテュールやヴェルも焦っているけど、偽者の方もちょっと笑顔が引きつった。


「誰だとは、お戯れを。やはりお会いしにいかなかったことを怒っていらっしゃるのかな」

「お前なんて知らねえから会いに来なくていいよ。そんなことより、なんでお前は先生の格好してんだ?」


 ばっさり。

 ああ、こういうところを見るとレイア姫は先代の娘なのだと実感するな。

 本能で生きてるわ。


 レイア姫は偽者を指差し、説教するでも、論じるでもなく、語りかける。


「いいか? 先生はな、そんなゴチャゴチャ言わないんだよ。色々考えたりすっけど、決めたらきっちり真っ直ぐな言葉で言うんだ。余計な装飾も、嘘もなしで」


 いや、過大評価だから。

 ただ歯の浮く様な台詞なんて言えないだけだって。

 実際、言い訳ばかりだって。

 僕の困惑を他所に、レイア姫は指差していた手を拳に握り、トンと自分の胸に当てた。


「だから、オレの心に届くんだよ」


 ……困ったな。

 やっぱり過大評価だって思うけど、そうまで言われてしまえば期待に応えたくなってしまうじゃないか。


 レイア姫の言葉はあまりに自然で、人に言い聞かせるような響きがないせいか、耳にした人たちに疑心を浮かばせた。

 いや、元から集まった人たちにも疑念はあっただろう。自分たちを先導する始祖を名乗る人物は本物であるか、否か。

 ほとんどの者が第八始祖を見たこともない人ばかりなのだから当然だ。

 それが、実際に本人と接したことのあるレイア姫の言葉で揺らぐ。

 ざわめきが集団に伝播していった。


 だけど、疑念はあっても彼らが第八始祖を名乗る人物について行こうと思ったのは単純明快な理由だったはずだ。

 不安の声を断ち切るように、偽者が白い杖を振り上げた。

 そして、僅かにできた沈黙に滑り込ませるように偽者が宣言する。


「久方ぶりでレイア姫も混乱しているご様子。では、ここで実際に僕の力をご覧に入れましょう!」


 来た。

 揺らいだ群衆をまとめるにはパフォーマンスが効果的だ。

 始祖の証明。その最たるものは決まっている。

 魔法の行使。

 第八始祖の奇跡。

 つまり、崩壊魔法。


 僕は異界原書に手を触れ、身構えた。

 さて、教え子が嬉しいことを言ってくれたんだ。

 先生としてばっちりフォローしてみせようじゃないか。

更新遅くなり申し訳ありません。

しばらく、週に1回の更新になってしまいそうです。

火曜日はお休み(笑)なので、明けた水曜日に更新すると思います。

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