後日譚21 資格
後日譚21
学院から首都に向かうのはテュール学院長とレイア姫を筆頭に、生徒の半数だった。
周辺の町から備蓄を分けてもらい、それを届けるのだ。
現在、シズ湖(自分で言うのはなんかきついな)の周辺に居座った集団への食糧などは首都で賄っている。
勝手に居座っているのだから、勝手に飢えていろと見放せば、暴徒となり果てるのは目に見えているための処置だ。
ならば、蹴散らせてしまうのかといえば、それも問題がある。
いくら数が多くてもブランの強兵なら蹴散らせるだろうけど、元は守るべき同国民。本来は力を向けるべき相手ではない。
それが心情的な理由。
ブラン兵の士気は低いようだ。
けど、理由はそれだけじゃない。
どう言いつくろったところで、彼らは国を割るような行為を働いているのだから、鎮圧に動く正当性がある。というか、国家として治安維持のためにも収拾を付けなければならないぐらいだ。
それでもヴェルが行動に出ないのは、自称第八始祖の存在があるから。
合成魔法と崩壊魔法を使うというだけでおいそれと手は出せまい。
「だからといって、要求に応えたら味を占めてしまうからね。ヴェル叔父様は時間稼ぎしつつ、扇動者の正体を探っているみたいだね」
道中、同じ馬車に乗ったテュール学院長が現状を最終確認する。
ちなみに、馬車には僕とリエナ、レイア姫とテュール学院長。
狭い車内で変態が動き出さずにいるのは、レイア姫が僕の膝の上でご機嫌だからだ。さすがに妹ごと押し倒すほど道を踏み外していないらしい。
最近、独占欲が強めだったリエナもレイア姫には甘い。レイア姫の僕への好意は父兄に対するそれだからだろう。
おかげで、平和な旅路だった。
まあ、馬車の横を馬で並走しているシン少年からの視線に、殺意が溢れているのを無視できればだけど。
「で、暗殺でもするつもり?」
「どうだろうね。そういうのはボクたちは苦手だから」
真正面から正々堂々。
先代ならそうしていただろうけど、それで解決できるのはあれぐらいのものだ。
常人は常人のできることを精一杯やるしかない。
「結局、偽者と証明するのが一番かな」
「始祖様の名前に釣られているだけだからね。証明できなくても、信用が揺らげば十分だね。偽者が自棄を起こすのが心配だけど」
その点は僕が保証する。
合成魔法と崩壊魔法を僕が処理してしまえば、あとは集団を鎮圧して終わりだ。
「けど、先生」
膝の上から首を逸らせて見上げてくるレイア姫。
もう少し異性を意識してほしい。えらい密着具合に馬車の外の殺気がすごいことになっているからね。いいや。気づかないふりだ。
「もう始祖様の力は使えねえって言ってたじゃん。大丈夫なのか?」
「あー、模造魔法だとちょっと分が悪いかな」
現状、魔力凝縮は50倍が限界だ。100倍の合成魔法には対抗できない。
などと正直に答えて、自分の迂闊さに舌打ちしそうになる。
レイア姫は軽い口調だけど、その目には不安の色が浮かんでいた。
大事な人を亡くしているのだ。危険を前に動揺させてどうする。
ちょっと強引に頭を撫でて、笑って見せた。
「心配ないよ。得体が知れない相手だからね。今回はちょっと出し惜しみしないでいこうと思うから。それに……」
「それに?」
気遣いとは別の感情が沸き立った。
自然、笑みから緩さが消えて、本心が出てしまう。
「始祖を騙る奴には思うところがあるんだ」
別段、僕の地位が奪われること自体は気にならない。
名声とか栄誉とか、そういうのに執着する趣味はないから。
「せんせい?」
「シズ君」
「どんな覚悟があって、それを名乗ったか聞かないとね?」
不意に隣のリエナが僕の袖を引っ張ってくる。
「ん」
視線で示されたのは委縮しきったレイア姫と、恍惚の表情で僕を見つめてくるテュール学院長。
ちょっと威圧してしまったようだ。というか、そんな目で僕を見るな。身を乗り出してくるな。息を荒くするな!
箍が外れそうな正面席の変態を殴りつけつつ、意識をニュートラルに戻す。
窓の外を見れば、シン少年も青い顔で僕を見ていた。僕もまだまだ精進が足りない。
レイア姫を撫でて落ち着かせつつ、心中で反省していると変態がバネ仕掛けの人形みたいに復活してきた。
顔面に拳の跡があるのに、もうダメージはなさそうだ。
「そろそろ、到着のようだ」
「……どんどん人間離れしてきてない?」
「ボクもブランの人間だからね!」
違うから。お前のそれは、ブランの気質とはまた別枠だから。
言ってやりたいけど、どうせ無駄だとわかり切っていたので無視しよう。
窓から顔を出して進行方向を見れば、懐かしい城壁が遠くに見えてきた。
テュール学院長が外の生徒たちに指示を出していく。
先行して伝達する者、隊列を整える者、予定を確認する者など、周囲が慌ただしくなっていく。
学院生のほとんどが首都に入った。
物資の受け渡しを終えて、今は首都の見回りに協力している。
すぐ近くに暴動寸前の集団がいるのだから、町の人も不安だろう。味方の兵が見回ることで少しでも払拭されれば僥倖だ。
僕たち主だった者と、シン少年を筆頭とした優秀なものは城壁外で待機しているブラン兵たちと合流した。
その中心に用意されたテントで待つこと夜半過ぎ。
「始祖様のご帰還、心よりお祝いいたします」
最低限の護衛を連れて現れたヴェルが跪いてくる。
人払いしたテントには事情を知る人間しかいないので問題はないだろうけど、僕の心情的には勘弁してほしい。
「やめてください。そういうの苦手なんで」
「いえ、私としてはこのタイミングで始祖様が来てくださったのは何よりの祝福でございますから」
にこやかに語るヴェル。
わかっててやってるな、この人。というか、ちょっと雰囲気が変わったか。
「なんだか、少し感じが変わりましたね」
指摘すれば、ヴェルは苦笑しつつ立ち上がる。
三年の間に苦労が重なっているのか、目の下の隈ができていた。それでも表情から笑みを消さない。
「少し兄さんを真似してみようかと思いましてね」
「まあ、それは程々にしておいた方がいいと思いますよ」
「心得ております」
色々と思うところがあったのだろう。
託された人間なのだ。それを果たすために変っていくこともある。変質して道を見失ってしまわない程度に、だけどね。
その辺り、ヴェルは大丈夫だと思う。
「ですが、助かったのは本当です。そろそろ引き延ばしも限度がありましたので。テュールからの手紙でお話を聞いた時は天の采配に感激しました」
「大げさ、ではないんですね」
「ええ。首都も不安が広がっておりますし、集団も段々と苛立ち始めています。数日の内に過激な連中が行動を起こしていたでしょう」
要求への返答を誤魔化しつつ、何日も待機させられていれば不満も募るだろう。血の気の多い連中なら尚更か。
「いざとなれば対峙するしかありませんでしたが、相手の手の内も知らぬうちにぶつかるのは得策ではありませんので」
「結局、偽者の正体はわからずじまいですか?」
「姿は三年前のあなたそのものでしたよ」
成長してないなら偽者ってわかりそうなものだけどな。
あ、でもブランではあまり顔は知られてないか。首都は歓迎された時とかに出回っているけど、地方までは大まかな特徴ぐらいしか伝わってないだろう。
偽者は『第八始祖』の特徴を押さえているんだ。
「ですから、首都は避けて地方から信者を集めたのでしょう」
そして、十分に人が集ったから国造りに踏み出した、と。
本当に面倒な相手だな。
変装。
魔神を従わせる能力。
妙に回る知恵。
なんとなく、偽者の正体は予測ができる。
だけど、動機だけがわからない。
国造り?
それは建前なのか。それとも大きな目的のための踏み台なのか。
偽者の正体が予想通りだとして、そんなことをする理由が思いつかない。
「直接、聞けばわかるかな」
考えても答えは出まい。
とにかく、まずは制圧してからだ。
「では、ヴェル叔父様。計画通りで?」
「ええ。我々の中で最も第八始祖と親しくしていたレイアが適任でしょう。明朝、仕掛けます」
一同で頷き合って、僕たちは行動を開始する。
異界原書に触れて、心中で話しかけた。
(明日は働いてもらうよ。十分休んだんだ。できるよね?)
『わあってるよ。俺たちまで救おうとしてくれた奴のため『がんばるよー! おー!』ってことだよ』
別にあんな喪女のことなんてどうでもいいけどね。
相応の覚悟もない奴に始祖を名乗ってほしくはないかな。




