後日譚20 指導
連続投稿です。
よろしければ、前話もご覧ください。
後日譚20
初撃。
小細工は余分。
先程の仕合を見るに、シン少年の実力はかなり高い。
最終決戦に出兵したブラン兵と互角以上と見た。
油断などもっての外。真剣に立ち向かわなくては遅れを取るだろう。
彼の戦法は序盤は受けに回り、相手を観察しながら体力を削り、疲れが出たところを一気に叩くというもののようだった。
実際、仕合が始まってもシン少年は構えたまま受けの姿勢だ。
ならば、取りうる選択肢は二つ。
持久戦を挑み、体力勝負に出るか。
鉄壁の防御を崩し、攻撃を叩き込むか。
おそらく、前者なら無難に勝利を掴める。
彼も鍛えているとだろうけど、僕とは年季が違う。こと体力と根性で僕は負けない自信があった。
とはいえ、それでは仕合の意味がない。彼の目的は知れないけど、僕にとってはこの仕合は優劣を決めるものではなく、シン少年の成長と糧にしてもらうためのものだ。
だから、敢えて踏み込む。
正面から。無造作ともいえるほど真っ直ぐに。
ただし、全力で。
最短距離を突き抜けた拳がシン少年の胸を強打した。
攻撃パターンをいくつも想定していたシン少年は、あまりに端的な攻撃に反応が遅れたのだ。
それでも咄嗟に飛び退こうとした反応は素晴らしいの一言だった。そうでなければ、今の一打で終っている。
シン少年は多少よろめきながら着地して、咳き込みつつもしっかり木剣の構えを維持して見せた。
「……次、行くよ?」
再び一直線に間合いを詰める。
一呼吸もしないうちに剣の間合いに踏み込んだ。
さすがに二度目は反応が増していて、迎撃の剣撃が放たれる。が、初撃のイメージが強く残っているためか、焦りが見切りを曇らせていた。
その位置に僕はいない。
僕は一歩目こそ全力で踏み込んだけど、二歩目から減速していた。そのため、木剣の切っ先は眼前を虚しく過ぎて行った。
結果、攻撃後の無防備な姿を曝すことになる。
二撃目の掌打が再び胸を打つ。
しかし、今度の手ごたえは先程よりも薄かった。
シン少年は空振りした剣の勢いに逆らわず、背後へと自ら転んだのだ。
ゴロゴロと地面で回転することになったものの、ダメージは逃がせたみたいで、すぐに起き上って構えを取る。
僕の打撃を二度受けて耐えられたのは称賛に値する。
疲労していたとはいえ、竜であるルインを打ち負かせた攻撃は一撃必殺の威力がある。
手加減はしているけど、それでも常人であれば悶絶しているところだ。いつぞやのリエナのお父さんのように。
さて、シン少年はここからどうするだろうか。
普段の得意とする受けの構えは二度も破られた。
尚も受けを続けるか、それとも。
「おおおおっ!」
シン少年が自ら鼓舞する声を上げた。
彼の選択は突撃。
正面から踏み込んでくる。
が、僕の拳の間合いに入る直前で身を沈めた。
まるで全身が弛緩したような脱力具合から、しなやかに繰り出される横薙ぎ。実戦であれば足を斬りつけられ、身動きを封じるに足る一撃。
「ふっ」
ずしんっ!
地を鳴らす重音が揺れた。
踏み込み。
震脚が木剣を踏み砕く。
残るのはまたも無防備に倒れたシン少年。
僕はその眼前で打ち下ろしの拳を止めている。
震脚と打撃はセットだ。武器破壊と同時に攻撃は終えていた。
もしも、この拳を振り切っていたらどうなっていたか、才あるシン少年は正しく理解したのだろう。
リエナが宣言する必要はない。
悔しげに歯を食いしばり、それでも「参りました」と呟いた。
僕は三打しか放っていない。
結果だけ見れば瞬殺だけど、そこまで悪い内容じゃなかった。
「ありがとうございました。立てる?」
「……ありがとうございました。立て、ます」
口調が大人しくなっている。
武力を認めた相手には態度を改めるのはブランらしい。
手を差し出すのは彼のプライドを傷つける気がしたので、自分で起き上がるのを待つ。
「受けが得意なんだろうけど、経験不足かな。想定を超えられた時に後手に回っちゃうね。それでも致命傷を避けてたのは良かったよ。でも、自分から仕掛けたのは失敗かな」
「けど、あのままじゃ、やられてた」
「勝算があって仕掛けたならいいけど、奇手頼りの捨て身じゃ駄目だよ。それなら紙一重で命を繋ぎとめて、反撃の手を構築した方がいい。少なくともそれなら勝てないまでも、負けはまだ遠かった」
もしも、攻勢に出ないで防御に専念していたならもう少し違った結果になっただろう。
二度も劣勢に押し込まれたのにその選択をするのは難しいだろうけど、捨て身になってはそこで終わりだ。
これが命を賭けて勝利しなければならない場面なら話も変わるけど、もちろんそんな状況ではない。
シン少年は拳を強く握って、それでも頭を下げてきた。
「ご指南、ありがとうございます」
最初は敵意ばかりでどうしたものかと思ったけど、この子きらいじゃないな。
まだまだ強くなる素質がある。
悔しさがないと上達しないけど、悔しさを飲み込めないと道を踏み外す。
そういう観点から見ると、彼は資格あり、だ。
素質は生来のものだろうけど、これまでに良い人に師事していたのだろうか。
「だけど!」
「ん?」
感慨にふけっていると、急にシン少年が僕を見上げてきた。
敵意とはいかないまでも、強い対抗意識のある目だ。
「レイアは俺が守るんだ!」
真っ赤な顔で宣言すると、失礼しますと頭を深く下げて、そのまま早足で中庭から出ていってしまった。
その背中を見送ることしかできない。
いや、鈍い鈍いと言われる僕でもこれはわかった。
続けて、先程までのレイア姫の親しげなやり取りを思い出して、納得の頷きを打つ。
なるほど。そりゃあ、敵愾心を持たれるわけだよ。
(これは間違っても、スレイアでの尻叩き事件とか、責任とって発言は知られないようにしないとな)
思春期の少年には酷過ぎ。
少年の純情を慮っていると、見学していたレイア姫が興奮した様子で僕の腰に飛びついてくる。
「先生、すっげえな! シンが手も足も出なかった! オレも頑張って、あれぐらいできるようにならないとな!」
「あー、うん。そうだね。ほどほどに、ね?」
いや、レイア姫の強くなりたいという気持ちは応援したいけど、同性としてはシン少年の心境も無視はしづらい。
もしも、レイア姫に負けでもしたら、彼の落ち込みは計り知れないだろう。
まあ、そこは彼が努力して解決するべきことか。
とりあえず、拒絶にならない程度に柔らかくレイア姫を引き離しておこう。
ほら。なんとなく、校舎の影辺りから憎しみのこもった視線が突き刺さっているような気がするし、ね?
好奇心というか、余計なこととは思いつつもレイア姫に聞いてみる。
「シン君ってどんな感じの子なの?」
「おう。学院最強なんだよ。二年ぐらい前に、修行しながら師匠さんと旅してたらしいんだけど、師匠さんがブランを出るから学院に預けられたんだ。いつか、師匠さんに勝つのが目標なんだってよ! オレもその師匠さんに会ってみたいな!」
……なんか、どこかで聞いた話のような。
その師匠さんに心当たりがあるような気がするけど、これ以上、人間関係をややこしくしたくないので考えないようにした。
彼の戦い方に覚えがあるはずだよ。
前半は防御に徹して、後半から攻撃で圧倒する訓練法。
学園の生徒がよくああして、鍛えられていたもんな。
とりあえず、シン少年のことを語るレイア姫の様子にトキメキとか甘酸っぱい要素は見当たらなかった。
頑張れ、少年。




