後日譚17 襲い来るモノ
後日譚17
翌日、僕とリエナはレイナードさんから文を預かって、ブランへと忍び込んだ。
異界原書の『空間跳躍』なら簡単なんだけど、双子がどちらもここ数日、ダウナーな感じで言うことを聞いてくれない。
やはり、最大開放を連発したのが堪えたのだろうか。
仕方ないので、国境の渓谷から脇にそれて、強化スキップで国境越えだ。
以前のように一歩で上空高くを跳び越えるのと違い、山林に新しい道が出来あがったりもしたけれど、まあ仕方ない。
どこかの誰かに痕跡を追われたところで、どうせ追いつけないんだし気にしたら負けだ。
ブランに(不法)入国して困った。
よく考えてみると僕もリエナもブランの地理に明るくない。
以前はまっすぐに首都へ向かってしまったし、滞在中はずっと城にいた。地方とかにはまるで足を伸ばしていない。
レイナードさんから地図はもらったけど、やや不安が残る。
首都に行くだけなら、以前も使った街道を進むだけなのだけど、今回の目的地は別だ。
現在、首都周辺は内乱状態の一歩手前になってしまっているそうだ。
ブラン兵たちによって守られている首都に現政権。
どっかの誰かが作ってしまったシズ湖に『偽始祖』の主導する集団。
偽始祖側の要求は独立国としてブランに新たな国を建てさせろというものらしい。
偽始祖を支持する人の数はどんどん増えているようだ。
色々な要因があるのだろう。
単純に強者を讃えるブランの国民性。
長くつらい戦いの日々から解放され、豊かな生活を求める衝動。
軍事に特化していたため、内政に疎い現政権への不満。
そして、始祖の英雄性。
もちろん、集まっているのは鍛えられた兵ではないので、屈強なブラン兵なら人数差はあっても蹴散らすことはできるだろう。
しかし、ブランの力は人々を守るための武だ。
正しくブラン兵として矜持を持つ者こそ、武を振るうことはできない。
現状、ヴェルが交渉を引き延ばしたり、内部分裂するように噂を流したり、代表者を説得したりしているのだとか。
現武王はいまいち、活躍が聞こえてこない。
武王という肩書には先代の名声がついて来て、比べられてしまうためかもしれない。あのおっさんのカリスマを再現するのは難しいだろう。
あれは天然ものだからね。
ヴェルには今しばらく耐えてもらうとして、僕はクレアから聞いたある場所を目指す。
首都から数日の場所に出来始めた新しい町だ。
そこの施設に、ある人物がいるのだとか。
強化ダッシュで荒野をさまようこと一日。
僕とリエナはようやく目的地に到着した。
ブラン魔法学院。
テュール王子が創設したブラン初の魔法研究機関だ。
それは完成からまだ時間の経っていない新しい町だった。
石造りの囲いに傷は少なく、立ち並ぶ建物はどれも綺麗で、数もまだまだ少ない。
大通りの進む先、中心には背の低い建物が見える。
高さはせいぜい二階程度しかないものの、かなり広大な敷地を誇るらしく、町の八割がその施設が幅を取っていた。
あれが学院か。
飾りは門に掲げられたブランの国旗だけ。
無骨でシンプルな造りはいかにもブランらしい。
「……覚悟を決めようか」
学院の門前で足を止め、僕は深呼吸を繰り返してから決意を口にした。
隣で建物を見ていたリエナがひとつ頷く。
「ん。大丈夫。ちゃんと守る」
「本当に頼りにしてるよ」
情けない台詞なのは百も承知だ。
とはいえ、これから会うのは人外中の人外。
どれほど覚悟を重ねても恐れは消えない。
「行こう」
「ん」
敷地へ一歩踏み込んだ。
門に警備員もいないので、受付らしき場所へ向かおうとして、なにか言い知れない悪寒が脳髄に突き刺さった。
瞬間、僕は全力・全技術・全知能を振り絞って、その場から飛び退る。
瞬きひとつほどの後、そこへ何者かが空から舞い降りた。
まるで捕食者のように。
四肢を巧みに操り、僕を捕えようとしていた。
僅かでも退避が遅れていれば、逃げられなかっただろう。
それは落下の衝撃を全身のばねで拡散し、すぐにでも飛びかかれそうな状態を維持する。
「強者の匂いがする……」
長い銀髪の影で爛々と輝く青の瞳。
唇を舐める舌は妖しく、野獣のように前傾した姿勢は猛々しい。
僕よりもずっと高い長身でありながら、鈍重な印象は欠片もない。
「出たな、テュール王子! いや、テュール学院長!」
「あれ、ボクを知ってるのかい? キミみたいに強い人に知られているなんて光栄だね。さあ、そんな遠くにいないでもっと近くにおいでよ? 存分にお互いを示し合って、理解を重ねようじゃないか!」
ブラン魔法学院創設者、武王の次男。
テュール・ブラン・ガルズだった。
三年経っても、変わらないどころかパワーアップしてないか、こいつ。
「イクよイクよイクよイクよイクよイクよイクよイクよイクよ」
戦慄している間に、テュール学院長が突っ込んでくる。
身を低く倒したまま、細かい足運びで、滑らかな軌道を描きながら走る様は、まるで蛇のようだ。
そして、速度に緩急を加えながら飛び掛かってきた。
あまりの奇行に体が恐怖で竦んでしまう。反応が遅れた。このままでは食われる!
「イクよ!?」
「ん」
いつの間にかリエナがテュール学院長に並走していた。
そのまま無造作に槍が振るわれ、彼の後頭部を強打する。
なのに、テュール学院長はダメージに頓着することなく、僕に向かって手を伸ばしてきた。なんていう執念だ。
でも、リエナのおかげで遅れてしまった反応が間に合う。
「一人で勝手に逝ってろ!」
胸ぐらを掴み取りながら、後方へと自ら体を倒す。
同時、そろえた両足を無防備な腹部へと突き立てた。
変則の巴投げが炸裂して、テュール学院長は上空へと浮き上がる。
後頭部と鳩尾にイイのが入ったのだ。気絶していてもおかしくない。
けど、まだだ。
テュール学院長は軌道が落下に入るなり、指をワキワキさせながら、抱きしめようと腕を広げてくる。油断していれば押し倒されていた。
なら、油断していなければ対応可能だ。
既に僕は後方へと一回転しつつ、立ち上がっていた。
双掌をテュール学院長の胸へと突き出す。
「練功双撞掌!」
発勁の要領で放たれた双打。
テュール学院長の体は捻じれながら吹っ飛んで行った。
顔面から地面に落ちて、そのまま動かなくなる。
痙攣する手足が生々しい。
「い、イイ……」
リエナが気持ち悪そうに僕の後ろへ隠れた。
守りたいという決意を超えるテュール学院長の特殊な性質、もっと別の形に活用できないものだろうか。
ともあれ、さすがに立ち上がれないダメージのようだ。
ほっと一息ついていると、慌ただしい気配が建物からし始めた。
五人ほどの同じ服を着た少年少女。
青と白を基調とした制服。学院生か。
代表するように少女が一人、前に立つ。
肩まである銀の髪。
日焼けした褐色の肌。
鍛え抜かれた四肢。
鋭い目つきで僕を睨み、声を張った。
「兄貴の癖が原因だろうが、学院の面子があるんだ。仇、取らせてもらうぜ!」
「別にいいけど、負けたらまた尻叩きだよ?」
初めて会った時と同じ展開に思わず、軽口をたたいてしまった。
途端、少女は凛々しい顔を真っ赤にして座り込んでしまった。パクパクと音にならない悲鳴を上げる。
リエナがぽこっと僕の背中を叩いてきた。
「いじわる、ダメ」
「あー、今のは僕が悪いね。ゴメン、レイア姫」
レイア・ブラン・ガルズ。
昔の面影を残しつつも美しく成長したレイア姫は目を丸くして僕たちを見ている。
ああ、僕もリエナもフードを被ったままだから、何がなんだかわからないね。
あのことを知っているのはスレイアまで護衛についてきた一部の人間だけで、こちらでは知られていないはずだし、それを知っているこいつらは誰だ、って思ってるのかな。
座り込んだままのレイア姫にだけ見えるようフードの隙間から顔を見せる。
「偽者、って叫ばないでよ?」
「ん。久しぶり」
驚きや、疑いや、戸惑いなど色々な感情がレイア姫の表情に出て、最後にゆっくりと浮かんだのは喜びの色だった。
「先生! リエナ姐さん!」
飛びついてくるレイア姫を受け止める。
ぽろぽろと涙をこぼす彼女の肩を落ち着かせるように叩いてやりながら、内心では充実を感じていた。
(やっと、まともな再会ができた!)
そんな馬鹿なことを考えていたせいで、気づくのが遅れた。
何かがガバッと覆いかぶさってくる。
「し・そ・さ・まあああああああああああああああああああっ!」
「ぎゃあっ! しがみつくな、抱きつくな、撫でるな、は・な・れ・ろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
超速度で復帰したテュール学院長がレイア姫ごと抱きしめてくる。
引きはがそうにも、レイア姫がいるので暴れられず、結局この兄妹が満足するまで、僕は抱擁を受け入れることになった。
それは覇者の名前。
気高き独裁者。
至高の王。
ユンケるん。
そう、『黄帝』を『皇帝』と勘違いしている王様ちゃんです♪
偉そうな態度も許せちゃう。
ちょっと価値観が王様だけど、カリスマ性は抜群!
つらい時でもぐいぐい引っ張ってくれます。
「ものどもぅ! わらわについてくるのじゃあ!」
どこまでもお供致します。
みたいな。
皆さんのイメージはどうでしょうか?
 




