後日譚14 小休止
後日譚14
しばらく平和な日常が続いた。
幸い、翌日にはリラも立ち直って、多少はぎくしゃくしたものの距離ができたりはしなかった。
結婚に関するコメントはない。さりげなく話題を避けている感じだ。
騎士団が到着するまでの数日をトネリアで過ごし、事後処理を引き継いでから当初の予定通り、僕たちは他の樹妖精の防人たちと一緒にソプラウトに渡ることになった。
今回も犬妖精の漁師のおじさんの船だ。
トネリアでは僕たちの正体は知られていないものの事件解決の協力者として知られていて、とても感謝された。
そして、一日近い船旅の末、三年ぶりにソプラウトの地を踏む。
特別急ぐことはないので大森林の風景を楽しみながら普通に歩く。
初訪問の時はリラにとんでもないルートを走らされたことなど思い出話をしつつ、観光気分の旅程だった。
木妖精の里の前にはシーヤさんとセンさんが待っていた。
事前に連絡を送っていたので、僕たちを出迎えてくれたのだ。
優しく微笑むシーヤさんに抱擁を受ける。
続けてセンさんとがっしりと力強く握手を交わす。
樹妖精の里に滞在すること数日。
以前のように防人さんと組み手をしたり、魔造紙を作ったりして過ごす。
そして、大森林の他の里も回ることになった。前は色々とあって木妖精の里にしか行けなかったからね。
まあ、今回も色々あったんだけど。
最初にリラとミラの案内で小妖精の里にお邪魔する。以前、リエナとリラのために魔神の鎌を加工してもらったのだ。
結局、第6始祖に拉致られたせいで直接プレゼントできなかったし、わざわざ木妖精の里まで足を運んでもらった職人さんにもお礼を言えてなかったので、遅まきながら感謝を告げる。
魔神を素材にした武器を扱えたのは鍛冶職人として僥倖だったと逆に感謝された。
『流星雨・集束鏡』を切り裂いた鎌を加工し得た腕前を持つ職人はさすがに言うことが違う。
折角なので今度は僕の杖を依頼する。今は王都で調達した杖を使っているけど、どうせならちゃんとした物を使いたい。
手に馴染んでいた白木の杖の大きさなどを伝えるところまでは良かった。
報酬が珍しいお酒というのも小妖精のテンプレとも言えるだろう。
問題はそのお酒の話題にミラが伝説の酒泉を出したところで妙な方向に風向きが変わってしまった。
大森林の地下には広大な洞窟があり、その奥深くには霊木の根から流れ落ちた樹液が溜まり、それは香り高く、濃厚な美酒であると。その香りだけで竜でさえ酩酊してしまうほどだとか。
……樹液が酒になるって、どんな霊木だよ。
ミラとしては話題のひとつのつもりで話したのだろうけど、タイミングと状況が悪かった。
妖精でも屈指の感知能力を持つリエナとリラ、多くの知識を持つミラ、そして、いかなる障害も打破しうる僕というゴールデンメンバー。
にわかに伝説が現実味を帯びてしまったのだ。
僕もまあいいかと探索を請け負ったのも悪かった。
どうせ杖の完成までは滞在するので時間はあるからいいだろうと思ったのだ。
ここからはダイジェストでお送りします。
リラが大森林からそれらしい洞窟をピックアップ。
大森林の外れに入口こそ狭い物の、地下に広大な空間を持つ洞窟を発見。
リエナを先頭に奥深くへ潜入。
ミラが学者モードに入ってヒートアップ。
僕が天然の罠や入りこんでいた魔物を撃滅。
やり過ぎて洞窟が崩落。
リラに怒られながら逃げ込んだ先は地底湖。
巨大魚の群れに襲われて今度はリエナがヒートアップ。
迫りくる魚たちを一撃で陸へと跳ねあげて、上機嫌に料理開始。
淡白でいまいちな味だったためリエナが落ち込む。
慰めつつ出口を探している途中でリラが天然の落とし穴に落ちる。
リラを追って更に地下深くへ下りる事なり、今度は底も見えない亀裂に到着。
明滅しながら発光する不思議な鉱石が壁面にあった。
はぐれたリラを探している途中で古代竜に襲撃される。
古代竜がリラの着物を口にくわえていたことでミラが静かにキレる。
原書巨人と古代竜の怪獣大決戦が開戦。
洞窟が崩落する前に異界原書、解放。『虚空を貫く真龍』を発動させて古代竜は消滅。
その間にリラはリエナが見つけてくれた。
古代竜に襲われた際に服を破かれていて、うっかりその姿を目撃してしまった僕は顔面に足形を頂いた。
タシーン、タシーンという音が響く中、洞窟の奥を目指す。
へとへとになりながら辿り着いたのが、小さな泉だった。
天井の地盤を突き出た木の根からは水滴がたまに落ちる。
離れていてもわかる酒の強烈な香り。
そして、匂いだけで酔っぱらう女性陣三人。
最後の最後でとんでもない強敵が生まれた。
鳴くリエナ。
泣くリラ。
脱ぐミラ。
慌てる僕だけが素面。
三人がかりでいじられ、絡まれ、からかわれ、気分は酒癖の悪い上司と酒の席で隣になったサラリーマンだ。
最早、一人では収拾が付けられないと諦めた。
泣きながら絡んでくるリラを宥めすかしながら木製の大きな樽を作ってもらい、それを泉の酒で満たし、とにかくミッションコンプリート。
しがみついて来る三人を強引に抱えて、異界原書を全開放。『空間跳躍』で脱出したのだった。
以上、報告終わり。
みなさん、お酒はほどほどにね?
後日、大森林が巨大な地震に何度も襲われた件について、シーヤさんから追及されたけど、知らぬ存ぜぬを貫いた。
ともあれ、女性陣は二日ほど寝込むことになったけど、依頼の報酬は用意できた。
おかげで僕は新しい杖を手に入れた。リラの愛刀だった刀と同じ素材の杖は白木の杖と似ていて、でも決定的に違うことを想い、複雑な気分になる。
女性陣が回復するのを待って、再び大森林の他の里を巡る。
猫妖精の里で多彩な猫耳、猫しっぽに囲まれ、タッシーンという音に背筋をふるわせ。
犬妖精の里でやたら懐いて来る子どもたちのもふもふに癒され。
岩妖精の里で温泉に浸かり、疲れを取る。
鱗妖精の里でスパイスの効いた郷土料理に舌鼓を打つ。
そんな充実した日々が一ヶ月ほど続いて、僕は木妖精の里に戻った。
スレイア王国から急使が来たというのだ。
大森林の前で待っていた騎士にはリエナに会ってもらい、王様からの手紙を受け取ってもらう。
拘束した誘拐実行犯からの聞き取り結果を知らせてもらうはずだったのだけど、渡された手紙には思いもしない内容だった。
無駄に丁寧な文章が長いので要約する。
ブランにて第8始祖を名乗る人物が現われ、人々を誘導しようとしている。
合成魔法や崩壊魔法を使う様子も確認された。
新たな武王ではまだ国全体をまとめあげられず、首都はともかく地方での影響が大きい。
既に地方では国よりも第8始祖を名乗る人物を重視するとこもある。
(精一杯言葉を濁して)ブラン、行ってないよね?
といったところだ。
行ってないから。
僕が新しく国でも興すと不安なのかな。
まあ、暗躍すれば何とでもなってしまいそうなところが我ながら怖いけど、僕にそのつもりはない。
「偽物ね」
「リラちゃんがー、間違えたー、やつよねー?」
「……間違ったんじゃないもん。驚いただけだもん」
むくれるリラは放置してもう一度手紙を読み返す。
誘拐実行犯の話では話を持ちかけてきたのも、あの魔神を従えていたのも、その僕の偽物だったらしい。
ちなみに、実行犯たちの動機は始祖の姿をした者に心酔したからではなかった。
ブラン兵は魔物との戦いがなくなって平和になじめなかったはみ出し者。
亜人の兵は人からも妖精からも排斥された過去がある元領主軍の者。
黒幕はそんな人間を集めて、妖精を狙った誘拐計画を持ちかけたようだ。
元ブラン兵は戦いを求め、亜人兵は恨みを晴らすために。
「やっぱりー、偽物はー、人と妖精をー、ケンカさせたかったのかなー?」
喧嘩とは柔らかい言葉選びだ。
離間の計というには稚拙だけど、友好関係を結ぼうと動いていた両者を邪魔したかった意図は見える。
どうやらその後の動きをみるに、それさえもスレイアや妖精たちの目を逸らす策の一環、或いは『ついで』だったのだろう。
「それに、合成魔法だけならともかく崩壊魔法もか」
間違っても始祖ではありえない。
構成魔法の権限はもうない。
或いは今後、第6始祖クラスの才能の持ち主が相応の代償を払えば再現できるだろうけど、そんな規格外が何度もぽんぽん生まれてくるはずもない。
あんな喪女は歴史的にも一人だけで十分だ。
だから、模造魔法で使ったのだろうけど。
合成魔法は三年前の決戦で投入した分がいくらか流出していてもおかしくない。
なので、手に入れる手段はある。
問題は崩壊魔法の方だ。
この場で模造魔法を学んだリエナが首を傾げる。
「他の人も魔造紙、作れる?」
「作れる。作れるけど、最低でも僕の唱えた詠唱を知らないと話にならない」
それにしたって術式の最低限。
魔法陣も意匠も知るのは僕だけだ。
とはいえ、詠唱を知っていれば発動ぐらいはするだろう。非常に貧相な結果になるだろうけどね。
「とにかく、ブランに行こう。そいつが何を考えているのかわからないけど、誘拐なんてする奴だ。ろくなことじゃないに決まってる」
「ん」
僕とリエナは早速、準備に取り掛かる。
旅慣れているので時間もかからない。
樹妖精の人たちに挨拶を終えて、いつもの強化付与魔法を発動させようとしたところで、リラが見送りの列から駆けだしてきた。
「シズ!」
「うん。なに?」
真剣な眼差しに頷いて先を促す。
リラは数度、深呼吸してからゆっくりと言葉を紡いだ。
「結婚、おめでと」
「……ありがとう」
結婚報告してからリラが祝福の言葉をくれたのは初めてだった。
最初に話した時は泣かれてしまったけど、気持ちの整理が出来たのだろう。
やはり、親しい友人に言葉にして認めてもらえると嬉しかった。
「それだけ! さっさと片付けて、式も開いて、ちゃんとリエナを幸せにしなさいよね!」
「もちろん。日取りが決まったらすぐに連絡するよ」
最後はいつもの調子に戻ってリラは僕の胸を叩いた。
瞳がわずかに涙で潤んでいたけど、強気な笑顔を崩さないリラの心情を慮れば口に出すべきではないのだろう。
だから、僕は余計なことは言わず皆に向かって一礼だけして、リエナを抱えてブランへと向けて出発した。




