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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚

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後日譚13 鈍

 後日譚13


 じーっと下から見上げてくるリエナの視線に耐えながら、リラを落ち着かせるまでしばらく時間が掛かったけど、魔神も誘拐犯も撃破済みとはいえゆっくりしていられる状況でもなかった。

 誘拐された人たちを無事に送り届けないといけない。


 まずはトネリアに戻ろう。

 例のシズ街道に出て、集落で事情を説明して馬車を調達。

 ちなみに捕えたブラン兵崩れと亜人の兵はリラが植物の蔦で縛り上げ、力に自信のある妖精たちによって担がれて連行した。

 幸い、ちょうど王様の勅命でトネリアに急行しようとしていた騎士団に出会えたので、捕まえた男たちは騎士団に預け、リエナを通して取引相手だった貴族の名前も名簿にして渡しておく。


 僕たちは一路、トネリアに向かった。

 数日の旅程を何事もなく終えて港町に到着する。

 僕とリエナはその前に馬車から抜け出した。あまり目立ちたくないから。

 その分、救出の立役者としてリラに表立ってもらった。

 種族問わず町中の人間から称賛されてリラは赤くなったり、涙目になったり忙しそうにしているのを遠目に眺め、リエナと二人で宿に向かう。

 結局、リラが解放されて密かに宿の部屋を訪ねてきたのは深夜のことだった。


「本当に、シズなのね」


 まじまじと眺めてくるリラに苦笑して、三年の間にあったことを説明する。

 僕の持つ異界原書をおっかなびっくりと触ったりなどしつつ、話題を誘拐事件に移した。


「あいつらの拠点は見つけられたのよ」


 さすが感知に優れたリラだ。

 不審人物を辿ることであの洞窟に行き着いたという。

 やはり、想像通りリラはわざと捕まって救出と誘拐団の壊滅を狙ったらしい。


「あれぐらいの相手なら一人でなんとかなると思ったから」


 同族を人質に取られないよう捕まることで合流し、種族特性で脱出して撃破する作戦。

 ただ、それも計画段階の話だったのだとか。

 本当なら仲間に詳細を伝えて、後詰として配置するつもりだったそうだ。

 その計画が狂ったのは予想外の存在の登場のため。


「……僕?」

「そうよ。今のあなたじゃなくて、三年前のあなたの姿だったけど」


 トネリアの仲間に指示を出そうとしたリラの前に僕が現れたのだという。

 もちろん、偽者だ。

 その頃、僕はリエナと一緒だった。

 リエナを欺いて単身でリラに会いに行くとかしていない。

 だから、リエナさん。首を傾げながら見上げないで。しっぽも器用に『?』みたいに曲げないで。

 冤罪です。


「そうね。あなた、あんなかっこいいこと言うタイプじゃないし……」


 おい。顔を赤くするな。偽者に何を言われたんだ。

 気になるけど、主に下方の角度から抉りこむように覗き込んでくるお姫様の藪蛇コースなので回避。


 リラは突然の僕の登場に驚いて、その隙を突かれて捕まってしまったようだ。

 その後、意識を取り戻したら他の妖精と同様に捕まっていたので、少々、アドリブになってしまうが当初の計画通り脱出しようとして、あの魔神に阻まれたらしい。


 なるほど。それで僕を見た時、また偽者が現れたと思ったわけか。

 事情は把握した。


「問題はふたつ。

 ひとつ、魔神が人間の誘拐に協力していた。

 ひとつ、僕の偽者がいる」


 いくら異世界の理が異界原書へと転化したとはいえ、残った魔族が大人しくなったわけじゃない。

 相変わらず人に対して襲い掛かってくる。

 妖精を前に監視役で大人しくしていたのも異常だし、扉ひとつを挟んでブラン兵崩れや亜人兵が襲われないのもおかしい。


 そして、僕の偽者。

 そっくりさん、という可能性もあるけど、何かしらの変装技術の可能性が高いだろう。

 どちらにしろその意図が不明だ。結局、その偽者はあの場に居合わせていなかった。或いは逃げられたのか。


「誘拐の目的とかは騎士団からの報告を待とう」


 実行犯なら偽者のことも魔神のことも何か知っているかもしれない。

 王様も結果報告ぐらいよこしてくれるだろう。

 当てもなく探すのも効率が悪いので、先にソプラウトの面々に挨拶するのもいい。


「そうね。ミラも、みんなも、心配してたのよ」

「それは、ごめん」

「別に、いいわよ。仕方ない状況だったみたいだし。こうして私たちが無事なのってあなたが体を張って頑張ったおかげみたいだし」


 なんだか、リラもちょっと丸くなったみたいだ。

 いや、精神的にね。身体的にはノーコメントで。

 けど、心配をかけたという点ではリラも一緒なのは忘れないでもらいたい。リラが行方不明になってから数日、そろそろミラ辺りが駆けつけてくるんじゃない?


「じゃあ、こっちに来たのは戻ってきたって顔見せなのね」

「うん。それとリエナとの結婚報告」

「…………………………………………けっこん?」


 リラがフリーズしてしまった。

 古いパソコンみたいにカラカラカラと何かが空転している。

 そんなに驚くことかな。


「け、結婚。へ、へえ。あなたと、リエナが? そう。そうなんだ。ふ、ふうん。ま、まあ? そういう関係になったのは? 驚かないけど?」


 ああ。やっぱり、驚かないよね。

 今更かよとか、遅いとか言われる方が多いし。


「よく言われるよ。それで結婚式の招待もしていて、リラたちにも参加して……リラ?」

「そうよ。わかってたわよ。最初からぴったりくっついてたし、リエナはかわいいし、素直だし、尽くすタイプだし、かわいいし。スタイルだって、ちょっと見ない間になんか、いい感じだし。全然、か、勝ち目なんて、ない、ないって……。わかって、うぅ」


 目をぐるぐる回しながらぶつぶつと呟いている。

 内容まではよく聞き取れないけど、情緒不安定なのはわかった。

 だけど、


「ぅえ」

「上?」

「うええええええええええええええええええええええええええええええんっ!!」


 いきなり泣き始めるとは思わなかった。

 子供みたいに泣きじゃくるリラを目の前に茫然としてしまう。

 僕が茫然としている間にリエナがリラを抱きしめて、優しく背中を撫でて落ち着かせようとしている。

 どこか僕を見る目が冷たい。


「シズ、今のはちょっとダメ」


 どうやら僕が何かしでかしたようだ。

 さすがに僕たちの結婚を祝福して嬉し泣きしているわけじゃないことぐらいわかるけど、この状況はよろしくない。

 単純に夜中で大泣きしては周りに迷惑とかもあるけど、それ以上に女性に泣かれてしまうと動揺してしまう。

 どうすればいいのかと戸惑っているうちに事態は動く。


「リラちゃん!?」


 ノックもなく扉が外から開け放たれた。

 飛び込んできたのはリラと同じ顔の女性--ミラだ。

 リラが行方不明と聞いてソプラウトから駆けつけたのだろう。リラの泣き声が聞こえたからか、珍しく余裕のない表情で僕たちを見回す。

 リエナの登場に首を傾げ、僕の姿に体を震わせ、そして、リラに視線が固定された。


 姉の登場に驚いたのか、リラの涙が少しだけ止まっている。

 とはいえ、泣いて赤く腫れた目尻も零れる涙も見間違いようない。

 ミラはしばし腕組みして考え込むと、にっこりと笑った。とても、不自然に。


「リラちゃんがー、無事って聞いてー、安心したしー、リエナちゃんはー、久しぶりだしー、シズ君がー、いるのも嬉しいけどー」


 ちっとも笑っていない笑顔が僕に固定された。

 歴戦の経験が危険信号を発している。

 でも、動けない。あまりのプレッシャーに瞬きすらできなかった。


「……シズ君。ちょっと表、行こうか?」


 研究者モードでもないのにしゃべり方が普通!?

 今すぐにでも逃げ出したい。

 だけど、逃げたら後でもっとひどいことになると本能が告げている。

 助けを求めて残りの二名に視線を送るけど、露骨に目を逸らされた。


「シズ君?」

「……はい」


 どうして感動の再会が僕はできないのか。

 悟りに近い諦念を抱いて、僕はミラについて行った。


 場所は移って宿屋の裏庭。

 深夜であっても事件解決を祝って酒場ではお祝いムードが続いている。

 できてしまった種族間の溝は簡単に埋まらないだろうけど。お互いがお互いを意識しているようなので、時間はかかってもいずれは元の関係に戻れるだろう。そう、信じたい。

 うん。自分も含めて。


 とりあえず、ビンタの一発ぐらいは覚悟してついてきたけど、振り返ったミラはいつもの温かい笑顔だった。


「シズ君、おかえりー。わたしもー、リラもー、みんなー、きっと戻ってくるって信じてたよー。それにしてもー、背、伸びたねー」


 拍子抜けしてしまう。

 や、決して殴られたいなんて願望はないので、いいことなのだけど。


「ごめんねー? ちょっとー、リエナちゃんとー、リラちゃんをー、二人きりにしてあげたかったんだー」


 女子だけのお話ということだろうか。

 僕を連れ出すために演技したというなら助かった。

 そんな僕の内心を読んだみたいにミラは身を乗り出してきて、人差し指で胸を突いてくる。


「でもー、シズ君もー、デリカシーないよー?」

「う。それは、ゴメン。というか聞かなくても事情とかわかるの?」

「雰囲気でなんとなくねー。シズ君とー、リエナちゃんがー、恋人になっててー、リラちゃんにー、そんな感じのことをー、報告したんでしょー?」


 察しが良すぎる。

 ともあれ、三年ぶりの挨拶を返そう。


「ただいま。三年も心配かけてゴメン」

「おかえりー。無事でー、お姉ちゃんはー、ほっとしました」


 笑顔を交わし合って、僕たちは再会を喜び合った。

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