後日譚12 救出
後日譚12
洞窟はあまり大規模ではなかった。
半地下といった程度で、地面の隙間のような空間が少し続くと、すぐにドーム状のホールに出た。
ホールは人の手が加えられており、壁は補強されていて、明かり取りの穴まで用意されている。地面には板の間や藁が敷き詰められたりしていた。
高さも通路より余裕がある。成人男性が立っていても頭上を心配しないで大丈夫そうだ。
時刻は昼過ぎ。
明かり取りがあるといっても森の木々に遮られた日光はほとんど届かない。
薄暗いホールを見通すのは難しいけど、そこはリエナがカバーしてくれる。途中の道も手を引いてもらったので僕でも問題なく歩けた。
リエナが耳元に状況を囁いてくれる。
「真中に男の人が十人。たぶん、半分ぐらいがブランの人」
「誘拐の実行犯かな」
「今からお昼ごはんみたい」
僕らがいるのを知らないとはいえ余裕の態度だ。
外に見張りを置いては隠れ家の意味がなくなってしまうけど、途中で監視ぐらい置かれていると思ったのだけど。
自分たちの実力を過信しているのか。
それとも黒幕か後ろ盾に絶対の自信があるのか。
「奥に部屋があって、そっちに妖精がいる」
この光量だと僕には見えないけど、リエナが言うのだから間違いないだろう。
さて、奥の構造や人員配置もわからずに突入というのもまずいか。
リラや他の妖精の安否も気にかかるけど、焦って手当たり次第は愚策だし、何もかも巻き込んでふっ飛ばすわけにもいかない。
「妖精と一緒に一番やな感じのもいる」
入る前にも言っていた嫌な感じ、か。
それが黒幕なら話が早い。
けど、この状況下でリラが黙って捕まっているのもそいつが原因だろうか。地下とはいえ森の中だ。木妖精であるリラなら種族特性でいくらでも挽回できるだろうに。
動けない可能性。動いても通じない可能性。考え出せばきりがない。とにもかくにも、慎重に用心しつつ偵察しよう。
リエナはここで待機。
動きがあれば即座にホールの男たちを制圧してもらう。ブラン兵であろうと、亜人の兵であろうとリエナが遅れを取るなんて心配は微塵もない。
再び発動させた『零振圏』でホールを通過し、兵たちが昼食を取り始めたので注意が散漫になったところを見計らって扉の内部に侵入。
扉を開けるとそれなりの光が漏れてきたので、慌てて内部に入り込んで閉める。
耳を当てて外の様子を窺っても騒ぎにはなっていないようで安心した。
改めて内部を見まわして硬直しそうになる。
そこは戦場だった。
別に剣戟が交わされているとか、魔法の応酬が交わされているとか、目に見えた戦いが繰り広げられているわけじゃない。
二者の対峙が発する緊迫感。
凝縮した戦意と殺気がぶつかり合う戦いの最中。
常人であれば間に立つことも許されない濃密な空気。
一人は頭から黒い外套を被った人影。
かなりの巨躯だった。
直立すればいくら洞窟とはいえ天井に頭がぶつかりそうで、今は緩い前屈のような姿勢でいつでも素早く動けるように構えている。
見るだけでかなりの強敵と理解させられる。そんなレベルだ。
対するは見知った少女。
桃色の長い髪に、着物のような外套、そして、見る者の心を奪う整った顔。
三年経っても変わらない姿。
(リラ)
愛刀こそないものの、両手を地面についていつでも種族特性を発動できる体勢だ。
その背に他の妖精たちを庇うようにして、厳しい視線を黒外套に油断なく向けている。
いつから対峙していたかわからないけど、やや精神的な消耗があるぐらいで怪我はない。ひとまずは無事と判断できた。
この様子を見るに誘拐犯に捕まったのもわざとなのかもしれない。
相手の懐に自ら飛び込むことで、妖精を奪還するだけでなく、黒幕まで辿り着くつもりだったのか。
できれば、その作戦を実行する前に仲間には言っておいてほしかったところだけど、それは全て解決してから話せばいい。
とりあえず。
とことこと戦場の中心まで歩いて、黒外套の後ろに立つ。
バインダーから魔造紙を取り出して、上司が部下の肩を叩くように魔造紙を乗せ、杖でひと叩き。
「いけ。『氷・静層・永縛環』」
氷の円盤が発生する。
黒外套をその中心に閉じ込めて、横ばかりでなく様々な角度で斜めにも。
肩や肘、腰、膝、手足首などを狙って。
その数は合わせて十枚。
一秒とたたずに黒外套は頭から下を氷中に封じ込まれていた。
絶対に対処しようのない不意打ちに黒外套は驚きのあまり声もなかったけど、すぐに咆哮のような声をあげて暴れ始める。
うん。たぶん、暴れているのだと思う。
一分の隙間もない氷漬け状態から脱出するなど人間業では不可能だ。氷はびくともしない。
振り返ればリラも他の妖精さんたちも唖然としたまま固まっている。
窮地から前置きもなく救われても安心できないだろう。
さて、少し遠回りしたし、ちょっと場違いだけどリラに帰還の挨拶といこう。
『零振圏』を解除して、フードを取ってリラに微笑みかける。
「やあ、リラ。久しぶり。戻ってきたよ」
「あ……」
リラは僕の顔を見て茫然と声を漏らし、俯いた。
ああ。さっきまであんなに毅然と敵と対峙していたのに、泣きやすいところは相変わらずなんだな。
ランプの灯りに照らされた涙の粒に苦笑してしまう。
ふと、リラが小さく何か呟いているのに気付いた。
「ふふ。私、本当に馬鹿よね。こんなことで泣いちゃうなんて。騙されたばっかりなのに。ちっとも活かせてない。あいつはきっと帰ってくるけど、そんな都合よく現れてくれるわけないじゃない。ちょっと背が伸びてかっこよくなってるとか、なに想像してるんだか。どうせまた隙を作るのに利用しているに決まってるじゃない。なのに、泣いちゃうとか。ホント、馬鹿。でも、でもさ、そんな馬鹿なのは私が悪いけどさ。それを一度ばかりか二度も利用するなんて……」
あれ?
感動の再会の場面に移行しない。
どちらかというとヤンデレとか思い込みの強い人の独り言タイムになっている。
リラってこんなキャラだったっけ?
などとのんびり首を傾げていたらリラが両手を勢いよく床に叩きつけて、叫んだ。
「絶対に許さないんだからぁっ!!」
涙目で僕を睨んで種族特性が発動してくる。
地面から針葉樹が急速に突き上がってきた。
鋭利な先端は天井も突き破っていき、おそらく外まで届いただろう。
完全に本気の攻撃だ。
「ちょ! リラさん!?」
「気安く名前を呼ばないで!」
足元から次々と伸びてくる木々を全力回避。
ああ。もう。話が通じない。いや、三年前から話はよく聞いてくれない子だったけどさ。さっき騙されたとか言ってたけど、猜疑心が強くなってるのはそのせい?
幸い、天井は木々が柱となって支えてくれているおかげで崩落は起きないけど、あまり樹妖精には種族特性を連発してもらいたくない。
今のところ百年樹のレベルだからいいけど、千年樹まで使い始めたらお互いにやばいし、万年樹なんてもっての外だ。
どうやって説得しようか考えていると後ろの方が騒がしい。何かが激しく砕ける音がしている。
リエナが合図と思ってホールの制圧を始めたのかな。リエナならもっとスマートに片づけそうなのに。
不思議に思って振り返れば黒外套を封じ込んでいた氷に亀裂が入っていた。
魔力凝縮したわけじゃないとはいえ、氷の属性魔法の上級。それも捕縛に特化した魔法はそう簡単に砕けたりしない。
砕けたりしないはずなのに。
僕が振り返るのを待っていたわけじゃないだろうけど、目の前で氷が砕かれた。
氷は無数の粉雪のような細かい粒となって飛散する。
その合間、ボロボロに引き裂けた黒外套の下がランプの灯りに照らされた。
外套以上に黒い光沢を持つ羽毛。
背中から生えた羽。
獅子のように強靭な手足。
二対四つの目に憎しみを満たして僕たちを見つめている。
魔神。
鳥系と獣系が元となったのか。
おそらく、氷を砕いたのは鳥系の振動波か何かだろう。そうでもなければあんなに粉塵のように細かくなることもない。
獣の素早さで接近し、触れた物を振動破砕といった戦術タイプとみた。
想像している間に飛び掛かってくる。
魔神に向かっても百年樹を仕掛け、僕まで巻き込まれそうだ。
この忙しい時に。あれこれと。
「ああ、もう邪魔!」
バインダーから50倍の『刻限・武神式・剛健』を発動。
瞬時に魔神の背後を取って、振り返るより先に次の魔造紙を発動させる。
「業失剣――壱」
崩壊魔法。
模造魔法での再現なので以前ほどの巨大さは望むべくもない。
精々、刃渡り二十メートルぐらい。
とはいえ、崩壊魔法の本質は変わらないままだ。
第七始祖として成立させた崩壊魔法は合成魔法と同じように模造魔法で再現できる。
大剣を掴み取るなり、斬り上げる。
魔神は抵抗の間もなく、鮮紅に飲まれて消滅した。
ついでに、洞窟の天井も丸ごと消滅してしまったりもしたけれど、事故ってことでことはひとつ勘弁願いたい。
うん。人を巻き込んでも効果の範囲外に設定できる崩壊魔法って便利。
「……その魔法、このデタラメ加減、あれ?」
「酷い言われようだなあ」
「シズ」
溜息を吐いているとリエナがやってきた。
天井がなくなって明るくなり、色々と消滅して見通しも良くなった背後では十人の男が倒れ伏して動けなくなっている。
「リエナ! じゃあ、やっぱり、それ」
やっぱり、リエナが判断基準なんだ……。
気を取り直して。
「改めて、久しぶり」
「シズ!」
僕の胸に飛び込んできたリラを受け止める。
あー、リエナさん。これ、再会を喜ぶハグだから。変な意味はないから、たしーんとしっぽを揺らすのはやめてね?




