表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/238

後日譚11 追跡

 後日譚11


 おじさんから聞いた詳細はこうだ。


 まず、五日前に犬妖精の女性が行方不明になった。

 先程、僕たちに不信感を見せた妖精の恋人だったらしい。

 当初は何かしらのトラブルに巻き込まれたか、魔物に襲われたのかと自警団による捜索が行われたらしい。

 様々な種族が入り混じった捜索隊から次の被害者が出たことで事態は変わった。


 三日前。

 捜索隊を襲ったのは人間と亜人の兵隊たちだった。

 実戦を重ねて鍛えた兵と、兼業の自警団では実力差は明確で一方的に打ち負かされ、居合わせた妖精や捜索隊に参加していた妖精が攫われてしまったのだ。

 ここにきて事態は事故から事件に確定した。


 考えられるのはやはり貴族の私兵による誘拐。

 主導なのか、ただの買い手かは不明だけど、妖精を奴隷として扱おうとするのは連中だ。

 少なくとも平民で奴隷を持とうという考えは普通ない。

 大商人が安い賃金で労働者を雇うぐらいだ。


 その段階でトネリアの町は種族の間に溝が出来た。

 いくらトネリアが種族間の垣根が低い町でも、直接的な被害が、こうも大々的に行われれば話も変わる。

 既に町長から早馬が王都に出され、いずれは騎士団が派遣されるだろう。

 ソプラウトへの玄関口で起きた事件だ。国の威信にかけて解決に望むことになる。

 とはいえ、それもすぐではない。南端の町であるトネリアと王都は単純に距離がある。伝令にも時間がかかるし、騎士団の到着まで半月以上は先だ。


 しかし、自力での解決は難しい。

 それどころか自警団が既にやられているので自衛さえままならない。

 そこに派遣されたのが樹妖精の精鋭の防人だった。

 以前までなら森の外であれば同じ妖精でも自己責任とされていたけど、今は妖精全体が交流に対して前向きになっている。

 そのおかげで迅速な派遣がなされた。


 樹妖精のリーダーはリラ。

 派遣された防人の数は少ない。

 なので、妖精たちはできるだけソプラウトに戻らせて、事情があってこちらから戻れない者には単独行動を控えるよう指示。

 周辺の集落の妖精たちにも出来るだけトネリアや大きな町に留まるよう伝達。

 その後は少ない人員で見回り、以降は被害が出る事もなかった。

 事態の悪化を防いでからは、最も腕の立つリラは単独で犯行グループを探していたようだ。

 それが昨日の昼を最後に姿を消した。


 変わらず防人たちは見回りを続けているので町民の不安は爆発しないで済んでいる。

 それでも想像はしてしまう。

 どうしたら実力者のリラが戻れない状況になるのか。

 正攻法とは考えづらい。

 おそらく、搦め手や騙し討ち。

 誰が?

 当然、最有力の容疑者が疑われる。

 つまり、人間や亜人たちだ。


 そんな噂が流れ始め、ゆっくりと不信感が不安と共に堆積していっている。

 これが町の現状だった。



 そして、


「って、ことなんですけど、何か情報ありませんか?」


 先行していた早馬を追い越して王都まで取って返し、ご就寝中の王様を前回同様に叩き起して、説明を終えた僕がここにいる。

 寝室のベッドの上で正座した王様の顔色は悪い。

 別に脅しをかけたりしたわけじゃないけど、見る人が見れば僕の機嫌の悪さは天井値だ。

 導火線に火がついた爆弾を前に平常を装うのは難しい。

 いや、別にこの王様が黒幕だって疑ってるわけじゃないんだけどね。


「す、すいません」

「謝ってほしいわけじゃなくて。心当たりを教えてください」


 現状、リエナとは別行動中だ。

 僕は王都に戻って情報収集。

 リエナは単独でトネリアの周辺を捜索。

 それぞれの線から追っていけばどこかで合流できるはずだ。その過程でどちらかが相手を潰せればよし。同着であればふたり掛かりでしとめよう。


「確かに妖精を買うような貴族はいくらかおります」

「そういうの三年前に潰したと思ったんですけど?」


 初めてソプラウトに行った時、リラから貴族の妖精に対する行動を聞いた。王都に戻る用事もあったので、何人かに酷い目に遭ってもらった。

 詳細は避けるけど、まあ一言でいえば『裸海老ぞりの宙吊り、全身打撲風味』といった感じに。


「ここ一年、若い貴族などに妙な流行りを誘導している者がおります」

「誰ですか?」

「わかりません。追わせても末端しか掴ませんのです。その手下も何も知らんものばかり。金で雇われて伝言しただけ、指定された場所に物を置いてきただけ。そんな話ばかり集まりました」


 ……きな臭い話だ。

 実行犯を叩き潰して、黒幕を吐かせて、バカ貴族をぷちっとするだけだと思っていたのに。


「この件、僕に預けてもらえます?」

「始祖様にご協力いただけるなら願ってもないことです」


 王様の寝室を後にして、そのまま屋敷の屋根上に座る。

 諜報の分野では僕の魔造紙も役に立たない。

 なので、こちらを使おう。


「異界原書、限定解放。『潜糸千耳』、力を貸してくれ」

『ったく、俺らばかり頼ってないでたまには『どーぞー』うーい』


 どんどん兄貴の扱いがぞんざいになっていくな。

 心底、どうでもいいけど。

 ともあれ、異界原書が発動して僕にしか見えない糸が放たれる。

 膨大な糸の広がりは空間を埋めていった。

 発生源たる王宮は密度の濃い繭のように覆い尽くされ、王都にまで範囲を伸ばす。

 別にこの糸自体に攻撃能力も防御能力もない。そもそも視認できるものでもない。

 これは音に対する感知の種族特性を掛け合わせた存在。

 それだけに音に関する知覚は別格だ。


「妖精に関する情報伝達を収集。現段階での未収得箇所を破棄。収集成果のあった地点を高密度に。悪意ある話題を優先。情報源を捕捉と共に知覚範囲を再拡散。より情報源となる人物を追跡。以後、工程を継続」


 情報の処理には異界原書に協力してもらう。

 関係ない話題は破棄。

 誘拐に関わる情報をピックアップして、その話主をマーク。

 そこから更に糸を伸ばすことで話題を追跡していく。

 本来なら長時間持続するのは難しい種族特性だけど、今は怒りのおかげで高精度のまま発動が続けられた。


 夜中なのも幸いした。

 こんな時間に活動している奴など人目につきたくない者ばかりだ。

 不倫の密会とか、商売の裏取引とか、ろくでもないものも見つけるけど、今回はスルー。後でまとめて騎士団にでも伝えておけばいい。


 そうして、一時間後に成果が出る。

 農牧場の一角、農耕具置場の裏で取引する人たちを捕捉した。

 会話の内容は妖精の売買。

 買い手は貴族の代理人で、もう一方が売り手の代理人。

 なるほど。王様の言うとおりだ。表立った場所には本人は出てこないのか。

 この場は取引をまとめるだけのようなので妖精が連れてこられたりしていない。

 後日、また場所を改めて引き渡す約束をしている。


 というわけで、僕は売り手の男を追うことにする。

 異界原書の『零振圏』と強化付与魔法の『刻現・武神式・剛健』を同時使用。

 どんなに馬を走らせても、複雑な道を通っても無駄だ。どこまでだってついていくよ?

 究極ストーカーコンボというべきか、暗殺者コンボというべきか。

 十日間、ひたすら付きまとった。


 男はかなり鍛えられていた。

 道中で一度だけ魔物に襲われたけど、抜き打ちの一刀で勝負を決めていた。

 スレイア王国のレベルではない。ブラン兵レベル……というかブラン兵じゃない?

 別にこの男に見覚えがあるわけじゃないけど、褐色肌とか、身のこなしとか、あの国の兵隊によくいる特徴を備えている。

 黒幕はまたブランの一部とかだろうか。四十年間、王座を守り続けた武王がいなくなって暴走する人間が出ているとも考えられる。

 嫌な話だな。

 武王の志を継ぐべき人たちが道を踏み外したところなんて見たくなかった。

 でも、納得できることもある。

 自警団が一蹴されたという話だ。

 確かにブラン兵が相手なら町の自警団など相手にならないだろう。


 けど、それだとリラが捕まったという点では納得できない。いくらブラン兵でもリラの方が腕は上だと思う。

 まだ、裏に何かあると見るべきか。

 ともかく、ついていけば全てわかることだ。


 王都とトネリアの中間地点あたりで男は足をとめた。

 周囲に誰もいないことを入念に確かめ、馬をひいて脇の森へと入っていく。

 かなり警戒しているのか、森に入ってからも何度か足を止めて追跡がないか探っていた。

 森の中で半日もかけて辿り着いた先は洞窟だった。

 入口が半分ほど地下に埋もれていて、そこにあると聞かされていなければ気づけないよう偽装されている。

 馬を近くの木に繋いで男は洞窟へと入っていった。

 僕もすぐに後を追おうと足を踏み出しかけたところだった。


「……シズ?」

「――――――――――!?」


 突然の声が頭上から降ってきて悲鳴を上げそうになった。

 声から一拍ほど遅れて何かが降りてくる。

 音もなく着地を決めたのはリエナだった。

 小首を傾げて、僕がいる辺りを不思議そうに手を振って探っている。


 気配を微塵も察知させなかったこともだけど、異界原書の『零振圏』を無効化するリエナの僕に対する感知能力、パねえっす。

 って、驚いている間に手が僕の耳に当たって……指! 指、入っちゃう! そっちは口だから! んぐ、こほ!

 無自覚に顔面を蹂躙されそうになった。

 慌てて『零振圏』を解除。

 突然、姿を現した僕にリエナは猫耳としっぽをびくんと驚かせる。


「やっぱり、シズ」

「……いや、いいんだけどね。リエナも来たばかり?」

「ん。町の近くにいた嫌な感じの人がそこに入ってった。色んな妖精の気配もある。あと」


 リエナは言葉を区切って続けた。


「すごい嫌な感じなのもいる」


 ふむ。

 やっぱり、ここが拠点で間違いなさそうだな。

 僕の追っていた売り手とリエナが追っていた誘拐犯が集まるのだから、少なくとも重要な拠点のひとつではあるはずだ

 ここに妖精たちが囚われているのかな?

 まずは様子を窺って、妖精を解放。次いで壊滅といこうか。

 リエナとひとつ頷き合って、僕たちは洞窟に踏み込んだ。



 十分後、何本もの木々が洞窟を突き破った。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ