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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚
153/238

後日譚8 苦悩

ほのぼのストーリーにするはずがバトル展開が続いたので。

 後日譚8


 僕は考えていた。

 これほど悩むのはいつ以来だろう。

 椅子に深く腰掛け、胸前で腕を組み、じっと視線をテーブルの上に開いた本に注ぎ続ける。


「シズ? まだ起きてたんだ」

「ああ、ルネ。うん、ちょっとね」


 式典から数日、僕たちは拠点をルネの家に移していた。

 第二区画の学園近くに用意された邸宅だ。

 合成魔法の研究室は変わらず師匠の部屋のままだけど、いつまでもその管理者が寮住まいでは恰好がつかないし、護衛の問題もあるし、寮生だって教師以上の役職持ちがいては落ち着かない。

 というか、貴族が寮を利用していた方が異例なのだ。


 結果、住むことになった邸宅がここ。

 元々はグランドーラ家の王都での持ち家だったらしい。

 没落過程で手放したのだとか。

 ルネも小さい頃は利用した思い出があるそうで嬉しそうだった。

 貴族の邸宅にしては質実剛健というか質素というか、大人しい造りだったけど、そういうところがルネの実家らしいといえるのかもしれない。

 王家からはもっと大規模な豪邸も提案されたそうだけど、ルネはこの家を希望した。


 その邸宅のバルコニーで悩んでいた僕にたまたま通りかかったルネが声をかけてくれたのだけど、パジャマ姿の無防備なルネとか魔性すぎる。

 胸元からちらりと見える鎖骨とか。

 リエナの猫耳としっぽを思い出して煩悩退散と念じて魅了の種族特性に耐えた。

 視線がルネを凝視してしまわないようテーブルの上に戻す。


「決まらない?」

「いや、決まってる。決まってるけど、これで大丈夫か不安でさ」


 対面の席に着いたルネに心情を吐露する。

 ランプの灯りを頼りに何度も見返したそれをもう一度、読み返してもちっとも集中できなかった。

 や、ルネの魅力にやられたわけじゃなく。

 どうやら緊張しているらしい。まるで平常心が保てなかった。気が付けば唸り声が出てしまう。

 とても眠れそうにないので、こうして何度も自問自答を繰り返してしまう。


「大丈夫だよ」

「そんな他人事みたいに」

「シズが心配性なだけだって。自信を持って」


 ルネの言葉には根拠はないのだけど、当たり前のように断言されると少し落ち着いてきた。

 まあ、僕が悪い方向に考えすぎなのはわかっている。わかっていても的確に対応できるかは別問題なわけだけど。

 大きく深呼吸して気持ちをなんとか切り替える。


「ありがとう。少し落ち着いた」

「どういたしまして。もう寝た方がいいんじゃない?」

「そうだね。そうする」


 テーブルのランプを取り、ルネと一緒にバルコニーを後にする。

 それぞれの部屋に向かおうと歩き出したところでルネが呟いた。


「それにしても意外だね。シズが緊張するだなんて」


 まったく。僕をなんだと思っているんだ。

 色々と人間離れしたことはしてきたから一般人扱いされないのは仕方ないけど、万能の超人だなんて思われたら困るよ。


「ルネ。僕だってなんでも平気なわけじゃないよ」


 機械じゃあるまし、怖いこともあるし、緊張だってする。

 でも、ルネは納得がいかないのか。反論してきた。


「だって、リエナさんと結婚するのに、デートに誘うだけで緊張するなんて不思議だよ」


 ……まあ、その通りなんだけどね。

 僕はページがボロボロになるまで読み込んだ王都のガイド本を片手に黙るしかなかった。


 弁解させてほしい。

 今までリエナと二人で出かけたことなんて数えきれないほどある。それこそ長い旅もそうだし、町に滞在している間に買い物したり、観光スポットを見物したり、色々として来た。でも、それはあくまで二人で遊びに行っただけ。いわば日常の延長だった。けど、今回は違う。ルネの言うとおり僕はリエナと婚約した。こうして知己を訪ねて結婚報告と式の招待までしている。紛うことなき恋人同士だ。つまり、恋人としてのデートだ。今までの遊びに行くとは一線を越えている。男として彼女が楽しめるようエスコートする義務がある。ならば、研究を重ねて挑まねばなるまい。楽しかったね、で終れないのだ。

 ……我ながらヘタレだよなあ。


 先日の何でも言うことを聞くという約束。

 リエナからの要求は『ちゅーして』という驚愕のミッションだった。

 忘れたふりとか、頬とか額にして誤魔化すとか、お茶を濁すことは可能だろう。

 リエナは不満には思うだろうけど、ちゃんと謝れば許してくれると思う。

 だけど、近く僕らは夫婦になるのだ。

 ここは僕が愛情を行動で示すべきではないか。

 思い返してみれば僕はプロポーズこそしたものの、リエナをさんざん待たせたというのに積極的な愛情表現をしてきたことがなかった。


 だ、だから、デートに誘って、ちゃんと、その雰囲気作りもして、えっと、うん。最後に僕から、き、き、キスをするんだ!

 ……第6始祖の霊に取り憑かれたみたいになってしまった。

 あの女を笑っていられない精神状況というのは極めて危険ではなかろうか。

 でも、高く飛ぶためには助走が必要なんだ!


「し、シズ!? 大丈夫!? 顔が真っ赤だよ!」

「大事ない。万事これ計画通り」

「不安だなあ……」


 王都の知り合いで相談できる相手は少なかった。

 そもそも僕の生存を知る人物がルネと学長先生と王様だ。

 学長先生は苦労して用意したバインダーを数時間で手放してしまった僕にご立腹な上、こういう話題にも疎いので協力拒否。

 王様は言うまでもない。庶民のおすすめデートスポットなんて知るわけがない。というか把握している方が嫌だ。お忍びで何をやってるのかわけわからん。

 頼りのルネもこういう経験はなかった。

 没落していたとはいえ由緒正しい血筋のルネは今までお見合いのようなことは何度かあったらしい。でも、その全ての席でお相手からお断りされてしまったそうだ。

 本人は『ボク、魅力ないから』などと困り顔で笑っていたけど、それは違う。魅力がありすぎるのが問題だった。生半可な美貌でルネと相対するなんてただの罰ゲームだ。自分より綺麗な旦那とかなんの悪夢だ。自信喪失したご令嬢方には同情を禁じ得ない。

 ちなみに、席での話題は『美肌の秘訣』『髪の手入れ』『慎ましい所作のコツ』だったのだとか。さらにちなみに、ルネの回答の悉くが『特に何もしてない』というもので幾人もの女性が泣き崩れたそうな。

 ルネさん、マジ女泣かせ。


 ともあれ、僕が頼れるのはもうリエナに隠れて買いに行ったデートスポットガイドだけだ。

 大丈夫。明日は完璧なデートでリエナを楽しませてあげるんだ!



 翌朝、僕は姿見の前で身だしなみをチェックする。

 残念ながらフードつきのローブは外せないものの、その下の服はこの日のために用意した新品ばかり。

 選んでくれたルネのセンスを信じよう。


 僕は朝食の席で『今日はでゅえ、デートしよう』と誘い、ちょっとカチカチになって曲がりづらい関節を無理やり動かして、軽く発熱してるんじゃないかと心配されるほど赤い顔のまま出発した。


 今日の予定

午前 

 服飾関連の商会でショッピング。

  リエナが気に入る物があればプレゼント。

お昼

 頃合いを見計らって軽食。

  お店はいま王都で女性から人気の喫茶店。ランチセット推奨。

午後

 軽く腹ごなしに散歩。

  コースはこの三年で復興した西側の新市街。

 新市街に出来たという劇場にて観劇。

  既に一等席の予約は済んでいるので問題ない。

 貴族街の高級店でディナー。

  こちらも予約済み。元王宮料理人によるコース料理だ。

 最後に王都中央の記念公園。

  ここで勝負を決める。


 さあ、行くぞ!

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