後日譚5 夜這い
後日譚5
僕はひとり王宮に侵入していた。
仮住まいの王宮はこの三年間で周囲の邸宅を買い取り、増改築することで複数の建物が並ぶ特殊な形態の城となっていた。
ひとつの屋敷そのものがひとつの部屋の役割を持っているというのは面白い。実際に機能的に優れているのかどうかは知らないけど。
その王宮の周囲は出来たばかりらしい綺麗な壁で囲われている。壁の内外や壁上で騎士たちが見張っていた。
けど、僕の侵入を阻むには少しどころかかなり物足りない。
「異界原書、限定解放。『零振圏』、少し力を貸してくれ」
『調子に乗るなよ。俺たちがいつまでも『はーい。どーぞ』ちょ、ま!』
本当にかしましい兄妹だなあ。
ともかく異界原書の種族特性は問題なく発動する。
術者の存在を隠蔽する種族特性を集めたもので、これで周囲からは僕が認識できなくなったはずだ。
実際に見回り中の騎士が僕に気づかずぶつかりそうになったので道を譲っておく。僕が目の前に立っていても気づくそぶりはない。
ちなみに、これを全力で発動すると圏内の生物は五感を封じ込まれるようになる。今回はそんな大さわぎにする意味がないので抑え気味で。
堂々と僕は見回りの交代について歩き、内部への侵入を果たした。
続けて異界原書を発動。幼い兄妹のやり取りはいつものごとく、僕が望んだのは『探枝』という種族特性。
僕を中心に王宮内の生物を調べ上げて、探し人を見つけ出す。
騎士団によって厳重に囲まれた建物が王族の住まいなのか。立派なお屋敷ではあるけど、一国の王族の住居としてはどうなのだろうか?
まあ、国力を武力の立て直しに向けた結果と思えば節約は悪くない。
騎士団の囲いの隙間から侵入して、目的の人物のいる部屋までノンストップで直行。
意外に質素なベッドで寝ている方の枕元に立つ。
「おはようございますー」。
『零振圏』を解除して肩を揺する。
頬を軽く叩いても、耳元で声をかけても無反応。
ちっとも起きない。
かなり疲れているのだろう。
うーん。こういう時はどうするべきか。
ふとむかし見たテレビ番組を思い出した。
解いたばかりの『零振圏』を寝室に掛け直す。これでいくら室内で騒いでも外に漏れることは絶対になくなった。
更に異界原書へお願い。
「異界原書、限定解放。『号砲』、力を貸してくれ」
『お前、それはちょっとやばいだ『はっしゃー』……知らないからな』
忠告の後、僕の手のひらに現れる半透明の球体。
球体はどんどん膨れ上がっていく。手のひらサイズからたちまち大玉レベルまで膨張していき、表面に張りが出てきてもお構いなしに巨大化を続けた。
そう。風船のように。
球体の上部が天井に当たった瞬間。
ドゥオオグオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
球体が割れて戦車の砲撃並みの爆音が炸裂した。
別に何かが吹き飛んだりはしていない。
音だけ。
威嚇の種族特性。
至近で放たれた大音響に就寝中のその人も跳ね起きる。
「な、何事だ!? また魔神が出たのか!? ベルナルド候が血迷ったか!? それとも学園生が術式崩壊でも起こしたのか!?」
寝起きでそれだけ心当たりが出てくるあたり本当に気苦労が絶えないんだろうな。
ちょっと冗談が過ぎた。僕、反省。
ともあれ、起きてくれたのだから改めて。
「おはようございます。お久しぶりですね。陛下」
「…………はへ?」
僕に気づいた国王陛下は間抜けな声を上げて硬直し、そのまま糸の切れたパペットみたいに崩れ落ちた。
「……今度は始祖様の怨霊が出るとは。余の代でばかりどうしてこうも問題ばかり起きるのだぁ」
怨霊って。
確かに死んだと思っていた人間が枕元に立っていたら幽霊と勘違いするのも仕方ない。
しかし、怨霊と勘違いしておきながら怖がる前に嘆く辺り王様の苦労が偲ばれる。
先祖に向かって恨み言を呟き始めた王様をなだめて、事情説明などのお話が終った時には東の空が明るくなりかけていた。
面倒ばかりかけて申し訳ないけど、厄介ごとを片づける協力もするから許してください。
そして、十日後。
合成魔法の権限に関する正式な発表と、任命の式典が開催されることになった。
ルネが管理者に任命されることは既に周知され、その段階で多くの勢力が諦めた。
まずは騎士団と軍。
これは早々にルネが両者へ今まで通りの協力を約束したからだ。
独占はできずともライバルとの力関係に変化が起きないなら問題ないのだろう。パワーバランスが狂うことこそ問題なのだ。
欲をかいていた貴族も合成魔法で得られる権益と王家から悪い印象を持たれる不利益を秤にかけた結果、無理強いはできなくなった。
王様が決定を下すまでの期間がチャンスと決めていたようだ。
ここら辺の連中はもとから強硬策に出ていない。精々が王様にあれこれとアピールしていた程度だと思う。
残ったのは真正の馬鹿か追い詰められた連中。
ルネに送られた刺客の数は七回。
それもリエナが撃退したことが知られた途端に鳴りを潜めた。
始祖だった僕と常に同行していたリエナの知名度もかなり高い。
合成魔法の発表当時、師匠の研究室では襲撃者を悉く撃退し、三年前の決戦でも先陣を果たし、魔王や魔神の撃破経験まで持つのだから当然だ。
今のリエナを退けられる人材なんてそうそういやしない。
三年間、ラクヒエから出てこなかったリエナの登場で形勢は決まった。
「で、襲撃犯の雇い主は元ケンドレット家の派閥の連中、と」
懲りない奴らだな。
普通は暗殺なんて生業にする人間が依頼主をばらすことなんてないだろうけど、異界原書には催眠術の類もあるので、簡単に聞き取りできる。
学長先生が深い溜息を吐いた。
「ほとんどの者は他の派閥に頭を下げて鞍替えしたのだがな。中にはプライドが邪魔をして孤立した者もおる」
「まあ、そう簡単に人間変われませんからね」
僕も身に染みていることなので偉そうなことは言えないけどね。
生まれ変わってから何度も失敗して、反省して、周りに支えられて、やり直してようやく今の僕があるんだ。
まあ、だからといって認めるつもりもない。連中は失敗を恐れて立ち止まっているだけだ。
「……ヤッテくる?」
「一杯ひっかけるみたいなノリで言わないように」
最近のリエナのテンションでGOサインを出すと本気にしかねない。
炎上する屋敷の屋上で高々と勝鬨の鳴き声を上げるリエナの姿が想像できてしまった。
死屍累々の貴族と護衛たち。
そうなっても自業自得だろうけどさ。
「乱暴なのはよくないよ?」
心配そうに表情を曇らせるルネに頷いて返す。
「今回は暴力的なことは避けよう。変にリエナが恨まれるのも嫌だし、今回は凌げても僕らがいなくなった後で元に戻ったら意味がないし」
というわけで、明日の式典だ。
この世界の人間に対して始祖の名前がどれだけ重要なのか、僕は知っている。
問題はそれを名乗れる人物はもう存在しないこと。
それは仕方ない。
元から始祖は魔族に対抗するために生み出された存在だった。
もう、始祖と呼ばれる存在が出現することもないだろう。
必要ない時代が来ることを祈るばかりだ。
話がずれた。
要は人々がルネこそ管理者として適当だと思わせればいいのだ。
タイトルで期待された方はすいません。
いくさやには無理です。
バズーカーとか考えた人、すごい発想ですよね。




