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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
15/238

14 そして

 14


 僕は反省していた。

 第1にリエナを追いかけなかったこと。

 あの時、リエナを捕まえていれば最初からこんな事件になっていなかった。

 お母さん曰く、女の子が泣いて走って行ってしまったなら王子様は追いかけるものだと。泣いてなかったとか、王子様じゃないとか、言いたいことはあったけど飲み込んだ。

 僕にその甲斐性がなかったのは確かだから。

 こんな感じだろうか?『子猫ちゃん。君に涙は似合わないよ。何があったか話して御覧。僕が君の涙を止めてあげるから』……いけない。王子様キャラは難易度が高い。

 男気溢れる漢を目指そう。背中で語る漢だ。赤いのとか。


 第2に1人で勝手にリエナを探しに行ったこと。

 それで村の捜索がやり直しになり、捜索の手がいくつもわかれて時間が掛かってしまった。実際、お母さんの到着がもう少し遅かったら2人とも食べられていた。

 せめて書き置きでも残せばあそこまで窮地に陥ることはなかった。


 第3に特訓にかまけて誰にも心を開いていなかったこと。

 これが一番の反省点だった。

 確かに僕はこの現世では趣味について抑圧されずに自由にしたいと思っていたし、今までそのために努力を積み重ねていた。それはいい。

 だけど、もうひとつの目標の心を開く方はなにもしなかった。

 この村に同好の士がいるかどうかは問題じゃない。友達も作らずに訓練ばかりして、志望通りに学園へ行けたとして友人ができるのか?


(なんで気づかなかったんだろう)


 ……できるわけがない。前世と同じ結末が待っている。周りから距離を取って、周囲を羨みながら自分の世界に浸るのが精々。

 だって、変わろうと決意したのに前世と同じことをしているのだから。

 表面を取り繕って、心の内側には誰も入れさせない。今と前、どこが違うんだよ。


 今回だって誰かに相談していれば違う結果があった。

 リエナの行動予測を伝えていればもっと早い段階でお父さんたちが追いつけたかもしれない。

 或いは真摯に頼めば同行を許可してもらえたかもしれない。

 責任感が強いと言えば聞こえはいいかもしれないけど、責任を投げ出さないで一緒に沈んでしまうのはただの愚か者だ。それに他人を巻き込んでいるのだからさらに性質が悪い。

 なんでも1人で考えて、決めて、動いていた。


 だから、間違えて、次も間違えたまま。

 だから、人の気持ちを考えようとしない。

 だから、嫌なことを直視しないでネタでテンションを上げて誤魔化すばかり。


 恥ずかしい。

 43年もの人生経験を持っているのにまるでわかっていない


 枯れた渓谷の下。

 お父さんたちが追いつくまで待つ間、お母さんに山であったことを話した後、リエナと2人で色んなことを叱られながらそんな反省をした。


(誰か、助けて……)


 届くことのない嘆願が虚しく胸中で消えていく。

 別に叩かれたりしてないし、罵詈雑言を並べ立てられたわけでもない。

 怒られたのではなく、叱られた。子供でもそう分かる口調だった。

 腰に手を当てて、厳めしい顔をしようとして失敗しているお母さん。

 なのに、


(怖くて動けないんですけど!)


 全身から嫌な汗が出て気持ち悪い。

 違うと言えば回収した槍が地面に突き立っているだけ。

 それなのに僕は促されるまでもなく正座していた。

 リエナに至っては反射的にお腹を出して完全服従のポーズ。犬と違って単独で生きる猫は滅多にこんなことしない。それだけ怖かったんだね。ええ。わかります。

 僕も震えが止まらないもん。威圧されてるわけでもないのに。ファンタジック!

 今なら「メッ」とされただけで気を失うかも。

 敬礼して「お母さんの槍は世界一イイイイイイイイイイ!」とかしちゃいそう。最早、胸に宿るのは畏敬とか崇拝の念。

 同級生たちにマウントポジションを取られて代わる代わる殴られた時の恐怖と同レベルだった。死ぬかもしれないという予感から失禁した過去の記憶が刺激された。ダメ。それはいけない。おもらしは肉体年齢的に許されても精神年齢的に許されない。やめて。変な性癖に目覚めたら取り返しがつかないから。


 結局、恐怖のお叱りはお父さんたち狩人チームが合流するまで続いた。

 漏らしてないからね?

 お父さんたちは帰還班と探索班の2手に分かれて、探索班はもう1匹の甲殻竜を調べに進み、僕たちは村への帰路に着いた。

 道中、お父さんは何も言わなかった。お説教は村に帰ってからみたいだ。

 ただ一言だけ、


「槍を持ったお母さんには逆らうな」


 と忠告された。

 言われるまでもなく逆らうという選択肢は初めからない。

 どうもお母さんはスイッチのオンオフがはっきりしている人みたいだ。今は完全にオンで、常時戦意を周囲に放出しているっぽい。

 甲殻竜を2撃で倒した人の戦意とか死刑宣告とどう違うの?大魔王と初めて対峙した勇者はこんな気分を味わったに違いない。

 皆で山から村に戻ったところでお母さんはいつものお母さんに戻った。本当に良かったと思いました。


 途端に緊張を解いて泣き出してしまったお母さんに抱きしめられて、初めてどれだけ心配させてしまったのか実感した。

 お父さんには拳骨を落とされ、お兄ちゃんにはお説教されて、お姉ちゃんには泣かれてビンタされて抱きしめられた。

 僕も泣いた。

 前世に目覚めてから初めて泣いたかもしれない。

 思い返してみれば、それは初めて家族に対して心を開いた瞬間だった。


 僕とリエナは叱られた。

 本当にいっぱい叱られた。

 家族はもちろん村長や村の大人や少し年上の子供たちにまで。

 拳骨もされて頬もつねられてお尻もぶたれてと折檻されたけど、少しも悪意がなくて気遣いを感じて嬉しかった。

 ……Mではないよ?あー。こうやって気持ちを誤魔化すのがダメなんだよなあ。その、まあ、うん。ありがとう。

 ツンデレとか言うな……。


 事後処理は大変だった。

 まず甲殻竜。

 お母さんがさらりと倒したりしていたからもしかしてリエナの知識の方が間違っていたのかとも思っていたけど、やはり異常だったのはお母さんだった。

 すぐに狩人たちで山狩りが行われた。

 1匹見たら50匹ではないけれど、群れが住みついたのだとすれば村の存亡にかかわる一大事という話だった。もしもの時は領主様に討伐を願うことになる。もし討伐を拒否されたり失敗した時は村を棄てる可能性もあると聞いて驚いた。

 お母さんなら1人でもなんとかできそうな気がしたけれど、いくつか問題があって無理だという話だった。

 10日も掛けた大規模な調査の結果、あの2匹ははぐれ竜と結論が出た時は皆で安堵の吐息をついた。

 甲殻竜の死体は戻った当日、村に運び込まれた。

 竜の素材は武具としても薬品としても食料としても重宝されるので高額で売買されるのだと村唯一の商人のおじさんが喜んでいた。今回は村の共有財産として管理されるみたいだけど、1人の商人として1生に1度は扱いたかったと腕を巻くっていた。

 迷惑をかけてしまった分、少しでも埋め合わせになってくれればいいと思った。


 次にお母さん。

 以前に村を出て魔法使いになったのはおじいちゃん以来いないという話を聞いていたし、それは間違いではなかった。

 お母さんはおじいちゃんと違って魔法学園に入らず、ずっとラクヒエ村で暮らしていた。だけど、魔力も才能も受け継いでいたそうで、小さい頃からおじいちゃんに魔法士として手ほどきを受けていたらしい。

 生憎、書記士としての才能はなかったけど、魔法士としては図抜けた才覚を持っているとか。

 ぶっちゃけ、ラクヒエ村の最強戦力。

 魔法書の消費を考えなくていいならそれこそ甲殻竜ぐらいダース単位で殲滅できるという。

 なんと奥さまは一流の魔法士だったのです。魔女の方がよかった。


 そして、僕の魔法。

 説明した後、おじいちゃんにも拳骨された。

 孫に甘々なおじいちゃんが折檻するのだから余程の事態だ。


 術式崩壊。


 魔法使いにとって最悪の現象と言われる魔力の暴走事故。

 あの光景を目撃しているので最悪と呼ばれる所以もよくわかる。

 原書の術式をあまりに無視した呪文を無理に魔力で起動させると起きるという。

 半端な術式が無秩序に暴れまわり、使われた魔力量に比例して周辺に甚大な被害を撒き散らす人工災害。

 思い返してみればあの時の状況はその条件を満たしていた。


 甲殻竜の甲羅が魔造紙として。

 魔力を持つ僕の血がインクとして。

 この世界の術式とは全く違う呪文詠唱。

 興奮のあまり全力で注ぎこまれた僕の膨大な魔力。


 それでも本来ならあそこまでの破壊は起きない。それがあれほどの規模にまで発展してしまったのは最後の要因が問題だったから。

 僕は1年間の魔力訓練でようやく最低限人並みの魔力量を手に入れたと思っていた。

 それがそもそもの間違い。

 普通の魔力訓練は3日に1回、勉強の日だけ。それだって1日に1回。

 それなのに僕は毎日1日も欠かさず日に2回という訓練ペース。

 常人の6倍の魔力訓練って。僕は大〇ーグボールでも投げようというのか。

 1年経過した時点で一流クラス以上の魔力量を得ていた計算になる。普通、そんな魔力を持っている人間は術式崩壊なんて起こさないので、今回の事故は歴史に残るレベルの事故だったのだとか。

 危なく不名誉なことで歴史に名前を残すところだった。


 最後にリエナ。

 もちろん彼女は嫌がらせで僕に会っていたわけじゃなかった。

 話は彼女の出生から始まる。

 彼女の輝ける猫耳としっぽだけど、これは人と妖精が結ばれて生まれる亜人。或いは人と亜人の間に生まれる子供の特徴だ。

 リエナの場合、問題だったのは両親がどちらも人間ということ。

 僕なんかは前世の知識として隔世遺伝かと納得する。けど、そういった知識がないこちらの世界では母親の不義が疑われる。

 実際は王都なんかではたまに起こる現象なのであまり騒がれないそうだけど、実例自体が少ない田舎では理解が少ないようだ。

 リエナは幼いながらも自分の姿が両親に悪評を与えてしまうと考えてしまったらしい。

 以来、家から出ずに本ばかり読む日常になってしまった。外に出るのは夜だけ。夜目が利くので無人の村で1人遊んでいたとか。

 ぐう。涙が出そうになる。すごいシンパシー。

 無論、村長も両親もこのままではいけないと、長老であるおじいちゃんに相談していたそうだ。

 そして、1人で訓練ばかりして奇行が目立つようになった僕の名前が出た。

 決して面倒な子供をペアにしようという考えではない、はずだ。おじいちゃんとしては子供らしくない考え方をする僕なら偏見でリエナを傷つけないだろうという予想の上だったとか。……本当かな?

 結果として他の子供と違う僕にリエナは興味を持って、ああして自分から近づいてきた。

 ローブ姿の無愛想な子供に付き合う僕は確かに珍しいだろう。

 何者かの嫌がらせだと誤解していたとは言えない。というかここにも心を開いていなかった弊害があった。本当にごめんなさい。

 後は事件の顛末のとおり。僕の何が気に入ったのか、ちっともわからないけどすごい懐いてくれている。

 村に戻ってからも毎日朝になると家まで来るようになった。

 おじいちゃんの掌の上というのはモヤッとするけど僕らのことを思ってのことだから追及するのは野暮だろう。

 ちなみに猫耳としっぽを触られるのはすごい恥ずかしいことらしい。

 猫パンチを喰らってしまった。まあベアナックルとの違いがわかなかったけどあれは猫パンチ。

 うん。脳が揺れたね。膝から崩れ落ちたけど、なにか?

 ……ダメだ。どこまでがよくて悪いのかわからないんだよ。


 それでも僕の日常はあまり変わらない。

 朝はランニング。

 昼からは筆記。

 リエナと2人で今までどおりの訓練は続ける。

 僕が魔法使いとして生きていくなら訓練は必要だから。


 だけど、終わるとすぐにリエナと外に出かけるようになった。

 僕は気づきもしなかったけど、村の子供たちは何度も僕を誘おうとしていたみたいだ。窓から見ると昔は遊んでいた子たちが毎日のように様子を見に来ていたのを知って泣きそうになった。

 ごっこ遊びだと相変わらず僕は木の役ばかりだけど、最近は木の中にも色々と表現ができるようになってきた。

 前から心に決めていた通り偉大な世界樹、とか。

 あの葉っぱが散った時が病気の子の最期になってしまう木、とか。

 綺麗な花を咲かせるけど足元には死体が埋まっている木、とか。

 僕の表現が最先端すぎて子供たちには通じていないけど、時代が僕に追いついていないだけだもんね。

 リエナの猫耳としっぽが最初は囃されることがあった。

 そんな子供には僕が猫耳としっぽの素晴らしさを説いて聞かせている。

 以前は布教なんてできないと思っていたけど、さすがは猫耳としっぽ。本当に素晴らしいものは理解を得られるものなのだ。

 ファンクラブとか、僕は知らない。

 会員ナンバーは0だから。メンバーとは違うから。


 僕は反省を活かせているだろうか?

 人間、そう簡単に変われたりしない。

 油断するとすぐに自分の殻に閉じこもろうとする。

 だけど、周りの人たちを見ると少しだけ足を止めるようになった。

 本当にそれでいいの?

 皆に後悔はしない?受け止める覚悟はある?

 それが正しいのか、わからない。

 後になっても正解だったのかと迷うことばかり。

 だから、間違えながら進んでいこうと思う。



 そうして季節は巡り、日常は楽しく過ぎて、月日が流れていった。

駆け足になってしまい申し訳ありません。

ようやく子供時代が終わりです。

次の話に行くか、それとも番外編を挟むかちょっと迷っています。

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