後日譚4 権利問題
後日譚4
残念ながらのんびりと再会を喜び合える状況ではなかった。
ルネに案内されたのは第三区画、市民街の裏通りの奥の奥。
案内がなかったら大通りに戻るのも難しそうな細い路地の果てに建てられた古い館だった。古さが歴史と感じられるほど造りの良い建物だと素人目にもわかる。
おそらく立場ある人間がお忍びの際に使っていたものだろう。
先行していた従者さんAが辺りを見回して合図を送ってくる。
開けてくれた扉にルネ、リエナ、僕の順で入っていき、最後に殿の従者さんBが入って扉が閉められた。従者さんAは外を見張るのだろう。
小さな灯りに照らされた小ホールで僕たちを待っていたのは知った顔だった。
「ルネ、無事だったか。そっちは……リエナか? 偶然とはあるものだな」
学長先生。
相変わらず厳めしい様子で頷いている。
引退したはずだけど、ちっとも衰えた様子がない。
「久しいな。息災そうで何よりだが、今回は間が悪かったな。その様子だとルネを手伝ってくれたようだが?」
「ん。あと」
「そちらは……ぬう? もしや……シズ、なのか?」
あれえ?
フードを外してないのにどうしてばれるの?
そういえばルネも一発でわかっていた。
不思議ではあるけど、学長先生に隠すことではないので素直にフードを外す。
「お久しぶりです。戻ってきました」
「おおっ!」
学長先生に肩を掴まれた。
じっと僕の顔を見つめて、不器用そうな笑顔を僅かに浮かべる。
「よくぞ、よくぞ戻ってきた」
「はい」
短い言葉で十分だった。
掴まれた肩が少し痛いけど、その力の入り方でどれだけ心配かけていたのかわかってしまうので黙っておこう。
とはいえ、やはり状況的にはゆっくりと話している場合ではない。
お互いに言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるけど今は当面の危機をなんとかしてからだろう。少なくとも現状把握するまでは無理だ。
奥の客室に移動してソファーに腰かける。
正面に学長先生。
対面に僕で、左右にリエナとルネ。
……ルネは学長先生側に座るものじゃないのかな? いや、いいんだけどね。
「それで、一体なにが起きているんですか?」
ルネが女装していること。
襲われていたこと。
そして、こんな場所を用意して対処していること。
「それが……のう」
学長先生はなんとも気まずそうに言葉に詰まらせる。
珍しい。かなり言いにくいことなのか。
それでもひとつ咳払いしてから続けた。
「この国でシズがどのように扱われているか知っているか?」
ああ。それは確かに言いづらい。
苦笑しつつこちらで言葉にしておく。
「死亡扱いを受けているのは知っていますからお気遣いなく」
大陸がひとつ消滅した現場で行方不明になったのだ。
死亡扱いされるのも仕方なかった。
去年、国葬まで執り行われたというのだから驚きだ。
まあ、魔族との千年にも及ぶ戦いに幕を下ろしたという結果からすれば英雄扱いも当然だろうけど。
「すまんな」
「ごめんね。戻ってくると信じてたけど……」
二人が謝ることじゃないって。
少なくとも国として基本方針を決めておかなければ物事に対処できないのだ。
個人の感傷でどうこうするものじゃない。
僕としても大騒ぎを避けられるのだから助かるぐらいなのだから。
話を戻そう。
「シズが死亡したことで合成魔法の権利が宙に浮いてしまったのだ」
「ああ」
合成魔法に関するあらゆる権利を僕が継承していたのだから、確かにそうなってしまう。
ルネは僕の留守を預かっていただけなので、正統な後継者という立場にない。
当然、もめる。
合成魔法の影響は極めて大きい。
僕の魔力凝縮による超威力でなくても強力なのは間違いない。
それぞれの理由で求めることだろう。
さて、そうなった場合の候補はどうなるか?
魔法学園。
騎士団。
軍。
その他の貴族やら有象無象。
「……どこが受け継いでも角が立ちそうですね」
学長先生が現役なら魔法学園がベストだけど、学園には貴族の意向が絡んでくるので真に中立とは言い難い。
騎士団は今まで合成魔法を軍が独占に近い状況にあるのをよしとしていないだろう。
逆に軍は自分たちのアドバンテージを易々と人に譲れるわけがない。
貴族に至っては論外だ。大概の連中は自分たちの利益しか考えていない。少なくとも真っ当な志ある人物なら目の上のたんこぶがいなくなってから動き出したりはしないだろう。
そう。
目の上のたんこぶだ。
僕が始祖を名乗ってからは不逞な輩も遠ざかったけど、それがいなくなった途端に再び欲望が目覚めたということか。
ルネが襲われたのもそこらへんが原因だろう。
まったく。進歩がないというか。
王様ももっとしっかりしてもらわないと困るな。いや、一年ほど抑えていられたのは進歩なのかな?
「早々に決めねば内乱まではいかなくとも内部分裂しかねん。陛下は合成魔法の権限を王家が抱え上げ、ルネに管理権を預けようと考えておいでだ」
権利は王家に。
実質は現状維持、か。
今は没落したとはいえ『灰のエルサス』と呼ばれた名門出身のルネ。
僕からの信頼も厚く、今までの実績も十分だ。
今までは始祖がその後ろ盾だったわけだけど、それを王家が担ってくれるというなら助かるところだ。
で、それをよしとしない連中がルネを襲ったと。
「ちょっと危なくなってきたから、一度実家に帰るふりをして、そっと王都に戻ろうとしてたんだよ」
襲撃の目を攪乱するつもりだったんだ。
でも、ばれていて待ち伏せを受けた、と。
そこに僕とリエナが現れたわけか。
「でも、どうしてそんな恰好を?」
「変装のつもりだったんだけど、やっぱり変かな?」
袖を握って自分の服を不思議そうに眺めるルネ。
いいかい、ルネ?
自覚するって大事なことなんだよ?
とても可憐です。
とっても可憐です。
リピートアフタミー。
ゆー、あー、きゅーと!
こんな子が歩いていたら嫌でも目立つわ。
街中にいたらナンパされるからね。絶対。賭けてもいい。
周りの連中も止めてよ。
まあ、違和感は微塵もないから何と言って止めればいいかわからないけど。
横からのリエナの視線が頬に突き刺さってきたので、ルネには曖昧に笑って流した。
ともかく、事情はわかった。
「でも、シズが戻ってきたからぜんぶ解決だね」
「ごめん。それなんだけど」
期待を寄せるルネには申し訳ないけど、世間的には始祖は死んだこととして扱う方針を二人にも説明する。
ルネはまだ納得いかないようだけど、学長先生は意外にあっさり了解してくれた。
なにも目立つのが嫌というだけじゃない。
確かに派手に復活をアピールするというのが手っ取り早い手段だろうけど、今の僕は始祖の能力は持っていないどころか、魔族の能力を行使する微妙な立ち位置だ。
始祖の姿を奪った魔族なんて言われたらたまったものじゃない。
「英雄の名誉はよいのか?」
「別に報償目当てで戦ったわけじゃないですしね」
第一、名声には利益だけでなく同じぐらいの厄介もついてくる。
僕のやりたいことに地位なんて必要ないのだから。
「でも、今回の件には協力させて下さい」
安易に死亡扱いを受け入れようとしていた僕の考えが足りなかったのは事実だ。
ここはひとつ手を考えてみよう。
なにより師匠から継いだものを有象無象に預けてやるつもりは微塵もないからな。
「ところで、どうして顔を見る前から僕だってわかったの?」
「だって、リエナさんが一緒にいていいって許してくれる男の人なんてシズしかいないから」
なるほど。
確かにそれはわかる人にはわかる。
いや、リエナさん。そこで誇らしげにしっぽを揺らさないでね?




