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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日譚
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後日譚3 王都へ

 後日譚3


 王都への道のりは5年ぶりだ。

 馬車に揺られながら風景を楽しむ。

 世界中を回ったけれど、こんなにゆっくりした旅程は久しぶりだった。大体は強化の付与魔法でリエナを抱えての強行軍だったからね。

 乗合馬車を使った旅というのもたまにはいい。特に衝撃波の心配がないのが素晴らしい。

 実に(地形さんにとって)平和な旅路だ。


 穏やかな旅を楽しんでいると前方に王都の城壁が見え始めてきた。

 他の乗客たちが降車の準備を始める中、僕は隣のリエナに声をかける。


「ねえ、この格好で大丈夫?」

「ん。かっこいい」


 くそう。リエナ、かわいいなあ。

 じゃない。

 いや、褒めてくれるのは嬉しいのだけど、求めているのは似合うか否かではなくて。

 世間一般には帰還を隠すことにしたので、顔が知られている王都では衣装に工夫が必須だ。

 ということで目深にかぶったフードつきのローブを着ている。

 3年で背が伸びたので体格は問題ないので、顔さえ隠してしまえば何とかなると思うのだけど、不安はある。

 なにせ、王都にいた間は『始祖様』と大騒ぎだったから。

 あれ? 顔が見えないのにかっこいいっておかしくない?


「……本当に大丈夫かな?」

「へいき。わかる人にはわかる」

「いや、わかられたら困るんだって」


 なんというかリエナはずっと上機嫌で時々、会話がかみ合わないことがある。

 表情こそ平静に見えるけど、耳としっぽは常にお花畑状態というか。

 まあ、上機嫌の理由は察しがついてしまうので野暮なことは言わないでおこう。


「最悪、『人違いです、そっくりさんです』でやり過ごそう」


 覚悟を決めて王都の城壁を眺めた。


 4年ぶりの王都だ。

 ルネは元気だろうか。

 クレアはいまブランに行っているらしい。

 学長先生は学長こそ引退したものの、合成魔法関連の研究に協力しているという。

 ともあれ、向かうべきは学園の一択。

 心配させたことを謝って、再会を喜ぼう。


 そんなことを考えていた僕の耳に不穏な声が聞こえた。

 素早く馬車内を見回したけど、誰もそんな声を発していないどころか、声が聞こえた様子すらない。

 リエナだけが耳をピンと立てて、馬車の幌の向こう側をじっと見つめている。


「悲鳴?」

「ん」


 騒ぎにしないよう小声で確認し合う。

 確かに甲高い女性の悲鳴が聞こえた。

 少し遠くだけど、リエナはもちろん、今の僕なら聞き取れる距離だ。


「……穏やかな旅路、終了のお報せ」


 ここで見捨てる選択ができないのが僕だ。

 そこら辺はもうずっと前から諦めている。

 御者さんにここで降りると一方的に告げて、リエナと一緒に走りつづけている馬車から飛び降りた。強化なんてしなくてもこれぐらい危なげなくできる。

 馬車は止まらずに進んでいった。


 第3と第4城壁の間の農耕地帯。

 青々とした葉を揺らす畑。

 僕よりも背の高い植物が一面に植えられている。


 城門を繋ぐ道には僅かながらも徒歩の人の姿もあった。

 突然、馬車から飛び降りた僕たちに驚いているけど、それ自体で大きな騒ぎにはならないだろう。

 僕は声のした方向へと走り出した。

 声をかけるまでもなくリエナが追走してくる。

 植物はちゃんと一定の間隔で細い作業路があるので畑を傷つける心配もない。


 数分ほどの疾走の後、僕たちは現場に到着した。

 農夫さんの作業スペースらしき小さな空間。

 そこには抜身の剣を持った16人の男と、それと対峙する3人の女性の姿があった。


 男たちは一見すると町で普通に暮らしている人たちのように見える。

 けど、違う。剣を手にしているだけじゃない。

 纏う空気の剣呑さは一般人のケンカなどとは一線を隔している。


 対して女性は貴族令嬢とその従者だろう。

 従者2人は気丈にも背に主人をかばって立ちふさがり、風景とは違和感しかない華美なドレスを着ている令嬢を守ろうとしている。


 うん。非常にわかりやすい構図だ。

 これで女性側が襲撃しているなんてことはあるまい。

 ……ないよね?

 まあ、事情は制圧した後からでも聞ける。


「リエナ。右端からよろしく」

「ん」


 リエナが穂先の鞘もそのままに突撃した。

 工夫も何もない前進。

 心得ある者なら愚かと断じるかもしれないけど、あまりに戦力差のある相手には小細工など必要ないのだ。

 僕には蟻が獅子に蹂躙されるようにしか見えないからね。

 実際、剣を構えた男たちは槍の一突きで次々と撃沈されていく。


 リエナとの実力差を感じ取った男たちの反応は2種類。

 逃げる者が2人と、令嬢たちに襲い掛かる者が5人。

 こういう事態にも予め対処を決めていた動きだ。迷いがない。

 その前に僕は立ちふさがる。

 いや、リエナだけでも余裕だろうけど。

 見ているだけというのも座りが悪い。

 とはいえ、暴れてはフードが外れてしまうのでここは即時制圧といこう。

 ローブの下に隠し持っていた異界原書を握りしめる。


「異界原書、限定解放。『電影魚』と『凍花』、ほんの少しだけ力を貸してくれ」

『お断りだ!誰がお前なんぞに『いいよー』ってそんなあー』


 僕にだけ聞こえた賑やかな声の後にローブの下で異界原書が輝く。

 襲撃者の影から平面の魚が飛び出すと周回を始め、逃亡者の足元には薄氷の花が咲き誇った。

 異界原書内にいる魔物の特性を抜き出した存在。


 平面の魚群は襲撃者へ一斉に群がる。

 途端、電撃が男たちを打ち据えた。

 切り払おうとした剣からも通電するので為す術はない。

 次々と電撃を受けて気絶していく。


 そして、逃亡者は両足を氷の蔦に覆われてもがいている。

 蔦はゆっくりと足から腰、腰から胴、胴から肩へと登っていき、最後は両腕も封じたところで止まった。


 よし。

 ちゃんと手加減できている。

 『次元喰らい』を相手にしていた時の感覚で使ったら王都ごと消滅させかねないから怖いんだよ。


 リエナの方も片付いたようだ。

 息ひとつ乱さずに僕の近くに戻ってくる。


 16人の裏稼業を制圧するまで数秒とは。

 5年前の僕からは考えられない成長だった。

 色々と感慨深い。


「リエナさん?」


 僕が呼んだんじゃない。

 貴族令嬢の方だ。

 リエナを見て驚いている。

 いや、違う。見ているのは僕だ。


 改めて貴族令嬢を確認してみる。

 細かい刺繍が随所にみられる高価そうなドレス。

 肩にかかるほどの長さのブラウンの髪。

 まるでビスクドールのように整った顔立ち。


 ……あれ?

 不意の気づきが具体的な思考に移る前に令嬢が駆け寄ってきた。

 その勢いのままに抱きつかれる。かなりの勢いだったけどちゃんと受け止めきれた。

 背に回された腕にギュッと力が込められて、胸元から見上げてくる顔を見つめる。

 ぽろぽろと綺麗な涙が溢れだしていた。


「シズ! 無事だったんだね!」


 知っている顔だった。

 3年たっても変わらない。

 いや、より可憐になった笑顔。

 色々とつっこみたいことはあるけれど、つっこまないからな。

 まあ、とりあえず。


「ルネ。久しぶり。帰ってきたよ」


 より女子力の増したルネウス・E・グランドーラとの3年ぶりの再会だった。

思っていたより後日譚が続いてしまいそうなので、一度完結済み表示を取ることにしました。

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