後日譚1 風神旅行記
人によっては蛇足かもしれませんね。
感想で気にされていた方が多かったので即興で書いておきました。
後日譚1
おじいちゃんが帰ってこない。
僕が『次元喰らい』と死闘を繰り広げること3年。
こちらでは当然、僕は行方不明の生死不明の扱いだった。
王都では国葬まで執り行われたというのだから驚きだ。
まあ、始祖としての僕はいなくなったのだから、あながち間違いでもない。
英雄扱いで騒がれるのも面倒なので、このまま第8始祖シズは魔族と相討ちになったということにしておこう。まったくの嘘でもないし。
もちろん、一部の関係者には挨拶しに行くとして。
その時の話はまた今度。
話がずれた。
おじいちゃんだ。
おじいちゃんは僕が必ず生きていると信じて世界中を探し回ってくれているらしい。
世界各地から『○○にはいなかった』『○○が怪しい』『○○で噂を聞いた』と定期的に手紙を出して連絡を取っていたのだけど、その手紙もここ数ヶ月途絶えているという。
以前までは1年に1度は王都の学園に立ち寄って、学長先生(引退したらしい)に僕が戻ってきてないか確認していたのに、それもこの1年は音沙汰ないとか。
はっきり言って、戦力的におじいちゃんが危険だとは思っていない。
わずかに残った魔物だろうと、どんなに大規模な盗賊団だろうと、『風神』のセズなら鎧袖一触。相手に同情してしまうぐらい。
とはいえ、おじいちゃんも年齢が年齢だ。
考えたくないけど、嫌な想像だってどうしても脳裏をかすめてしまう。
当然、僕としては探しに行くべきだと考えている。
戻ってきたばかりなのに、泣いて喜んでくれた家族には申し訳ないけど、やはりおじいちゃんもいてこそ家族勢ぞろいだろう。
リエナも同行してくれるので、ある程度範囲を絞れればすぐに見つかると思う。
さて、その範囲が問題だ。
今までの手紙からある程度、進路を予想しようと初めから読んでいったのだけど、別の心配が出てきてしまった。
内容はこんな感じ。
最初の頃。
『皆は元気か。儂も問題ない。今はスレイアの西部を回っておる。元、魔の森の中はあらかた探し終えたが、シズはおらなんだ。同行した狩人連中には狩った魔物を渡しておいたが、残って狩人をしないかと誘われたよ。こんな老骨を誘うとは酔狂な連中だ。無論、遠慮したがの。このまま海にぶつかるまでは西に行こうと思う。では、また連絡する』
『(略)海岸線に沿ってこのままスレイアを1周してみようと思う。やはり海を漂流したとすれば海岸が可能性が高いからのう。行く先々で魔物の残党が意外に多いと驚かされる。まあ、あの戦いと比べれば他愛もない相手だが、魔法使いの少ない地方では危なかろう。出来る限りのことはしていこう』
1年目。
『(略)求婚された。すまん。唐突で何のことかわからぬと思うが、儂の妄想でもなければ詐欺でもない。事実だ。魔物に襲われていた地方領主を助けたのだが、そこの娘さんが何を思ったかこんな爺を気に入りおったようだ。無論、儂は家内一筋だから断ったのだが、旅について来るとまで言っておる。儂はシズを見つけたいだけなのだが……(略)』
『いま、儂は追われておる。どうやら例の領主の娘さんが儂を追って家を出たらしい。なんと剛毅な貴族令嬢だなどと呑気なことは言えん。娘さんの許嫁が儂を誘拐犯と疑って狙っているらしい。わざわざ伝えてくれた領主殿の腹心が色々と教えてくれた。他にもきな臭い話がありおる。これも何かの縁か。シズを探す傍らだが、少し手を貸すとするか』
『領主軍を鎮圧した。死者なしで治められたのは僥倖だったの。即興の極大魔法が良い方向に転んだわい。しかし、領主殿が跡取りになどと言い出した時は目眩がした。娘さん共々、よく話して諦めてもらった。これでようやくシズ探しに集中できる。スレイアはずいぶんと回ってしまった。次はブランにするか』
2年目。
『ブランの男は血気盛ん過ぎやしないか。行く先々で手合わせを願われる。情報を仕入れるのにもひと試合せねばならん。しかし、ここでもシズの話は聞かない。やはり、バジスまで足を伸ばすべきか』
『弟子にしてくれと頼まれた。さる村の孤児だ。元々、片親だったのが先の戦いでその父親にも先立たれてしもうた子じゃ。1人立ちするまで村の者が協力して面倒を見ておったのだが、儂の立ち合いを見て腕に惚れたそうだ。平和になったとはいえブランにあまり余裕はない。皆の負担にならないよう、早く戦える男になりたいのだとか。志は立派だが、儂も目的ある旅の身。既にずいぶんと寄り道をしておる。悪いが何もかもを救えんのだ。気づかれる前に去るとしよう』
『……まさか馬車に潜り込むとは。日の出る前に村を出て、やれ昼にするかと荷物を開けば件の少年が寝ておった。村に引き返そうとしたが、泣きつかれて扱いに困るばかりだ。よく見れば幼い頃のシズに似ておる。仕方なし。どの道、村はスレイアに帰る時に立ち寄る位置だ。しばしの同行ぐらいよかろう』
『弟子はなかなかの才の持ち主だった。魔力量こそ人並みであるが、武技に関しては天才と呼ぶべきか。目覚ましい成長を見せおる。バジスに渡る際は近くの村に預けようと考えておったが、これほどの腕があれば、そう易々と魔物に後れをとることもあるまい。寧ろ、よい経験になるだろう』
『ブランにもシズはおらん。バジスへ渡る。同行は弟子の少年といつぞやの竜の若長。儂の戦い方に興味があるらしい。なるほど。若長は武王殿に強くなると誓ったそうだ。老骨の技が助けになるというなら望むところ。それに竜族の協力を仰げるなら願ったりよ。なぜかシズの話題になると震えるばかりだが、何があったのか教えてはもらえんかった』
『バジスも探しつくしてしもうた。シズは見つからん。弟子と若長は日々、切磋琢磨しておる。無論、ただの人の子が竜の王に敵うわけはないのだが、そこは武技や魔法の使い方などに絞ればまだまだ共に未熟。競い合うことで更なる成長を遂げておる。ここでの目的も果たした。アルトリーアへ戻ろう。若長に別れを告げてブランへ渡った』
『ブラン首都にてテュール王子に襲われる。以前よりキレが増しておって危なく不覚を取るところだった。なんでも王子はブランに魔法学園を創設するという。これも何かの縁だろうか。弟子を預けることにした。儂の技だけでは戦いの幅が増えんからの』
『弟子に真剣勝負を乞われる。まだ告げなんだが、別れを悟ったのだろう。天性の才を持つといえど1年ばかりの弟子に負けてやるわけにもいかん。叩きのめしてやったよ。次は必ず勝つと泣きながら誓いおった。ふむ。この老骨に『次』とは粋なことを言い寄る。師の責任として弟子に越されるまでは死ねんな。世話になった者たちに別れを告げてスレイアに帰還する』
3年目。
『王都でも良い報は聞けなんだ。スレイアの中央辺りを縦断しながら情報収集するが成果はない。残る大陸のソプラウトに渡る。僅かばかりの不安もある。ここで見つからねばシズはどこにいるというのか。あのテナートで起きた戦いは人知を超えておった。儂では想像もできぬ場所におるのではないだろうか。いかん。弱気が出るとは年かの。まずはソプラウトを探してからだ』
『樹妖精の里を訪れる。シズの師匠殿の故郷とあって色々と思うところがある。シズの名前を出すと若者(それでも儂よりも年上だが)の中に情緒不安定になる者がおった。ここでも何があったか教えてもらえなんだ。シズはどのような旅をしておったのだろう。いつか聞いてみたい』
『3年前の戦いに参加した双子のお嬢さんと会った。樹妖精を率いていたセン殿は不在のようだ。森のことなら何でも感知できるというリラ嬢もずっとシズを探してくれているらしい。ソプラウトは元より、お役目で同族たちをアルトリーアに案内する際も探してくれているそうだ。しかし、リラ嬢は泣くのを堪えて首を振る。痕跡も見つからないと。だが、諦めはしないと力強く言ってくれたわい。ありがたいことだ』
『ソプラウトの沿岸部を探す。地図が埋まるたびに胸が苦しくなる。シズは見つからない。まるでこの世界から消えてしまったようだ。儂も随分と弱くなったの。こうして泣き言をぼやいておる間にもシズは頑張っておるかもしれんのだ。儂が諦めてどうする。西の海岸にいないのなら東の海岸を探すまでよ』
『地図が埋まってしもうた……。ソプラウトにもシズはおらん。失意を隠しきれぬまま樹妖精の里に戻る。なに、まだまだよ。儂とて世界全てを見て回ったわけでもなし。擦れ違いになった可能性もある。シズが見つかるまで探し続けるのじゃ』
『樹妖精の里に急報が入る。なんと魔神が現れおった。無論、儂も協力を惜しまん』
『ミラ嬢の原書と協力して魔神を討伐する。3種の魔神ではなかったのが幸いした。極大魔法の重ね掛けなどと年甲斐もなく無謀に挑戦することになったが、なんとかうまくいってほっとした。丁度よいところに巨大なすり鉢状の巨岩があったので被害が少なくなったの。さすがは妖精の大陸。あのような不自然な形の岩がどうしてできたのか不思議だったが、そういうこともあるのだろう』
『樹妖精の里を発つ。魔神討伐ですっかり英雄扱いをされてしもうた。長居しては離れづらくなるからの。それに儂の目的はシズを見つけ出すことじゃ』
『スレイアの東部を探す。シズは見つからない。秘境とされる場所にも足を運ぶ。シズは見つからない。王都ではシズの国葬が執り行われたという噂を聞く。シズは見つからない。シズを見かけたと騙されて、山賊を返り討ちにする。シズは見つからない。シズはいったい、どこにおるのか』
これが最後の手紙だ。
色々と思うことはあるけど、とりあえずおじいちゃんの精神的な消耗がまずい気がする。
これは一刻も早く探すべきだ。
手紙はスレイアの東部の果ての町から届けられた。
届いたのが4ヶ月前。届くまでの時差を考えれば半年ほどか。
まだスレイアにいるはずだ。北東部に位置するラクヒエから近い位置にいるかもしれない。
旅装を整えて、村長さん(お義父さん)に挨拶をしたところでお姉ちゃん(人妻)が駆け込んできた。
なんと、おじいちゃんから手紙が届いたらしい。
慌てて手紙を開く。
『シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズがいない。シズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズシズ』
おじいちゃんがやべえ。
生存が確定したのは良いことなのに、素直に喜ぶことができない。
一刻でも早く発見しなければ色々と手遅れになりそうだ。
僕とリエナは大急ぎでラクヒエ村を旅立った。
100人近い元山賊を捜索隊に仕立てて率いるおじいちゃんと再会したのは1ヶ月後のことだった。




