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魔法書を作る人  作者: いくさや
テナート編
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終章 ふたりで

 終章 ふたりで


 背後で引き裂いた空間の壁が修復されていく。

 危なかった。

 異空間を渡るとかシャレにならない。

 もう少しで永遠に空間の狭間を彷徨うところだった。


 リエナのやたらかわいい声が聞こえたおかげで最後の力を振り絞れたよ!


 さて、3年も待たせてしまったのだ。

 ここはひとつ気の利いたことを言ってあげないとね。


「リエ――――」


 ドスン!


 リエナのロケット頭突きが胸を打った。

 油断していたのに加えて、リエナの突進がとても視認できるものではなかったから為す術もなく押し倒される。


 やばい。マウント取られた。

 心配させてしまったから殴られるぐらいの覚悟はしていたけど、先制されるとは。


「ごめんなさい!許して!」


 命乞いしながら防御姿勢。

 だけど、いつまで待っても拳は降ってこなかった。

 見ればリエナは僕の胸に顔をうずめたまま震えている。


「……心配かけて、本当にごめん」


 頭を撫でる。

 猫耳がぴくぴくと動いて、しっぽがふにゃりと脱力した。

 しばらくこのままで待っていよう。

 でも、その前に一言だけ。


「ただいま」

「……おかえり、なさい」



 ようやく落ち着いたリエナだけど、離れないまま下から見上げてくる。

 3年で僕も背が伸びたからこの見上げられる視線は新鮮だ。

 リエナも少し大人びた感じがする。全体的に女性らしくなったというか。

 この至近距離で見つめられると不整脈を起こしそう。


「……なにがあったの?」

「うん。あー、どこから説明したものか」

「ぜんぶ。最初から」


 リエナに隠すことは何もない。

 長い話をしよう。


 樹妖精の里から万象の理に召喚されたことから。

 テナートでの異世界の理との戦い。

 器の作成で自分を犠牲にしたことを話したら猫パンチされた。


「シズ、ダメ」

「ごめん。反省してる」

「でも、なら、どうして?」


 自らを代償にしたのに僕がこうして生きていられるのか。

 思い出すだけでまだ胸が痛くなる。

 もう僕の手に白木の杖がないこと。


「また、師匠に助けられたよ」



 僕は器の完成と同時に意識を失った。

 代償のために消えていく体。

 何もかもが海中に飲まれていく。


 次に気が付けば真っ白い地平に立っていた。

 万象の理と似ているそこは生と死の境界だったのだろう。


 そして、辺りを見回して何もないことを確認した僕の目の前に、唐突にあの人は現れた。


 師匠が。


「このあほうが!」


 拳骨を落としてきた。

 目の裏で火花が散る。

 でも、痛みだって今は懐かしい。

 青髪の樹妖精。

 僕の師匠。


 しがみついて子供みたいに泣きじゃくってしまった。

 師匠はたくさん叱っていたけど、僕はもう師匠に泣きつくことしかできなくて、最後は師匠も諦めて僕の頭を撫でてくれた。


 でも、あまり時間はないみたいだ。

 僕の体が段々と薄れ始める。

 師匠がいるということはここは死後の世界で間違いないらしい。やはり僕は死んでしまったようだ。

 僅かな猶予期間も終わりなのだろう。

 リエナを待たせてしまったままなことに罪悪感が浮かぶけど、今となってはどうしようもない。


「なに、諦めた面してやがる」


 ガツンと拳骨が落ちる。

 頭を押さえている間に師匠は1歩後ろに下がった。

 その体が僕みたいに薄れ始めている。

 反対に僕の体は元の姿を取り戻し始めた。


「どっかのあほうが俺を第7始祖なんて祀り上げたのが役に立つとはな。介入するぞ」


 真実の第7始祖は僕だ。

 だけど、僕は世間に第7始祖は師匠だと喧伝してきた。

 それを起点に師匠は代償の身代わりになろうとしている。

 僕の師匠として最も影響を与えた人物だ。

 代償としての存在質だって十分に果たせる。


 でも、それは僕が負わなければいけない代償だ!


「師匠!」

「こっちに来るにゃあ早すぎだ。あと5倍は生きてからじゃねえと許さねえぞ」


 師匠が。

 白木の杖が。

 消えていく。


「ほら、帰りはあっちだ」


 僕の背後を指差す。

 そこに光が漂っていた。

 馴染んだ気配がする。

 あそこを潜れば生き残れるのだろう。

 だけど、僕はまた師匠を犠牲にして助かるなんて嫌だ!


「シズ、しっかり生きろよ」


 拳が胸に当てられる。

 威力のないただの拳が重い。

 思わずよろめいてしまう。

 そこを誰かに襟首を掴まれた。

 抵抗する間もなく背後へと放り投げられる。


 光に飲まれる瞬間、見えたのは巨躯の男だった。

 どこかの馬鹿な王様がいつもみたいに笑って手を振っている。

 師匠の隣で綺麗な女性が微笑んでいた。


 そして、僕は再び意識を失った。



 だから、もう師匠はいない。

 白木の杖は消えてしまった。


「そう」


 最後に白木の杖を届けたリエナは複雑そうな顔だった。

 未だに師匠を犠牲に助かった事実は胸に重い。

 それでも、そうだからこそ尚更、簡単に心折れるわけにはいかない。


 あと5倍は生きないと死後が怖い。

 その時に僕が何を成し遂げられたか自慢できる自分でないと会わせる顔がないしね。


「でも、今までどこにいたの?」


 当然の疑問だった。

 空間を渡って帰還したところを見ているのだから尚更だろう。

 そちらは思い出すだけで溜息が出る。

 脇に抱えたままだった本を示す。


「これ、異世界の理」


 名付けて異界原書。

 僕が生み出した器は本だった。

 なにせ、こっちの世界に生まれ変わってから魔法と関ってばかりだったのだ。イメージといえばこれしかない。


「こっちに戻ってくる直前にこいつにあってさ。こいつらの世界を消した化け物がいて、そいつがこっちも狙ってるってわかってね。こいつに頼み込んで協力させて、その化け物を倒すのに3年もかかったよ」


 『次元喰らい』とか勘弁してほしかった。

 異界原書の内包された無限に等しい種族特性を借り受けることで勝てたけど、もう2度と戦いたくない。

 最後の足掻きで次元の狭間に閉じ込められるしね。

 総力を振り絞って帰ってこれたからよかったものの、リエナの声が聞こえなかったらあのままだったかもしれない。


 予想外の話に目を白黒させているリエナ。

 話すべきことはこれぐらいか。


「……さて」


 僕はリエナを立たせて、その正面に立つ。

 ここに帰ってきたら絶対にやろうと決めていたことがある。

 今までは僕の魔法とか尋常じゃないものが多すぎて、無責任に答えられないでいたけど。

 もう今はなんのしがらみもない。


「リエナ、待たせてごめん」


 もう僕は構成魔法を使えない。

 今は異界原書が協力してくれるけど、ひねくれた奴だから今後のことはわからない。

 残ったのは普通の魔力と、師匠と武王がくれた武技ぐらい。


「始祖じゃなくなった、ただの普通の人だけど」


 あー、心臓がうるさい。

 膝が震えてる。

 変な汗が止まらないけど、これ大丈夫?

 帰ったばかりだからとか、色々と挨拶してからとか、日和ってしまいそうな弱気を押しのけて、首を傾げているリエナの手を握り締めた。


「愛してる。僕と結婚してほしい」


 返事までの数秒で気絶しそうだ。

 なにせ僕は3年も音信不通だったのだから見捨てられてしまっても仕方がない。

 それでも、やっぱりリエナには僕の隣にいてほしい。

 俯きそうになる顔を必死に前を向けたまま固定。


 リエナはぽかんとして、すぐにふわりと温かな微笑みを浮かべた。


「シズはいつだってわたしの1番」


 胸に飛び込んできたリエナを抱きとめる。

 腕の中から見上げてくる目から再び涙が溢れ出した。

 でも、悲しみの色はない。


「よろこんで」

魔法書を作る人はこちらを持ちまして完結になります。

私の拙い文章にここまでお付き合い頂きありがとうございました。


完結とは致しましたが、このお話は途中をかなりバッサリ切っているところがあります。

学園編とか学園編とか学園編とか。

シズとルネが仲良くなるきっかけの話。

リエナとクレアが友だちになるまでの話。

師匠にぼこぼこにされながら鍛えられるシズの話。

問題児の後始末に奔走する学長先生の苦労話。

時間が出来ましたら番外編としてちまちまと書いていければいいなと考えております。

その時は、よろしければまたお付き合いください。


最後に改めて、

これまで魔法書を作る人を読んでいただきありがとうございました。

毎日・毎回、ご感想を頂いたさる方には感謝してもし足りません。的確なご意見を頂きいつも助けられました。

たくさんのご感想にも感謝を。楽しい、面白いの一言が完結までの原動力になったのは間違いありません。誤字脱字のご指摘もありがたかったです。


ありがとうございました。

また近いうちにお会いできれば幸いです。

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