終幕 ずっと、いつまでも
終幕 ずっと、いつまでも
槍を払って残心を解く。
もう魔物は残ってない。
村に近づいてた魔物もここで最後。
他はししょーや狩人になったラクたちが倒したみたい。
魔物の素材採取とか手伝った方がいいのはわかってるけど、時間が来たから後はラクたちに任せちゃおう。
わたしはいつもの場所に向かう。
村と町を繋ぐひとつだけの街道を見下ろせる丘。
村に来るなら絶対にここを通らないといけない。
あれから、3年。
わたしはずっとここで待っている。
あの日、テナート大陸で何が起きたのか誰にもわからない。
わたしがどんなに目を凝らして、耳をすましても、シズのことなのに知ることができなかったから。
わかっているのは少しだけ。
テナート大陸が消えてしまったこと。
シズの魔法でどんどん大陸が削られていって、最後には何も残らなかった。
砂の1粒も。何もかも消えてしまった。
その影響で世界中に大きな自然災害が起きたこと。
シズの魔法が消えて、ぽっかり空いた場所に海が流れ込んで大変なことになっちゃった。
バジスまで大きな波が押し寄せてきたり、しばらく地震が続いたりした。
変な風が吹いたりもして熱かったり寒かったり忙しくなったりもした。
わたしはシズが戻ってくるのを待っていたかったのに、危ないからってミラやリラに説得されて、ルインに乗せられてブランまで戻されちゃった。
テナート大陸が消えた後、魔造紙を作ることができなくなったこと。
今もどういう原因かわかってない。
どんなに優秀な書記士でも魔力を集められないの。
出来上がっていた魔造紙は大丈夫だったけど、新しく作れないのは大変だった。
幸い、1年ぐらいしたらこれもどうしてかはわからないけど、少しずつ魔力を集められるようになったので解決した。
色々と大変だったけど、最近は天候も落ち着いてきた。
あんなことが起きたにしては被害が少ないって王様とかは不思議に思っているんだって。この前の手紙でクレアが教えてくれた。
大丈夫だったのだから悩まなくていいと思う。
魔物は減っている。
テナートにいた魔物は全滅。
他の大陸に生存していた魔物も減っていく一方だから。
それでもたまに襲ってくるけど、前と比べたら全然たいしたことない。
少なくてもラクヒエ村にはししょーがいるからちっとも怖くなかった。
じっと座ったまま街道を眺める。
春先の暖かな風が吹くだけ。
誰もいない。
もっと遠くまで見えてるし聞こえてるからわかっているけど、それでもやめることはできなかった。
3年で色々あった。
ブランは魔物の被害が減ったから、新しい村を作ったりするらしい。
兵隊さんの多くがこれからは畑を耕す計画だって。
新しい武王を支えながら、ヴェルが頑張っている。
この前、レイアから手紙がきた。
武王が死んじゃって落ち込んでたけど、少しずつ元気になってるみたい。
次の武王になるため毎日、修行を頑張っているって。また鍛えてってお願いされた。
テュールは留学を終えて帰国した。今はヴェルの補佐をしてるらしい。相変わらず変な人だけど、ブランにも魔法学園を作るって言ってた。
変な学校にならなければいいと思う。
スレイアはブランのお手伝いをしてる。
ブランの人たちは体を動かすのは得意だけど、色々と方法を考えるのが苦手。だから、たくさんアドバイスしないと大変。
今まで色々とあったけど、少しずつ仲良しになっている。
クレアはそのお手伝いをしていて、よく手紙でどんなことがあったか教えてくれる。大変だけど、やりがいがあって楽しいって。
学園に残ったルネも手紙をくれた。
レグルスの研究室で合成魔法を色んなことに使えないか考えてるみたい。
去年、引退した学長先生も手伝ってくれてるって。
ミラとリラとセンはソプラウトに帰った。
ミラは最後までニコニコ。
リラは最後までポロポロ。
センはそんな2人を黙って見守っていた。
少しずつソプラウトから他の大陸に出てくる妖精が増えてきた。
リラはそんな妖精のサポートをしているらしい。前よりひどい目に遭うことはなくなったみたいだけど、苦労することもまだまだ多いんだって。
ルインは立派になった。
まだ小っちゃいけど、竜族を率いている。
災害の多かったバジスを見回って、生き残った魔物を倒していた。
前はわたしと会うとふるえてたけど、今はへいきみたい。
あまりたくさんは教えてくれなかったけど、武王と最後に約束したんだって。
強くなって、みんなを守るって。
ん。えらい。
でも、やっぱりシズの魔造紙は怖いみたい。
シズはまだ戻らない。
どんなに願っても気配は伝わってこない。
樹妖精の里でいなくなった時と同じ。
どこにいるのかちっともわからない。
あの後、すぐにルインたち竜がテナート大陸があった辺りを空から探してくれた。
海が落ち着いた後はスレイアやブランからもたくさんの船が集められて、たくさんの人が捜索してくれた。
だけど、シズの痕跡は何も見つからなくて、やがて捜索は打ち切られてしまった。
世界中で色んな災害が起きたりして、そっちの対処もしないといけなかったから。
セズおじいさんはずっと世界中を回ってシズを探している。
わたしも一緒の行くか迷ったけど、ここに残ることにした。
シズが戻ってくるならきっとここ。
わたしはシズが戻ってくるって信じてる。
だから、ここで待っている。
色んな人がシズはもういないって思ってる。
2年前に王都で国葬なんてやってたけど、わたしはそんなのに行ったりしない。
シズのことを知ってる人はみんな不参加。
当たり前。
シズがいなくなったりするわけない。
樹妖精の里でいなくなっちゃった時もちゃんと戻ってきた。
信じてる。
だけど。
信じてるけど。
(……さびしいよ、シズ)
情けない言葉がこぼれそうになる。
いつの間にか溢れそうになっていた涙を拭った。
ダメ。
弱気になってる。
こんなにシズと別れ別れになったのは初めてだから。
不安は埃みたいにちょっとずつ積もっていく。
「みぃぁ」
少しだけ声に出してしまった。
途端、目の前に異様な気配が現れる。
手を伸ばせば届くような位置。
そこには何もない。
なのに、胸が苦しくなるような圧迫感が押し寄せてくる。
知っている感覚だった。
3年前のテナート地峡。
頭痛で進めなくなった時と似ている。
圧倒的な存在感に潰されてしまいそう。
これは、魔物の気配?それもすごい強い奴の。今まで見てきた魔神よりもずっとずっと強い気配だった。
槍を構える。
バインダーには普通の魔造紙しかない。
でも、わたしがどうにかしないと大変なことになる。
不安の影を心から追い出して、強化付与魔法をかけた。
風景が斬り分けられる。
1本の細い線みたいな割れ目。
その向こう側から細い指が飛び出した。
線のように細かった隙間が次第に広がっていく。
莫大な力がせめぎ合っているのが見ていてわかった。
拮抗したのはわずか。
数秒の争いを制して、一気に隙間が引き裂かれた。
「みゃあって聞こえたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絶叫と一緒に誰かが飛び出す。
知らない姿だった。
わたしよりも少しだけ高い背。
ぼろぼろになった服。
古い装丁の大きな本を抱えている。
さっきの魔物の気配は確かに彼からしていた。
でも、知ってる。
誰よりも知ってる。
ポロポロと我慢していた涙が溢れてこぼれだす。
金色の髪。
青い瞳。
たまにちょっと変になるけど、誰かのために頑張る時はかっこいい顔。
肩で息していたけど、段々と落ち着いてきた。
ふわふわな気持ちになる笑顔。
今も、わたしを見て、笑ってる。
 




