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魔法書を作る人  作者: いくさや
テナート編

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115 代償

 115


 無理な重ね掛けした強化や回復が途絶える。

 残るのは激痛ばかり。

 このまま意識を手放したら楽になれるなという誘惑には気づかないふりをして、ひとつの目的だけ見据える。


 楔は破壊した。

 後には蜃気楼のようにゆらゆらと不安定に揺れる景色が残るだけ。


 頭痛はなくならないまでもかなり和らいでいる。

 楔を失ったことでこちら側への干渉が困難になっているのだろうけど、未だに諦めていないようだ。

 どんな生命にだって終わりは訪れる。

 それでもなお、諦められずに足掻き続ける異世界の理にはどんな事情があるのだろうか。

 第6始祖の情けは袖触れ合うものへの想いだろうけど、ここまで来て抵抗するのだから、余程の無念があったのだろうか。

 とまれ、今は考えるべきことではない。

 放っておけばいずれ楔が再構築されるだろうし、別の場所に転移でもされたら被害は未知数すぎて予測できない。


「あー、やっぱり、やるしかないのかな」


 ここで時間を置いて不測の事態が起きる可能性は無視できなかった。


 テナート大陸は見る影もない。

 残っているのはもうここだけ。


 準備はできた。

 ここに異世界の理を収める器を生み出そう。


 ひとつ、深呼吸。

 疲労はある。

 痛みも酷い。

 それでも、意志は確かに胸の内で静かに燃え続けている。

 なら、最後までやり遂げられるはずだ。


 手を空に掲げる。

 世界を満たす魔力。

 その全てを集める。

 大陸の括りなどに囚われるな。

 どこまでも手を伸ばせ。

 地に。

 空に。

 果てしなく遠くから。

 世界中から集え。

 この1点。

 手の内に。

 掴む。


 次第に輝きが増していく。

 赤色がいくつもの色彩の果てに視認できないほどの光へと。

 夜明けの暁光を思わせる光景が広がっていた。

 目を瞑り、更なる深い集中の内に埋没する。


 かつて第6始祖が生み出した魔力。

 僕が今まで崩壊魔法で生み出した魔力。


 創造魔法で大切なのはイメージだ。

 具体的なイメージはある。

 このまま手を閉じれば掴み取れるのではと錯覚してしまうほど明確な姿が脳内で出来上がっていた。


「創造魔法」


 最初に形骸を組み立てる。

 楔にも勝る強固な形がいい。

 次に内側を。

 どこまでも続く余白。

 広大無辺な空間。

 無色の可能性。


「……っ!」


 ずしりと腕に重みが圧し掛かった。


(せっかちすぎだろ。タイムサービスに駆け込む主婦じゃあるまいし)


 内心で毒づく。

 作りかけの器が急速に満たされているのだ。

 異世界の理に。

 楔を失って不安定になっていたところに最上の土壌が現れて食いついたのだろう。


 今のところ器の作成と流入の速度は等速か。

 このままなら問題なく異世界の理を器に納められるだろう。

 是非とも、何事もなく終わってもらいたい。


 しかし、僕の希望はあっさりと却下される。

 完成まで残り2割を目前としたところで作成速度がゆっくりと落ち始めた。


(やっぱり、魔力不足か)


 危惧していた通りだ。

 第6始祖の計算ではテナート大陸全てと楔を魔力化することで器を完成させるだけの量が用意できるというものだった。

 だけど、楔はレグルスで破壊したのだから、当然その分の魔力が足らなくなる。


 辺りの海や地殻を魔力化する?

 どれ程を消滅させればいいかわからないのに?

 既に大陸をひとつ丸ごと消しているのだ。

 その影響も尋常ではないだろうけど、第6始祖は許容できる範囲として計画したはずだ。

 というのに、それ以上の被害を発生させるのは恐ろしすぎる。

 何より、構築に魔力化が追いつかないし、同時使用するほどの余力が僕にない。

 集中力が乱れれば創造魔法が破綻してしまう。


 覚悟を決めるしかない。

 足りないなら何かで賄う他ないのだ。

 幸い、便利な手段を僕は持っている。

 量も速度も労力も申し分ない手段だ。

 ああ、くそ。

 本当に運がいいよ、僕は!

 これ以上ないほど確実な手段なんだからね!


 既に器への流入が作成に追いつこうとしている。

 溢れて器が壊されても終わりだ。

 迷っている時間はない。


「万象の理!僕の崩壊魔法の権限を代償に魔力を満たせ!」


 体の内から大きな何かが失われた。

 寒々とした感覚と引き換えに器の作成速度が戻る。

 これでもう僕が崩壊魔法を使うことはできない。


 遠くから轟音が聞こえる。

 おそらく崩壊魔法によって侵入を妨げられていた海水だ。

 広大だったテナート大陸の中心であるここに押し寄せるまで幾ばくかあるだろうけど、時間の問題だった。

 このままでは溺死は避けられない。

 とはいえ、移動の余裕もないし、移動したぐらいで対処できる事態ではない。

 ダメだ。集中しろ。

 ここで創造魔法が失敗すれば何もかもが意味を失うのだ。

 器を完成することだけを考えろ。


 けど、それなのに、残り1割を前にして再び速度が落ちる。


 本当に、この世界は僕に対して厳しすぎるよ。

 先程よりも時間はない。

 即座に決断する。


「この魔法を最後に、創造魔法の権限を代償に魔力を満たせ!」


 失われていく。

 始祖としての権限が何もかも。

 でも、いい。構成魔法は第6始祖がこのために生み出した魔法。

 元より個人が所有するには過ぎた力だった。

 言い聞かせろ。


 今度こそ。

 一気に器を作り上げる。

 僕が行使する正真正銘、最後の創造魔法。

 集中のあまり意識が遠くなりかけながらもイメージを保ち続ける。


 完成は既に目前だ。

 確かな手応えがある。

 同時に確信する。


「ああ、嫌な予感はしてたよ!」


 自棄になって叫ぶ他ない。

 2つの権限を代償にして得られた魔力が器の1割ずつ。

 不足を感じたのは2割より前だった。

 簡単すぎる計算。

 ほんの少しなのに。

 あとわずかが。

 足りない。


 止まりかける器の構築。

 異世界の理の流入。

 大きくなり続ける轟音。

 迫りくる大海嘯。

 爆ぜるように鳴り響く心音。


 脳裏に浮かぶのは誰でもなくなってしまった馬鹿女。

 手段は、あるのだ。


 ある、けど。

 だけど、これは。

 僕にだって、まだ。

 待っている人が。

 帰りたい場所が。

 あるのに。


 状況は逡巡を許さない。

 どんなに苦しくても、悲しくても、辛くても。

 僕が投げ出した瞬間に全ては終わるのだ。


 だから、あの馬鹿女が嫌いだった。

 同族嫌悪ってやつだよ。

 いざ、そういう場面に遭遇すれば僕がどんな決断するのか、僕はわかっていたのだから。


 未練が胸を焦がす。

 かつて経験した死の記憶がまざまざと蘇る。

 凍えるような冷たさ。

 掠れる意識。

 心が竦んで止まりそうになった。


 だけど、同時に思い浮かぶのは様々な人たちの顔。

 家族の。

 友人の。

 そして、ずっと一緒にいてくれた人の。

 守りたい、人たち。


 だから、僕は!


「万象の理!僕を……第7始祖を代償に……!」



 絶叫は押し寄せた海に飲まれて消えた。

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