113 楔
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第6始祖先生の教えて異世界救済計画。
とかいう怒りゲージを一発で満タンにしてくれるナレーション付きで説明された光景を思い出すとSAN値が減っていくので、僕でまとめさせてもらう。
計画は以下の通り。
1、崩壊魔法でテナート大陸を消します。
2、異世界の理がこちらの世界に干渉するための基点――楔を破壊します。
3、新たに基点を求める異世界の理に別の器を用意して根づかせます。
世界から魔族は消えて、魔族も独自の器の中で生きていけるでしょ。
平和になってみんなハッピー。
……工程自体はシンプルだ。
けど、当然問題はいくつかある。
どうしたところで話が通じない(そもそも話すという概念すらあるかどうか不明の)異世界は楔を破壊されないよう必死に抵抗するだろうこと。
別の器をどうやって用意するのかということ。
その答えが構成魔法。
創造と崩壊を操る魔法。
そう、創造。合成ではない。
僕は今まで初代始祖たちの魔法を合成していたと思い込んでいた。
元からある魔法のルートを掛け合わせたり混線させることで合成するのだと。
それがそもそもの間違い。
僕がやっていたのは元の魔法たちを素材にイメージすることで全く別の新しい魔法を生み出していたというのが真実。
言われて思い返してみれば合成魔法が成功し始めたのは僕が師匠から魔造紙を写させてもらって、その魔法がどんな魔法かを知るようになってから。
元の魔法を知ることで、それらが合成された後の姿をイメージできるようになってからだ。
重要だったのは掛け合わせでも何でもなく、ただ僕のイメージの有無だった。
この創造魔法を使うことで異世界の理に新しい器を用意する。
とはいえ、相手はひとつの世界。
なんの媒体もなく0から器を用意するのは難しい。
そこまで創造魔法も万能ではない。
第6始祖はその点も心得ていた。
媒体には魔力を使う。
ただし、世界中の魔力を全て集めても器を完成させるには総量が足りない。
計画を完成させるには魔力を増やさなければならない。
そのための崩壊魔法。
今まで考えもしなかったけど、崩壊魔法で消滅したものはどうなっていたのか。
全て赤い魔力の中に溶け込んで消えていた。
魔力に変貌していたわけだ。
手にする魔力の構成成分の中にガインとか混ざっていると思うと複雑な気持ちになるけど、その辺りは深く考えたら負けだと思う。
つまり、僕は崩壊魔法で汚染領域であるテナートを魔力に変換して、異世界の理の楔を破壊し、魔力を用いて新しい器を作成しなくてはならないわけだ。
「ぐだぐだ言っても状況が変わるわけでもなし、やると決めたからにはやりきろうか」
再度、業失剣を振りかぶって上段から落とす。
刃が徹らないのはわかっているので弾かれても気にしない。
何度も剣を振り回すだけ。
生憎と剣術なんて修めてないので矢鱈滅法に振るうしかない。
そもそも剣術の極意で倒せるような相手でもないので問題なさそうだし。
振りかぶった業失剣に周辺がどんどん消失していく。
それにしても崩壊魔法で消しきれないというのだからとんでもない強度だ。
異世界なんてものを繋ぎ止めるだけあって簡単にはいかない。
と、一方的に攻撃していたら辺りの黒い湖面が隆起し始めた。
スーッと静かに2メートルほどの高さになると段々と厚みを持ち、形状が整えられていく。
(……魔神?)
異形の人型が姿を成す。
そして、こちらへ向けて一斉に襲い掛かってきた。
攻撃の手を止めて迎撃に剣を振るう。
元が水のためか。それとも無理な憑依のせいか。
魔神はあっさりと消滅していく。魔神にしては弱い。劣化魔神とでも呼ぶべきか。
弱いのだけど、いかんせん数が多すぎだ。
倒しても次々と湖水から生み出されて切りがない。
赫い風景の中を黒いシルエットが後から押し寄せてくる。
まるで影絵の世界みたいだ。
とはいえ相手は書割ではない。
劣化しているとはいえ魔神。
中には素早い動きで剣を躱して肉薄してくる個体もいる。
接近されたところで『届かなかった千年』を破れるとは思わないけど、厄介な種族特性を持っている奴がいるかもしれないので油断はできない。
(一気に仕掛けるか)
この距離で巨大剣を浴びせかけても成果が見えてこない。
距離を詰めて至近から極大の一撃を叩き込もう。
それには押し寄せる劣化魔神の群れが邪魔だ。
前進の隙を突かれるミスはしたくない。
命じる。
地下の底からでは遥か遠くに離れた空を覆った大樹の枝に。
「落日の天網」
上空を覆った赫い大樹の枝が地に突き刺さる。
無論、この場とて例外ではない。
劣化魔神たちは空から降り注ぐ槍のような枝を必死に躱そうとする。
多くが枝を受けて消え去り、回避できた者も僕が振るった横一閃の巨大剣で消滅した。
落ちてきた枝は辺りの湖水も消していくので、大元が失われることで劣化魔神の発生速度もずいぶんと遅くなる。
(チャンスだ!)
巨大剣を側面から湖水に叩きつけた。
僕と楔の間を埋めていた黒い湖水が消えて道ができる。
そのまま僕は巨大剣の上を走った。
このタイミングでは劣化魔神も湖水も間に合わない。
強化による超速度で楔へと迫る。
しかし、唐突に前進が阻まれた。
僕を覆う『届かなかった千年』が何かと拮抗している。
目視できるものはない。
ないけど、先程まで巨大剣を叩きつけても阻まれていた地点だ。
(ここが、楔か)
楔そのものではない。
結界の類が存在している。
前進を阻むのはそれだ。
僕の崩壊魔法で破れないものなどない。
ついでだ。
どっかの誰かの話の続きを口にする。
「手は届く。
距離を超える。
時間を超える。
因果を超える。
互いが望めば必ず届く。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
伸ばした指先を信じて願え」
最後の涙。
あれが嘘だったとは誰にも言わせない。
1000年前の絆が繋がったと信じている。
だから、僕もこの手を伸ばす。
「千年の果てに笑顔を」
纏っていた『届かなかった千年』が右手に集中する。
手を伸ばして不可視の壁に触れた。
瞬間、手のひらから赫が流れ出す。
何もない空間に波紋となって広がっていく。
それは半球の形をなぞり、現れた結界を染め上げた。
同時に魔力転化が始まって、厚いヴェールが剥がれ落ちていく。
その奥に浮かんでいたのは黒い球体。
何の支えもなく宙に固定されている。
大きさはバスケットボールぐらいだろうか。
つるりとした美しい曲線を描いていた。
異世界の理をこの世界に繋げる楔。
それを目にした瞬間、頭が割れた。
「が、ぎっ、ぃい、ああああああああああああああああっ!」
痛い痛い痛い痛い痛い!
折れる割れる砕ける!
細い血管が破れて流れ始めた血涙と鼻血に塗れて膝をつく。
あまりの痛みで呼吸ができない。
考えることさえ難しい。
今までの頭痛なんてレベルじゃない。
脳を直接にぎりしめられている錯覚を覚えた。
それでも致命的な何かが引っ張り出される直前、右手に纏った赫い領域を再び全身に巡らせることができた。
途端に痛みが引いていく。
漂白された脳が休みたいと駄々をこねるけど、悠長に休んでなんかいられない。
思考能力が戻るなりすぐに距離を置く。
危なかった。今のは半ば生存本能の為せる技だった。
荒い息を吐き出しながら呼吸を整える。
何が起きたのか。
魔族化ではない。
あれは異世界から魂を憑依させる現象だ。
今のは全くの逆。
(魂を、抜かれ、かけた?)
確信はない。
魂なんて存在を実感することはできないのだから。
それでも、体内から根幹が抜き取られていく感覚はそうとしか思えなかった。
他者に憑依させられるなら可能なのか?
否。
そんなことができるなら魔族化させるために意識が弱るのを待つ必要なんてない。
魂を抜いて、その後に憑依させれば簡単なのだから。
僕と他で対処が違うのは何故か?
僕が魂という点で干渉を受ける隙はどこにある?
考えるまでもない。
(異世界から来た魂だからか)
この世界で循環していた魂ではない。
なるほど。定着の度合いで言えば他人より弱いと言わざるを得ない。
そこを突かれたようだ。
幸い崩壊魔法を防御に回している間は干渉を防げる。
とはいえ、これも完璧ではない。
こうしている間も浅く疼くような痛みが頭を襲ってくる。
さらに崩壊魔法の濃度を上げなければ接近は危険だ。
そろそろテナート大陸も消滅を迎える頃合いだろう。
見上げた地表の天井も既にない。
『蹂躙する地平』がいい仕事をしてくれたようだ。
そちらに使っていた分も防御に回せば今ほどの窮地には陥らない。
けど、それではあの楔を崩壊魔法で魔力に転換することもできなくなってしまう。
あれだけの強度を持つ存在なのだから、魔力化すれば相当の量が稼げるはずなので惜しい。
とはいえ、それで守りを疎かにするわけにもいかない。
気が付けば黒い湖水が全て干上がっていた。
こちらが息を整えている間に劣化魔神を揃えていたようだ。
今までのような数を満たすのではなく、1体辺りのコストを高くして巨大な体躯をしている。
バリケードみたいに僕と楔の間に立ちはだかった。
相手にしている暇はない。
目標はあくまで楔だ。
全身の崩壊魔法の濃度を上げる。
さて、正念場だ。
どうやってあいつを破壊するか?
この局面で僕の命運を託す魔法だ。
そんなのひとつしかないでしょ。
「牢獄よ来たれ。
其は法により守られ、
其は傷つけど癒される。
檻を8元は相克しながら蹂躙する。
彼の祝福が皆を導くだろう」
合成魔法ではない。
僕が生み出したただひとつの創造魔法。
「レグルス」




