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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編
14/238

13 背負ったもの

 13


「知らない天井だ」


 まあ天井なんかないんだから知らなくて当然だけど。

 意外に早く意識を取り戻したらしい。見上げた空はまだ青かった。太陽の位置は見えないけど空の具合からして昼過ぎぐらいだろうか。1日以上経過している可能性はお腹の減り具合からしてないと思う。

 すぐそばにリエナの顔があって飛び起きた。

 セクハラ怖い。アルバイトの女子高生の冷たい目とか寿命が縮むから。手が当たっただけだよ。当ててないよ。お願い。僕を信じて。


 起きた途端に体のあちこちが痛くて悲鳴が出た。服の下はあざだらけになっていそうだ。幸い骨が折れたりはしていないようだった。

 リエナはまだ起きない。見たところ出血とかはないけど僕と同じように打撲はしていると思う。骨折まではわからない。とりあえずありえない方向に関節が曲がっているとかはない。猫耳としっぽも大丈夫だ。葉っぱを払ってあげる。

 あれからどうなったのか。

 僕は猪の巣から這い上がった。


「うっわ……」


 目の前の光景に絶句した。


 爆心地。


 大げさでなくそう表現するしかない。

 半径30メートルぐらいでは圧し折られた木々が放射状に倒れていて、その外側の辺りは辛うじて木が残っているものの、ほとんどの葉っぱが吹き散らされて失われていた。

 更に内円部はもっと酷い。土と灰だけが残っている。炭化した倒木は赤く熱を放ち、いずれは脆く崩れていくのだろう。


 中心には甲殻竜の死骸があった。


 素人目でもわかる。あれは生きていない。

 爆発を真上から受けたせいで地面に半分ぐらい埋まっていた。

 あれだけ強靭だった体は見る影もない。体表は焼け、関節は不自然に折れ曲がり、ひびだらけの甲羅の隙間からは熱い蒸気が立ち昇っている。

 亀の姿焼き。

 意外にいい匂いがするけど、とても食べる気にはなれなかった。


 色々と考えることもあるけど、今やらないといけないのは安全を確保することだよね。

 猪の巣に戻ってリエナの様子を見る。肩を揺すっても起きない。邪まな考えは起きない。今ならセクハラし放題とかも考えない。考えるだけならセーフ?いや、アウト。無心。無心になるんだ。


「よいっしょ!」


 苦労してリエナを背負った。

 ぐう。思ったけど、言わない。強がれ。うん。まるで羽毛みたいだ。ちゃんとご飯食べてるのかな?お姫様抱っこでもいけるね!

 猪の巣の微妙な傾斜が恨めしい。いや、これのおかげで爆風から助かったのだけど。

 爆発で色々と吹き飛んではいたものの甲殻竜が通った跡は残っていた。こんなのでも道があるのは助かる。

 ほとんど牛歩のような速度で歩く。政治家ってすごいね。これって結構きついよ。ジム通いとかした方がいいと思う。足つっちゃうから。

 ほら。元気出して歩こう?


「イき残りたい。イき残りたり。まだ……」


 歌ってみたら切実になってしまった。

 もう黙って歩き続けた。体中が痛くて、足は棒のようで、手は震えている。それでも歩き続けた。歯を食いしばって。まっすぐに前だけを見据えて。

 だって、背中には守りたいものがあるから。

 どんなに辛くたって手放すことだけはできない。

 手放してしまえば自分を失ってしまう。それだけは認められない。

 かの正義の味方志望も言っていた。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない!

 今の僕もそんな気持ちだ。


 具体的には僕の右手に巻きついたしっぽ。


(手放せるかよ!)


 すごいね。体の奥から力がわき出て来るみたいだよ!

 悲鳴を上げる体を気合で誤魔化して進み続けると、最初に甲殻竜がいた枯れた渓谷まで戻れた。

 けど、崖を登れない。途中で切れたロープはあるけど全然届かないし。

 リエナを寝かせて座り込んだ。しっぽはまだ僕の手に巻きついたままだ。

きっとそのうち村からお父さんたちが来てくれる。

 やれることはやった。


(もうゴールしてもいいよね)


 この後、僕は二度と死亡フラグだけは立てないと誓った。

 だって、さっき通ってきた渓谷の入り口側から重低音が聞こえてきたから。

 しかも近づいてくるよ。この重低音に伴って地面が揺れる感覚には嫌なほど馴染みがあった。なにせその背中で誰よりも近く聞いていたんだから。

 嫌な予感はすぐに形になって現れた。


「もう一匹とか……」


 甲殻竜が現れた。

 こっちの甲殻竜には角がない。だけど、全体的に巨体だった。


 あと超怒ってる。


 お腹の底まで響くような威嚇の声を出して睨んでるよ。

 もしかしたら先程の甲殻竜とつがいなのかもしれない。だとすれば怒るのは当然か。なにもなければしばらくぶりのデートだったのか。くそう。亀でも恋してた。リア充め。


 背中に温かい感触がする。振り返って確認する余裕はないけど、リエナが目を覚ましたみたいだった。こんなところで目を覚まさなくてもいいのに。

 けど、おかげで意地が張れる。


「僕が気を引く間に逃げて」

「……やだ」

「大丈夫。無理しないから」

「嘘。やだ」


 鋭いなあ。まあ、震える声で言っても説得力ないよね。

 けど、これは如何ともしがたい。囮になったパターンは前もしたけど今回も同じパターンになるとしか思えなかった。

 意地を張ったところでリエナの前に立つぐらいしかできない。

 甲殻竜が迫ってくる。せめて睨みつけた。


「シズ、よく頑張ったわ」

「へ……?」


 不意に頭上から声が降ってきた。

 同時、人影が崖上から飛び出し、甲殻竜の頭へと降下する。

 空中で器用に長い槍を振り回すと左手の本で柄を挟み、そのまま全身と槍を鏃として甲殻竜の眉間に突き刺した。


「起きて。『雷・閃華』」


 閃光が目を焼いた。

 わかるのは何かがはじける音と覚えのある香ばしい焼肉の匂い。壮絶な重い苦鳴。

 そして、目の前で草を踏む軽い音。

 眩んだ目が視力を取り戻すと見覚えのある後姿があった。


 緩やかにウェーブした金髪。

 草色のワンピースからのぞく細い手足。

 振り返った優しげな目が印象的な女性。


「おかあ、さん?」

「そうよ。お母さんよ、シズ?」


 えー。ここはお父さんがかっこよく登場する場面じゃないの?

 というかその槍はなに?それと使い慣れてるっぽい小手。

 僕の奇行を目にするたびに泣いちゃったり心配したりしていたお母さんが、今は歴戦の戦士にしか見えなくて頭の中で同一人物として処理できないんだけど。

 僕の混乱を置き去りに、お母さんはまるで手の一部みたいに槍をびゅんと振って持ち直す。

 忘れかけていたけど、甲殻竜はどうなったの?

 竜の頭からは煙が昇っていたけれど、まだ鈍く首が動いている。頭が半分ぐらいなくなってるのに野生怖い。


「甲殻竜なんてびっくり」

「全然びっくりしてるように見えないんだけど」

「そう?」


 うん。前に台所に虫が出た時と同じ反応だもん。

 やはりお母さんはマイペースに槍を肩に乗せて、左手だけで本を開いた。

 槍の穂先は甲殻竜に向ける姿は槍投げの選手みたい。さっきと同じく左手の本で槍を挟んだ。


「目、閉じててね」


 先程の閃光を思い出して腕で庇う。ぼうっとしたままだったリエナの目も手で塞いだ。

 なんだかイケナイ場面を見ちゃったときみたいな反応だけど、それはある意味で間違ってはいなかった。


「起きて。『雷・轟鳴』」


 ズンという踏み込みの音に思わず指の隙間から覗き見る。

 お母さんは光を放つ槍を「えい」と投げつけた。声の軽さとはうらはらに、空気を抉り取るような勢いで放たれた豪槍は甲殻竜の喉に突き刺さり、直後に爆雷となって弾ける。

 甲殻竜の首が千切れて、重い音を立てて頭部が落ちた。

 えぐい。子供が見ていいものじゃないって。


「はい。終わり」


 お母さんはパタンと本を閉じてこちらに振り返った。

 無残に死んだ甲殻竜の死骸を背景にして。

 うん。僕にもしっぽがあったなら股の間に挟んで震えていたね。断言するよ。怖い。

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