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魔法書を作る人  作者: いくさや
テナート編

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111 1000年の果て

 111


 お願いの詳細は割愛する。

 あまりに馬鹿げた話だったので思い出したくもない。

 知るかボケと切り捨てたよ。


 わかっていたことだけど、この残念喪女は本当に馬鹿だ。

 自分のことをまるで救おうとしない。

 童話の幸福の王子。

 あれそのものだ。

 自分を犠牲にして他人の幸福を願い、誰からも忘れられても良かったと笑う大馬鹿者。

 そんな大馬鹿が僕をにやにやと見てくる。


「……なに笑ってるんだよ」

「ひは。すす、素直じゃ、ないんだから」


 元の残念な口ぶりに戻っている。

 知ったような口を。

 考えてみれば万象の理の中ならあらゆることがわかるのだ。

 ここに囚われてしまっていても、第6始祖は僕のことをずっと見ていたのだろう。

 そうだとすれば、僕がどういう判断をするかもわかる、ということか。


 何もかもこの女の思惑通りに動いてしまっている気がして腹が立つ。

 ともあれ、魔族の正体についてなど有益な情報は手に入れられた。

 バジス奪還作戦にも役立てられることは間違いない。

 その点は感謝しなくちゃいけない。


「色々と教えてくれてありがとう。だけど、そろそろ帰してくれないか。急に呼び出されたからリエナたちが心配しているだろうし」


 あ、ここからなら向こうの様子もわかるのか。

 リエナたちはどうしているだろう?

 ちょっと見てみようかな。

 ……ラッキースケベとかは期待していないよ?

 覗きなんかじゃない。断じて。心配なんだ。うん。あれ、ストーカーと同じ心理?


 などと葛藤している間に万象の理は僕の願いを読み取ってリエナたちの現状を映し出してくれた。


 戦場で疲労困憊なリエナの姿を。


「…………………………………………………………………………は?」


 ちょっと待て。

 そこはどこだ?

 樹妖精の里じゃないよな?

 って、答えがすぐに出る。世界地図が現れてリエナの現在地が光点で示される。


 テナート地峡。

 そもそもソプラウトでもない。


 どうなってる?


 ここに呼びだされてから僕の体感では1時間も経過していない。

 樹妖精の里からあそこまで直線で移動したところでそんな短時間では不可能だ。100倍強化付与からの大ジャンプならいけるかもしれないけど、だとしたところでリエナがあれほど疲労している理由が見えてこない。

 あの消耗ぶりは尋常ではない。

 数日に及ぶ激戦を潜り抜けてでもしたような様子だった。


「……おい」

「い、言ったわよ。万象の理で、な何かを得るなら」

「同じだけの何かを失う……まさか、時間?」


 時間の流れがこちらとあちらでは違うというのか?

 いや、違う。

 映像の流れとこちらの時間は同期している。

 僕が得た知識の代価だけ奪われたのか。

 僕がいるはずだった時間が。


 約束の半年が過ぎたわけじゃないのにバジス奪還作戦が敢行されている。

 勝手に入ってくる知識が魔族の大侵攻への対処から先端が開いたことを知らせてきた。

 ほんの数日だ。

 そして、あまりにも大きすぎる数日だった。


 続けて、現状が気になってしまう。

 僕がいないまま始まった戦いはどうなっているのか。

 映像がストーリーダイジェストみたいに流れていく。


 バジスへの突撃。

 4種魔神の撃破。

 拠点確保。

 武王と元武王の決着。

 ルインと魔竜の別れ。

 武王の、死。

 5種魔神の出現。

 最前線での停滞。


「――っざけんな!」


 気が付けば第6始祖の胸ぐらを掴みあげていた。

 相手が女だとか、人間を救ってきた相手だとか関係ない。

 僕がこんなところで情報収集している間に取り返しがつかなくなっていた。

 皆が傷ついている。

 そして、


 あの、馬鹿が。

 武王が死んだ?

 武王ディン・ブラン・ガルズが?

 ふざけんなよ。

 武王だろ!武技を極めた王様だろ!?

 それが死んだとかふざけるな!

 殺しても死なないような奴なのに!

 僕は、また、師匠の時みたいに、守れなかったのかよ!


 奥歯が砕けかねないほど噛みしめて暴れる感情を押し殺す。

 第6始祖が悪いわけじゃない。

 なにが悪かったと言えばタイミングが悪かった。

 いや、遅かったというべきか。


 ここで得た情報は必要なものだったのは間違いない。

 知らないままテナートに入っていれば大変なことになっていたのだから。

 もっと早く僕が原書を集めて、走り書きから世界の秘密に気付いていればよかったのだ。


 そう頭でわかっていても穏やかな気持ちではいられない。

 先程は残り時間が1日だったのに、もう半日程度になってしまっている。

 また少しだけ時間が過ぎてしまった。


「僕をいますぐ戻せ」

「え、ええ。はは、早く、行って、あげて」


 軽く吊し上げられたまま第6始祖が僕の胸に手を当てる。

 すると僕の周囲に赤い輝きが集まり始めた。

 それに反比例して枯れ木みたいな第6始祖の体が段々と薄れ始める。


「お、おい。あんた……」

「だ、だだから、いい言ったじゃない。こ、ここで、何かを、得るには、なな何かを失うって。ひは。な、なにもなく、帰れると、思ったの?」


 『今回はそれ以外の意味もあるんだけど』なんてどうでもいいことを口にする。

 だからって、何もかもを失って、もう残骸というほどになってしまった自分をさらに売る馬鹿がいるか!

 やめさせようとしても体が動かない。

 くそ。既に僕は帰るための流れにあるってことかよ。

 その流れに逆らうことはできない。

 なにせ、世界の法則のひとつと同等だ。逆らうというなら法則すら捻じ曲げなければならない。


 どんどん消えていく第6始祖は満足そうな笑みを浮かべていた。

 最後の最後になってそんな奇麗な笑顔を浮かべるな!

 実は美人でしたとかいらねえんだよ!


「どうして!」


 動かない体の代わりに言葉を紡ぐ。


「どうしてあんたばっか自分を犠牲にしないといけないんだよ!」

「? だって、あたしには他になにもないから。持っている人が嫌な思いをするぐらいなら、あたしが頑張った方がいいじゃない」


 なにを当たり前みたいにスラスラと!

 何もない?

 だから、自分が我慢すればいい?

 ああ、わかった。

 どうしてもこいつを相手にすると攻撃的になってしまうのか。


 こいつは僕だ。

 前世の僕だ。

 1人で自己完結して、自分も他人も省みることもなく、間違えたままだった僕だ。

 自らの過ちを見せつけれられているみたいで怒りが込み上げてくるのも納得だ。

 ああ。親和性ね。そりゃあ、ばっちりだろうよ!


 僕はこっちの家族に、リエナたちに、師匠に出会えて変われた。

 でも、こいつは他の始祖たちが助けの手を差し伸べることも許さずに駆け抜けてしまった。

 なまじ、変な方向に才能があるから誰も止められなかった。


 そして、今となっては僕でも止められない。

 この期に及んで法則を変えるようなことをしたところで、既に代償を支払ってしまった第6始祖が消えるという現実は変えられない。


(なら、せめて、約束だけは果たさないと嘘だ!)


 1000年。

 馬鹿みたいな願いを抱いた奴が。

 そのために自分を犠牲にし続けた彼女が。

 何もないと勘違いしたまま消えるなんて間違っている。

 許容できるはずがない。


 僕があちらに帰る流れには逆らえない。

 だから、それは捨てる。

 一刻も早く帰らなければならないというのは間違いないのだから逆らっては意味がない。

 それはいい。

 ただ、最後にやるべきことがある。


「おい」

「ん?」


 帰還を邪魔するなどと思わなければどうだ?

 それを妨げなければ動けるのではないか?


 拳を握りしめる。

 受け取った5人の想いを全て理解できているとは言えない。

 全て僕の思い込みかもしれない。

 単純にこいつがうざいからなんてどうしようもない理由かもしれない。


 だけど、きっと、間違ってなんかいない。

 この世界で最も後世に長く残るであろう原書に託された拙い言葉を。

 歯抜けの記憶と想いだけで綴った言葉を。

 僕は届ける義務がある!


(ぶん殴ってくれと言われているんだよ!)


「歯、食いしばれ」

「ひは?」


 純粋にこいつを殴りたいと願い、そのままに体を動かす。

 自然と動いた体は拳骨を第6始祖の頭頂部に落としていた。


「―――――ったああああああああああああい!!」


 痛いに決まっている。師匠直伝の拳骨なんだからな。

 本物の幽霊みたいに透明になりかけながらも頭を抱えてうずくまる第6始祖。

 抗議の色を浮かべた視線が持ち上がって、でも、すぐに驚きに見開かれた。


「え?」


 僕は握りしめた拳を開く。

 きらきらと光の残滓が零れて消えた。


「…………………………………………み、んな?」


 彼女の視線の先には何もない。

 虚空があるだけだ。

 ただ、ここは万象の理。

 世界の記録の全てが眠る場所。

 当然、ここには1000年前の記録だってある。

 原書に託された想いそのものだって、きっと。


「確かに始祖たちの願い、届けたからな。何でもかんでも思い通りになると思うなよ、ざまあみろ」


 彼女が何を見たのか僕にはわからない。

 どうせ、幻の類だ。

 現実は1000年の昔に過ぎ去っている。

 でも、現実を超えて届く幻影があってもいいじゃないか。

 ほとんど消えかけて見えなくなってしまった手を、まるで蜃気楼を掴むみたいに、儚い夢の欠片を追いかけるように、伸ばした第6始祖。

 まるで子供みたいにポロポロと涙をこぼしながら、何かを言っている。

 僕にはそれが


『ごめんなさい。ありがとう』


 と何度も何度も繰り返しているように見えた。


 相談しなくてごめんなさい。

 頼らなくてごめんなさい。

 勝手に決めてごめんなさい。

 それでも、それでも、ずっと待ってくれていて、ありがとう。

 ありがとう。


 そして、当たり前みたいに。

 最初からいなかったみたいなあっけなさで第6始祖と呼ばれた女は消えた。


 1000年の祈りを僕に託して。


「あー、くそ!嫌だ嫌だ嫌だ!誰があんなことするかよ!馬鹿かよ!あー、馬鹿だったよな!人類史上最高の馬鹿女だったよな!僕がそれに巻き込まれてたまるもんか!無視に決まってるだろ!当然!」


 僕自身も万象の理から僕の生きる世界へと戻り始めている。

 戻るまでに決めないといけない。

 彼女の願いに答えるか否か。

 感情的にも理性的にもNOだ。

 メリットがない。

 まったくない。

 微塵もない。


 だけど、託されたのは僕だけで。

 できるかもしれないのも僕だけなのだ。


「……まあ、構成魔法の正しい使い方もわかったわけだし」


 やれるだけはやってみよう。


 決意を固めてバインダーから100倍の強化付与魔法を発動させる。

 そうして僕はリエナの窮地に転移され、色々な不満をこめて魔神のどてっぱらにドロップキックを炸裂させたのだった。

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