108 万象の理
108
へこんでいる喪女を放置して検証に入る。
「万象の理か」
世界の基盤。
この世全ての根源にして法則を敷く場所。
辺りの花畑を見る。
触れる花の感触も香りも実在を疑いようがない。
試しに意識を花畑に向ける。
「海になれ」
ソプラウトに行くときに見た海を思い出す。
すると、花畑が消えて白波の立つ海面に変化した。
僕も喪女も沈むことなく水面に立ったままだ。
「ここ、こういうこともできるわ」
意外に早く復活した喪女が手をパンと叩く。
途端に僕の着ていた服が瞬時に入れ替わった。
詰襟みたいな服で、なめらかな肌触りの素材は絹みたいだけど、そもそも縫い目が無い。
「……年下の男を勝手に着せ替えとかいい趣味だね」
「ちち、違うの。き、気を利かせたつもり、なのに……」
よし。邪魔者は去った。
続きだ。
今度は声に出さずに念じる。
大量の水がなくなって、代わりに雲海が広がった。
ブランから帰る時に見た光景。
今度は地面だけでなく上までもが青く澄んだ空になった。
「幻覚の可能性はあるけど」
「じ、自分で、やったら、納得、出来たでしょ」
復活早いな。耐性でもできてるのか?それとも快感になり始めたのか?
肯定するのも嫌だけど、確かにその通りだった。
これは実物だ。
僕が生み出した現実に存在する場所だ。
この方法には覚えがある。
合成魔法や崩壊魔法を生み出す時と同じ感覚。
その感覚が真実だと告げている。
「ここが万象の理だというのはわかった。僕をここに呼んだのはあんたか?」
「え、ええ。ああ、あたしよ」
最初の疑問の内、半分が判明した。
ここは万象の理。
呼び出したのは第6始祖。
わかったことと一緒に疑問も増えているけど、まずは残った最初のふたつは?
「なぜ?どうやって?」
「ひは。が、がっつかないでよ。こここ、この童貞」
「ああん!?」
「ごごごごめんなさい!いい、言ってみたかっただけ!あ、謝るから、そそそその魔力を、消して!」
かつてない凶暴な感情が噴出した。
おかげで全霊の魔力が励起状態になってしまったじゃないか。
これで崩壊魔法を放とうものなら星に致命的なダメージが残るところだったぞ。いや、ここで使ったらどうなるかよくわからないけど。
「お、お願いだから、魔力は、おお、温存してよ!」
必死というしかない表情で第6始祖が言ってくる。
それならケンカを売るような真似するなと言葉が出かけたけど、真剣な様子に魔力をおさめておく。
「そ、それで、説明だけど、あ、あたし、そういうの、得意じゃないから」
まあ、どもりまくりの話し方でわかる。
「え、映像を、よよ、用意したわ」
「……いや、いいけどさ」
「ひは。せ、1000年も、あったから、す、すごいわよ」
時間の無駄遣いと指摘したいところだけど、また泣きそうだからやめておこう。
上機嫌になった第6始祖が高空の景色を消して、元の闇の空間に戻した。
「というか、自己紹介がまだだったね。僕はシズ。あんたは?」
「あたしは始祖」
珍しく噛まずに言えたと思ったのに不十分な内容だ。
「名前は?」
「もうないわ」
不意に原書の走り書きを思い出す。
私たちは忘れてしまったという言葉を。
名前も、年齢も、容姿も。
忘れられてしまったという始祖。
失伝の始祖。
第6始祖。
「そ、そうね。あ、悪霊ではないけど、ゆゆ、幽霊みたいなもの、なのかもしれないわ」
「……その映像を見たら全部わかるの?」
「え、ええ。なな、長い話だけど、お願い。知って」
声と同時に風景が変化した。
足元に世界地図が広がる。かなり精密に描かれた地図だ。
所々、僕の知っている地図と違うところもあるけど。
いや、僕が地形を変えたからというのもあるけど、おそらくこの地図の方が正確に描かれているのだろう。
『1200年前、あたしが生まれるよりも前。テナート大陸から魔物が生まれたわ』
目の前の第6始祖の唇は動いていない。
どうやらナレーションとして音声をどうやってか記録しているようだ。人と話さなければ噛まないようで、聞き取りやすい。
というか情感たっぷりで、無駄な才能を発揮してやがる。
『魔物たちはバジスを渡り、アルトリーアにも、ソプラウトにも来たわ』
音声と同時に染みみたいに地図が黒く塗りつぶされていく。テナートから他の大陸へと。
『ただの魔物であった頃はよかった。隣のバジスには強い竜たちがいたから。ほとんどがバジスから先に進めなかったから。でも、100年を過ぎたころから巨大な魔物が生まれ始めた』
魔王か。
100年は魔物が魔王へと変化する時期だ。
『そして、さらに強力な魔物が少しずつ増えてきた』
魔王が生まれれば魔神となる。
魔神ほどにもなるとただの竜では対処が難しいだろう。
『魔王や魔神と呼ばれる魔物たちは次々と侵略していったわ。竜たちの領土はわずかになり、遠くのことと様子を見ていた妖精たちも海を越えてきた魔物に襲われた。そんな中……』
声が止まり、地図の黒い染みがアルトリーアに集中する。
バジスやソプラウトが部分的なのに対して、アルトリーアは多くの場所が黒一色に染められてしまった。
『種族特性を持たなかった人間たちは苦境に陥った』
やはり、魔力は人間の種族特性じゃないのか。
確認したいけど、映像は続いているので後回しだ。
『絶望に包まれた人間たちの小さな村に生まれたのがあたし』
風景が変わる。
どこかの田舎村。
少しだけラクヒエ村に雰囲気が似ているけど、人々の表情は一様に暗く、険しかった。
魔族の侵攻を防げない状況が続いているのだから無理はない。
『あたしの記録はほとんど消えてしまったから詳細は誰にも、あたしにもわからない』
自分でも覚えていない?いや、いまの台詞だとなくなったという意味だ。
記憶野から呼び出せないのではなく、記憶野に刻まれていないのでもなく、そもそも最初からなかったことになったという口ぶり。
『あたしは村がなくなるなんて嫌だったから、何とかしようと頑張ったわ。考えて、努力して、そして、この万象の理に至った』
めちゃくちゃだ。
見てくれや口調と一致しないけど、あまりにも規格外すぎる。
この女は0から世界の根幹に辿り着いたというのか。
そんな概念すらない状態から。
独力のみで。
間違いなく天才。
この時代に彼女が生まれたのが偶然なのか、滅びに瀕した人間の願いが生み出したのか。
『あたしは魔族に対抗する手段を願って、それを5人の幼馴染に贈った。万象の理に干渉できる特別な経路の作り方を』
5人の男女の姿が現れる。
第1始祖、属性魔法のエレメンタル。
真面目そうな硬い雰囲気の青年。
第2始祖、回復魔法のヒルド。
健康的に日焼けした活発そうな女性。
第3始祖、召喚魔法のツクモ。
目深に帽子を被って遠くを見ている巨漢。
第4始祖、付与魔法のレリック。
線の細い、少年にも見える童顔。
第5始祖、法則魔法のロディ。
神経質そうに眉を寄せたままの男。
彼らは彼女から権限を得たわけだ。
万象の理に魔法という奇跡を刻み込む特権。
そして、生まれた5つの魔法。
『それが始祖の誕生』
5人の活躍は凄まじいものだった。
魔族の群れに立ち向かい、連戦連勝。
諦めかけていた人々を鼓舞して、国に働きかけて、戦線を構築して、竜や妖精たちとも協力し合い、奪われた大陸を奪い返していった。
想像していたよりも魔法の規模が小さいけど、現代の模造魔法どころか、原書とさえも比ぶべくもない威力だ。
今まで僕は初代の始祖と自分の火力を同等と思っていたけど、この映像を見る限り僕の破壊力はあちらと比べても破格のようだった。
当然、疑問が浮かぶ。
肝心の彼女はどうしたというのか。
権限を与えられた5人の始祖より圧倒的に上の才覚を持つ彼女が直接、戦わなかった理由がわからない。
『あたしは願いの代償に体の自由を失ったわ』
村の一室でベッドで横になる彼女の姿が現れる。
目の前にいる彼女と変わらない姿。
伸びっ放しの髪も、細い手足も、白い肌も病人のそれだった。
『奇跡の代償。何かを得れば同じだけの何かを失う』
人間を救うだけの戦力。
万象の理に至るほどの才気を持つ彼女の自由というのが妥当なのかどうか僕には判断できない。
現在の彼女は困ったように笑っていた。
ああ、わかってきた。
あの走り書きの意味。
『そして、5人はアルトリーアを出て、バジスを超えて、テナートまで攻め込んだ』
黒い染みが次々と消えていく。
その過程で大陸の地形も変化していくのは始祖の仕様だろう。
『そして、魔族を滅ぼした』
「え!?」
黒い染みがテナートから排除される。
完全に。
漂白されていた。
他の3大陸には魔の森の辺りなどで小さな点が残っているのに対して、テナートは徹底したのか染みひとつなくなっている。
『だけど、数年もするとテナートから魔物が生まれ始めた』
再び黒い染みが広がり始める。
その拡散速度は当初よりも早くなっていた。
『やがて、魔族以外がテナート大陸に入ると激しい頭痛に襲われるようになり、魔族の殲滅さえ困難になるわ』
テナート大陸が黒一色に戻り、バジスもまたゆっくりと領土を奪われていく。
アルトリーアはバジスと接地した地点で守りを固めて、膠着状態に陥った。
それは僕も知る現在の状況だ。
『魔族は滅ぼせない。始祖であってもよ』




