番外14 猫の見送り
皆様、シズがなにか忘れていると思いませんか?
番外14
……あれ?
もうダメって思ったら助かって。
シズが来てくれて。
シズが助けに来てくれて。
魔物も魔神もぜーんぶ消しちゃって。
ほっとして。
嬉しくて。
思わず声が溢れてしまいそうになったのに。
(行っちゃった?)
端っこが見えないほど大きな赤い壁が落ちてきて、地面がごっそりなくなっちゃった場所。
左右から水が押し寄せて大変なことになっている大きな川の向こう岸。
シズの魔法で赤く染まった大地。
テナート大陸。
向こうにぴょんって跳んで行っちゃった。
小さく手を振ってる。
行ってきますって言ってる。
気負いのない自然な姿。
なにか、やな感じがした。
戻ってきたシズがすごいのはわたしが誰より知ってる。
元々すごかったのに、もっともっとすごくなってた。
魔力なのか、なにかわからないけど、すごい力とシズが繋がっているのがわかる。
わたしたちがどうやっても傷つけられなかった魔神が、ちっとも相手にならないぐらい。
きっとどんな魔神もシズには勝てない。
止めることもできないと思う。
だけど、変な不安が胸にある。
チクリって心臓に小さな棘が刺さっているみたい。
(このままシズを行かせちゃダメ)
考える前に動いていた。
回復とか強化とかもしないでシズを追いかける。
けど、川の手前で伸ばした手に痛みが走って、思わず足を止める。
結界みたいに覆う赤い壁に触れた指先。
触ったところが赤くなっている。
すぐに離したからこれだけで済んだけど、中に入ったらすぐにさっきの魔物みたいになっちゃう。
誰もついてきちゃダメってシズが言っているんだ。
でも、1人でシズを行かせちゃったら絶対に後悔する。
ちゃんと説明できないけど。
予感がするだけなのに。
間違いないってわたしの直感が言っている。
どうしたらいいの?
焦る気持ちばかりがあふれてどうしたらいいかわからない。
「シズ!」
叫ぶ。
でも、水の音がうるさくて声は届かない。
「シズ!」
それでも叫ぶ。
待って。
行かないで。
話を聞いて。
色んな想いを込めて声を送る。
「にゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
だけど、シズは背中を向けてしまった。
もうすぐに走り出してしまう。
強化付与魔法を使っているシズはすぐに見えなくなってしまうに決まってる。
急がないと。
すぐにどうにかしないといけない。
もう覚悟してこの赤い中に飛び込むしか……
「リエナ!」
肩を掴まれる。
すぐ近くにリラの顔があって、ごつんっておでこがぶつかった。
涙目のリラが痛がりながらも何かを押しつけてくる。
受け取ってから気づいた。
「レグルス」
白木の杖。
シズの大切な物。
戻ってきたらわたしが渡すって決めていたんだ。
情けないわたしを叱るみたいに棘が1本だけ手に刺さる。
「しっかりしなさいよ!」(しっかりしやがれ)
リラの声に重なって懐かしい声が聞こえた気がした。
鋭い痛みと2人分の声がわたしを落ち着かせてくれた。
大きく息を吸って、吐く。
頭の中がすっきりする。
慌てちゃ、ダメ。
「ん」
考える。
シズを1人で行かせたらダメ。
でも、ここから先は普通の人は入れない。
わたしは一緒に行けない。
ここにいる誰もついていけない。
じゃあ、誰が?
どうやって?
シズの助けになってくれる存在。
赤い世界に溶かされないうちにシズに合流する方法。
答えはもう手の中にあった。
「レグルス、シズを助けてあげて」
刺さったままだった棘が抜けた。
任せろ?違う。
当たり前だ、かな。
レグルスならそう言うと思う。
だから、わたしもおもいっきりやる。
リラに離れてもらってから、バインダーに残った最後の100倍強化付与の魔造紙を発動させる。
体中が痛いのは我慢。
狙うは歩き始めたシズ。
離れたところに落ちたら、シズが杖に気付いて回収するまで時間ができちゃう。いくら頑丈な木妖精の杖でも消えちゃうかもしれない。
だから、シズがすぐに気付ける距離じゃないとダメ。
軌道もゆったりしちゃいけない。
まっすぐ直線の方がいい。
もちろん速く投げるのは当たり前。
「にぃぃいい……」
1歩、前に踏み込む。
地面が沈み込んだ。
前に流れる体。
倒れる勢いも杖に乗せて。
全力投擲。
「いいいああああああああああああっ!」
杖を投げ放つ。
ぎゅいんって音がした。
空気の壁を突き破って杖が飛ぶ。
ちょっと狙いが悪くってシズの頭に直撃する軌道。
(あ、失敗)
杖は山に穴ができちゃいそうな勢い。
強化してるシズなら当たっても大丈夫だと思うけど……。
ごめんね?
でも、どういうわけかシズが振り返ってくれた。
すごく驚いたみたいだけど、両手で挟むようにして杖をちゃんと掴み取る。
「ん。さすがシズ」
「……それですましていいの?」
大丈夫。こんなことするのはシズにだけ。
シズが杖を掲げて何か言っている。
たぶん、ありがとう、かな?
少し進んだだけなのに、さっきは聞き取れた声がわからなかった。
今度こそシズが走り始める。
その姿はすぐに地平の向こう側に去って見えなくなった。
シズの大きな魔力の気配だけは感じ取れるけど、詳しいことはわたしにもわからない。
テナート大陸のせいなのか、シズの魔法のせいなのか。
今も胸にやな感じが残るけど、きっとシズなら大丈夫。
そう信じる。
シズは最強で無敵。
なにがあっても平気。
最後は笑って帰ってきてくれる。
答え、師匠を忘れるとはとんでもない。




