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魔法書を作る人  作者: いくさや
少年編

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13/238

12 赤

 12


 我が生涯に一片の悔いなし!!

 僕はこのために生まれてきたんだね。


 あ、大丈夫です。チャンネルはそのままで。もう正気に返ります。


 床ドンならぬ甲羅ドンで衝動を発散させた僕はもう通常営業だよ。

 近くで見ていたリエナは怯えと心配が半分ずつぐらいの様子だった。いや、僕の希望的観測じゃないよ。だって、耳は怯えて伏せてるけど、しっぽは僕の足にそっと当ててきてるから。わかりやすい。


「……大丈夫?」

「うん。落ち着いた」


 シャツが血だらけだった。お母さんに怒られる。というか一見したら大怪我してるみたいだ。心配させてしまうだろうか。申し訳ない。

 興奮して鼻血とか創作の中だけだと思っていたのに現実に起こってしまうとは。すごいよ、異世界。や、子供の細い血管が耐えきれないほど興奮しただけなんだろうけど。異世界のせいにしてしまいました。


 こちらの騒動など気にも留めずに甲殻竜は歩き続けていた。通った後に比喩ではなく道ができている。生きた災害みたいな奴だ。

 あ、なんか窪地に突っ込んだ。いや、ここ猪の巣なんだ。って、えー。恐慌状態の猪を当たり前みたいに噛み殺したよ。うわ。うわあ。ウリ坊が。ああああああ。丸飲みってちょっと。猪は飲み物なんですか。生態系の残酷さを目の当たりにした。


 ひとつ間違えば自分もああなるんだよな。

 ダメだ。考えるな。ちょっと馬鹿やってるぐらいじゃないと正気でいられなくなるぞ。


「心配しないで。なんとかなるから」

「ん」


 具体的な方策があるわけでもないけど少しでも不安が紛れるならいい。

 前世は中年童貞中間管理職。とてもじゃないけど、この危機を脱する知恵なんて持ち合わせていない。

 現世に至ってはちょっと運動ができる8歳児。人並みの魔力を持ってるだけ。

 ああ。これならおじちゃんに無理を言ってでも魔法を教えてもらっていればよかった。


「魔法か。よし、リエナ。訓練をしよう」

「訓練……魔法の?」

「走るのは無理だしね。魔力の特訓ぐらいはやっておこう」


 さすがに困惑した様子だった。まさかこの状況で魔力の特訓が出て来るとは思いもしなかっただろうしね。

 でも、何もしないでいるよりはずっといいと思うんだ。問題から逃げてるだけだとしても、向かい合えない時もあるから。

 こちらの意図はわからないだろうけどリエナは頷いてくれた。


「はい。魔筆、落とさないように気を付けて」

「……あったかい」

「すいませんでした!!」


 危なく筆を落とすところだった。こんなところでポロリはいらない。

 他意はなかったのかリエナはどうして謝られたかわからないで首を傾げている。しっぽも不思議そうに揺れていた。

 乱れた精神を落ち着かせている間にリエナは訓練を始めている。水はないので魔力だけ。書くのも亀の甲羅という中で黙々と書いている。

 とはいえまだ2回目。すぐに魔力は尽きてしまった。昨日より5文字ぐらい増えている。

 今度は僕の番だ。リエナみたいに書いていくけどどうもうまくできない。凹凸のある甲羅に、インクどころか水もないのだから難しいに決まっている。いや、リエナが器用で僕が不器用だからここまで差が出てるんだろうけど。


(変な癖がついたら嫌だなあ。なにか下書きになるものでもあればいいんだけど)


 それをなぞれば書きやすいはず。

 適当なものを探すけどもちろん都合よく見つかるわけがない。

 けど、見つけてしまった。それはとても近くにあった。


(僕の鼻血……)


 シャツに染みついたのもまだ湿ってるから触れば指先に付着する。そうでなくても甲羅の窪みに溜まっているのがある。どんだけ噴き出したんだ。うう。意識したら貧血になってきた。

 血文字への抵抗感は凄まじいけど、この状況で選り好みしようというのは贅沢だもんね。


「試すだけなら……」


 深く考えずに血を筆先につけて魔力を込める。

 なんかいつもより赤色が濃いような?まあ、血が透けて見えるのかな。いや、平常心じゃないから魔力の注入量を誤っているのかも。

 ともあれ、今は文字を書けるかどうか。

 練習の手本にするなら奇麗に書かないと無駄になってしまう。相手は動く上にデコボコしてるから大変だよ。

 いつも以上に慎重に筆を走らせる。

 時間をかけて1文字書いた。


(おお。気合入れただけあって輝いて見えるな)


 思っていた以上の出来に満足していると向かいではリエナが目を丸くして驚いていた。しっぽが倍ぐらい膨らんでいる。


「……シズ、なに?これ」

「なにって……あら?」


 あれえ?光って見えるのは僕だけじゃない?光って見えるんじゃなくて本当に光ってる?

 なに、これ。うわ。うわあ。なんかすごい。すごい。すごい!かっこいい!なんかLEDライトみたい!これ僕が書いたんだよね!魔法みたい!魔力だから当たり前なんけど!


 初めて魔力を使った時を上回る感動に興奮が抑えられない。

 思い返してみればこの世界で魔力を目に見える形にしたのは初めてのことだった。

 そしてやはりどんなに冷静ぶっていようとも平常の精神状態でもなかったのだろう。抑圧していた分まで余計に暴走したと思う。


「よーし!どんどん書いちゃうぞー!」


 何から書こう。いや、最初はあれに決めていたじゃないか。

 えっと、『黄昏よりも昏き……』よし。光った。おお。ノートの端っこに書くのとは風格が違いますな。うん。次は『体は剣でできている……』やばい。やばいやばいやばい。これ結界できちゃうんじゃない!?と、ちょっと毛色を変えて、『臨・兵・闘・者……』イエス!九字切っちゃった!『星の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に……』ああ。カードがないと片手落ちだよ。レリーズできない。『ぴぴるぴるぴるぴぴる……』うん。これも違う。「さ〇ら」つながりで連想しちゃったんだ。『灰燼と化せ冥界の賢者……』こういうの好きなんだよ。中二で何が悪い。『契約により我に従え高殿の王来たれ巨神を……』あ、すごいシンパシー。子供が魔法を使ってるもんね!あ、ああ!そろそろ魔力が尽きそう!


 手の届く範囲は呪文だらけになってしまった。途中からテンションが上がりすぎて余計なほど魔力を込めてしまった気がする。おかげでもう魔筆の魔力光が微かだ。

 記念すべき初執筆。〆は特別なのがいいなあ。


「君に決めた!『バ・ル・ス』と。完成!」


 うん。懐かしい光景だな。中学校の休み時間。誰もいない屋上前の踊り場とかに逃げ込んでノートに書いたりしてた。いや、呪文はその時のブームで違ったけど、趣は似てくるよね。

 それにしても字が光るだけなのに盛り上がってしまった。

 一仕事終えた達成感に浸っていると不意に袖を引かれて現実に立ち返る。


「……シズ」

「ごめんごめん。熱中しちゃったよ。退屈だったね。それでこれからなんだけど……」


 リエナは僕と目を合わそうとしない。


 幻滅された。どっぴきだった。耳は後ろに伏せていて、しっぽだって足の間に挟んで怯えている。


 10回ぐらい死にたくなったけど前世ではよくあったので大丈夫。

 無気力なままでもなんとか再度リエナに話しかけようとして間違いに気づいた。

 僕から目を逸らしたんじゃないくて、別のことに目を奪われている?


「リエナ?」

「これ……いいの?」


 これってどれとは聞けなかった。

 リエナの見つめる先にあるのはシズ画伯作成の呪文ノート。

 ゆっくりとした変化だったので気づかなかったけど、赤い輝きがどんどん強くなっていた。僕が気付いた時には既に直視するのも危険なレベル。まぶたを閉じても向こう側が微かに赤く光っている。


 ここにいてはいけない。


 根拠はない。

 無理にあげるならリエナの耳としっぽ。

 仮にこれが動物的な本能に根付く反応だとすれば、この反応は甲殻竜の時よりも上に見えた。

 迷ってる時間はない。


「リエナ、ごめん」


 借りっぱなしだったローブを脱いだ。残していたパンを包んで重しにして甲殻竜の頭上を大きく超えるように放り投げる。


「走って!」


 リエナの手を掴んで甲羅の上を走る。後先考えない全力疾走。そのままできるだけ加速して甲羅から飛び降りた。


 甲殻竜はローブに食いついている。

 でも、囮だと気づいてこちらに頭を巡らせた。

 尾が届かないと気づいたのか、億劫そうに1歩だけ踏み込んで、僕たち2人に食いつける位置へ身を置いた。


 そこで背中の赤い光が閃光となって森を貫いた。


 まるで赤い雪崩のような光が見渡す限りを赤一色に染め上げていく。

 発生源の甲殻竜の甲羅。

 その中央。


 溶けた金属みたいな。

 不出来な飴細工みたいな。

 鮮やかな赤い色味で。

 刻々と濃淡を変える鮮紅で。


 魔力の塊がシャボン玉のように漂っていた。

 甲殻竜は僕たちのことを忘れて背中に出現した正体不明の魔力を警戒している。

 僕はリエナの手を引いて走った。嫌な汗が止まらない。少しでもここから離れないと大変なことになるという予感はもう確信に変わっている。

 次の変化に予兆はなかった。


 それはまるで胎動するように五度、赤の閃光を周囲に放射すると、超高熱の赤い柱と化して天地を貫いた。


 背後から押し寄せてきた爆風に体が浮いた。

 そこからはもう上下左右もわからない。為す術もなく豪風に吹き飛ばされるだけ。

 何度地面を転がったのか。意識が遠くなりかけたところで急に柔らかな土に包まれてようやく止まれた。


(ここ、猪の巣?)


 多分、さっき甲殻竜が襲った猪の巣だった。

 地面が掘られているので風除けみたいになっているおかげで助かった。

 振り返れば赤い光は雲も貫いて空の向こうまで伸びている。まだ、終わってない。

 最後の気力を振り絞って失神しているリエナの上に覆いかぶさった。あの中でリエナの手を離さなかったのは奇跡だと思う。

 セクハラじゃないよ。なんか柔らかいとか思ってない……ああ。ダメだ。

 無理。痛い。疲れた。だるい。


 赤い世界に押し出されるみたいに意識が遠のいていった。

シズ君の初魔法。

大失敗。

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