表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法書を作る人  作者: いくさや
バジス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

126/238

断章8 元武王

暑苦しい男の戦いをご覧ください。

 断章8


 途中で飛行可能な魔物の襲撃はあったが被害はなく、俺たちは竜の隠れ里に到着した。


 離れたところに下りて陸路を慎重に進むか、空から急戦を挑むかの2択は即決で後者。

 隠密行動が気性に合わないという以前に、向こうだって襲撃を警戒しているだろ。陸も空も同じだ。結局は激突するなら向いている方がいい。


 なんて覚悟を決めて突撃したが、迎撃はひとつもなかった。


 竜が出入りするのに使う崖に降り立つ。

 着陸時の隙を狙うのかと警戒しても何もなし。


 目の前には小さな林があるだけ。

 この林の向こうが竜の隠れ里。

 隠れ里といっても人間みたいな家があるわけじゃねえ。

 急勾配の山にある開けた空間だ。

 山の稜線を抉り取ったみたいになっている。

 頭上には岩の天蓋。

 掘っただけの浅い洞穴。


 雲より高い位置にあるこの場所からバジスを良く見渡せる。

 単純に高所を確保する利点もある。

 そんな場所に魔物がいない?


「……で、お待ちかねと」


 隠れ里に魔物はいなかった。

 魔人と魔竜。

 どっちも知っている顔だった。


「よう。ご無沙汰だったな、ご先祖様」


 鈍色の鎧の残骸と一体化した人型。

 ガキの頃は天を衝くような大男に見えたものだが、今となってみると俺と同じぐらいか。

 手には魔人化当時から持っていた原書。金属の防具を呼び出す召喚魔法だったか。

 くすんだ銀髪に混じって金の色が見える。

 あれは魔神になる時に食ったつう金塞虎の影響か。

 魔神化した魔人――元武王。


 その隣の巨体を見てルーが呟く。


「母さん……」


 魔神の隣には巨大な竜の姿。

 黒い竜鱗を纏う古竜。

 ルーを上回る巨体から放たれる威圧感は以前と変わらない。

 後継者のルインを見ても感情の色は出てこなかった。

 その目にも理性が残っているようには見えない。

 やはり、魔物になっているのか。

 魔物となって月日が経過していないおかげで魔神どころか魔王でもないが、元の素養が高いだけに十分な脅威だ。

 それにあいつも原書を持っている。属性魔法、氷の上級。

 魔物となった元竜王。


 互いに因縁の相手で、新旧の王同士とはな。

 こっちの陣容に合わせたわけでもねえだろうが、天の粋な計らいってやつか?

 願ってもねえ組み合わせだ。


「兄さん」

「ヴェル、ここにいたはずの魔物が他に向かったはずだ。警戒するよう言っとけ。こっちの連中も最低限残して回していい。残りは待機だ」

「……止めても無駄なのは知ってる。だから、父さんの仇を取ってくれ」

「おうよ」


 この場に精鋭がいても無駄だ。

 はっきり言って戦力外。参戦すらできねえよ。

 それなら応援に回した方が遥かにいい。


 渋るような兵はいない。俺の復讐はブラン兵なら誰でも知っている。

 ヴェルは残るか。まあ、好きにすればいい。用兵は隊長の方がうまいしな。


「ルー。お前は残れ。そのつもりだろ?」

「……ああ。俺が、戦う」

「迷いがあるなら邪魔だ。足手まといを助けてやるほど余裕はねえぞ」

「うっせえ。覚悟なんて、できてんだよ」


 無理にでも発破をかける。

 正直、俺1人であれらと戦うのは無理だからな。

 ルーにへたれてもらっちゃ困る。

 始祖に心をへし折られて、なんか色々おかしくなりはしたがルーは竜王を継ぐために生まれた竜だ。

 そのままじゃいけねえよ。


「なら、竜王は任せたぞ。俺はあっちをやる」

「おう!」


 愛用の大剣を抜く。

 バインダーの魔造紙を発動。無論、始祖の作ったやつだ。50倍強化の付与魔法とか嬢ちゃんは言ってたか。

 赤い輝きが全身を覆う。

 ただの魔物じゃ相手にならなかったが、こいつなら相手にとって不足はあるまい。


「お前ら、俺が突っ込んだら出ろ。残りは増援が来た時に対処だ。いいな?」

「武王様、ご武運を!」

「誰にも邪魔させませんよ!」

「お前ら、しくじんなよ!」

「そっちこそな!」

「どうか本懐を!」

「どうか!」

「「「武王に勝利を!」」」


 声を揃えて練習でもしてたのかよ。

 ったく、ありがたい部下たちだ。

 掲げた剣の一振りで言葉に応え、後は意識を全て戦いに注ぎ込む。

 ここからは武王ではなく、1人の武人だ。


「ディン・ブラン・ガルズだ。ご先祖様よ、存分に死合おうぜ!」


 大剣を投げつける。

 空気を裂く一撃は元武王が片手で受け止めた。

 素手で刃を受けて傷つきもしねえか。


 だが、その時にはこっちも拳の間合いの中だ。

 剣で死角になった腹部に1打。受け止められる。

 剣の柄を取ってその腕を斬りつける。また掴まれた。

 剣身を滑るように半転した元武王の肘打ちと裏拳。身を低くして躱す。

 立ち上がる勢いを込めて剣を頭に突き込む。避けられた。

 柄で顎を狙った。当たらない。

 反撃の中段回し蹴り。剣の刃を立てて受けるが、逆に剣の方が砕かれた。

 残る剣の塊ごと当身。いくら大きくとも砕けた剣の破片など簡単に止められる。


(なんて、思ってんじゃねえぞ!)


 地を砕きながら全身を螺旋運動。

 瞬時に練り上げたエネルギーを掌の一点から剣を徹して元武王へと放つ。

 剣にはひびひとつ入らなかった。

 衝撃が全て元武王へと流れたからだ。

 以前、始祖ですらダメージを受けた防御貫通の奥義。


 元武王の体がわずかに後退する。

 同時に足元の地面が瓦解した。

 硬い岩が砂みたいに粉末化。

 元武王は平然と立ち続けている。


(足から衝撃を逃がしやがったかよ)


 砕けた剣の欠片を払う。

 始祖の強化魔法を使った一撃だ。

 ただの魔神なら破裂してたろうにな。

 元武王の技量に加えて、魔神となった種族特性も全て肉体改造に費やしでもしたんだろうな。そうでもねえと技術があったところで対応できるはずねえし。


 様子見はこれぐらいだろ。

 技量に差はない。

 身体機能も同等。

 共に原書持ち。


 おそらく嬢ちゃんが戦った4種魔神より強い。

 少なくとも対人戦では武技の拙い奴は瞬殺される。

 昔の俺はほんの数打で半死半生にされた。

 だが、そんな過去の恐怖なんて知らねえ。

 これまでの鍛錬を重ねた自分がいる。

 支えてくれた家族がいる。

 信じて従う兵がいる。

 そうしてできた俺がここにいる。

 ならば、ただ無心で己の全力を叩きつけるだけだ。


「ああああああああああああああああああああっ!」


 いきなり元武王が咆える。

 表情のなかった口元が持ち上がった。

 魔人になっても強者との戦いは嬉しいか。

 俺も復讐や戦争なんて不純物なしで戦いたかったが、そういう星の巡り会わせだ。


 咆哮の終わりと一緒に持っていた原書が輝き、元武王の全身を金属が覆う。

 甲冑を召喚したわけか。

 通常の鎧とは別物だ。鉄板の組み合わせなんかではない。まるで粘液みたいに流動する金属の装甲だった。

 動きを阻害せず、必要なところに自由に厚みを操作する変幻自在の鎧。

 人造の金属にはない艶やかな光沢を放っている。


「だから、どうしたっ!」


 殺気を込めて全力の突撃、という動きだしから一転して、気配を薄めたまま滑るような歩法に切り替え。

 静と動の対極がフェイントとなって元武王の反応を遅らせた。

 街中で知り合いに手を振るような自然な動きで金属膜に拳を当て、地を踏み抜くほどの全推進力を拳に込めて解き放つ。


 まるで厚い真綿を殴ったような感触だった。

 拳は鎧に少しだけ沈んだところで停止している。

 衝撃は全て鎧に拡散して中まで届いていない。


 動きを止めてしまった俺の頭上から手刀が振り下ろされる。

 金属を薄く纏ったそれは、名剣の一閃と変わらない。

 元武王が振るうそれは、強化の装甲など容易く斬り裂く。


 紙一重。

 左肩から右脇へ袈裟に斬られた。

 浅い。皮だけだ。


(退くな!)


 下がって何が変わる。

 俺と奴の技量を競うだけ。

 足りなければ死ぬ。

 恐れは技を曇らせる。

 前へ身を倒せ。


 追撃の貫手。

 食らえば致命。

 だから、その流れに身を任せる。

 突きの側面に手を当て、瞬時の流れを掌握。

 動作を導くように。

 あらぬ方向を示し、軌道を送り出す。

 心臓を狙った貫手が天に向かって空ぶった。


 元武王が自らの勢いで宙を舞った。

 天地逆転した首を掴み、自他の全体重と膂力を持って岩盤に叩きつける。


 追撃に移る俺の眼前を蹴り足が通過した。

 頭から地面に突き刺さっているくせして正確に狙いやがる。

 が、武技の共わぬ一撃など恐れるものか。


 更なる蹴りを自ら前に出て肩で受ける。

 鋭角化した金属が肩に食い込んだ。

 この体勢でも威力のある蹴りを放てるとは恐れ入る。


 だが、動きは封じたぞ。


「『全頁解放』」


 バインダーと重ねて後ろ腰に止めた原書が輝く。


 上級の土の属性魔法。

 広範囲はいらない。

 がら空きの胴体。

 右拳を当てる。

 光が集まる。

 武技もだ。

 一点に。

 貫け。


「穿峰寸勁っ!!!」


 最大の武技に始祖の強化と原書を重ねた。

 右腕から異音が聞こえる。

 筋肉が断裂し、骨が砕ける音だ。

 かつてない痛みを噛み殺す。

 これは回復魔法でも治らないかもしれない。

 俺の生涯を賭けて辿り着いた境地だ。 

 これで貫けぬものなどあるものか!


 螺旋と推進が貫通という現象を為すためだけに炸裂する。

 金属膜を土の杭が破る。

 液状金属の圧力で止められる。

 武技の限りを費やした一打が圧を超える。

 杭の先端が元武王の腹に当たる。

 爆発じみた加速で杭が飛び、あらゆる守りを食い破る。


 元武王が壊れた人形みたいに為す術もなく吹き飛んだ。


 既に原書の金属鎧は半壊して崩れかけ。

 俺はそれを追って跳躍している。

 空中では如何なる武技をもってしても攻撃を逃がせる道理がない。


「終わりだ」


 左手刀が元武王の首を刈る。

 最後の意地なのか崩れかけの金属鎧が防ごうとするのを強引に突破。

 左手の激痛を無視して振りきる。

 確かな手応えがあった。


 弛緩した巨体が重たい音を立てて落ちた。


 落ちた首を掲げて勝利を宣言する。

 ヴェルや部下たちの歓声が響いた。


(親父、仇は取ったぞ)


 だが、そんな感慨にふける暇はなかった。

 ルーが地面に打ち付けられる姿がすぐ近くにあった。

お仕事忙しくて次は0時更新になりそうです。

一気に書きたいんですけどねー。

異動になるから引継ぎが大変です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ