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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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103 合格発表

 103


「バジス奪還に妖精は参戦できないわ」


 シーヤさんの一言を冷静に受け止めた。

 魔神の襲撃は妖精たちに危機感を煽っただろうけど、対処に攻めと守りの選択がある。

 これがブランなら『やられる前にやってやらぁ』と攻め込むのだろう。実際、バジスの奪還作戦はそういうものだ。

 対して妖精たちが決めたのは防衛。

 テナートからの移動方法も限られるソプラウトであれば打って出るより守りに入った方が堅実だろう。


 その判断を臆病と詰るつもりはない。

 彼らの故郷はこの大森林で、最も優先しなければならない場所なのだ。

 バジスを取り戻している間に大森林が襲撃されて陥落する可能性を斬り捨てられないのだろう。


 とはいえ、これで武王のプランも厳しくなるか。

 いくら僕が大火力で殲滅したとしても拠点維持するには大陸は広すぎる。

 僕が魔族を殲滅していき、獲得した場所を防衛できるだけの戦力が必要なのだ。

 ブランの原書持ちが6人、スレイアの僅かな精鋭に原書を持たせたとして5人、ルインと生き残りの竜が協力したとしても足りない。

 原書と言っても回復や結界などの直接戦力にならないものもあるのだから、実際はもっと少ない数になってしまう。

 この2ヶ月ほどで行方知れずの原書が見つかったと仮定しても全然だ。


 落胆は内心に納めて、他の方法を考えるべきか説得するべきか悩んでいるうちにシーヤさんが言葉を続けた。


「だけど」

「?」


 厳しい表情から一転して柔らかく微笑む。


「セン、それからミラとリラ、後は樹妖精の有志数名は協力するわ」


 シーヤさんの隣に控えたセンさんは小さく頷いていた。

 振り返れば後ろに控えていたミラが微笑みながら手を振り、リラがそっぽ向きつつもチラチラとこっちを見ている。

 2人は予め聞いていたのか驚いてもいない。いつの間にかと問えばきっと種族特性で遠隔会話していたのだろう。

 樹妖精の心遣いは素直にありがたい。


「それと、原書は全てその者たちに託すわ」


 更に続いた言葉には息を飲んでしまった。

 今はミラが実験の代表者として管理しているけど、12冊の原書は妖精たちの共有戦力だ。間違っても樹妖精の独断で決めていいことではない。

 確実にシーヤさんの、或いは樹妖精全体の立場を悪くする。


「ダメですよ、お気持ちは嬉しいですけど勝手に」

「勝手じゃないわ。ちゃんと会議で話し合って決めたことよ」


 あれ?

 シーヤさんの暴走じゃないの?

 でも、妖精たちは作戦に参加しないって。


「妖精は数が少ないから森の守りだけで手一杯なの。だから、そのぶんは原書を貸すことで埋め合わせしてほしいのよ。ダメかしら?」

「ダメなんて。そんな」


 ありてい言ってしまえばこちらの目的は原書だ。

 貸してもらえるならこれ以上のことはない。


「改めてシズ君。リエナさん」


 シーヤさんが居住まいを正した。

 一段高い敷物から下りて、僕たちを静かに見つめてくる。


「代表会議に代わり、この度の大森林に降りかかった危難から我々妖精たちを救っていただき感謝申し上げます」


 改めた口調。

 これは言葉通り妖精たちの総意だった。


「あなた方がいなければ原書は奪われ、森は枯れ、妖精の多くが命を落としていたでしょう。どれだけ感謝しても足りません」


 圧倒的なまでの年長者に恭しく感謝されて狼狽えそうになる。

 でも、この言葉はちゃんと受け止めないと失礼だ。

 まっすぐに見つめてくるシーヤさんの目を見て返す。


「我が師の故郷を守るのは当然のことです」


 或いは師匠が立ち向かうべき戦場だったのかもしれない。

 なら、命を継いだ僕が戦うに決まっている。

 もし、その場に居合わせなかったとしても報せを聞けばひと跳びで駆けつける。


「妖精はこの恩を忘れません。あなた方を妖精の友として迎え、その身に災禍が及ぶとあれば全霊を持って援けになりましょう」


 シーヤさんは深く頭を下げた。

 師匠の弟子としてではなく、ただ1人のシズとして、リエナとして認めてくれたんだ。

 自分たちよりもほんの少ししか生きていない子供たちを。


 ここで変に遠慮しては妖精の気持ちを無下にしてしまう。

 難しく考えることはない。そのまま気持ちを言葉にすればいい。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 敢えて率直な言葉を選んだ。

 顔を上げたシーヤさんもにこりといつもの笑顔に戻る。


「だから、わたしたちが原書を貸すのも、協力するのもあなたたちよ。スレイアでも、ブランでもない。あなたたちのために協力するわ」


 大森林の防人はやはり本来の役目があるので出れないけど、原書の捜索隊などの余剰戦力たちは全員来てくれるという。

 感謝の言葉もないのはこちらの方だ。最大限の便宜を図ってくれたとわかる。


「さて、話は決まったわね。こちらの用意は10日も掛からないけど、どうするの?」

「早めにブランに向かいます。移動だけでも2ヶ月はかかるでしょうし」


 全員担いで50倍ダッシュとかはいろいろ無理がある。普通に移動しよう。

 なにも問題なければ半年のリミットにも余裕がある。


 そこでひとつ思い出したことがある。

 ちょっとだけ失礼してシーヤさんに近寄って内緒話モード。


「……例の件はどうなりました?」

「大丈夫よ。ちゃんと来てくれたわ。あれ、進めていいんでしょ?」

「はい。助かります」


 ……なにやら背後から視線が刺さている気がする。

 僕がシーヤさんに何かしでかすとでも思ってるの?信用ないな。うん。実績があるのは自覚してます。

 ともあれ、いらぬ誤解は避けたいので元の位置に戻った。


「あとは原書の研究を少し進めようかと」

「ああ。走り書きのことよね。結局、聞く前に会議に行っちゃったから気になってたのよ。どうだったの?」


 聞かれて返答に困る。

 言えないのではなくて単純に僕も困惑しているのだ。


 これまで走り書きを集めて33冊のうち25冊。

 一言だけの文字もかなり集まってきた。どの順番で並べればいいのか正解はわからない上に、虫食い状態という難易度ながらもある程度の内容が予測できる段階だ。

 それを諳んじて聞かせる。


『私たちは忘れてしまった。

 大切なことなのに、

 なくすはずがないのに、

 ぽっかりと記憶と記録に穴がある。

 何故かはわからない。

 誰かのことを忘れている。

 名前も歳も姿さえも、

           思い出せない。

 あの人がいなければ何も残らなかったのに。

 あの人が大切だという微かな           。

 私たち以外はあの人がいないことに疑問さえ持たない。

                  。

 きっと、また、私たちは何もできない。

 だから、未来の   。

            。

 あの人を探してほしい。

 あの人を理解してほしい。

 どこかで世界を守る       、

        ぶん殴ってくれ』


 こんな順番に並ぶと思われる。

 シーヤさんはしばらく考え込んでから溜息をついた。


「何が言いたいのかしら?」

「とりあえず、5人の始祖はあの人に相当腹を立てているのがわかりますね」


 だって、最後の一言が『ぶん殴ってくれ』だ。

 きっと未来の僕たちに託した思いでしょ、これ?文面からすると。

 それがぶん殴れって。『あの人』は何をしたんだ。借金でも踏み倒したの?浮気でもしたの?始祖に時間を超えて怒られるって相当だよ。


 最後までこの一言をどれと組み合わせるか悩んだ。

 でも、ここぐらいしかないんだよな。まさか『私たち以外はぶん殴ってくれ』ではないと思うしさ。それこそ本気で何が言いたいかわからなくなってしまう。

 お前たちで殴れよって話だ。始祖なら余裕だろ。


「ミラたちにも協力してもらって色々と考えようかと思います」

「そうね。頑張って」


 シーヤさんは力になれなくて残念ねと笑顔で応援してくる。

 いや、長が忙しいのはわかっているからいいんだけどね。


 今後の予定についてはシーヤさんとセンさんが詳細を詰めて、決まり次第伝えてもらうことになった。

 今日の所は解散となり、内緒話について追及するリラを適当にはぐらかしながら長の間を出たところで呼び止められた。

 シーヤさんだ。

 3人に先に行ってもらい引き返す。


「どうしました?」

「シズ君、ミラを助けてくれてありがとう」


 深々と頭を下げられる。

 もうそのお礼は頂いているのだから過剰だよ。


「やめてくださいよ。そんなに言われても困ります」

「ううん。さっきは樹妖精の長として、妖精を代表したお礼だったでしょ。今のはあの子の祖母としてのお礼よ。本当にありがとうね」


 真正面から感謝を送られると照れてしまう。

 僕はただ当たり前に、ミラの願いに応えたいと思っただけだから。

 助けないなんて選択は最初から思いつきもしなかったし。

 正直、妖精に感謝されたいとか認められたいとか考えていなかった。こういう安直な行動はどうにかしないとと思うけど、一向に治せそうにない。


 うまく言葉が出てこない僕をシーヤさんは微笑ましげに見つめてくる。僕の内心なんて簡単に想像できるのだろう。長い時を生きてきただけあって貫禄が違う。

 うー、なんか顔が赤くなっている気がする。恥ずかしい。

 シーヤさんがそっと顔を寄せてきた。耳の近くで囁く。


「安心した」

「?」

「こっちのことよ」


 何のことかわからず疑問符を浮かべてるしかない。

 シーヤさんは互いの額をこつんと触れさせて、宝物を扱うみたいに優しく言葉を紡いだ。


「レグルス兄様のお弟子さんがあなたでよかったわ」


 ちょ、不意打ちだ。

 赤面なんて引っ込んでしまった。


 言葉なんて役に立たない。

 勝手に涙が零れてしまう。

 胸が熱くて想いが溢れてしまったんだ。

 我慢なんてできやしない。


 他の人から言われてもここまで感情が溢れたりしない。

 師匠を深く知っていて、僕と同じ痛みを知っていて、後悔に負けないで生き抜いてきたシーヤさんからの言葉だから胸を打つ。


 シーヤさんの胸を借りて泣いてしまいたい衝動をこらえる。

 それじゃあ本当に子供と変わらない。

 実際に子供だけどさ。でも、認めてくれた人に情けないところは見せたくないから。

 涙が止まらないのは仕方ないけど、せめてみっともなくないように繕ってみよう。

 嬉しい気持ちを笑顔に変えて答える。


「僕も師匠の弟子になれてよかったです」


 この時になってようやく僕は妖精たちに許してもらえたと思えるようになった。

やっと走り書きが出せました。

……サッキカンガエタトカジャナイヨ。


そろそろ妖精編も終了。

残すはバジス編とテナート編。

一気に話が進んでしまうかもしれません。

とりあえず次話辺りでシズ君は大変な目に遭うことでしょう。

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