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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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98 驚愕

 98


 追いついた時、既に巨人は木をはやしたままの走法をマスターしていた。

 根を無理に千切ることもなくなり、滑らかに地面に差して、綺麗に抜いてのサイクルを確立している。

 ミラの消耗的には助かるけど、そのおかげなのかやたら美しいフォームで走っているので速度が桁違いになっていた。

 50倍強化で追いつけないほどではないものの、余裕を持って併走できるような領域ではない。


「シズ、どうする?」

「焦ることないよ。もうすぐ……見えた。僕の結界がある」


 『縛鎖界――断崖郷』は魔の森の時にも使った内側を封鎖する結界だ。

 範囲に魔力を振ってはいるものの、50倍の魔力の結界が容易く破られるとは思えない。


 僕らと巨人の速度では地平線の向こうまで到着するまで1分と掛からない。

 巨人は結界が目に入っていないような愚直な疾走を続けて、その速度のまま結界に衝突した。


「よし。さすがは僕の結界って……」


 結界に阻まれてようやく足を止めたものの、巨人は文字通り地に根を下ろして下半身を安定させると結界に両手で掴みかかる。

 互いの結界が再度の激突。

 踏み込みがしっかりしているせいか今度は弾かれない。


 なんか、結界が変な干渉を起こしてない?

 って、傍観している場合じゃない。


「リエナ、降ろすよ!」

「ん」


 速度を少し落としたところでリエナは自ら飛び降りて着地する。

 それを確認する間も惜しんで一歩で再加速。瞬時に巨人の足元まで肉薄して跳び上がった。

 顔面にワンパン入れてやる。


「とりあえず、寝て……え?」


 殴りつけようとして気づく。

 巨人の両目の下が強烈な赤の閃光を宿していることに。

 全頁解放の兆候。


(なんで、胸にあったはずの原書がそこにあるの!?)


 疑問は置いといて、今は対処だ。

 中途半端なタイミングで殴ろうものなら照準がどこに向かうかわかったものじゃない。


「まず」


 咄嗟に攻撃から回避に切り替える。

 巨人の肩を足場に空中へ再跳躍。

 同時、巨人の口腔(位置的に)から強烈な破壊の炎が放たれた。

 ただの炎弾じゃない。周囲に雷光が煌いている。


(火と雷の2冊同時解放か!)


 歪んでいた結界に炎雷が激突し、まるでガラスが割れるように僕の結界に巨大な穴が開いてしまう。そこを巨人は容赦なく腕を差し込み、力任せに引き裂いた。

 結界全体は破綻しないまでも巨人の通過を妨げられない。


「ちょっとショック!」


 僕の結界が正面から破られたのは初めてじゃないか?

 いや、武王のは威力伝達の秘儀だから厳密には破られてないし。

 そんなモヤッとした気持ちを込めて組んだ両手を巨人の頭に叩きつける。


「僕と一緒にお前も物理的に凹め!」


 わりかし本気で振り下ろしたけど空振りで終わった。

 何もない空間に爆発じみた風が吹き荒れるだけ。

 巨人が完全に僕を無視して結界の隙間を通り抜けたからだ。

 明らかに目的を妨害しようとしているのに、僕なんてまるで目に入っていないような反応。


 着地するまでの間に考える。

 やはり狙いは魔物の一択か。ミラの願いを考えればソプラウトに現れた魔物は排除対象で当然だ。僕に危害を加えないのは守る対象だからか。


「リエナ!」「ん」


 呼ぶ前から既にリエナが飛び込んできていた。

 抱き留めるなり追跡を再開。

 巨人にはすぐに追いつく。

 既に実験地点から随分と離れてしまった。


「なんで、原書が移動してるんだ?」


 先程の光景を思い出す。

 胸部に収められた原書が頭部に移動していた。

 魔法の発動地点から考えて間違いないと思う。

 物理で無理なら崩壊魔法で四肢を吹き飛ばすぐらい考えていたのだけど、原書が別地点に移動するというなら安易に消滅させるわけにもいかない。


「……中の木が移動させてる」

「そんなこともできるのか。ああ、胸からしか魔法が来ないとわかっていたら対処できるもんね」


 面倒だな。

 やはり物理で動きを止めて端から削っていくか?


「シズ。向こうも来た」


 リエナに胸元を引かれる。

 向こうって魔神だよね?


「魔神は近いの?」

「……すぐ、そこ」


 移動速度が速い。

 腐蝕の魔神とはタイプが違うのか。


 できれば魔神と接敵する前に巨人を止めたかったけど、原書を庇うという縛りが邪魔をする。


「次善策でいくよ。巨人が魔神と戦い始めたら隙をついて魔神を倒す」


 巨人を止めようとしている所を魔神に不意打ちされてはたまらない。

 もしも巨人が魔神を撃破してしまえるなら何も問題ないのだけど、実験途中で成果が確認できていない以上は都合のいい展開は考えない方がいい。


「リエナは周辺を警戒。万が一、魔神が僕も巨人も無視するようなときは足止めして」

「任せて」

「頼んだ」


 リエナが不意に耳を動かして、前方を指差す。

 目を凝らすと地平線の向こうに小さな点があり、互いが近づいているせいですぐに視認できるようになった。


 4本の足に4本の腕の異形。

 大きく揺れる長い尻尾。

 灰色の鱗が全身鎧のようで、指先から顔面に至るまで覆い隠されている。


(でかい)


 腐蝕の魔神より圧倒的に大きい。

 最初は遠近感が狂っているのかと思ったけど、近づいてきてわかる。

 5メートル以上はあるのではないか。

 巨人とは別の巨大な足音が聞こえた。

 よく観察すれば1歩ごとに地面が沈み、亀裂を発生させている。


(なんかやばい!)


 僕だって既に何度も死線を潜っている。

 この魔神の威圧感は今までとは一線を隔していた。

 リエナを降ろし、直後に詠唱を開始する。


「全ては夕暮れに消えていく。

 形は解け、影は溶け、大気に霞む。

 霧に沈んだ欠片は万象に還れ」


 詠唱完了と同意に巨人と魔神が激突する。

 体躯では圧倒的に巨人が勝っているのに拮抗した。

 見た目通りの重さではない。そして、あの衝撃を受け止めきった筋力も計り知れない。


 だけど、動きは止まった。

 この隙を逃す手はない。


「常世の猛毒」


 崩壊魔法を放つ。

 瞬時に緋色に染め上げられる世界。

 種族特性も何も出す間を与えない。

 大型魔神を消滅させる。


 魔神が声にならない絶叫を上げる。

 隙ができたところを巨人に殴り飛ばされた。

 打ち倒された魔神が暴れるが、崩壊魔法から逃れられるわけがない。その鱗の端からゆっくりと赤く染まって、浸透した部分が世界に溶けていく。


 けど、遅い。

 溶解速度がかつてないほど遅々として進まないのだ。

 確かに手応えはある。魔神は外側から消えていっている。間違いない。


 なのに、消しきれない。


「嘘だろ!?」


 やがて、『常世の猛毒』の効果が切れた。

 なのに、魔神は灰色の装甲を削られながらも生き残っている。


(崩壊魔法に耐えやがった!)


 驚きに硬直する。

 その間に巨人は魔神への追撃に移っていた。

 倒れ込むような後先考えない1撃。

 全体重を拳に込めて叩きつける。

 僕の強化さえ突き抜けかねない強烈な打撃。


 それが4本の刃に阻まれた。

 魔神の4本腕の肘から手の甲に向けて飛び出した濃緑色の鎌。

 強固な結界にその刃が沈み込んでいる。

 重ね掛けした原書の結界が、切り裂かれている?


「退けえっ!」


 叫ぶなり全力で踏み込む。

 僕の声は届いても巨人に後退しなかった。

 判断する知恵がないのか。

 後退の文字が選択にないのか。

 どちらにしろ、元より間に合うわけもなかった。

 2者の位置が近すぎる。


 4つの閃光が煌き、まるでスポンジケーキに剃刀を走らせたように結界が裂ける。

 身を起こした魔神が落ちてくる拳を潜り、巨人の胸に刃ごと4本腕を突き入れた。

 巨人の胸。

 原書が収められた場所。


 ようやく僕は辿り着き、全力の肘撃を無防備な脇腹に叩き込んだ。


(重い!)


 まるで高層建築物に体当たりでもしたような感触。

 50倍強化に武技を込めた状態なのに、だ。

 僅かに地面から浮き上がるのみ。


 驚愕に囚われるより先に追撃を叩き込んだ。

 更なる踏込からの背面当身。

 宙に浮く魔神が今度こそ吹き飛んだ。

 ダンプカーにぶつかったゴムまりみたいに滑空していき地面に激突。深々と大地を削って止まる。


「……効いてないとか。メチャクチャだな」


 ゆっくりと身を起こす魔神。

 その手の中に見覚えのある本が掴まれていた。

 原書だ。

 手首の辺りから気持ちの悪い触手が伸びて、がっしりと原書をホールドしている。


 巨人の胸から奪い取ったのか。

 見上げれば巨人の胸の穴は塞がっている。

 身を起こす動きにも不自然なところはない。


 ただの魔神ではない。


「3種魔神、か?」

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