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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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95 実験準備

 95


 何故、2回に分けるという発想がなかったのだろう?

 あと道具に頼るとか考えもしなかった。


 到着後にミラに指摘されて愕然とした。

 というか気づいていたなら言ってくれればいいと思うんだけど。


 結局、僕は3人と、原書12冊などの入った木箱と、野営用の道具一式を抱えて実験予定地まで超高速移動した。

 背中に荷物を背負って、3人を前でまとめて抱きかかえるという無理な体勢で。


 左右の手でそれぞれミラとリラを抱っこして、真ん中でリエナが僕にしがみつくのを更に双子が支えるという方式だ。

 かなり走りづらかったけど転倒さえ注意すれば何とかなった。

 リエナはもう慣れたもので平然としていたけど、ミラは面白い楽しいと大はしゃぎ。リラは硬直して震えながらポロポロ泣いていた。

 あと、誰かのどこかが大暴れで大変でした。主に理性さんが大忙し。だって、正面にはリエナがいるので誤魔化す余地なんて欠片もない。爆走中に抓り上げられたりしようものなら全員まとめて大転倒だ。愉快な爆心地が出来上がってしまう。

 僕はソプラウトに新たな傷跡を作るつもりは欠片もないからね!


 で、昼過ぎには到着。

 転倒の危機を2度で収めた僕を誰かほめて。

 1回ほど超音速前方宙返りしたのはノーカウントでお願いします。



 ともあれ、実験予定地だ。

 ソプラウト大陸北西部に位置する、目印にもなりそうな古い木が1本だけポツンとあるだけの野原。

 西の海岸と東の大森林の中間地点という条件で選んだそうだ。木の近くでリエナとリラが野営の支度をして、僕はミラについて行って実験準備の様子を見ている。


 ミラが両手を地面に当てると、そこから1本の木が生えてきた。

 最初はただの木に見えたのが、スルスルと枝を伸ばしていくと細い人型を形成し始める。

 背丈は3メートルほど。人間の胸部に当たる位置だけが膨らんでいた。それに対して手足も胴体も細い。僕の片腕でも余裕で抱え込めるぐらいか。

 完成したのか木製の人型は両足を根として地面に突き刺さったまま仰向けに寝かされる。

 ミラは何度か転びそうになりながらもその上に登り、胸のあたりに原書を設置していった。おお。枝が原書を固定するんだな。

 12冊全てが設置された。

 当初から極大魔法的な同時発動はあるかもと思っていたけど、12冊全てとは豪気だと改めて思う。


「大丈夫なの?」

「うん。前にも簡単な実験はしているの。2冊とか3冊ぐらいならね。その段階では問題なかったわ。今回は12冊全部になったから、その点は不安だったんだけど、シズ君が来てくれてよかったわ」


 つまり、何か起きた時のストッパーか。

 まあ、原書12冊を相手に僕がどれだけやれるか未知だけど、最悪でも大森林に被害を出さないようにはできるはず。


 ミラは原書の配置を確認してから降りると、もう1度人型に手を当てて制御を確認している。それも納得できたらしい。

 ちょうど、リエナとリラも作業を終えてこちらにやってきたので合流した。

 ミラが僕ら3人の前に立つ形になる。


「では、原書の運用実験を始めます」


 出る前に簡単な説明は受けているけど、最終確認の意味も兼ねて解説が始まる。


「現在、妖精が確保した原書は12冊。通常戦力と考えた場合、これだけでも十分に効果はあると判断できますが、500年前のように魔神が出現した際に対抗できるかと考えると、若干の火力不足が懸念されます」


 何故か口調の変わるミラ。

 表情もいつもののんびりニコニコからきりっとしたキャリアウーマンのような雰囲気に変わっていた。

 研究者モード、実験版なのか。


 12冊の内、魔神を確実に撃破できると言えば召喚の人型ぐらいではないだろうか。属性魔法は下級だから3冊もあれば使い手しだいでなんとか、4冊なら確実。

 つまり、魔神が4体以上出現した場合、原書での対処には限界があると。

 実際は樹妖精自身の種族特性も使えば違う結果になるだろうけど。

 ともあれ、冊数に対して期待できる戦果は低い。

 まあ、テナートから最も距離のあるソプラウトまで何体も魔神が現れる可能性は低いと思うけど、その油断が500年前に大森林半壊という悲劇を呼んでしまっている。

 そうでなくても効率的な運用法は考えて悪いことではないだろう。


「そこで属性2種の同時使用なども実験を開始。原書のみでも魔神5体までの対処は可能になったと思われます」


 ふむ。属性下級の同時使用か。相性もあるだろうけど、組み合わせパターンさえ豊富にしておけばなんとでも対応できるしね。

 魔神5体といえばブランでも滅多にない危機だったという話だ。

 うん。それで充分なんじゃないの?


「ええ。我々もそのような結論でおりましたが、ブランに今までより強力な魔神が現れたことで考えを改めました」


 武王が言っていた3種魔神か。

 隣のリラに尋ねる。


「知ってたの?」

「偶然だけどね、私たちの情報に入ってきたのよ」


 ああ。リラたち原書回収班が聞いたのか。

 じゃあ、なんで師匠の死を知らなかったのか疑問だったけど、丁度、リラたちがソプラウトに戻っていたタイミングだったのと、スレイアは貴族勢力が最も強い地域だったので樹妖精は常駐していなかったらしい。

 何かあれば師匠の方から連絡していたそうだ。

 話が逸れた。


「もしも、その魔神がここに現れた場合、現状戦力での撃退は不可能と判断したわ」


 ブランの総力と弱体化前の竜たちが共同戦線でなんとかと言っていたか。

 確かに上級の属性魔法なしではつらい。


「そこで今度は12冊による最大火力を追及することになりました」

「うん。背景はわかったよ」


 正直、どこかの国のトップ連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 内輪もめしてないで有事に備えろと。

 僕の内心は別として解説は進んでいく。次は実験の詳細だ。


「中心になるのは召喚の人型。この木を基礎骨格に取り込ませて発生させます」


 召喚の人型。現状で使われているものといえば小人のお手伝いだ。

 行方知れずになって長い原書で、あまり精度の高い魔造紙が残っていない。学園に残るもっとも状態の良いものでも現れるのは手のひらサイズの小人で、ちょっとした手伝いぐらいにしか使えない。それにしたって特別力持ちというわけではないので、自分でやってしまった方が早いという有様だ。

 ほとんど愛玩用の扱い。

 僕が作っても一緒。確かに腕力を強化できた。素早くもできた。

 だけど、制御が難しくてほとんど暴走状態になってしまった。敵がいない状態のところならともかく、味方がいるところでは到底使えない。まあ、敵陣でなら大量召喚して魔物を集団でフルボッコも可能だろうけど。使い道が限られてしまうんだよな。

 正直、流星雨で蹴散らした方が早い。

 超強い小人さんの無双劇も見ている分には楽しめるだろうけどね。

 原書なら大兵力も、優秀な召使さんも用意できそうだけど、今回は全頁解放で発動するようだ。


「巨人が出てくるんだよね?」


 始祖の伝説には巨人が大暴れするものもある。

 その正体がきっと召喚魔法の人型だと言われていた。


「ええ。最大で20メートル以上の」


 魔王と戦ったらまんま特撮映画だな。


「そこを付与の強度と法則の下級結界で装甲を設置。基礎骨格を使って各属性魔法の原書を移動させて攻撃時に発動というのが基本的な考えです」

「……うん。まあ、わかった」


 なんか、いくつかのロボットアニメが脳内でダイジェスト上映されたけど、深くは考えないでおこう。

 再現できるなら魔族との戦いにも間違いなく有効だろうし。


「あ、回復の解毒は?使い道あるの?」

「それも今回の実験のポイントです。原書から原書に魔力の補充ができないかという案があったので」


 ほう。魔力の補充。

 原書の弱点といえば1度発動してしまえば復帰まで一定時間が必要ということだ。それを他の手段で補えるとなれば戦術に幅が出る。

 正直、使い道がないだろうと思っていた解毒だけど、有効活用できそうだ。


「一応、実験では成功しています。ですが、複数冊数の時は不安定になることがあった点が不安材料です。なので、魔力の委譲は他の実験が問題なく終了した場合のみ行います」


 オーケー。

 段々、テンションが上がってきた。

 巨大ロボとか男の子の夢だからね。


「では、最後に役割分担を」


 原書の運用にミラ。

 先程の木製の人型で原書の起動などを操作する。

 そのサポートにリラ。

 野原一帯に小さな花を生んで、感知によって実験を観察する。

 リエナは周辺の警戒。

 可能性は低くても魔物の襲撃などで実験が邪魔されればどんな影響が出るかわからない。

 そして、僕の役目は。


「実験失敗の時の対処ね」


 なにせ原書12冊。

 失敗した時のリスクが大きい。

 世界中でもどうにかできるのは僕ぐらいしかいないだろう。

 ミラが喜ぶわけだ。

 まあ、僕としてもシンプルな役割の方が助かる。

 不器用な僕が繊細な実験に参加とか失敗フラグにしか思えないから。


「とりあえず、いけ。『紫電峡谷』」


 実験地点と大森林を南北を縦断する電流を纏った結界を展開。


「と、『縛鎖界――断崖郷』」


 実験地点を中心に50倍の封鎖結界。


「最後に『封絶界――積鎧陣』


 僕以外の3人を防御結界で隔離。

 僕はいざという時にすぐ動けるよう外で待機だ。

 片手に50倍の強化魔法を準備しておき、バインダーの先頭ページに氷や地属性の攻撃魔法も用意。

 何かあれば氷漬けか地面の底にでも落とそう。


 ……原書の回収が大変だな。

 そうか。中の原書まで吹っ飛ばすわけにはいかないんだった。うん。原書が僕の魔法に耐えられるか実験したことないんだよね。

 いや、原書が失われるかもしれない実験とか気軽にできるわけないから。

 まあ、1000年も戦いの中で失われずに残っているのだから普通より頑丈なのは間違いないだろうけど。

 『流星雨――集束鏡』にも耐えられるだろうか?あと崩壊魔法でも大丈夫か?僕の目に見えていれば対象から除外するのは簡単だけど、召喚した人型の内部にあると巻き込む恐れもあるんだけど。


 ミラは僕なら原書を傷つけることなく回収できると思っているみたいなんだよな。

 確かに1度合成魔法も崩壊魔法を使って見せたけどさ。

 始祖だからって何でもできるとは思わないでほしいけど、色々とお世話になっているのだし期待には応えてあげたいところだ。


 僕の方も準備は終了とミラに手を振る。

 ミラはひとつ頷いて、手を地面に当てた。

 寝かされていた人型がゆっくりと立ち上がる。

 胸の中央に置かれた原書が赤く輝きだしていた。


「どうかこの実験がー、皆を守る力になりますよーに」


 のんびりしたミラの声が聞こえた。

 そんな優しい願いが合図になる。


 実験、開始だ。

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