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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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番外11 猫のこだわり

なんか急に書きたくなって衝動的に書いた。

後先とか何も考えておりません。

 番外11


 魔法を使ってないシズに勝てなかった。

 最後はわたしの突きが当たったけど、あれはきっとわざと。

 シズはわたしが怪我しない様に気をつけてたから。


 シズはすごい。

 最初はちょっとすごいぐらいだったのに目標を決めると一直線。

 どんどん強くなっていく。

 それでもかけっこは最後まで勝てた。

 感知だってわたしは絶対に負けない。

 そう思ってた。


 でも、もうわからない。

 ししょーに槍を教わってから何度も仕合しているけど、引き分けたのは初めてだった。

 色んな手を使われて負けたことはあっても、正面から打ち合って勝てなかったことはなかったと思う。


 シズがすごいのは魔法のおかげじゃない。

 いつも努力している。

 目標まであきらめない。

 普通の人ならもうダメって思っても何度でも挑戦する。

 そして、最後には成し遂げてしまう。


 それだって自分のためだけじゃなくて。

 他人のために当たり前みたいにやってしまう。


 ブランで武王にルインのことを頼まれた。

 あれだって別に断ってもよかったと思う。

 捕獲じゃなくて退治だったら簡単だった。

 でも、シズは受けた。

 1度失敗しても投げ出さなかった。

 反省して、ダメなところを鍛えて、今度は完全に勝って見せた。


 本当はあんまり強くない。

 でも、強くあろうとして頑張る。

 そして、最後は成し遂げるのがシズ。


 わたしはそんなシズが大好き。


 だから、頑張って頑張って失敗しても頑張って、怪我ばかりするシズを少しでも助けたくてわたしも努力してきた。

 敵に気付くのは得意。

 スレイアで種族特性に気づいてからもう見落とさないと思えるようになった。

 だから、誰がどんな不意打ちしてきてもわたしがシズを守ればいいと思っていた。

 シズが足りないところをわたしが補えているのが嬉しかった。


 でも、どうしてだろう。

 シズが強くなったのはいいことなのに。

 これからは怪我することも減って喜べるはずなのに。


 ちょっとだけ胸がもやもやして喜べないの。



 皆が寝ちゃった後、ひとりだけ森を歩く。

 妖精の森は他のと違う。

 空の星は見えないのに、ふんわり光る苔で明るい。

 虫も動物もいるのにケンカしない。

 それぞれの居場所が決まっていて、ちょうどいいところで生きている。


 当てもなく歩いていると空が見える広場に出た。

 ここだけ木が離れていて空から月の光が降ってきている。

 明るい満ちた月。


「お散歩?」


 声をかけられてもちゃんと足音が聞こえていたから驚かなかった。

 この声と気配は知っている。


「シーヤ?」

「こんばんわ、リエナさん。いい夜ね」


 いいのか悪いのかわからないけど、月は綺麗で、空気が涼しい夜だと思う。

 月の下にいるとちょっとだけしっぽもぴくんと跳ねるから間違いない。


「寝れないのかしら?」

「ん。シーヤも?」

「そうね。こんな月の夜は少し考えちゃうのよ」


 シーヤは空を見ているけど、月は見ていない。


「レグルス?」

「……あなたもレグルス兄様を知っているのね?」

「ん。ちょっと組手したけど、勝てないままだった。レグルスは、ずるい」


 レグルスのことを思い出す。

 シズはすごいからきっといつかレグルスにも勝てるようになってたと思う。

 その時、レグルスはどう思ったかな?

 嬉しい?悔しい?

 わからない。レグルスはもういない。


 シーヤはわたしがレグルスを悪く言ったのに怒らなかった。

 怒るどころか少し笑っている。


「本当に、ずるい人よね」

「シーヤもなにかあった?」

「だって、私の初恋の人よ。あっさりふられちゃったけど」


 ……ちょっと、そういうのは苦手。

 最近、シズの近くにいる女の人を見るとしっぽがぶうんぶうんと揺れてしまって、胸の奥が黒くなって、嫌な感じ。

 レイアとか、リラとか、ミラとか、シズにくっついたりするとびっくりして、気づいたらシズに意地悪しちゃう。

 どうしてそんなことしちゃったのか。よく、わからない。


 待ってるって言ったのに、ブランでちゅーしちゃったし。

 あ、ダメ。思い出すと頭の中がぐるぐるしてダメ。

 だから、今はシーヤのこと。


「レグルス、ずるい?」

「そうね。脈がないってはっきり言われても、あの人は優しいから困ってるとアドバイスしてくれたり、わかりづらい励ましをしてくれたわ。そんなことされちゃうと期待しちゃうのにね。そういうのわかってなくて、でも、自然にやられると嬉しくて、ずるいなって思ったわ」


 もう400年も前の話だけどね、とシーヤは笑った。

 400年。わたしも父さんも母さんも生まれていないずっと昔のこと。

 シーヤは色んなことを悩んで、考えて、こうやって笑えるようになったんだ。


「シーヤは、どうやって長になったの?」


 気が付いたら聞いていた。

 あまり話したこともない人に。

 急に恥ずかしくなってしっぽをぶんぶん振ってしまう。


「……なんでもない。忘れて」

「あら。聞いてくれていいのよ。こんなお婆さんだけど、お話ぐらいならいくらでも付き合えるわ」


 お婆さん?

 うん。見た感じは若い人だけど、シーヤの気配はすごい落ち着いていて、夜の静かな湖みたい。

 こういうのは長く生きてるって感じられる。

 頼りになる感じ。


 ちょっと、甘えてもいいのかな?


 わたしはシーヤにこの数日で考えていたことを話してみることにした。



「そう。リエナさんと互角、ね」


 シーヤは感心していた。

 猫妖精の特徴を持っているわたしに引き分けたシズのことをすごいと思っているみたい。

 やっぱり、こんな時でもシズが感心されるのは嬉しくなる。


「始祖で、武術だけでも亜人と同等なのね。レグルス兄様はどれだけ鍛えたのかしら」

「ブランの武王とも仕合してたら強くなってた」

「その人も普通の人間とは思えないけどね。世界は広いのね」


 武王もすごいけど、1番はシズ。

 ちゃんと最後は殴ってた。

 シズはあまり嬉しそうじゃなかったけど。


「リエナさんはシズ君が強くなるのは嫌?」

「嫌じゃない。シズは頑張ってるから、ちゃんと強くなれてよかったと思う」

「でも、自分のいたところが必要なくなっちゃうと思うと不安?」

「……かっこわるい。こんなの、いや」

「ううん。そんなものよ。人間も、妖精も……もしかしたら竜だって」


 そうなのかな。

 シーヤが言うのはなんか説得力がある。

 たくさん生きてるとそうなるのかな?


「じゃあ、リエナさんも頑張らないとね」

「ん。頑張る」

「でも、もうすごい頑張ってると思うけど、違う?」

「……まだまだ。シズはもっと」

「でも、この手」


 シーヤがわたしの手を取って手のひらを上に開いた。

 槍を何度も振って、まめができて、潰れて、硬くなった手。

 クレアと違ってガサガサした手はちょっと恥ずかしい。


「この手を見ればわかるわ。リエナさん、ちゃんと頑張ってるって」

「でも、それでも、足りない」

「そうかもしれないわね。だから、もっと特訓するのは賛成。だけど、それだけって思うのは違うんじゃないかしら」


 それだけじゃない?

 わたしが得意な事。

 槍と、ししょーの教えてくれた魔法、それとよくわかる目とか耳。

 それ以外でシズを助けられる?


「これしかできないって自分で思いこんでしまうとできるはずのこともできなくなってしまうわ」

「そうなの?」

「ええ。人生の先輩からのアドバイス」


 今までわたしがやってこなかったこと。

 それでシズを助けられること。

 あるのかな?


 ひとつ、あった。


 なんとなく嫌で避けてきたこと。

 それはシズの魔造紙を使うこと。

 シズの作った魔造紙はすごい。

 普通のよりずっとずっとずっとずっとずーーーーっとすごい威力がある。

 森が消えちゃったり、大きくて深い穴ができたり、湖になったりしたこともある。


 わたしもたまに使っている。

 でも、本当にたまに、だけ。

 スレイアで魔王を倒した時とか、ブランでルインに使った時ぐらい。

 実はシズから渡されたのが何枚かバインダーに入っている。

 だけど、あまり使いたくない。

 だって、これを使って強くなってもわたしは全然シズの役に立ててない。お荷物になっちゃってるだけ。

 でも、だけど、これを使えば。


「心当たり、あった?」

「あ……。ん。あった。あったけど、これだと……」

「あまり心が向かないみたいね。それは本当に大切なこと?それなら仕方ないから他のことを考えた方がいいわね。でも、そうじゃないなら迷うことはないわ」


 本当に大切なことではない。

 大切なのはシズを助けること。

 それが絶対の1番。


「ちょっと、かっこわるい」

「格好悪くたっていいのよ。好きな人のために必死になれるだけでもう十分魅力的なんだから」


 そういうのはよくわからない。

 でも、頑張り方を選んでいたらシズにおいて行かれちゃう。

 それはやだ。

 シズのために頑張りたい。

 そう思って、ずっと小さい頃から思ってきたんだから。


「青春は一瞬よ。後悔しない様に精一杯がんばりなさい」

「シーヤは後悔してない?」

「ええ。もういなくなっちゃったけど旦那様のことを愛しているし、子供も孫も、この里のみんなが大好きよ。今までみんなを守るために何でもしてきたし、これからも何でもしていくわ。取り返しのつかないことはあったけど、何もできなかったあの頃より強くなれたもの」


 シーヤはとっても綺麗な笑顔だった。

 ん。難しいのはよくわからないけど、こういう笑顔は素敵だって思う。


 そっか。

 わたしはまだまだ頑張れることがたくさんあるんだ。

 わたしがシズを守りたかったけど、本当に大切なのはシズが守られること。シズを守るのがわたしじゃなくたっていい。シズが怪我する方がずっと嫌だから。


 バインダーの中にはシズが用意してくれた10枚の魔造紙。

 雷の属性魔法と、強化の付与魔法。

 強化は特に使う時、慎重に使うように言われている。


 今度、練習してみよう。


「シーヤ、ありがとう」

「いいえ。どういたしまして。レグルス兄様の最初で最後のお弟子さんの力になってあげてね」

「ん」


 やる気がみなぎってしっぽもびゅんびゅんだった。

 シーヤが満足そうにうなずいて、少しだけ意地悪な笑い方になる。


「ところで、リエナさんはシズ君とどこまでいってるの?」

「どこまで?」

「告白とか、キスとか、そういうの」


 なんだか、シーヤがすごいうきうきしている。

 さっきまで静かで落ち着いた雰囲気だったのに春の草原みたいにふわふわ、わくわくしている。

 こういうの、好きなのかな。

 告白と、キスだっけ?


「わたしは好きって言った。でも、待ってて言われた」

「あら。あらあら。まあまあまあ!もう告白してるのね!でも、待ってってシズ君もひどいわ。いつからなの?」

「……もう、そろそろ1年?」

「…………1年も?」


 あれ?シーヤがちょっと怖い。どうしたんだろ?

 別の話の方がいいのかな?


「あと、キスは……わたしからしちゃった」

「告白もキスも女の子任せで返事は保留?」


 なんか、もっと怖い。


「最近の若い子のことはわからないけど、レグルス兄様の弟子ともあろう子が女の子にリードしてもらってばかりで、返事保留のまま放置ってそれはいいのかしら?よくないわよね?ええ、よくないわ。まさか草食を装って女を食い物にする悪辣非道の輩なの?いえいえ、レグルス兄様がそんなのを弟子にするわけないわ。絶対よ。だって、絶対ひねりつぶすもの。じゃあ、天然で鈍感?いけないわ。誰かが背中を押さないとずっとぐるぐる回ってしまいそうよ。でも、待って。わたしが口を出す権利があるのかしら。まだ出会って数日の子にこんなお婆さんが注意するのもお門違いかもしれないじゃない。でも、けど、レグルス兄様が最後に選んだ弟子が、こんないい子を焦らしているなんて!」


 シーヤがおかしくなった。

 両手で顔を覆ってすごい悩んでいるみたい。

 うん。今はそっとしておこう。

 それがいい。


 わたしはシーヤにもう1度お礼を言ってからそっと広場を後にした。

 木の陰に隠れていた護衛の防人の人が困ってたけど、なんか慣れている感じもしたからきっと平気。


 森の中をかすかに流れる風が気持ちいい。

 ん。シーヤの言った通り。

 今日はいい夜。

 明日も頑張ろう。

シズ君がどうでもいいことを悩んでいた間にリエナさんも悩んでいた模様。

今まで強化魔法を使ってなかったのはリエナなりのこだわりがあったようですが、それも解禁されるようです。

さて、不器用で努力タイプのシズ君がなんとか修練でものにした強化を、天性の才能に努力を積んだリエナが使用したらどうなるのか、シズ君がショックを受けなければよいのですが……。

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