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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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93 折る

 93


「決闘よ!」

「うん。わかった。じゃあ、今日はもう遅いから明日ね」


 玄関開けたら3秒で宣言。即決定。

 いや、予想できてたから。

 決闘なんて大仰ないい方してるけど、どうせ仕合ぐらいの感覚だし。うん。わかる。


 純粋に樹妖精の実力も興味あるし。

 バジス奪還に協力してもらえるかはわからないけど、把握ぐらいはしておきたい。

 うん。師匠を基準にしてはいけない。あのレベルが一般的だったら今頃、魔族なんて駆逐されている。

 リビングにいたミラがひょこりと顔を出した。


「じゃあー、場所はー、大樹の根元でいいー?」

「そうだね。あそこなら広いし、他に何もないし。じゃあ、そこで」

「武器はー?」

「僕は杖を使うけど、そっちは?」

「リラちゃんはー、刀を使うのー、きれいだよー」

「綺麗?刀?」

「あー、リエナは知らないのか。刀って言うのは片刃の剣だよ。だよね?」

「シズ君、ものしりー。そうだよー。土妖精のー、人たちが打ってくれるのー。リラちゃんのはー、特別だけどねー」

「へえ。楽しみだな。あ、魔法はなしで。そっちも種族特性なしでいい?」

「え、うん…………あれ?」


 リラを放置したまま話が決まった。

 完全に毒気が抜かれたのか、それとも1人だけテンションを維持するのが難しかったのか、その日の晩ご飯は穏やかに過ぎた。

 それぞれの部屋に戻ってベッドに横になったところで、ようやくミラに原書研究のことを聞いてないことを思い出した。


 ニコニコ笑顔で華麗にスルーしたな……。いや、問い質す以前に忘れていた僕が言うことじゃないけど。

 ミラも別に約束を破るつもりではないだろう。たぶん、まだちゃんとリラとお話しできていないという判定っぽい。

 よし。明日は肉体言語で語り合おう。大丈夫。ブランで肉体言語は覚えたから。存分に語り合えるよ!

 ……待て。また変なテンションになりかけてないか、僕。

 ダメだ。ブランの影響、というか武王と殴り合いすぎて頭のねじが緩んでいるぞ。元からとか考えるな。今が状態異常なだけ。普段は正常。オーケー?

 明日はもっとスマートに、冷静に、だ。

 真摯に互いの武技を競い合おう。

 そう決意して僕は明日に備えて眠りに落ちた。



(まあ、そんな決意も前振りになっちゃったわけだけど)


 まず状況を語ろう。


 拳を突き出して残心のままの僕。

 真ん中でぽきりと折れた美しい木目の刀を手に泣いているリラ。

 うんうんと頷いているリエナと、いつもの笑顔にちょっと困り顔成分が混ざったミラ。


 瞬殺だった。


 ルールは先に有効打を当てた方の勝ち。

 基本的に寸止めで、念のためリラは刀の刃に種族特性でガードを付けておくというもの。

 策略の練りようもないシンプルな形。


 今回に限っては僕も奇行に走ったわけじゃない。

 ただ単純に、どうも自覚していたより僕は強くなりすぎていただけだ。


(……どこの宇宙一強い男の台詞だよ。嫁さん外まで吹っ飛ばすの?)


 師匠や武王という規格外たちに目標を合わせて鍛錬していたのだけど、そのクラスには勝てないまでも普通の強者では相手にならないレベルに達していたらしい。

 少なくともリラを5手で封殺する程度には。


 リラが弱いわけじゃない。少なくともブラン兵とも互角以上に戦えそうな勢いだった。

 だけど、武王の基準からすると足りないんだよ。

 以下、再現VTRでご覧ください。


 正面から踏み込んできたところを片手で斬撃を逸らして1手。

 踏み込んでいた足を払って体勢を崩して2手。

 肘撃で刀を折って3手。

 体当たりで吹き飛ばして4手。

 とどめの拳をリラの鼻先1センチで止めたところで5手目。


 これで勝負あり。杖を使うまでもなかった。


 武王だったらまず踏み込みが見えない。気づいたら剣で頭が割られそうになっている所からスタートなんだって。

 そんな領域にいたものだからリラが遅くて仕方なく感じたほどだ。


「……終わり、かなー?」

「ん。シズが最強」


 ミラはどうも僕の動きを捕えきれなかったようだ。リエナに決着の確認をしている。

 トコトコと近づいてきて妹の顔を覗き込む。


「えっとー、リラちゃん、怪我はなーい?」

「ないけど、ないんだけど、怖かったー。刀も折れちゃったー」


 あ、今度こそ心を折っちゃったかも。いや、セーフ。きっとセーフ。『心砕』なんてふたつ名いらない。

 心を砕くってもっといい意味の言葉だったと思うんだけど、不思議。


 人類最強と樹妖精最強に鍛えてもらっていたんだよな、僕。

 そう考えるとこれぐらいできて当たり前なのかも。


 軽く幼児退行までしているリラを抱きしめて落ち着かせながらミラが話しかけてくる。

 う、羨ましいなんて思ってないから!リエナさん、その槍は構えないで!


「シズ君、やりすぎー」

「あー、その、ごめんなさい」


 いや、真摯に、真剣に、本気でって思っただけなんだけど。

 それでもリラの刀まで折ったのはやり過ぎだった。弾き飛ばそうと思ったのがまさか折れるとは。


 うん。本当に綺麗な刀だったんだよ。

 木目状の独特な模様を持ち、光沢のない滑らかな刀身。

 噂に聞くダマスクス鋼ってやつじゃないかな。

 ……前世では超貴重品だったはずだけど、こっちだとどうなるんですか?僕に弁償できる物なんですか!?

 って、そちらの面も大変だけど、どうもリラにとっては宝物的な一品だったみたいだ。

 仕合う前にすごいキラキラしたいい笑顔でどんなに良い業物か語ってくれたぐらいだもんね。この僕を相手にだよ。


 武技で圧倒され、宝物は砕かれ。

 鼻先に刀を砕くレベルの武技を収めた男の拳。

 そりゃあ、怖い。

 リラでなくても泣きたくなりもする。

 尋常な立ち合いであったとはいえ、僕も罪の意識が芽生えてくる。


「ごめん、リラ。悪気はなかったんだ」

「ぐす、いいわよ。勝負だったんだし、わざとじゃない、みたいだし」


 ちらりと僕を見てから許してくれた。

 あー、嘘じゃないってわかるから。

 それにしても打たれ弱い割に復帰が早いな。それともミラの癒し効果が高いからだろうか。


 許してもらったとはいえ、何か償いをした方がいいだろう。

 とはいえ、刀匠に心当たりもなく、金銭は王国に魔造紙を売りつければいくらでも用意できるけど、そもそも妖精に人間の通貨が役立つとは思えない。というか金で解決とか印象が悪いよ。

 ここは誠意を見せるべきところだ。


「あー、よかったら、ここにいる間は一緒に訓練でもする?」

「……また、刀折るつもり?」

「折らない、とは言えないかもしれないけど違う。ほら、師匠に教えてもらったことをリラにも教えるとか、できるんだけど……」

「する!お願い!レグルス様の教えて!」


 ちょろい。

 いや、助かった。

 しかし、完全に師匠のファンだな。アイドルを追っかける女子中高生と同じノリだ。


(これ以上、余計なこと言ってまた険悪になるのも嫌だし)


 感激で涙の気配もなくなったリラに手を差し出して起こす。

 その様子を満足そうに笑顔で眺めているニコニコさんに話を向けた。


「ミラも話の続きを聞かせてくれるよね?」

「うん。でも、まだー」


 あれ?あっさり拒否されたぞ?

 もっと仲良くなれっていうのか。

 ミラは妹をどうしたいの?生贄に差し出すとかじゃないよね?邪神じゃないんだからお供えとかいらないんだよ?

 って、僕も関わる人間が不幸になるのを前提に考えるな。


「あー、違うのー。今は、まだだよー。研究がもう少し、あと数日で形になると思うから、それが完成してから実際に見てもらいたいの」


 会話の途中で切り替わると置き去りにされそうな気分になるな。

 それにしても研究か。興味はあるけど、僕個人としてはちょっと原書の最初だけちらりと見せてもらえば目的達成なんだけど……ダメか。この目は研究のことに関しては何も譲らない頑固な光を宿している。

 粘ってへそを曲げられたら怖い。ミラは何かやらかしてくれそうだ。

 それでも言質だけは取っておこう。


「えっと、原書を独占したいとかじゃないんだよね」

「ええ。森に誓って。わたしの一存で決められないけどバジスの奪還に協力する時は必ず原書も持っていくわ」


 樹妖精にとって森への誓いは何よりも重い。

 改めて考えてみる。

 半年という期間が設定されているので急いだほうがいいから大急ぎでここまで来たけど、懸念していたよりも妖精との接触は時間的にも感触的にも好調で来ている。


(ここで焦ることもないか)


 確かに原書の文章がどうなっているのか気になるけど、他にもやっておきたいことはあるし。

 学園に寄った時に学長先生にお願いしてたんだよ。もう準備できている頃だから、そちらを進めておこう。


 それにリラと約束もしてしまったしね。

 あー、なんか好物を目の前にした大型犬みたい。


 大作戦を前に気を抜きすぎかと思われるかもしれないけど、この1年半は忙しすぎた。

 少しだけ休むのもいいかもしれない。

4日0時~6日0時の更新はお休みになると思います。

もしかしたら書けるかもしれませんが時間が足りないかもしれません。

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