91 原書収集
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結局、原書については翌朝を待つことになった。
元々、到着した時点で夜だった上に、そこからシーヤさんとの会談を経たりと既に遅い時間だった。
夜食を用意しようか尋ねられたけど、空腹よりも疲れが勝った。強化なしでの強行軍で疲労困憊なのだ。師匠のことを伝える緊張で忘れていたものが、落ち着いた途端に噴き出した感じ。
それぞれの部屋を適当に割り振ってその夜は眠りについた。
翌朝。
4人で顔を合わせてもさすがに昨晩のような騒ぎにはならない。
僕は平常運転だし、リエナも今は通常営業。
ミラは元からニコニコと微笑んでいる。
問題はリラだ。
昨日はミラへの文句で流れてしまったけど、僕への悪感情がなくなったわけではないので食卓でもずっと僕を睨んでくる。
「リラちゃん、もういいんじゃないのー?」
「ミラはいいの!?こいつのせいで、レグルス様は!」
「話は聞いたけどー、もちろんレグルス様のことはー、悲しいし残念だけどー、それはレグルス様が決めたことでしょー?わたしも、リラちゃんも、お祖母ちゃんだって、抗議することじゃないと思うなー。レグルス様が自分で決めてー、自分でやったことなんだからー。それに文句をいうならー、シズ君じゃなくてー、レグルス様にじゃないのー?八つ当たりはかっこわるいよー」
うわあ。のんびりした口調ながらも正論でバッサリ切り捨てたな。
みるみるうちにリラの目尻に涙の粒ができていくので、庇われた僕がフォローしたくなってしまった。
「いや、そこまで言わなくても師匠は……」
「師匠とか馴れ馴れしく呼ぶな!お前なんかが、お前なんかが!」
うーん。もう理屈じゃないんだろうなあ。
ポンとミラが手を叩いて注目を集めた。
「わかっちゃったー。リラちゃんはー、シズ君に嫉妬してるんでしょー」
「ミラ!?」
「尊敬してたレグルス様のー、弟子だってだけでも羨ましいのにー、命懸けで助けてもらったからー、嫉妬してるんだー」
あー、そうなの?
いや、そうだとしてもここで言うことじゃないよな。
噛みつかれるとわかっていてもここは口を挟ませてもらおう。
「ミラ。そこまで。姉妹の仲でも僕たちの前でいうことでもないと思うよ」
「あー、そっかー。ごめんねー?リラちゃんもごめんね?」
「……ちょっと、出かけてくる」
リラは早口でボツボツこぼして俯いたまま出ていってしまった。
泣いているのが見えてしまって気まずい。
重い空気の中、僕が言うべきことではないとは思いつつも指摘しておく。
「ミラ、言いすぎ」
「うん。でもねー、いつまでも間違ったままじゃダメだからー。わたしが嫌われちゃってもー、リラちゃんがちゃんとできるならー、いいかなーって」
ミラはふんわりと笑って見せた。
うん。双子って言ってもお姉ちゃんなんだな。
ラクヒエ村のお姉ちゃんを思い出す。問題ばかりの僕を見捨てずに心配してくれていた。
そういえばもうお腹が大きくなっているのではないだろうか。お兄ちゃんの方にも子供が生まれたのにまだ顔も出していない。村を出てから1年半は過ぎたんだなあ。『もう』なのか『まだ』なのかわからない。
色々とあったから。
どこかで落ち着いたらリエナと村に戻るのも悪くない。
「……でねー、シズ君。お願いしていい?」
「うん、って……え?」
上の空で返事をしてから何を頼まれたか聞いてなかったことに気づいた。
「だからー、後でリラちゃんとお話ししてほしいのー。自分の気持ちは分かったと思うしー、落ち着いたらちゃんと話せると思うんだー」
う。なんだか難易度の高いミッションのような。
とはいえ、返事をしてしまったのだから今さらやっぱり嫌ですとは言いづらい。話を聞いていない方が悪いのだから。
「代わりにー、原書のお話してあげるからー」
「……いいの?秘密なんでしょ?」
「いいよー。わたしが責任者だからー。お姉ちゃんにー、任せなさいっ!」
腕を上げて頼もしさアピールしてくるけどまったく力こぶはできていなかった。
本当にいいのか心配だけど、原書のことは放っておけない問題だ。12冊もの原書はスレイアとブランの両国を合わせても上回る数字。
妖精が原書を集めているというのは本当だったと見るべきか。
「原書を集めてどうするつもりなの?」
「最初に決まったのは450年前。魔神の襲撃の後よ。当時、森の警備主任だったお祖母ちゃんが提案した強化計画ね。魔族の侵攻はバジス・アルトリーアを経たものばかり。稀に鳥型や水棲の魔物が現れる程度という油断から魔神を止めることができず、森は傷つき、多くの妖精が命を失ったわ。その時は原書使いの人間に救われたけど、同じことが起きた時にわたしたちだけで対応できなくては駄目だと気づいたの」
普段との話し方とのギャップが激しい。得意分野だと性格が変わるという人か。
これでいて表所や動作はいつも通りだから目眩が起きそうだ。
あ、腕組みはやめてください。昨日の惨事が再び起きてしまいます。
「いくつかの計画があったわ。妖精たちの連合軍による種族特性を使った連携。人間の魔法の実用化。魔族の弱点を探る生態研究。いくつかが実現して、いくつかが頓挫して、今でも続いているうちのひとつが」
「原書収集?」
「ええ。魔造紙を作れるのは魔力を持つ人間だけ。でも、全てとは言わないけど人間の権力者はわたしたちを対等と見てくれないわ。中には隷属を強いる人もいたの。そんな人たちと深い信頼関係を結ぶのは難しいもの。その点、原書なら自動的に魔力が補充されるし、戦力としても比類ない威力よ」
確かに竜や魔神さえ使えるのだ。妖精にとって魅力的な戦力だろう。確保に動く方が普通だ。
どこぞの微温湯につかった国みたいに平和ボケして貴族が隠匿しても気づけなかったり、市井に流出してしまったものを本気で探さない方がおかしい。
いや、というか妖精が収集したから見つからなくなったのか?
「そこまではわたしもわからないわ。450年も続いている作業だから」
「収集の指示はミラが?」
「ううん。それは、リラちゃんよー。あの子はー、定期的にアルトリーアに渡ってー、原書捜索隊を指揮するのー。植物を使った感知ならー、リラちゃんが1番なんだからー」
あ、話し方が戻った。
原書の研究に関することになるとスイッチが入るのかな。
研究者か。そういうふうに見ると白い和服がなんだか白衣に見えてしまうから不思議だ。
「じゃあ、ミラは何の責任者なの?」
「全体の責任者兼、原書の効率運用研究よ」
切り替えが早いっすね。
それにしても効率運用。
全頁解放で派手にぶっ放すか、個別使用で波状攻撃にするかとか?あと思いつくのは原書で極大魔法みたいな同時展開?
「そうね。そういう研究をしていた時期もあるわ。でも、わたしの研究は……」
流暢だった言葉が急に止まってしまった。
腕組みしつつも指先を顎に当てたポーズで何事か考え込んでいる。うん。見てないよ。見てないからリエナさん、太ももに置いた手をどうにかしてもらえませんか?いや、抓られるとか爪を立てるとかじゃないんだけど、ゆっくり撫でられるとか新手の拷問?
そんな僕の深遠な悩みに気づくわけもなく、ミラが何事か思いついたようで嬉しそうに手を叩いて提案してきた。
「あとはー、リラちゃんとお話しした後にー、教えてあげるー」
お姉ちゃんモードに戻った。
ニコニコ笑顔は何気に鉄壁のガードでもある。
いや、暖簾に腕押しという方が正確かな。
どんなに粘っても知らないよーと言わんばかりの不動の笑顔だった。
ともあれ、ミラに言われなくてもリラとは話しておきたい。
案内役としてしばらく一緒にいるのだ。友好的な関係とまではいかなくても、互いに不快にならない距離には身を置いておきたい。
それに、リラから睨まれるのは別に嫌じゃないのだ。
あ、ちょっと引かないで。どMに目覚めたとかじゃないから。テュール王子と一緒にしないでね。僕はあそこまで堕ちたりしないよ。
ほら。リラが僕に刺々しいのは師匠のことを大切に思ってくれていたからでしょ。
「リラって、師匠のこと大好きだった?」
「そうだよー。わたしもだけどー、お祖母ちゃんからたっくさんお話聞いてたからー。初めて会って帰ってきた時なんてー、おおはしゃぎして大変だったんだよー。かっこいー、すてきー、感激ー、もう死んでもいいーって、一晩中いってたんだからー」
僕から聞いといてなんだけど、僕が本人の了解もなく聞いていい話なのだろうか。
まあ、おかげでリラの師匠への気持ちはよく分かった。
僕以外の人からも慕われていたというだけで嬉しくなってしまう。
仲良くなったら僕の知らない師匠のこととかも教えてくれたりしないだろうか。
よし。
今日の方針は決まった。
リラを追っかけよう!
 




