勝利を謳うは
弾けた様に加速したヴァロンが、俺に肉薄した。
大剣を地面に突き刺したまま。
二本の大剣が石床を裂きながら前進して来る。なんという怪力。
「ぉっ!?」
爆音。掬い上げるような動作、石床から離れた大剣は眼に見える衝撃波を生み出す。それは重なる様にして地面を抉り、俺は転がる様にして斬撃から逃れた。
轟、と言う音と共に着弾した衝撃波が石床を粉々に粉砕する。石片が弾丸の様に四散した。
(筋力が並じゃないッ!!)
力勝負は明らかに分が悪い、ならば自分のペースに持ち込むしかない。
屈んだ姿勢から一気に膝のバネを使い、加速した。回転する脚が地面を削る。影の俺と打ち合った3456回の戦いを経て強くなった肉体は、正に疾風の如く加速した。
『ヌウッ!』
大剣を凄まじい怪力で振るうヴァロン、その横薙ぎの斬撃を飛び込むように回避する。途中振るわれている大剣に手を着き、体を縦回転させた。
肉体のスペックを最大まで引き出した荒業。開ききった瞳孔がヴァロンの一挙動をスローに変える。
「あぁッ!!」
『笑止ッ!!』
空中から振り下ろされるような短剣の突き刺しを、ヴァロンはその丸太の様な腕で横から叩き落とした。叩かれた腕に痺れを感じる。
傾く様に体勢を崩した俺の脇腹に、ヴァロンの肘が入った。
メキリと嫌な音が体内に響き、骨が軋む。腹に穴が開きそうな衝撃を食い縛って耐えた。普通なら失神モノだ。
痛みを噛み殺してすぐ様ヴァロン腕を掴み無理やり体を引き寄せる。蛇の様に撓った腕がヴァロンの首を狙った。
『ヌ!』
突然に反撃に驚き、皮一枚で回避するバロン。地に足の着いた俺は屈んで水面蹴りを放つ。上段の攻撃に気を取られたヴァロンは足元を掬われ、大きく宙に浮く。
其処に放たれる追撃の蹴り。宙に横たわる様にして浮いていたヴァロンに、勢いを付けた渾身の蹴りを腹部にぶち込んだ。
ボンッ! と爆音の様な音が響き、同時にヴァロンが「く」の字に折れ曲がる。
『グォォッ!?』
何度も石床をバウンドし、その体重に耐えられないのか石床がヴァロンのバウンドに合わせて砕ける。
四度目のバウンドで体勢を立て直し、大剣を石床に突き刺して減速した。攻撃の当たった腹部からは蒸気が上がっている。
『ヌゥ…何トイウ豪脚』
「お返しだ」
そう言って口元から垂れる血を拭う。
ヴァロンはゆっくりと立ち上がると、纏う炎を一層強くした。
『コレハ、久方振リニ愉シメル相手ガ来タヤモシレンナ』
大剣を「八」の字に構え、ヴァロンの口元が凶悪に嗤う。
「はっ、言ってろよ!」
駆け出す。常人で有れば俺の体が突然掻き消えたかの様に見えただろう、それ程の急加速。
飛び上がる様な踏み出しでヴァロンの懐へと入り込んだ俺は、そのまま背後を取った。
『速イッ!』
ヴァロンが大剣を背後へと薙ごうとする。
「遅ぇッ!!」
斬撃が届くその前に俺はヴァロンの真上に飛び上がった。
そのまま短剣を二閃、風切る音と共にヴァロンの首から血が噴き出る。
『グゥッ!?』
すれ違う様にして斬り込んだ首には深い傷。上下逆さまの視点でそれを見届けた俺は、一回転し石床に着地した。
- まだ上がる。
そんな確信が俺の中に芽生えた。
『コノ程度ノ掠リ傷ナドッ!!』
「オーケイ…」
「限界まで飛ばす……ッ!!」
振り返ると同時に全力加速、瞬間チュートリアルの感覚が俺に襲い掛かる。身を包むのは戦闘への没入感。
- 全てが停止し、横に流れるだけの様な世界。
最後、影に勝利した時の様な高揚感。脚が唸りを上げ、短剣がギラリと貪欲な牙を覗かせる。
心臓が狂った様に脈打ち、筋肉の枷が外れ、一歩一歩が石床を砕く。前に前に前に、ただ前に、それだけを求めて。
1秒を刻め。
1秒を刻む、0.1秒を刻む、0.01秒を刻む。1秒を0.1秒に、0.01秒に、0.001秒に。その間に俺は一歩を踏み出す。
そしてー
「ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッッ!!!!!」
脚が跳ね上がり、石床が砕け、風が左右を流れていく。
全てを置き去りにする速度でヴァロンの脇腹を短剣で抉り、その背後の床を蹴り砕いて反転した。
『ウグォォオッ!?』
脇腹から血が吹き出し、ヴァロンが斬られたと言う事実に「気付く」
ー まだ、まだだ、もっと早く……!
一瞬の溜め、加速、脚が石床を蹴り砕いて短剣が獣の様にヴァロンへと喰らい付く。血の尾を引いて短剣が振りぬかれた。
通り過ぎれば再び反転、加速。さながら鎌鼬の様にヴァロンの腕を、腹を、肩を、脚を、削ぎ、抉っていく。
振るわれる大剣は最早俺に掠りさえもしない。眼に捉えられない速度で俺はヴァロンを翻弄した。
『グォ!! マダ! マダ終ワランッ!!』
だがヴァロンとてただでやられはせんと、意地とばかりに踏ん張る。
斬り込んだ瞬間、傷口から劫火の炎が噴き出した。突然の事に面食らい、脚が止まる。
『ガアァッ!!』
その隙を突かれた。感じたのは突風、顔面を横に動かせば見えるのは炎に包まれた視界一杯の大剣。
しかも刃の部分では無く側面、衝撃を感じた瞬間「ジュッウ!」と言う音と肉の焦げる匂いを嗅いだ。物凄い勢いで上半身を持っていかれ、弾かれるように吹き飛ぶ。
腕が折れたかの様な激痛と、火傷じゃ済まされない様な熱を一気に感じ、そのまま水平に壁まで一直線。石造りの壁に体が強打される。
「がはっ!」
頭部に衝撃、肩が軋む音を立てそのまま地面にずり落ちる。衝突時に割れたのか、石片がパラパラと足元に散らばった。
視界がボヤける。ピントがずれた様に霞んだが、不鮮明ながらにも視界は機能している。
幸いにして、短剣を手放しては居ない。大剣に強打された右腕を見てみると、篭手は全壊、布の部分はボロボロに焼け焦げており肌には火傷の跡。
だが痛みを除けば動かないほどでは無い。顔を歪めながらも立ち上がった。
『グォ……ヌゥ!』
ヴァロンも満身創痍の肉体で大剣を構える。体中から血を流し、石床には血溜りが出来つつあった。
頭から流れる血を拭うと、俺も短剣を低く構える。考えることは一つ。
ー まだ、もっと 俺は速く駆ける事が出来る筈。
右手の短剣を逆手に持ち直し、再び俺は駆け出した。
『! 来ルカッ!!』
もっと、もっと、もっと速く。
風が唸りを上げて左右を駆けて行く。急速に狭まる間合いの中で、ヴァロンが大剣を振りかぶった。
筋肉が隆起し、炎が燃え上がる。
『オォッ!!』
振り下ろした一撃、轟と風を巻き起こしながら俺の真横を過ぎ去る。石床が爆散し、破片が体を貫く。顔面を手で覆いながらヴァロンの懐に潜り込んだ。
左手の短剣を突き出し、胸を狙う。だがそれはヴァロンの振り下ろしていない大剣によって防がれた。
逆手に持った大剣を盾の様にし、速度を上乗せした短剣の切っ先と側面が甲高い音を鳴らして火花を散らす。
だがこれはブラフ。
本命は右の逆手に持った短剣。それを左腕の下に潜らせるようにしてヴァロンの大剣の下を通る。
先端がヴァロンの皮膚を裂いた瞬間、大剣が払う様に俺の真上を薙いだ。
咄嗟に頭を下げて回避する。間に合っていなかったらと思うとゾッとした。
「くっ!」
脚を折り曲げ、一瞬で加速する。狙いは背後。
『二度ハ通ジン!!』
背後に立ったと同時、ヴァロンの脇の下から大剣が繰り出された。何もないと思っていた空間からの突き攻撃。
その切っ先が自身の胸を貫くと分かった瞬間、短剣を十字に組みその突きを受ける。
刃と刃が衝突、圧倒的な怪力に押し込まれ地に足を着いていては刃がへし折られると判断。咄嗟に体を宙に浮かせる。
そのまま後方へ飛ばされ、石床の上を滑る様にして着地した。
「……ぺっ!」
喉に張り付いた血を吐き出す。短剣を振り構え直すと、ヴァロンは構えもせず俺を見つめた。
『マサカ、此処マデ戦エルトハ思イモシナカッタゾ……青年』
感心したようなヴァロンの物言いに微笑を漏らす。
「俺も…初戦からアンタみたいな奴と戦う事になるなんて微塵も思ってなかったよ。
神様の能力配分間違ってるんじゃないの?」
『……イヤ』
俺の言葉を短く否定し、ヴァロンは大剣を片方担ぐ様に構える。
『間違ッテナドイナイ、我ハ所有者ノ中デモ中堅ノ位置。
我ヲ打倒セナケレバ、主ノ望ミヲ完遂スルナド夢ノ又夢……!』
「ふぅん…最弱では無いのか」
『ソレジャツマランダロウ』
嘲笑う様な声色に、俺は驚きヴァロンを見る。
『低キ次元ノ戦イノ中ニ愉悦ナド存在シナイ』
「ああ…やっぱり」
「アンタも、神様の創造物だわ」
その考え方、神様にソックリだ。
言葉を飲み込んで、同時に走り出す。
石床を砕きながら互いに間合いを潰し、先にヴァロンが予備動作に入った。
大きく上体を反らし、引き絞る様な動作。そこから放たれるのは絶大な破壊力を持った刺突……では無く。
大剣の投擲。
「ッ!?」
圧倒的筋力によって放たれた大剣は、瞬く間に目前に迫る。体を捻る様に回避しようとしたが、僅かに胸元の鎧を削った。胸元で火花が散る。
片足の離れた、崩れた姿勢。其処に薙ぐ様にして迫り来る大剣の第二撃目。
すぐ傍まで来た大剣は、そのまま行けば俺の下半身と上半身を真っ二つに切り裂く。
そうはさせまいと、迫り来る大剣に合わせてベリーロールの要領で宙に飛ぶ。だが崩れた体勢からの回避行動などたかが知れている。
故に迫り来る大剣に一瞬背を預ける様に避ける。零距離回避。背中を大剣の側面が擦った。
『ナントッ!?』
ヴァロンが驚愕に炎を揺らめかせる。
地面に両足で着地した俺は、咆哮を上げて爆発的な加速をする。
「うおおぉぉぉ!!」
風を置き去りに、一瞬にしてヴァロンの背後へと抜ける。振り抜いた両手は背後に回り、刃には紅く滴る血。
ヴァロンがゆっくりと振り向き、その眼で俺を捉える。
同時にヴァロンの首が爆ぜた。
生々しくも重い音を鳴らして、首がボトリと地面を転がる。
『ミ……見…事…ッ!』
それだけ言って、急速に炎がその勢いを失う。まるで命そのものと繋がっている様に。
頭部を失った胴体が膝を折り、ゆっくりと地面に倒れ伏した。地鳴りのような音が部屋に響く。
此処の主が没す瞬間。
周囲を囲んでいた炎の壁が鎮火し、黒い焦げ跡だけが残る。
そして倒れ伏したヴァロンの死体もまるで「最初から無かったかのように」光に為って消えていく。脚から順に、腰、胸、腕。
最後に頭が光に包まれ、残ったのは「コロン」と軽い音を鳴らして転がる紅い球。
それは余りにも呆気ない光景であった。