初戦
回廊は続く、暗い闇を追い払う様に体を押し出し前進する。
俺は今現在何も持たず、ひたすらに道なりに進んでいる。もとより此処が何処かも分からないのだ。
本来なら神様に旅人セットでも用意して貰おうかと思ったが、物理的な支援は取引に影響しそうなので止めた。
長い長い闇が続く。適度な緊張を持って歩を進めるが、十分と続くと流石に気が抜けてくる。
途中、神様に任せた顔の造形が酷い事になっていないか気になり始めた。しかし如何せん鏡が無いので確かめる術がない。
顔をぺたぺたと触ってみたが、よく分からなかった。
「………ん?」
顔を触りながら気付く、目先に光が差してきた。出口だ。そうでなくても開けた場所であることが分かる。
長々と続く回廊に飽き飽きしていた為か、少々速足になって光の元へと近付く。見れば光源が松明である事が分かった。
「…これは早速、何とも文明の差を見せつけられたな」
辿り着けば壁に備えられた松明、火に照らされたその場所は四方五十メートル程度の四角い部屋。
石造りの床と壁、それに天井。真っ暗闇の中を歩いて来た為か少し眩しく思える。
人間の本能故か、明るい事に多少安堵を漏らしつつ踏み出せばドタドタと響く音が聞こえてきた。
「何だ?」
警戒し、壁に沿う様にして様子を見る。
見ればこのまま直進する通路の先から音が聞こえる、足音からして複数人。どうやらこちらに向かって来ているらしい。
走っている様子からして、どうも嫌な予感しかしない。
辺りを見回せば部屋には3つの通路、今俺が来た道と足音がする道。
そして右側に伸びる道だ。先は暗闇で見えないがこの際リスクを回避する為に右側へと進路を変えるべきだろう。
壁に備え付けられた松明を無造作に引っこ抜き、そのまま回廊へと進んだ。先を火で照らしながら歩を進める。
「触らぬ神に祟りなしってか…悪いが俺も、無関係な事に首は突っ込みたくないんでね」
松明の光を見られて追って来られても困るので、なるべく早足で進む。そうなると必然緊張感や恐怖感も増し、腰に差した短剣を握る手に力が入った。
歩き始めて数分、特に追ってくる様子も無く音も聞こえない。足を止めて振り向けば、今まで歩いて来た暗い回廊が伸びているだけだった。
「………少し、用心し過ぎだろうか」
そう口にして即座に自分で首を横に振る。いや、用心し過ぎて悪い事は無い。ここでは今まで居た安全な世界とはワケが違う。
再度目線を前に戻して歩き出し、兎角出口を探し出す事にした。
少し歩けばまた部屋に辿り着く。広さは先程の部屋と然程代わりの無い大きさ、壁に備わっている松明の本数も同じ。
見渡すと道は2つだけ。俺の来た道と左に折れ曲がっている道だけだった。
俺は中に入り、丁度部屋を見渡せる角に腰を下ろす。奇襲に対応する為だ。
こまめに休憩は挟んで置きたかった。それに神様から支給された物品も把握しておきたい。
「さて、確認だ」
腰に巻かれたポーチを開け、中身を覗く。余り大きくないポーチの中にはちょこんと小袋が一つ入っていた。
それを摘まむように持ち上げる。小ささに反して中々重い。
「………」
恐る恐るといった風に口を開けると、中には半ば予想通りのモノが入っていた。
金、銀、銅、三種の丸い物体。恐らくこの世界の通貨。 ざっと見ただけでも金貨が一番多い。
「…これで好きなモノを買え、と言う事か?」
確かに貰って嬉しくないモノを入れられても処分に困るだけだが…。金だけ渡すと言うのもどうなのだろうか。
一応神様から硬貨に関する知識は与えられている。それ故にこの袋には相当額の金が入っていることが分かった。
少なく見ても金貨は50枚前後、日本円にすれば50万と言ったところだ。銀と銅を合わせればさらに上がるだろう。
俺はそっと小袋をポーチに仕舞い、キツく紐を締めた。
これを落とせば一文無し、初っ端からサバイバルをやるハメになる。それだけは避けたい。他にも装備を確認したりしてみたが、特に目ぼしい物は見つからなかった。
元より取引をしているだけの仲だ、選別を貰っただけ有り難いのだろう。そう自分に言い聞かせる。
「ふぅ」
壁に背を預けて吐息を漏らす。だが別段疲れと言う疲れも無く、すぐに探索を再開した。
「問題は此処がどこなのか…神様の言ってた『ダンジョン』って言う奴なら、取引に関係ある場所なのか」
松明を片手に闇の回廊を歩く。こんな場所に一人でいると無性に心細くなり、独り言が多くなる。
先程から終わりの見えない風景、まるで同じ場所を歩いているような錯覚は精神的に圧力を感じた。窓などが無い点から此処が洞窟か地下辺りだと推測する。
途中何度か部屋を通過し、兎に角直進、前に進めない時は右、左の順に曲がると言う事を繰り返した。
そして体感時間で一時間程歩き続けた時。
やけに広いホールの様な場所に辿り着いた。
「どうやらこっちが最深部だった様だな…」
見るからに禍々しい雰囲気、壁一面に張り付けられた松明に向こう側に見えるのは行き止まり。
四方二百メートルはあるであろう部屋を見ると、明らかにこれまでの部屋とは違う。見れば一際明りの集中している場所に一人分の人影が見えた。
そこにだけ無数の松明が突き刺さり、まるで道の様に入口から伸びている。
漂う強者の風格、恐らく人型でも『モンスター』の類だろう。
(この世界にモンスターが存在してる事は知ってるけど、あれが…)
淡い炎に照らされた人型の影。それは真っ直ぐ正面を向いたまま微動だにしない。
部屋に踏み入って近づいてみれば、その姿が徐々にハッキリとしたモノになっていった。
二メートル前後の身長
人間の男性と何ら変わらない裸の上半身。
異常に隆起した筋肉。
腰に巻いたボロボロの布、足を覆う血塗れのレギンス。
床に突き刺した二振りの大剣。
そして人間とは違う、ドラゴンの様な顔面。
「………」
耳の辺りから大型の捻じれ角が二本生え、その口は獣のソレ。その奥からは灼熱が見え隠れしている。
罅割れた顔面からは炎が噴き出、眼は有るのか無いのかも分からない。
そして大剣を握る手も又ドラゴンの様に長く逞しく、炎に包まれていた。異様にモンスターの立つ場所が明るい理由を理解する。
「!!」
同時に俺はモンスターの左胸に存在する「ソレ」に目を釘付けにされた。
紅く光宝玉の様な物体。モンスターの鼓動に合わせて光を増し、その中心には聞かされていた記号。
俺がモンスターの三十メートル程手前に着くと、モンスターはゆっくりと顔を上げた。
炎に包まれた顔面とも言えぬ異形の形が俺に話しかける。
『汝、我ノ力ヲ欲スル者カ?』
低く、腹に響くような声。聞くだけで肌が粟立つ様な感覚を得るが、根気で抑えた。
「ああ」
本来なら少し見学して引き返すつもりだったが、止めだ。
短く返事をして短剣を抜く。高く甲高い音が鳴り、その双刃は銀色を晒した。鏡の様に炎を写した刀身は紅く染まる。
『名ヲ名乗レ』
「無い」
『ナイ?』
「この世界に来るときに捨てて来た」
『!』
モンスターの炎が一層強く燃え盛る。黙ったまま短剣を構えると、ゆっくりとした動作で大剣が引き抜かれた。
十字に交わった刀身に炎が纏わり付いていく。
『………ソウカ、貴様ガ』
「………」
『我ガ主ノ取引相手、元人間ダッタ青年ガ一人』
「……神様から、何か聞いてるのか」
俺が問えば、返答代わりに大剣が火花を散らした。
『主カラノ命令ダ』
『貴様ヲ全力デ殺ス』
部屋全体が炎に包まれた様に熱を持つ、それが目の前に居るモンスターから噴き出しているのだと理解した時、部屋の端を炎が遮断した。
周囲を見渡せば炎の壁、天井まで覆われた正に「炎の檻」
「そうか、なら話が早い………神との取引だ」
突き出した短剣を打ち鳴らし、目の前の敵を見据える。思い出すのは嘗ての俺、影の俺。
感覚を研ぎ澄まして第一撃に備えた。
「俺の為に死んでくれ」
殺す為の意志表示。
『第一ノ所有者、灼熱者ヴァロン』
ヴァロンは大剣を振り下ろし、二本の大剣が石床に半ばまで埋まる。
ヴァロンの顔に目を戻せば、その口は凶悪なまでに歪んでいた。
『推シテ参ル』